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川島雄三

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女であること おんなであること
監督 川島雄三
公開年 1958年
評点[B]
感想  今日は、川島雄三監督の『女であること』を観た。昭和三十三年(1958)の作品。

 弁護士の佐山貞次(森雅之)と市子(原節子)の夫婦は、結婚から十数年経っても仲むつまじい。子供がいないので、貞次が弁護している死刑囚の子・寺木妙子(香川京子)を引き取って育てていた。そんな中、市子の親戚である娘・三浦さかえ(久我美子)が家出して転がり込んできたことから家族の中に波風が立つ。

 前年に日活で『幕末太陽傳』を撮った川島監督の、東京映画での移籍第一作。最初、オープニングで丸山明宏(現・美輪明宏)が「♪女、それは〜」とテーマ曲を歌ったのには驚いた。しかし、原作が川端康成であるためか(脚本:田中澄江・井手俊郎・川島雄三)、奇抜さはあまり無く、成瀬巳喜男作品に少し似た雰囲気を感じた。
 ヒロインの市子には清野吾郎(三橋達也)という結婚前に付き合っていた男がいたりして、原節子の女臭さを前面に出したような役作りで、小津作品などよりも自然な演技に見えた。久我美子の演ずる娘の奔放さはちょっと凄い。観客も辟易するほど。香川京子演ずる死刑囚の娘は暗〜い感じ。
 多少類型化された女性像という気もするが、キャラクターの対照が面白い作品。ただし、オチは少々とってつけたような感もある。原作がそうなのかもしれないが。(2001/11/23)

グラマ島の誘惑 ぐらまとうのゆうわく
監督 川島雄三
公開年 1959年
評点[B]
感想  今日は、川島雄三監督の『グラマ島の誘惑』を観た。昭和三十四年(1959)の作品。

 戦争末期。内地へ向かう輸送船が撃沈され、皇族の香椎宮為久(森繁久彌)・為永(フランキー堺)兄弟、お付き武官の兵藤中佐(桂小金治)、やり手婆の佐々木しげ(浪花千栄子)と慰安婦たち、報道班員の香坂よし子(淡路恵子)と坪井すみ子(岸田今日子)、戦争未亡人の上山とみ子(八千草薫)らが付近のグラマ島に流れ着く。世間知らずの為久を始めとする面々の奇妙な共同生活が始まる。

 戦争末期から昭和二十五年になるまで数十人の日本人が孤島に取り残され、ただ一人の女をめぐって争ったという“アナタハン事件”を題材にした飯島匡の戯曲を基にした作品(脚本:川島雄三)。
 主人公が皇族、しかも為久はまさにバカ殿キャラというのが強烈で、よく作れたものだと思う。むしろ今よりも天皇制批判的な作品を作りやすかったのかもしれないが……。いや、公開当時は皇太子殿下(今上天皇)御成婚ブームの最中なので(作中にもそれを諷刺する表現がある)、相当な勇気が必要だったと思う。戦中にほとんど戦争協力的でない『還って来た男』でデビューしただけあって、川島雄三監督もたいした度胸だ。もちろん、作者の志と創作作品としての評価は別物であるけれども。
 天皇制批判・軍隊批判の要素が強い作品ではあるが、芸達者な出演者たちの演技と、川島監督のやりたい放題の演出によって、中盤までは一気に観せられ、笑える部分も多い。年増女郎を演じた轟夕起子はまさに強烈。皇族・軍隊批判に対して、インテリぶる報道班員たちも諷刺されているので、多少はバランスが取れているし。
 ただし、やはり風刺的要素が強すぎるくらいなので、それを中和するためか中盤以降はドタバタ的展開が多くなってダレてしまい、加えて川島監督と顔なじみのベテラン俳優たちの遊びが過剰なくらいあって、いささか食傷する感もある。この次の作品『貸間あり』と設定が似ているところもあるので(孤立した場所で繰り広げられる人間動物園)、川島監督はこういう作品が好きなのだろうが、ちょっと乗りすぎたのかな、と思った。

