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成瀬巳喜男

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雪崩 なだれ
監督 成瀬巳喜男
公開年 1937年
評点[C]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『雪崩』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 資産家の息子・日下五郎(佐伯秀男)は、おとなしい妻・蕗子(霧立のぼる)に飽き足りなくなり、別れて幼なじみの弥生(江戸川蘭子)と結婚することを望むようになる。しかし、五郎の父(汐見洋 )は、それを利己的だとして強く反対する。

 大佛次郎の小説の映画化(構案:村山知義/脚本:成瀬巳喜男)。人間のエゴイズムが主題の作品のようだが、主人公が単にわがままな坊っちゃんにしか見えず、父親の言うことが全てもっともだと思えてしまう。原作ではどうなのだろう。また、主演した俳優の演技力に問題があるので、そう見えてしまったのかもしれないが。主人公と弥生役の俳優の演技はちょっとキツイ。
 また、登場人物のモノローグの表現の仕方も少々不自然に感じた。(2002/10/23)

鶴八鶴次郎 つるはちつるじろう
監督 成瀬巳喜男
公開年 1938年
評点[A’]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『鶴八鶴次郎』を観た。昭和十三年(1938)の作品。

 明治時代、新内語りの鶴次郎(長谷川一夫)と三味線引きの鶴八(山田五十鈴)は、互いにかけがえの無い存在であることを自他共に認めていながらも、芸の上での考え方の違いが二人を隔てる。

 新派の代表的な演目にもなっている川口松太郎の原作の映画化(脚本:成瀬巳喜男)。私は題名しか知らず芸道ものというイメージだったのだが、前半は敢えて言えばラブコメ的な雰囲気だったが意外だった。若い二人の掛け合いが楽しい。当時まだ二十歳そこそこの山田五十鈴が長谷川一夫相手に堂々と渡り合っているのが凄い。
 二人が本格的に別の道を歩みだす後半は、前半の二枚目半的な雰囲気とはうって変わって、長谷川一夫が男の孤独をよく表現していた。ラストは台詞がちょっと説明的すぎるような気がしたが、良い。演出的には、きわめてオーソドックスだが完成度の高さを感じさせる。

 ちょっと調べてみたら、川口松太郎の原作は1934年の米映画『ボレロ』をヒントにしていたというので、ちょっとビックリ。(2003/08/05)

はたらく一家 はたらくいっか
監督 成瀬巳喜男
公開年 1939年
評点[B]
感想  『はたらく一家』は昭和十四年(1939)の作品。徳川夢声主演。

 職工の石村(徳川夢声)は、妻(本間敦子)と7人の子供たちと両親の大所帯を抱えている。自身と三男までの4人が働いても生活は苦しい。そのうち、長男(生方明)と四男(平田武)が進学したいと言いだし、家族は揺れる。

 徳永直によるプロレタリア文学を成瀬監督が自ら脚色して映画化した作品。ここでも、庶民の貧しさがリアルに描かれている。かといって告発調ではないが、ちょっと救いが無いというか、中途半端な終わり方という感じもする。検閲を考慮した面もあるだろうし、リアリティを重んじて安易な解決を与えなかったのかもしれないが。本人は、この作品を気に入っていたそうで…。
 こういう作品を観ると、昔の日本の家庭における父権というものに関して考えさせられる部分がある。この作品では、父親はただおろおろしているに等しいし、溝口健二監督の『浪華悲歌』ではヒロイン(山田五十鈴)が甲斐性の無い父親を罵っている。どちらも戦前の話なのに…父親の権威なるものは、経済力が無ければたちまち崩壊してしまう砂上の楼閣なのだろうか。(2001/06/11)

まごころ まごころ
監督 成瀬巳喜男
公開年 1939年
評点[A’]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『まごころ』を観た。昭和十四年(1939)の作品。

 小学生の長谷山富子(加藤照子)と浅田信子(悦っちゃん)は大の仲良し。信子の成績が下がったことから母親(村瀬幸子)と父親(高田稔)が口論となり、信子は自分の父親と富子の母親(入江たか子)が昔つきあっていたことを知ってしまう。

