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溝口健二

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愛怨峡(愛怨峽) あいえんきょう
監督 溝口健二
公開年 1937年
評点[超A]
感想
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愛怨峡
愛怨峡

 今日は、溝口健二監督の『愛怨峡』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 信州の老舗旅館の女中ふみ(山路ふみ子)は、そこの若旦那の謙吉(清水将夫)といい仲になって身ごもっていた。二人は東京へ駆け落ちしたものの生活に疲れた謙吉は、ふみに内緒で連れ戻しに来た父親(三桝豊)と一緒に帰ってしまう。ふみは荒んだ暮らしの果て、同じアパートに住んでいた流しの艶歌師・芳太郎(河津清三郎)と万才(漫才)のコンビを組んで旅回りの一座に入るのだった。

 溝口が『浪華悲歌』『祇園の姉妹』を作った第一映画が崩壊したあと新興キネマに復帰して作った一作。原作が川口松太郎ということになっているが、脚本の依田義賢によると川口の完成した作品に拠ったのではなく、万才師を主役という原案を持っていた依田に、川口がトルストイの『復活』を基にしたらというアイデアを提供してストーリーが出来上がったということらしい(『溝口健二の人と芸術』より)。
 使用人の女と若旦那という主人公ふみと謙吉の関係は後の『残菊物語』をちょっと彷彿とさせるが、この作品のふみは『残菊』のヒロインお徳よりもずっとたくましく強い。むしろ『浪華悲歌』『祇園の姉妹』のヒロインに似ているが、自分を取り巻く状況の中で苦闘した2作の主人公に対して、ふみはしがらみの中から飛び出す思い切りの良さも持っている。
 なりふりかまわず生き抜いていこうとする主人公の姿が印象的で、山路ふみ子の旅館の女中から女給そして万才師へという変貌ぶりが見事。自分を芸人と自嘲しながらも決して卑屈にならないヒロイン像は、この時代の日本映画では溝口しか描けないものだったのではないだろうか。
 現代から見ると映像はアップが非常に少なくロングショット主体だが、ドキュメンタリー的に一人の女の生き方を映しだしてリアリズムを生み出している(撮影:三木滋)。
 共演の河津清三郎や田中春夫なども好演で、シリアスなストーリーに乾いたユーモアを加え、女の“悲喜劇”といった色合いの作品にしている。もちろん山路ふみ子も良く、女給になったときの酔態と万才の芸達者さは目を見張るものがあった。

 近年フィルムが発見されるまで行方不明になっていてソフト化されていなかったため、これまであまり語られてこなかった作品だが、戦前作品の中では『浪華』『祇園』『残菊』に劣らぬ傑作だと思う。今になってDVDで観られるようになって本当に嬉しい。(2005/07/05)

残菊物語(殘菊物語) ざんきくものがたり
監督 溝口健二
公開年 1939年
評点[超A]
感想
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残菊物語
残菊物語

 今日もまた溝口健二監督作品の『残菊物語』を観る。う〜ん、超大作。道を歩いている様子を仰角かけて撮るのは、道端に溝を掘ればできるけど、船を水面からの角度で見上げたようなのはどうやって撮ったんだ?ラストの道頓堀船乗り込みが圧巻。
 長屋とか芝居小屋も大セットを組んで撮っていて、今の邦画が貧相に見えるっす。これもまた60年以上前の作品(1939)。もちっと画質・音質が良ければな〜。(2000/01/25)

元禄忠臣蔵(元祿忠臣藏) げんろくちゅうしんぐら
監督 溝口健二
公開年 1941年
評点[A’]
感想
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元禄忠臣蔵(前篇・後篇)
元禄忠臣蔵

 今日は、先日Amazon.comでDVDを買ったThe 47 Roninこと『元禄忠臣蔵』を観た。溝口作品を観たいと思ったので。

 この作品、“原寸大セット”を初めとする厳密な時代考証を語られることが多いが、改めて観直してみると(二度目の鑑賞)、原作の真山青果の戯曲でも演じられることの多い幕の「綱豊卿御浜御殿の場」が面白い。綱豊を演ずる市川右太衛門が良い。
 それと、“討ち入りなしの忠臣蔵”として名高いこの作品で、大石内蔵助(河原崎長十郎)が浅野内匠頭未亡人の瑶泉院(三浦光子)のもとに暇乞いに訪れ、そののち夜半に戸田局(梅村蓉子)が討ち入りを報ずる吉田忠左衛門(助高屋助蔵)の書状を読み上げるまで、なかなか緊迫感が合って良い。ただ、『忠臣蔵』について予備知識
の無い人はワケわからんかも。
 そして討ち入り成就からラストシーンまでは、義士切腹前夜の芸づくしは感動させれるけれども、切腹当日に おみの(高峰三枝子)という人物が現れるのは、なんとかならなかったものか。原作にあったとしても…。

 この作品、大石内蔵助を初めとして武士というものの姿が描けていると思うし、厳密な考証と出演者の押さえ気味な演技でドキュメンタリーフィルムのような雰囲気もあるが、やはり長すぎるのと『忠臣蔵』の予備知識が無いと理解しづらいのが難点か。それと、音質が悪いのが惜しい。(2002/01/01改稿)

