Return to監督別邦画備忘録Top pageHOME PAGE
稲垣浩(稻垣浩)

[1] [2] [3]

手をつなぐ子等 てをつなぐこら
監督 稲垣浩
公開年 1948年
評点[A’]
感想  今日は、稲垣浩監督の『手をつなぐ子等(こら)』を観た。昭和二十三年(1948)。

 知能の発達が遅れている中山寛太(初山たかし)は、どこの学校でもお荷物扱いされ、すっかり学校ぎらいになっていた。新たに転校した小学校の校長(徳川夢声)と松村訓導(笠智衆)は、その事情を聞き、クラスの子供たちと共に寛太を受け入れる。そこに粗暴な山田金三(宮田二郎)も転校してきて何かと問題を起こすが……。

 『無法松の一生』と同じ、監督:稲垣浩・脚本:伊丹万作・撮影:宮川一夫の組み合わせの作品(原作: 田村一二)。
 当時の用語でいう“特異児童”がテーマとなっていて、教師たちも同級生も“いいひと”がほとんどだが、冒頭部分の以前の学校での描写や“山金”こと山田金三という悪童の存在によって、非現実的にはなっていないと思う。過剰に説教臭くならないのは脚本と演出の巧みさか。
 誠実な教師役の笠智衆はまさにハマリ役。終盤の相撲大会のシーンは『無法松』の運動会を彷彿とさせる、心躍る演出。(2003/03/13)

忘れられた子等 わすれられたこら
監督 稲垣浩
公開年 1949年
評点[A’]
感想  今日は、稲垣浩監督の『忘れられた子等』を観た。昭和二十四年(1949)の作品。

 新任教師の谷村(堀雄二)は、精神薄弱児(現在では“精神遅滞児”)を集めた特別学級を受け持つよう校長(笠智衆)に命ぜられてショックを受ける。最初は約束の2年が早く過ぎるよう指折り勘定していたが、次第に知能の低い子供たちの中に潜む人間性に気づいていく。

 前年の『手をつなぐ子等』と同じ原作者(田中一二)による原作の映画化(脚本:稲垣浩)。
 前作では最初から主人公の先生が精神遅滞児の教育に問題意識を持っていたのに対し、この作品は新任教師が主人公であることが大きく異なる。そのため、児童への接し方が最初はいいかげんで馬鹿にしたような態度なので現在人が見るとちょっと眼を見張るが、これが当時の実情を反映していたのだろう。
 児童の方も様々なエピソードによって、一くくりに“阿呆”(舞台は京都の小学校)と言われていた精神遅滞児を各々個性豊かな子供たちとして描いている。稲垣浩監督による子供の動かし方は相変わらず生き生きしていて、イベントシーン(夢の中の運動会や学芸会の練習)の盛り上げ方もいつもながら見事だった。
 ただ、上記のように前作よりもリアルな面があるが、生徒の成長に加えて教師も成長するという要素が加わったため“いい話”が盛りだくさんになり、作り物的な感じは前作より増したような気がした。これは清水宏監督の『蜂の巣の子供たち』とその続編でも感じたことで、ドキュメンタリータッチの傑作映画の続編を作ることには難しさがあるのだろう。
 しかし、『手をつなぐ子等』と清水監督の一連の作品と同様に、子供たちを“かわいそうな存在”としていないことや指導者側を正義の味方的に描いていない点は好ましく、後味は悪くない。今から観るとあまりに牧歌的に見えるかもしれないが、現在でも作品の価値は消えてはいないと思う。(2005/05/10)

稲妻草紙 いなづまぞうし
監督 稲垣浩
公開年 1951年
評点[B]
感想
Amazon
稲妻草紙
稲妻草紙

 今日は、阪東妻三郎主演の『稲妻草紙』を観た。監督は稲垣浩で昭和二十六年(1951)の作品。

 上意討ちをするため船来源三郎(三国連太郎)を追っている有馬又十郎(阪東妻三郎)は、祭の近いある町で出会った女お雪(田中絹代)に惹かれる。しかし、彼女は昔、源三郎と恋仲だった。さらに、又十郎に代わる六人組の刺客が町に現れた。

