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熊谷久虎
阿部一族 あべいちぞく
監督 熊谷久虎
公開年 1938年
評点[A]
感想  今日は、熊谷久虎監督の『阿部一族』を観た。昭和十三年(1938)の作品。

 寛永十八年、肥後熊本藩主・細川越中守忠利が死去。許しを得られず殉死できなかった阿部弥一右衛門(市川笑太郎)に対する陰口がささやかれ、面目を保つため弥一右衛門は切腹。だが、そのため遺族はさらに冷遇され、長男の権兵衛(橘小三郎)は勝手に髻〔もとどり〕を切って罰せられる。次男の弥五兵衛(中村翫右衛門)以下阿部一族は阿部家の名誉を守るため戦うことを決意する。

 原作は森鴎外の歴史小説(脚本:熊谷久虎・安達伸男)。私は原作は未読だが、映画は冒頭からラストまで“死”が付きまとい、異様な緊張感をたたえている。
 登場人物は、現在の我々の日常会話で何気ない話題を口にするように殉死のことについて語っており、殉死は先験的に是とされていてその価値を云々されることはない。前進座一同の演技は至極ナチュラルで、時代がかった大芝居なところはほとんどないのだが、登場人物たちの考え方が現代人とは全く異なっていることを知らされる。
 かといって彼らが武士道の権化というわけではなく喜怒哀楽を持つ人間として描かれていて、特に硬軟併せ持つ中村翫右衛門の演技が素晴らしい。河原崎長十郎は弥五兵衛の親友である隣家の主・柄本又十郎を演じているが、この作品では脇役という感じだ。
 現代人と作品世界の橋渡しとして、映画オリジナルのキャラである唯一懐疑的な隣家の女中お咲(堤真佐子)というキャラが作られたようで、彼女とからむ役の仲間・多助を演じた市川莚司(のち加東大介)が大活躍だが、原則として殉死や武士道に対する批判が作中で描かれることはない。そしてまた賛美的な描かれ方がされているわけでもないと思う。客観に徹したような演出。
 熊谷監督の演出は、時に象徴的な表現などの技巧を用いるものの、硬質で表に出さない力を内に秘めているような気がする。映像も全体にシャープで力強さを感じさせ(撮影:鈴木博)、黒澤明監督が熊谷監督の影響を受けた? というのもわかるような気がする。黒澤作品は情熱を表に出すところが全然異なるが。

 作中人物と現代人の意識のズレの大きさ、そして殉死・武士道に対する価値判断は全て観客にゆだねられているような感じ、それらによって独特の後味が残る作品になっている。(2005/06/19)

上海陸戦隊(上海陸戰隊) しゃんはいりくせんたい
監督 熊谷久虎
公開年 1939年
評点[B]
感想  今日は、熊谷久虎監督の『上海陸戦隊』を観た。昭和十四年(1939)の作品。

 昭和十二年。盧溝橋事件によって日中両国が戦争状態に入り、国際都市・上海でも緊張が高まる。ついに中国国民党軍が上海の日本人居留区を包囲攻撃し、駐留していた日本海軍上海特別陸戦隊の峯中尉(大日方伝)率いる中隊は要路を守るため寡兵を以って我に数十倍する敵と戦った。

 昭和十二年八月十三日に勃発した第二次上海事変とも呼ばれる戦いの数日を海軍の協力・監修の下にドキュメンタリータッチで描いた作品(脚本:沢村勉/補訂:安達伸男/後援:海軍省)。
 一中隊が守る地域の最前線と中隊司令部に話を絞り、前線での兵士たちの戦いと中隊長の指揮を中心に描いている。海軍の全面協力を得だけあって、戦闘シーンは火薬たっぷりで戦車や装甲自動車も出動し非常にリアル。まさにドキュメンタリー的な迫力がある(撮影:鈴木博)。
 陸戦隊員たちの人物像は理想化された「忠勇無双の我が兵」ばかりで、『五人の斥候兵』(監督:田坂具隆)の兵士たちのような人間性はあまり感じられない。それは戦闘の描写に的を絞っているため仕方ないかもしれないが……。軍人らしい緊迫感はある。波状的に危機が迫ってくる構成は展開に抑揚を与え、刺激に慣れさせることなく同時に緊張感を弛緩させず、監督の力量を感じられる。
 抗日的な支那人(当時の呼称)少女として監督の義妹の原節子が出演。なかなか緊迫感ある演技をしている。顔も痩せた感じで目つきも鋭く、監督が演技指導でかなり追い込んだのだろうか?

 現在の視点で観てしまうと政治的に文句をつけられる部分もあるだろうが、当時の技術で戦争を描いた作品として観ると、力作と認めることはできると思う。(2005/01/14)

指導物語 しどうものがたり
監督 熊谷久虎
公開年 1941年
評点[A’]
感想  今日は、熊谷久虎監督の『指導物語』を観た。昭和十六年(1941)の作品。

 国鉄の老機関士・瀬木(丸山定夫)は、定年を数年後に控えた自分が窓際に追いやられているような疎外感を覚えていたが、久しぶりに陸軍の鉄道部隊の新兵・佐川新太郎(藤田進)の指導を任されたので大いに喜ぶ。瀬木は同僚の田町機関士(藤輪欣司)と彼が指導するインテリ兵士の草野(中村彰)に対抗意識を燃やしながら、佐川を厳しく鍛えていく。

 当時の鉄道省と陸軍省が協力して作られた作品だという(原作:上田広/脚色:沢村勉)。それだけに、実物の線路や蒸気機関車を存分に使って作られていて、蒸気機関車の力強さ・重量感は素晴らしい。ただ撮るだけではなく様々なアングルが工夫されていて、撮影監督の宮島義勇(義男)の技量を感じさせる。
 まず映像の素晴らしさが先に立つ作品だが、内容的にも主人公の瀬木のキャラクターが面白い。“師弟もの”の範疇に入る作品だけれども、瀬木は機関車の運転のことしか頭にない。頑固というか、むしろ作品の中で最も大人気〔おとなげ〕なく子供っぽい性格になっている。かといって不快なキャラになっているわけではなく、彼が誠実に職務を果たしているのであり、佐川を思っているということも充分に伝わってくる。
 しかしながら、国策映画として作られたため、その部分が今の目で観ると気になってしまうほど多いのが惜しい。それも、申しわけ程度で体制協力的メッセージを入れたというのではなく、監督自身が国粋主義団体を主宰していたほどなので、出征場面が何度も挿入されたり、果ては瀬木の娘の一人が寝言で軍国歌謡を唄うのは明らかにやりすぎ。インテリ批判・反教養的な部分も目につく。
 『阿部一族』などの傑作を作ったり、この作品も観るべきところが多いので、熊谷監督がもっと自分自身を強く持っていれば大成して映画史に残る巨匠になったんだろうな……と思うと残念。この作品では生真面目なテーマの中にユーモアさえ感じさせてくれる部分もあったので、才能のある人だったと思うのだが……。
 瀬木の長女として原節子が出演。主演級ではないが、印象は強い。(2005/07/08)

熊谷久虎
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