宮本武蔵(宮本武藏) みやもとむさし
監督 溝口健二
公開年 1944年
評点[C]
感想  溝口健二監督の『宮本武蔵』を観た。昭和十九年(1944)年の作品。戦争末期の、55分ほどの小品。

 父の仇を討とうとする野々宮信夫(田中絹代)と野々宮源一郎(生島喜五郎)姉弟に剣の教えを乞われる宮本武蔵(河原崎長十郎)。兵法(剣法)は私怨のために用いるものではない、と言って一度は断るが、そこに佐々木小次郎(中村翫右衛門)がからんできて…。
 この作品の原作は有名な吉川英治の小説ではなく、菊池寛の新聞連載小説。なので、武蔵が仇討ちの助けをするという話になっている。しかし、武蔵が剣は私怨を果たすために使うものでないと言っておきながら、小次郎が源一郎を殺したと知ると、兵法者が強い者と戦うのは当然で私怨ではないと言って小次郎を追ったり、ちょっと不条理なところもある。巌流島での立ち回りも、なんだかチョット笑ってしまうかも。
 溝口健二も、戦時中は生活のために剣術映画を撮らされて苦労したんだなぁ(笑)。(2000/09/09)

名刀美女丸 めいとうびじょまる
監督 溝口健二
公開年 1945年
評点[A’]
感想
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名刀美女丸
名刀美女丸

 溝口健二監督の『名刀美女丸』を観た。昭和二十年(1945)の作品。これも67分と短め。

 若い刀鍛冶の清音(花柳章太郎)は、彼の作った刀が折れたせいで小野田小左衛門が謹慎を命ぜられ、しかも、謹慎を解く助けをしようと言ってきた者と争いになって斬られてしまったことに悩んでいた。小左衛門の娘の笹枝(山田五十鈴)は仇を討つことを誓い、清音は彼女のために刀を打とうとする。時おりしも幕末で、若い2人も風雲の中に巻き込まれていく……。

 これは男女のカラミがあるせいか、前作『宮本武蔵』よりもずっと溝口健二らしさが出ているように見える。冒頭、溝口作品には珍しいギャグがあったりして。清音の師匠が勤王の志士の一人で「上御一人(かみごいちにん=天皇)」なんて言ったりすることが不自然なのを除けば、小佳作と言えるかも。(2000/09/09)

女性の勝利 じょせいのしょうり
監督 溝口健二
公開年 1946年
評点[B]
感想  今日は、溝口健二監督の『女性の勝利』を観た。昭和二十一年(1946)の作品。脚本家の一人に、小津作品で有名な野田高梧が名を連ねている(もう一人は新藤兼人)。

 終戦直後、思想犯・政治犯の釈放によって、弁護士・細川ひろ子(田中絹代)の婚約者だった山岡敬太(徳大寺伸)も出獄することになった。実は、ひろ子の姉みち子(桑野通子)の夫である河野検事(松本克平)が山岡を告訴したという因縁があり、みち子と河野は自らの保身を考えて、ひろ子に山岡と復縁しないよう圧力をかける。その上、嬰児殺し事件の法廷で、ひろ子と河野が対峙することになった。

 溝口健二監督の戦後第1作。終戦とそれによる日本社会の価値観の変動が溝口監督に与えた影響を如実に示している作品。虐げられた女性を描くのは溝口お得意のテーマだが、田中絹代が封建的な社会を告発する演説をしたり、ひろ子の母役の高橋とよが妙に物わかりが良すぎるのが不自然に見える。
 女性を虐げる封建的社会の代表たる男(河野)・自由と民主主義を訴える男(山岡)・封建的社会に従っている女(みち子)・それに抗う女(ひろ子)という、わかりやすい図式のお説教映画。当時としては、こういう作品が求められていたのかもしれないが。ただし、嬰児殺しの女性(三浦光子)を描いている部分は、溝口健二らしい粘っこさを観ることができた。

 まだ旧憲法・旧刑法下の法廷を描いているため、判事・検事・弁護士が古めかしい法衣と法冠ををつけているのを観られるので、資料として貴重かもしれない。映像は所々美しいが(撮影:生方敏夫)、音声の状態が悪いのが残念。(2002/03/12)

歌麿をめぐる五人の女 うたまろをめぐるごにんのおんな
監督 溝口健二
公開年 1946年
評点[A’]
感想
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歌麿をめぐる五人の女
歌麿をめぐる五人の女

 今日は、溝口健二監督の『歌麿をめぐる五人の女』を観た。昭和二十一年(1946)の作品。主演は坂東蓑助。のちの八代目坂東三津五郎で、博学で知られたがフグにあたって亡くなった人だ。