 阪妻と稲垣浩の『無法松の一生』のコンビで作られた作品。全体として登場人物の心理描写が細やかだが、テンポがかなりゆっくり目に感じられる。また、殺陣は最後の一回しかなく、それも派手な斬り合いではないので“阪妻の殺陣”を期待して観ると裏切られるかもしれない。かえってリアルなのだろうが、晩年の阪妻の健康状態のためでもあるだろうか。
 源三郎が太鼓の叩き方を演ずるシーンで、『無法松』のセルフパロディをやったのは面白かった。(2002/07/19)

宮本武蔵 みやもとむさし
監督 稲垣浩
公開年 1954年
評点[A’]
感想  今日は、三船敏郎主演の『宮本武蔵』を観た。監督は稲垣浩で、昭和二十九年(1954)の作品。

 作州は宮本村で生まれた暴れん坊の武蔵(三船敏郎)が、沢庵和尚(尾上九朗右衛門)やお通(八千草薫)との触れ合いで人の道を知るまで。

 御存知、吉川英治の『宮本武蔵』の映画化(劇化:北条秀司/脚本:若尾徳平・稲垣浩)。稲垣監督にとっても数度目の吉川武蔵の映画。
 今でもあまり褪色していないイーストマン・カラーが美しい。1950年代のカラーの方が今のカラーの邦画よりも美しく見えるのは、なぜだろうか。金のかけ方の違いか。この作品がアカデミー外国語映画賞を撮ったのは、三船敏郎主演と共に、映像の美しさも大きく作用していたのだろう。
 中村錦之助と異なり三船敏郎の武蔵はとても十代の若さには見えないが(それを言うと千恵蔵もそうだけど)、武蔵の激しさはよく表現されていた。八千草薫のお通は“可憐”の一言。お通のベストキャストかもしれない。これを見ると、やはり平成十五年度NHK大河ドラマのお通は別の役で出演していた宮沢りえがやるべきだったと思う……。あのお通は性格も吉川武蔵のお通とは全然違うが。
 ストーリーは細部を変えながら巧みにダイジェストしている感じ。第二作以降が楽しみ。
 又八は三國連太郎。お甲は水戸光子、朱美は岡田茉莉子。岡田茉莉子の朱美は割りと蠱惑的な雰囲気が出ていた。(2003/08/17)

続宮本武蔵 一乗寺の決闘 ぞくみやもとむさしいちじょうじのけっとう
監督 稲垣浩
公開年 1955年
評点[B]
感想  今日は、三船敏郎主演の『続宮本武蔵 一乗寺の決闘』を観た。監督は稲垣浩で、昭和三十年(1955)の作品。

 お通(八千草薫)に対する思いを振り捨てて剣の道を歩む決意をした宮本武蔵(三船敏郎)は、兵法(剣術)で名高い京都の吉岡家の当主・清十郎(平田昭彦)に戦いを挑む。その過程で、老僧日観(高堂国典)・本阿弥光悦(御橋公)・吉野太夫(木暮実千代)、そして好敵手となる佐々木小次郎(鶴田浩二)ら様々な人々と出会う。

 三船敏郎主演版『宮本武蔵』の2作目(劇化:北条秀司/脚本:若尾徳平・稲垣浩)。この作品は原作の中盤部分を詰め込んでいて、エピソードを省略したり合わせたり入れ替えたり色々工夫しているものの、あまりよく消化されていない感じがした。原作の美味しいところが無かったり、話が飛んでいるように感じられるところもあった。
 又八が堺左千夫に交替しているが、八千草薫のお通はやはり原作のイメージにピッタリ。鶴田浩二の佐々木小次郎は中村錦之助版の高倉健よりハマっているとおもう。しかし、「ぜんたい、私は誰でしょう?」と言ったときはちょっとウケてしまった。当人は真面目に言っているのだと思うが。(2003/08/19)

宮本武蔵 完結篇 決闘巌流島 みやもとむさしかんけつへんけっとうがんりゅうじま
監督 稲垣浩
公開年 1956年
評点[B]
感想  今日は、三船敏郎主演の『宮本武蔵 完結篇 決闘巌流島』を観た。監督は稲垣浩で、昭和三十一年(1955)の作品。