 撮影は先頃無くなった岡崎宏三で、川島監督の奇をてらった要求によく応えていると思う。メインキャストの一人(宮城まり子)が沖縄出身という設定なので、沖縄の歌や舞踊がたびたび出てくるが、沖縄文化に着目した映画の先駆けになるのではないだろうか。三橋達也が意外な姿で登場。(2004/02/04)

貸間あり かしまあり
監督 川島雄三
公開年 1959年
評点[C]
感想
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貸間あり
貸間あり

 今日は、川島雄三監督の『貸間あり』を観た。昭和三十四年(1959年)の作品。

 大阪のある大きな屋敷は戦後、敷地内の数多い建物をそれぞれ人に貸して“アパート屋敷”と呼ばれるようになっていた。そこに陶芸家の津山ユミ子(淡島千景)が引っ越してきて、“先生”と呼ばれて隣人たちに頼りにされている与田五郎(フランキー堺)との交流が始まる。その他、癖のある住人たち(乙羽信子・浪花千栄子・清川虹子・桂小金治・山茶花究・渡辺篤・西岡慶子)が引き起こす騒動。

 “アパート屋敷”を舞台とした集団劇で、中盤までは中心となる筋が無いような感じで混沌としていて、一言では筋書きを言えない。とにかく奇矯な人物ばかりで、そこが川島映画らしいだろうか。小沢昭一(?)の演ずる受験生が特に面白い。原作は井伏鱒二の小説で、脚本は川島雄三と藤本義一。原作とあまりにもかけはなれているので井伏鱒二が怒ったそうだ。
 評価は高いようだが、個人的には『喜劇 とんかつ一代』などのわかりやすい作品の方が好き。ちなみに、川島雄三の伝記の題名にもなった「サヨナラだけが人生だ」という言葉(井伏鱒二が漢詩から訳したもの)は、この作品で読み上げられる。(2001/10/26)

人も歩けば ひともあるけば
監督 川島雄三
公開年 1960年
評点[A’]
感想  今日は川島雄三監督の『人も歩けば』を観た。昭和三十五年(1960)の作品。

 銀座の店で働いているジャズ・ドラマー砂川桂馬(フランキー堺)は、将棋仲間の質屋の主人(沢村いき雄)に婿に来ないかと誘われて転業を決意。しかし、安定した生活を得たはずだったが、店の経営に失敗したり、波乱万丈の展開が彼を待っていた。

 川島監督の東宝時代中期の作品で、梅崎春生の原作を自ら脚色。オープニングで声色も使いながら粗筋解説をするのに始まって、フランキー堺が大活躍の作品。川島作品常連の桂小金治も出演するが、この作品ではあまり目立たない。
 とにかく主人公がじっとしていない作品で、めまぐるしいテンポで展開する。フランキー堺と、いささかもとどまることのない演出が見もの。川島監督の技巧は凄い。『キネマ旬報』の「自作を語る」では、「これはもう、負け犬でございます」と語っているが、どういう意味なのだろう。オチがあっけないというか日本人好みではないので、同時代の人たちには酷評されたのだろうか。(2003/12/31)

女は二度生まれる おんなはにどうまれる
監督 川島雄三
公開年 1961年
評点[C]
感想
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女は二度生まれる
女は二度生まれる

 今日は、川島雄三監督の『女は二度生まれる』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 九段の芸者おえん(若尾文子)は、人は良いが男好き。そんな彼女は建築家・筒井(山村聡)、職業不祥の矢島(山茶花究)、寿司屋の板前・野崎(フランキー堺)、十代の工員・泉山(高見国一)など、様々な男たちと触れ合っていく。