 石坂洋次郎の原作の映画化(脚本:成瀬巳喜男)。子供二人が主人公で、子役の演技はなかなか。大人の方では、入江たか子が凄く綺麗な母親なのが印象的。これでは信子の母親も嫉妬するだろう。
 自分の親の意外な一面を知って不安になる子供の心理がよく描き出されていて、親に気を使う姿は胸を打つ。一方、大人の方の描写がちょっと薄味な印象もないではない。終盤がいきなり昭和十四年当時の“時局”を反映したものになっていて、ちょっと「あらら」という感もあるが、この程度なら許せるかもしれない。いわば、ちょっとだけ小津の『お茶漬の味』(特に戦中の第一稿の脚本)に似た解決の仕方かな?(2003/03/01)

旅役者 たびやくしゃ
監督 成瀬巳喜男
公開年 1940年
評点[A’]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『旅役者』を観た。昭和十五年(1940)の作品。

 旅回りの六代目“中村”菊五郎(高勢実乗)一座の市川俵六(藤原鶏太〔釜足〕)と中村仙太(柳谷寛)は馬専門の役者。菊五郎が偽者と知って怒った勧進元(中村是好)が酔って馬の頭を壊してしまうと、兄貴分の俵六が舞台に立つことを拒むが……。

 私個人的には、成瀬巳喜男はモダンな都会物のイメージが強いので、田舎町を舞台にしたこの作品は新鮮に感じた。テンポがかなりゆっくりだけれども、それで田舎町ののどかな雰囲気が表現できているかも。主役二人の藤原釜足と中村寛は旅役者らしい雰囲気を出しているし、“アノネのオッサン”の高勢実乗が座長を演じて結構な貫禄を出していたのにはちょっと驚いた。ただし、稲垣浩監督の著書『ひげとちょんまげ』中の一編「アーノネのオッサン」によると、高勢実乗は映画界に入る前は中部名古屋あたりで一座を構えていた立役者だったそうだ。全く意外だが……。
 上映時間1時間10分ちょっとの、よくまとまった喜劇の小品という感じの一作。(2003/02/21)

秀子の車掌さん ひでこのしゃしょうさん
監督 成瀬巳喜男
公開年 1941年
評点[A]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『秀子の車掌さん』を観た。昭和十六年(1941)の作品。

 甲府を走る甲北乗合自動車には、運転手の園田(藤原鶏太〔釜足〕)と車掌おこま(高峰秀子)が走らせるおんぼろバスが一台きり。とてもライバル会社にはかなわず、おこまはバスガイドとして乗客に名所旧跡の案内をすることを思いつく。その文案を会社の近所の旅館に逗留している作家の井川(夏川大二郎)に頼むと、すぐさま書いてくれたが……。

 原作は井伏鱒二の 『おこまさん』(脚本:成瀬巳喜男)。高峰秀子の成瀬作品初出演だという。成瀬監督と高峰秀子は縁が深いイメージがあるので、昭和十六年の段階まで出演していなかったのが意外だ。
 55分ほどの小品だが、顔が真ん丸でまだ少女っぽい高峰秀子と人の良さそうな藤原釜足、浮世離れしているような小説家を演じた夏川大二郎とバス会社のセコい社長を演じた勝見庸太郎、皆良い。監督の細かい演出によって各キャラクターも各々の行動で的確に性格を表現されている。
 田舎道をバスが走る風景から最初の方は清水宏作品を一瞬連想したが、成瀬監督だけあって市井の庶民をちょっと皮肉な視点からリアルに描いている。かといって嫌味なのではなく、この作品ではキャラのセコさが愛嬌になっているように見えた。ラムネかけかき氷、美味そう。
 しかし、終盤では一転してドラマティックな(?)展開。『流れる』に似ているという説を見かけたことがあるが、そうかもしれない。だが私は、おこまと園田なら大丈夫だろう、と思った。
 原作のおかげでもあるのかもしれないが、非常に密度の高い短編の良作。原作も読みたくなった。(2005/04/12)