 剣の修行を続ける宮本武蔵(三船敏郎)は、江戸で佐々木小次郎(鶴田浩二)と再会。小次郎はすぐさま試合を申し込むが、小次郎の細川家への仕官の話などもあって他日を期す。武蔵は彼を慕う城太郎(桜井将紀)と博労(ばくろう)の熊五郎(田中春夫)と共に荒地を開墾する日々を過ごす。そして、ついに巌流島での決闘の日を迎える。

 三船敏郎主演版『宮本武蔵』の完結篇(劇化:北条秀司/脚本:若尾徳平・稲垣浩)。前作から原作への脚色が強くなってきていたが、この篇はかなりオリジナル色が濃く、原作やそれに比較的忠実な中村錦之助版『宮本武蔵』シリーズとはかなり違う印象を受ける。
 武蔵の修行ではなく、彼が複数の女に囲まれて困惑する恋愛話がメインテーマに見えてしまうのは違和感があった。煩悩を断ちがたく苦悩する武蔵の姿を描きたかったのだとは思うが。中村錦之助版などでは省略されがちな佐々木小次郎にも重点を置いて描写していたのは良かった。
 巌流島の決闘はかなり時間を割いて描かれていて、カラー映画の特性を生かした表現が面白かった。しかし、ここでも原作でおなじみの名台詞が無かったりしたが、このシリーズは原作そのままにはしない方針だったのだろうか。(2003/08/21)

 あらし
監督 稲垣浩
公開年 1956年
評点[A’]
感想  今日は、笠智衆主演の『嵐』を観た。監督は稲垣浩で、昭和三十一年(1956)の作品。

 大正時代、フランスから帰国した水沢信次(笠智衆)は、妻を亡くしてから親戚などに預けていた四人の子供たちを手元に引き取った。大学教授の職を辞し、親しい出版社の社長(加東大介)の勧めで『フランス文学大事典』の編纂に取り掛かったが、婆や(田中絹代)を雇っても仕事と幼い子供の育児の両立は難しく、嵐のような毎日だった。しかし、そんな子供たちもやがて大きくなっていく。

 島崎藤村の原作の映画化(脚本:菊島隆三)。子供の登場する作品が得意な稲垣監督らしく、主人公の育児の様子が自然な演出で活き活きと描かれる。笠智衆は自伝で稲垣監督を好きな映画監督として挙げているが、実際、生真面目さと無骨さ・頑固さを併せ持った持ち味を伸び伸びと生かして演じているように見える。
 親子兄弟の間の小事件と育児が終わりに近づいたときに親が感じる寂寞というのは、小津映画を彷彿とさせるが、冷え冷えとした寂しさを感じさせる小津作品とは異なり、家族愛と子供を育て上げた満足感が強調されていて、基調は明るい。ラストシーン近くの演劇的な長台詞も笠智衆の口から聞くと、映像とも相まって爽やかに感じた。
 飯村正の撮影は、狭い日本家屋の中での生活をよくとらえていて、ラストシーンは強い印象を残す。特撮だと思うが。音声が痩せ気味でちょっと聞き取りづらいのが残念。(2004/05/08)

柳生武芸帳 やぎゅうぶげいちょう
監督 稲垣浩
公開年 1957年
評点[C]
感想  今日は、稲垣浩監督の『柳生武芸帳』を観た。昭和三十二年(1957)の作品。

 天下を左右する重大な秘密が書かれているという“柳生武芸帳”をめぐり、柳生但馬守(大河内伝次郎)を筆頭とする新陰流の柳生家、彼らを追い落とそうとする陰流の山田浮月斎(東野英治郎)に命ぜられた忍者・霞の多三郎(三船敏郎)と霞の千四郎(鶴田浩二)兄弟、そして柳生武芸帳の一巻を偶然手に入れた龍造寺家の遺臣たちが三つ巴の戦いを繰り広げる。

 五味康祐の時代小説を原作(脚本:稲垣浩・木村武)を三船敏郎・鶴田浩二などのスターによって映画化した作品。各出演者の見せ場を作るためか、三船敏郎と久我美子・鶴田浩二と香川京子・中村扇雀と岡田茉莉子の恋愛エピソードがほぼ同じ比重で描かれているため、話の筋が拡散しているように見えるし、全体に湿っぽくなってしまっている。
 映像的には、初期のカラーでアグファ・カラーのためか変色しているようなところもあったが、全体に美しい(撮影:飯村正)。特に、龍造寺家の遺臣たちが住む村の火事のシーンは迫力がある。
 脇役だが、左卜全の演じた大久保彦左衛門が面白い。(2002/01/19)