 時は江戸時代の文化文政期。喜多川歌麿は世の通人たちと交わりながら、美しい女を描いて活躍している。彼の絵は男も女も惹きつけて止まず、気性の激しい水茶屋の女おきた(田中絹代)や、狩野派を侮辱されたと怒鳴り込んできたものの逆に歌麿に弟子入りした小出勢之助(坂東好太郎)などによって、様々な人間模様が繰り広げられる…。
 戦後、溝口がテーマに迷っていた時期の作品で必ずしも評価の高い作品ではないが、これが実は面白かった。意外な掘り出し物かも。確かに、主人公の歌麿のキャラが立っておらず周りの登場人物の方が活躍しているが、やはり溝口の女性の描き方は面白い。田中絹代も、進歩的な舞台女優や女壮士を演ずるよりも、この作品での恋に身を焦がす女の方がハマり役では。
 この作品は、女性を描く絵師が主人公なので、どことなく溝口自身が投影されているような気がする。原作者の邦枝完二がこの作品を新聞で批判したら、普段は絶対に雑文を書いたりしない溝口が自分で原稿を書いてラジオで反論したそうだ。のちになっても「これはもっとゆっくり時間をかけて作りたかった写真です」と言っているので、結構思い入れがあるのかもしれない。

 歌麿という名が何を想像させるのか、『歌麿をめぐる五人の女』(Utamaro and His Five Women)は『祇園囃子』(A Geisha)と並んで英語版ビデオの価格が他の作品より高いから面白い。(2000/09/04)

女優須磨子の恋(女優須磨子の戀) じょゆうすまこのこい
監督 溝口健二
公開年 1947年
評点[B]
感想  今日は溝口健二監督の『女優須磨子の恋』を観た。昭和二十二年(1947)の作品。

 これは題名通り、明治末〜大正時代にかけて新劇運動を推し進めた島村抱月と松井須磨子の恋とその結末を描いたもの。溝口作品としては、あまり評価は高くないが、ある邦画評サイトで傑作と言っている人もいたので興味を惹かれて借りて観た。
 ん〜、確かに松井須磨子を演ずる田中絹代は“熱演”だけれども、チョットやりすぎな感じもあるかも。対する島村抱月の山村聰が結構良かった。堂々たる風采と教養を持っていながら、婿養子という引け目のあるインテリ像をよく演じていたと思う。山村聰ってまだ生きてたっけ?(補注:2000年5月26日没)
 あと、上で言ったのとは別のサイトを作品を観たあとに覗いてみると、そこでは画面の端正さに注目して、光は基本的に左に置かれていて人物の構図は基本的に三角形、と書かれていた。う〜、全然気づかなかった…。

 これと同年に、やはり島村抱月&松井須磨子を描いた『女優』(監督:衣笠貞之助/主演:山田五十鈴)という映画も作られて、こちらの方が一般には出来が良いとされているが、『女優須磨子の恋』を誉めていた人は溝口版の方を推していたので比較してみたいと思ったのだけど、『女優』はキネマ倶楽部発売でレンタルは無かった。残念。(2000/04/18)

夜の女たち よるのおんなたち
監督 溝口健二
公開年 1948年
評点[A’]
感想
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夜の女たち
夜の女たち

 今日は、溝口健二監督の『夜の女たち』を観た。昭和二十三年(1948)の作品。

 終戦後数年の大阪で、ある女性(田中絹代)が乳飲み子を抱えて夫の復員を待っているが、戦病死していたことがわかり、子供も幼児結核で死んでしまう。婚家を出て闇取引をしている会社の社長秘書になるが(もちろん社長の手が付く)、偶然再会した妹と社長がデキちゃったのを知って家出をし、夜の街に立つようになる。そして…。
 なんつーか、やっぱり昔の邦画って売春婦ばっかり出てくるね(笑)。私は観てないんだけど、田中絹代は小津安二郎監督の『風の中の牝鶏』(1948)でも、子供の急病で一度だけ売春しちゃう主婦を演じている。ハマリ役?(爆)

 んでも、溝口健二の長期スランプの中で、力のこもった佳作ではあると思うっす。この時期の溝口作品の中では世評も高いし。いかにも啓蒙的な台詞とか悪い意味での“熱演”に見える部分もあって辟易する人もいるかもしれないけど、ラスト近くのパンパン(街娼)同士のリンチシーンはド迫力。女の暴力をよくここまで描いたなぁ。
 同時代だったというアドバンテージはあるにしても、五社英雄の何十年も前にこういうのを撮ってたんだから、溝口ってやっぱり凄い。(2000/05/09)

わが恋は燃えぬ わがこいはもえぬ
監督 溝口健二
公開年 1949年
評点[B]
感想  今日は、久々に溝口健二監督作品を観たっす。昭和二十四年(1949)の『わが恋は燃えぬ』。主演は田中絹代。

 明治十年代から二十二年の憲法発布の頃までの、女性運動家・平山英子(実在した景山英子がモデル)を描く。
 なんかちょっと、戦後しばらくの“戦後民主主義”の啓蒙映画って感じはしちゃいますね。田中絹代が似合わない演説調の台詞を言ったりして。そういう箇所は、依田義賢と脚本を共同執筆した新藤兼人が書いたに違いない(笑)。
 やはり溝口は、工場で女工がいたぶられるシーンや主人公たちが入れられる女子刑務所の描写の方が冴えているような気がする(笑)。しかし、この題名はどうも…。(2000/08/16)

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