 川島監督が初めて大映で監督した作品だという。ドラマティックなストーリーがあるわけではなく、各エピソードは、おえんという女の生活を淡々と描写した映像が続く。極論してしまうと、男出入りの激しいお馬鹿な女の観察記録、という感じで個人的には観続けるのに多少忍耐が要った。ただ、観終わってみると、不思議なエンディングとあいまって、なんとなく心に引っかかるものがあるような気もする。評価は高いようだが、私には難しい作品だと思った。若尾文子の魅力は出ているようなので、彼女に思い入れがあるか否かで評価が異なることもあるかもしれない。
 この、女の生き方を批判や男への露骨な告発も交えず描く川島監督のやり方と、女を描く際に自らのテーマを絶叫せずにはいられない溝口健二のやり方を比べると、溝口健二は心底から女が好きで川島監督は女……というよりも人間全体を醒めた目で見ていたのだなぁ、と思う。
 そんな川島監督も、靖国神社を批判的に描いてしまったのは、戦争経験者ゆえだろうか。(2002/08/26)

花影 かえい
監督 川島雄三
公開年 1961年
評点[B]
感想  今日は、川島雄三監督の『花影』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 ホステス足立葉子(池内淳子)は、内心自分には合わないと思いながらも、それ以外で生きていく術(すべ)がなく、銀座で十数年暮らしてきた。彼女と高島(佐野周二)・松崎(池部良)・清水(高島忠夫)・畑(有島一郎)・野方(三橋達也)といった多くの男たちとの関係を描く。

 大岡昇平の原作を基とした(脚本:菊島隆三)文芸路線作品。こういうのもそれなりにこなすのを見ると、川島監督は奇才だのなんだの言う以前に“上手い”映画監督だったのだな、と思う。少なくない登場人物を各々巧みに描く手腕は見事。
 このヒロインは、報われないのに男に尽くす女という感じで、いささか古い女性像だが、周囲の男たちが描きこまれているので、それなりに観られる作品になっている。特に佐野周二は若い頃の二枚目路線の頃よりも演技・台詞回しなど格段に向上しているのにはちょっと驚いた。(2002/12/27)

雁の寺 がんのてら
監督 川島雄三
公開年 1962年
評点[B]
感想
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雁の寺
雁の寺

 今日は、川島雄三監督の『雁の寺』を観た。昭和三十七年(1962)の作品。

 有名な雁の襖(ふすま)絵のある京都の禅寺。その住職・慈海(三島雅夫)は襖絵の作者・南嶽(中村鴈治郎)の妾であった里子(若尾文子)と共に暮らすようになる。里子は、慈海の弟子で家事一切をやらされ厳しくしつけられている若い僧・慈念(高見国一)に同情して情けをかけるが……。

 水上勉の原作(脚本:舟橋和郎・川島雄三)を映画化。文芸路線の作品では川島監督の個性はあまり表に出されないが、この作品では独特なねちっこさを感じさせられた。同じ寺ものでも市川崑監督の『炎上』とは異なる粘り気があるような気がする。モノクロ末期としてはあまりコントラストが強くない絵作りも作用しているだろうか(撮影:村井博)。 終盤近くの急展開と、ちょっと驚きの不思議なラストが見事。
 他の作品同様、和服姿の若尾文子の色気は凄い。慈然役の高見国一は、ちょっと怖さを強調されすぎた演出のような気がした。下からライトを当てたりして。(2003/01/11)

しとやかな獣 しとやかなけだもの
監督 川島雄三
公開年 1962年
評点[A’]
感想
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しとやかな獣
しとやかな獣

 今日は、川島雄三監督の『しとやかな獣』を観た。昭和三十七年(1962)の作品。脚本は新藤兼人。

 会社の金を使い込む息子(川畑愛光)と有名作家の愛人になって金をせびる娘(浜田ゆう子)。実は2人とも両親(伊藤雄之助&山岡久乃)公認の詐欺一家だったのだ。しかし、さらに一枚上の女(若尾文子)がいて…。
 やぁ、面白い。川島監督一流のアイロニーに富んだ作品。舞台は団地の一室から出ないのに、出演者全員が芸達者なので間が持つ。会話のテンポが早く、しゃべり方自体も早口なような気がしたが、映画もこの頃には既にテレビの影響を受けていたのだろうか。舞台が室内のみで台詞が多い脚本だと、ただうるさいだけになりそうだが、川島監督は上手く処理している。団地の階段を巧みに利用し、カメラワークも面白い。
 それにしても、山岡久乃って、こんな昔から母親役をやってたんだ(笑)。(2000/10/21)