女体は哀しく 「太夫さん」より(太夫さんより 女体は哀しく) にょたいはかなしくこったいさんより
監督 稲垣浩
公開年 1957年
評点[A’]
感想  今日は、稲垣浩監督の『女体は哀しく 「太夫さん」より』を観た。昭和三十二年(1957)の作品。

 時は昭和二十三年。京都の島原遊郭の老舗・宝永楼は三百年以上の歴史を誇っていたが、太夫の一人である玉袖(乙羽信子)がストライキを始めたり、闇屋の安吉(田中春夫)が妹と称して妊娠した情婦の喜美子(淡路恵子)を売りつけに来るなど、時代の流れは容赦なく押し寄せてきていた。

 昭和三十年に新派で上演されて高い評価を受けたという北条秀司の戯曲『太夫(こったい)さん』の映画化(脚本:北条秀司)。
 主人公が遊女だと、やはり溝口健二作品を意識してしまう。前年に亡くなった溝口を記念する意味もあるのだろうか。売春防止法が成立し、翌年(昭和三十三年)には遊郭の歴史に幕が下ろされるので製作されたようだが。遊郭というものに対する、直接的ではなく皮肉なユーモアを介した巧みな批判は原作に由来するところが大きいのかもしれないが、それを嫌味なく表現できているのは稲垣監督の手腕だろう。
 稲垣監督は時代劇専門監督というイメージがあるけれども、この作品で太夫たちや宝永楼の主人おえい(田中絹代)や遣手お初(浪花千栄子)など一癖ある女性たちを巧みに描写している。太夫たちの化粧や、復活した道中でのおぼつかない足元など容赦ない映像(撮影:岡崎宏三)でも批判を表現していて、溝口健二は芸者や遊女を社会の犠牲者として描きつつも、どこか美しく描いていた面もあったな、と思ったりもした。
 哀れな女を装っている深雪(扇千景)や玉袖の情夫・米太郎(伊藤久哉)など個性的なキャラクターが多く、エピソードが豊富すぎる面、そのほか批判が直接的な台詞で表現されているところ(原作通りなのかもしれないが)や原作とは異なるらしいラストなど、作品のバランスを崩してしまっているところもいくつかあるが、ユーモアと皮肉が入り混じった描写が印象に残る異色作(?)と言っていいかもしれない。稲垣監督がこれほどの女性映画を作っていたとは全く意外だった。(2005/04/01)

無法松の一生 むほうまつのいっしょう
監督 稲垣浩
公開年 1958年
評点[A]
感想
Amazon
無法松の一生
無法松の一生

 今日は、稲垣浩監督の『無法松の一生』を観た。昭和三十三年(1958)のリメイク版。三船敏郎主演で、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞(グランプリ)受賞作品。

 夫(芥川比呂志)が急逝して、あとに遺された美しい未亡人(高峰秀子)と息子を見守る、人力車夫の無法松こと富島松五郎(三船敏郎)の純情。超有名な話ッスね。
 戦中戦後の二度の検閲によって大幅にカットされた部分のある昭和十八年の阪妻版の“完全版”としてリメイク。三船の松五郎は、やはり“ミフネ”という感じが残って少々粗暴な面が強調された感じがするが、それでも好演。特にラスト近くの“祇園太鼓の暴れ打ち”では筋骨たくましい三船の肉体が躍動して迫力がある。若い頃の三船敏郎って、ミドル級あたりの中量級ボクサーみたいな体つきだ。
 完璧に近い阪妻版には及ばないものの、これもまた傑作では。その後、三国連太郎と勝新太郎で二度リメイクされているそうだが…2人とも濃すぎて、チョット柄が違うんぢゃないかなぁ…(笑)。(2000/09/17)

[1] [2] [3]

稲垣浩(稻垣浩)
掲示板 Return to監督別邦画備忘録Top pageHOME PAGE