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野村芳太郎
慶安水滸伝 けいあんすいこでん
監督 野村芳太郎
公開年 1954年
評点[C]
感想  今日は、野村芳太郎監督の『慶安水滸伝』を観た。昭和二十九年(1954)の作品。

 江戸の初期、浪人・橡大介(高田浩吉)は偶然に梢(嵯峨三智子)という娘を助け、その繋がりで由井正雪(龍崎一郎)や丸橋忠弥(小澤栄太郎)と知り合いになる。実は、梢は町奉行・神尾備前守(笠智衆)の隠し子で……。

 由井正雪らが企てた“慶安の変”を、オリジナルキャラを狂言回しとして描いた物語。原作は村上元三(脚本:鈴木兵吾)。
 主人公にからむ人物が多く、それぞれの掘り下げが浅いため、何がテーマだかよくわからない。いくら主人公が狂言回し的なキャラだとしても、右往左往しているだけでは……。笠智衆も、あの演技と台詞回しでお奉行様といわれてもちょっと困った。せっかくの嵯峨三智子の熱演が空回り。(2002/12/19)

張込み はりこみ
監督 野村芳太郎
公開年 1958年
評点[B]
感想
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張込み
張込み

 野村芳太郎監督の『張込み』を観た。昭和三十三年(1958)の作品。

 ある年の夏、警視庁の捜査第一課刑事の柚木隆男(大木実)と下岡雄次(宮口精二)は、強盗殺人犯(田村高広)を追って九州の佐賀へ行き、彼の元情婦で現在は人妻となっている横川さだ子(高峰秀子)の家の前で張り込みを続ける。

 のちの『砂の器』同様、原作:松本清張・脚本:橋本忍で、二人組の刑事の捜査を描いた作品。ただし、『砂の器』では犯人の方に比重が置かれているのに対し、この作品は柚木刑事が主人公となっている。
 前半、急行列車での旅の風景や全く冷房の無い列車・警察署・旅館の風景や車掌のいるバスの内部が描かれ、昔の日本の風景が見られて興味深い。刑事たちが張り込みを続ける中盤は、時々柚木の回想などを交えるものの、ちょっとダレる感もあるように思った。終盤は、またドラマが急展開するが。(20002/07/28)

ゼロの焦点 ぜろのしょうてん
監督 野村芳太郎
公開年 1961年
評点[C]
感想
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ゼロの焦点
ゼロの焦点

 今日は、野村芳太郎監督の『ゼロの焦点』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 広告会社の金沢出張所の社員・鵜原憲一(南原宏治)が新婚7日目で姿を消した。新妻の禎子(久我美子)は彼を探すため金沢に赴くが、憲一の金沢での生活は謎に包まれていた。そのうち、憲一の兄(西村晃)などの関係者も行方不明になり、謎が深まる。

 松本清張の原作・橋村忍と山田洋次の脚本・川又昂の撮影と、のちの『砂の器』と同じ顔ぶれによる
作品。
 失踪した人間の謎解きで、まさにサスペンスというか推理劇の王道ストーリー。しかし、久我美子はこういう役に合っていないように見えた。また、のちの野村芳太郎作品に見られる悲劇の背後にある“昭和”の暗さの描写が足りないように感じられ、松本清張作品につきものの“わけあり”の犯人のその“わけ”にもう一つ観る側の胸に迫るものが足りないような気がした。かつての“裏日本”(今では禁句?)の描写はまずまずできていたのだが。昔の鉄道や駅の雰囲気がいい感じ。(2003/04/13)

男なら振りむくな おとこならふりむくな
監督 野村芳太郎
公開年 1967年
評点[C]
感想  あと、今日は野村芳太郎監督の『男なら振りむくな』を観た。昭和四十二年(1967)の作品。

 ある夜、浅間のオートバイレース場に向かう片倉(橋幸夫)と大貫(田村正和)は、軽井沢の一軒家で一夜の宿を乞うた。そこには若い島野杏子(加賀まり子)が一人暮らしで、彼女は近く莫大な財産を相続する身だった。やがて杏子は彼らのバイクレースにかける情熱に惹かれていく。