歌行燈 うたあんどん
監督 成瀬巳喜男
公開年 1943年
評点[A]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『歌行燈』を観た。昭和十八年(1943)の作品。

 観世流の宗家の跡取り喜多八(花柳章太郎)は、たまたま寄った伊勢で謡曲指南・宗山(村田正雄)が当代随一と自称しているのが気に入らず、彼を大いにやり込めて立ち去る。すると、喜多八の意図せぬ事態になり、喜多八は父・源三郎(大矢市次郎)に破門・勘当されて放浪の旅に出た。門付けで世過ぎをしていると、思いがけないところで宗山の娘お袖と再会する。

 原作は泉鏡花で、脚本は久保田万太郎。1960年にも衣笠貞之助監督で映画化されている(脚本:衣笠貞之助・相良準)。
 喜多八の放浪時代の描き方が以前観た衣笠版とはかなり異なり、喜多八と組んで門付けする相棒のキャラ(瀬戸英一)が良い。原作は未読なので、衣笠版と成瀬版のどちらが脚色が強いのかはわからないが、人情の細やかな描き方、また喜多八の父と叔父(伊志井寛)の描写も含めて、成瀬版の方が人物描写の掘り下げ方が深い。芸道の奥深さの表現の点でも成瀬版の方が勝っているように感じた。衣笠版も観た時は感動したのだが、どうしても比較してしまうと……。
 今考えると、衣笠版は主役二人(喜多八&お袖)にスポットを当てられていて、市川雷蔵と山本富士子という二大スターのための映画という感じがする。
 戦中の作品で技術的限界と悪条件の制約はあるが、映像がなかなか良い(撮影:中井朝一)。(2004/02/27)

愉しき哉人生 たのしきかなじんせい
監督 成瀬巳喜男
公開年 1944年
評点[B]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『愉しき哉人生』を観た。昭和十九年(1944)の作品。

 ある風の強い日、田舎の商店街に“よろづ工夫屋”と称する相馬太郎(柳家金語楼)一家が引っ越してきた。彼は何事も工夫次第・気の持ちようで解決できると言う。商店街の面々は一風変わった彼らにとまどい、あるいは胡散臭い目で見るが、感化される人も現れ始める。

 主人公となるのはなんとも変わった家族で、例えば金語楼の幼い娘(中村メイコ)は、時計屋の息子(小高たかし)に、欲しいおもちゃを買ってもらえなくてもガッカリしてはいけない、「今買ってもらうより、いつか買ってもらえると思って待っていた方が楽しいと思うのよ。そういうふうにしたら、どんなことだって喜べるでしょう」と説いて、それを“喜びごっこ”と称する。う〜ん、元祖“よかった探し”? 愛少女ポリアンナ?
 金語楼が近所の面々(横山エンタツ・鳥羽陽之助)にジャガイモの皮やニンジンの尻尾を利用して卵がメインディッシュのフルコース(?)をふるまったり、金語楼の娘の一人(山根寿子)は日常生活の不要品やボロきれを再利用してアクセサリーや人形を作る工夫を近所の同年代の娘に教えたりするので、「贅沢は敵だ」「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」的スローガンの宣伝映画として作られたらしい。
 相馬一家がすぐには受け入れられず最初は白眼視する人もいるのは成瀬作品らしいし、エンタツ他の商店街の面々が、ぎりぎりステロタイプに陥らず、いかにも田舎町にいそうな人々に見えて面白い。ただやはり金語楼たちが正体不明すぎて中途半端な感はぬぐえない感じ。
 公開当時、「戦意高揚につながらぬ愚劣な映画」とされて検閲で切られたというが本当だろうか。(2004/09/02)

三十三間堂通し矢物語 さんじゅうさんげんどうとおしやものがたり
監督 成瀬巳喜男
公開年 1945年
評点[B]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『三十三間堂通し矢物語』を観た。昭和二十年(1945)の作品。