喜劇 とんかつ一代 きげきとんかついちだい
監督 川島雄三
公開年 1963年
評点[A]
感想  今日は、東京の三百人劇場で川島雄三監督の『喜劇 とんかつ一代』を観た。昭和三十八年(1963)の作品。

 上野のとんかつ屋「とん久(きゅう)」の店主・五井久作(森繁久彌)は、元々は上野動物園の隣にあるレストラン青龍軒のコック長・田巻伝次(加東大介)の一番弟子だったが、彼の妹・柿江(淡島千景)と一緒に店を出てとんかつ屋を開いてしまったので、久作と伝次は犬猿の仲になっていた。伝次の息子の伸一(フランキー堺)が久作の元に転がり込んでいたり、伸一の会社の社長で伝次の恋敵でもあった衣笠大陸(益田喜頓)が青龍軒を買い取ろうとしたり、てんやわんやの騒動が続く。

 森繁やフランキー堺たちを初めとする、豪華キャストが集まった喜劇作品。いきなり、オープニングタイトルでは生きている豚の横顔が映し出されて観客を驚かせる。上記以外にも、三木のり平・木暮実千代・池内淳子・山茶花究・水谷良重(現・水谷八重子)・岡田真澄など、多くの登場人物が様々なエピソードを繰り広げて、とても一度観ただけでは紹介できない(笑)。しかし、複雑な人間関係を混乱無く描ききった脚本(柳沢類寿)と監督の技量は敬服もの。
 中でも、三木のり平&池内淳子のクロレラ研究家夫婦と岡田真澄の“変な外人”が特に面白い。所々しつこいドタバタギャグもあるが、ウィットの効いた笑いに満ちている。森繁久彌の歌うテーマ曲が耳に残る、喜劇映画の快作。

 ただし、現在観ると傑作と思えるのに、川島監督特集上映のパンフレット(磯田勉 編『川島雄三 乱調の美学』ワイズ出版 2001年)に引用されている川島監督自身の言葉によると、公開当時は酷評されたのだろうか。う〜む…。(2001/05/04)

イチかバチか いちかばちか
監督 川島雄三
公開年 1963年
評点[A’]
感想  今日は、川島雄三監督の『イチかバチか』を観た。昭和三十八年(1963)の作品。

 一代で南海製鋼を築いた島千蔵社長(伴淳三郎)は、全財産200億円をかけた世界最大級の製鉄工場建設を発表した。たちまち島社長と企画室長の北野真一(高島忠夫)のもとに工場誘致の自治体が列を成し、中でも東三市の大田原市長(ハナ肇)はその強引な馬力で二人を振り回す。しかし、東三市には市会議員の松永(山茶花究)を始めとする反対派も存在した。

 川島監督の遺作。公開の5日前に急逝したという。しかし、諦観めいたものはなく川島監督らしさも健在で、こじつけめいた見方をしなければ特に死期を予感させるものはないと思う。
 この作品は現代社会を舞台にしたものであり派手なところは全くないのだが、所々非常に大掛かりで金をかけた贅沢な作品のように見える。それだけ川島監督の実力が認められていたのだろうか。伴淳は老人役でちょっとおとなしいが、ハナ肇は相変わらずの押しの強さで大活躍。一筋縄では行かない人物を演じている。山茶花究も徹底して大真面目な演技で存在感あり。
 原作は城山三郎で私は未読だが、真面目な経済小説だったのだろうか。脚本の菊島隆三と川島監督が料理したためか皮肉なユーモアを感じさせる。社会批判色が濃いが、説教臭さが出る前にコメディで中和するのは巧み。終盤の大田原と松永の演説合戦は『ジュリアス・シーザー』のブルータスとアントニーに倣ったのか、面白いシークエンスだった。ラストも、あっさり気味に放り出したような終わり方が川島監督らしい。
 この作品では奇を衒ったところはないけれども、自動的に屋根を開閉できるオープンカーやテープレコーダー、ポータブルテレビなどモダンなアイテムが登場するのは川島監督の趣味のようだ。(2004/11/27)

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川島雄三
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