 石原慎太郎の原作を元にした作品(脚本:野村芳太郎・永井素夫)。登場人物が善悪はっきり分かれていて、悪いやつは喋り方や容姿で一見してわかる実にわかりやすい作品。また、八ヶ岳に向かって「好きだー!」と叫んだりして、もう凄い。また、若い頃の田村正和は現在の演技や台詞回しとは全く異なり、いかにも街のアンちゃんという感じでビックリした。これはちょっと見ものかも。
 野村監督は、自分の取りたい作品を撮るためにはプログラムピクチャー的な作品も作って会社を儲けさせてやらねばならない、という考えをもっていたそうで、これはその商業目的の娯楽作品といった感じの一本なのだろう。(2002/10/28)

影の車 かげのくるま
監督 野村芳太郎
公開年 1970年
評点[B]
感想
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影の車
影の車

 今日は、野村芳太郎監督の『影の車』を観た。昭和四十五年(1970)の作品。

 生真面目な会社員の浜島幸雄(加藤剛)は通勤バスの中で偶然、幼なじみの小磯泰子(岩下志麻)と再会する。自分の仕事と市民運動に夢中の妻(小川真由美)に飽き足りない浜島は、美しい未亡人となっていた泰子の家にたびたび足を運ぶようになる。しかし彼は、泰子の子(岡本久人)の目が妙に気になっていた。

 野村監督お得意の松本清張原作の作品(脚本:橋本忍)。
 造成中の郊外の団地の雰囲気や泰子母子の住む古い借家など、野村作品特有の“昭和”の雰囲気のリアルさはいつもながら見事。どうしてこう普通の風景をリアルに写すだけで恐くなるんだろう。媚のない子どもの演出も巧み。実験的な映像も面白い(撮影:川又昂)。30年以上前にこの題材を採りあげた原作者と監督の観点も先進的だと思う。
 ただし、全体に漂う恐さの雰囲気は良いのだが、終盤まで何度も似たパターンが繰り返される展開で、いささか食傷する。終わり方も唐突に思えた。原作は読んだことがないので知らないが、脚本にもう一工夫ほしかったような気がする。

 一つ、この当時のバスにまだ車掌がいたのが意外だった。いつごろからワンマンバスが一般的になったのだろうか。(2005/10/03)

砂の器 すなのうつわ
監督 野村芳太郎
公開年 1974年
評点[超A]
感想
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砂の器 デジタルリマスター版
砂の器
デジタルリマスター版
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砂の器
砂の器

 今日は、野村芳太郎監督の『砂の器』を観た。昭和四十九年(1974)の作品。

 昭和四十六年の六月、蒲田駅操車場内で殺人事件が発生する。警視庁の今西栄太郎(丹波哲郎)と蒲田署の吉村弘(森田健作)が被害者の身元を明らかにし、犯人である有名作曲家の和賀英良(加藤剛)にたどり着くと、そこには親子の絆と社会の偏見が産んだ“宿命”が横たわっていた。

 野村芳太郎監督による一連の社会派的作品の中でも、特に有名な一本。ハンセン病国家賠償訴訟で、国側が控訴しないことを決断した小泉総理が影響を受けた作品として話題となった。原作は松本清張による同題の小説。だが、これは映画の方が原作を完全に上回っている稀有な作品(脚本:橋本忍・山田洋次)。
 テーマ自体が異論を唱えづらい類のものであり、表現が情に流れすぎで音楽と自然の風景に頼っている部分も多いことなどから、この作品に対しては批判もあるが、とにかく観客に訴える力は比類の無い作品。1999年にテレビ東京でノーカット放映されたのを観たときには驚かされた。何度か観ると穴も見えてくるものの(説明的な台詞や全ての出演者の過剰気味の演技など)、それでも心を動かさずにはいられない。とにかく、一見の価値はあると思う。
 ハンセン病を扱っているためか、いまだにDVD化されていないので(補注:2002年10月にDVDが発売された)、中古LDを買ってしまった。ただし、ビデオは廃盤になっていないのでレンタルビデオ屋にも並んでいる。(2001/09/30)