 江戸時代の京都、旅館の若い女主人お絹(田中絹代)は、かつて奉公に上がっていた和佐家の息子を引き取って育てていた。その和佐大八郎(市川扇升)は、かつて三十三間堂の通し矢の記録を破られて自害した父の汚名をそそぐため弓の稽古に励むが、弱冠十七の若さゆえ通し矢の日が近づくにつれて不安になっていく。そんな彼を唐津勘兵衛と名乗る旅の侍が励まし、大八郎も彼を慕うが……。

 成瀬監督の珍しい時代劇。終戦直前の作品だが、京都で撮影されたためか戦時中らしい雰囲気は全く無い。むしろ京都で撮る映画ということで時代劇になったのかな。内容も、武士道や忠義を強調するものではなく、弓道という一つの道に生きることの尊さと厳しさを描いたもので“芸道もの”に近く、国策映画的なところは感じられない。
 ただ、芸道ものにしては弓そのものの描写がアッサリしていて、重点が唐津勘兵衛に置かれているので、大八郎を支えるお絹の描写が少ないのが物足りない気がする。ドラマはあるのだが、全体に淡々と進む印象だった。唐津勘兵衛とその実弟(河野秋武)が直接からむところは良かった。(2003/03/17)

四つの恋の物語 よっつのこいのものがたり
監督 豊田四郎・成瀬巳喜男・山本嘉次郎・衣笠貞之助
公開年 1947年
評点[C]
感想  今日は、『四つの恋の物語』を観た。四人の監督によるオムニバスで、昭和二十二年(1947)の作品。

 第一話は豊田四郎監督の「初恋」。脚本は黒澤明。父(志村喬)と母(杉村春子)と三人暮らしの高校生・正雄(池部良)の家に、父の知り合いの娘・由紀子(久我美子)が預けられてくる。彼女によって正雄の生活はすっかり変わり、母親はそれを心配する。まだ蛮カラを気取る気風の残っていた高校生とその家族が若い娘の登場に惑わされるという、戦後らしい作品。黒澤脚本だが、それらしいところは無く、舞台が家を出ないのでホームドラマの小品といった感じ。
 第二話は成瀬巳喜男監督の「別れも愉し」。脚本は小国英雄。離婚歴のある年上の女(木暮美千代)が、男(沼崎勲)に若い恋人(竹久千恵子)ができたと知り、身を引こうとする。これも部屋を出ることなく、ほとんど男と女の会話のみで終始する。正直言って古臭いメロドラマで、成瀬作品として観ると、かなり出来の悪い方ではないだろうか。
 第三話は山本嘉次郎監督の「恋はやさし」。脚本は山崎謙太。ある劇団の下っぱ役者・金ちゃん(榎本健一)は、同じ劇団のナミちゃん(若山セツコ)が劇団を辞めて大阪へ行くと聞いて気が気ではない。だが、金ちゃんは劇に出番があって彼女を見送りに行くこともできず……。エノケンが劇中劇の『ボッカチオ』を演じていて、その歌はいかにも昔の日本の翻訳劇っぽいが、エノケンだけに巧みで面白い。
 第四話は衣笠貞之助監督の「恋のサーカス」。脚本は八住利雄。あるサーカス団で、空中ブランコの最中に富蔵(河野秋武)という男がわざと手を離して仲間を落とすという殺人事件が起こった。刑事や検事たちが立ち会っての実況検証の最中、そのサーカス団の女まり子(浜田百合子)を中心とした複雑な人間関係が浮かび上がってくる。これもサーカスのテントの中が舞台。昔のサーカス団の貧乏くさい雰囲気が出ている。全体に、出演者の演技がちょっと過剰気味に見えた。

 監督に豪華な顔ぶれを揃えたせいか、皆一つの部屋やセットを舞台とした会話中心の物語で、低予算作品という感じがした。また、全体に時代を感じさせられるストーリー。中では、エノケン出演の第三話が、彼の芸の片鱗をかいま見ることが出来て面白いと思った。(2000/02/16)

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