八つ墓村 やつはかむら
監督 野村芳太郎
公開年 1977年
評点[A’]
感想
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八つ墓村
八つ墓村

 今日は、野村芳太郎監督の『八つ墓村』を観た。昭和五十二年(1977)の作品。

 羽田空港で旅客機の発着誘導員をしている寺田辰弥(萩原健一)は、自分を探す新聞の尋ね人広告を見つけて母方の祖父と名乗る人物(加藤嘉)と会う。しかし、祖父はその場で急死。毒殺であった。その後すぐ、辰弥は生まれ故郷の八つ墓村へ同村の未亡人・森美也子(小川真由美)の案内で向かう。見知らぬ親類と引き合わされ、自分が村一番の資産家の多治見家の後継者だと知らされて困惑するが、辰弥の周りで次々と殺人事件が発生する。果たして、村人に惨殺された落ち武者が葬られたという八つ墓の祟りなのか……。

 横溝正史原作の映画化(脚本:橋本忍)。公開当時、「たたりじゃ」が流行語になったという。
 スタッフは、監督:野村芳太郎/脚本:橋本忍/撮影:川又昂/音楽:芥川也寸志と、おなじみの野村組。監督以下、かつての日本の暗い雰囲気を描き出す手腕は見事。また、ウケ狙いではなく大真面目にフルスイングしてしまう野村監督の作風も生きていて、俳優のメイクなど“やりすぎ”なところもある。しかし、それが完全には滑稽になっていないのが、監督の力か。
 萩原健一はかなり自然な演技で、いきなり都会から山奥の村に連れてこられ血縁関係や因習に当惑する若者を好演。金田一耕介が渥美清なのでちょっと意外だが、金田一探偵が主役ではなく完全に脇に回っているこの作品では、朴訥とした感じが合っていた。この二人以外の、小川真由美や主人公の異母妹の山本陽子や多治見家の瀕死の当主役の山崎努などは、ナチュラルな演技というよりも“熱演”の類だが、作品の雰囲気を作るのに役立っていたかも。(2004/04/28)

鬼畜 きちく
監督 野村芳太郎
公開年 1978年
評点[A’]
感想
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鬼畜
鬼畜

 今日は、野村芳太郎監督の『鬼畜』を観た。昭和五十三年(1978)の作品。

 妻(岩下志麻)とたった一人の社員(蟹江敬三)と共に小さな印刷屋をやっている竹下宗吉(緒方拳)には、密かに愛人の菊代(小川真由美)がいた。しかし、経営がうまくいかず送金が滞ると、菊代は三人もの子供らを宗吉に押し付けて蒸発してしまい、妻は激怒する。家庭は地獄と化し、小心者の宗吉は追い詰められていく。

 実際の事件を基にしたという松本清張原作の映画化(脚本:井手雅人)。撮影は川又昂、音楽は芥川也寸志で、いつもの顔ぶれ。
 もう序盤から岩下志麻VS小川真由美の修羅場で、この濃い女優二人の熱演には、我ら惰弱な男どもは観ているだけで震え上がってしまうことしかできない。二人を相手にしていたなんて、弱気な男という設定の主人公をむしろ尊敬してしまうくらいだ。
 その後も、ゆとりのない暮らしを克明に映し出す映像と子役の巧みな演技によって、終始緊張を強いられる。ただし、緊張感がずっと持続してちょっと一本調子なので慣れてしまう面もあるが。事件自体は、児童虐待がたびたび報道されている(実数が増えたかどうかは別として)現在ではさほどショッキングではないけれども、やはり野村&川又コンビの“怖さ”の作り方は名人技だと思わされる。
 また、野村監督の子供の演出の上手さには驚かされる。それにしても、先頃亡くなった野村監督は野村芳亭(松竹蒲田の監督にして撮影所長)の御曹司で「坊っちゃん」と呼ばれて何不自由なく育ったということになっているが、作品の子供の描写には特別なこだわりがあるように見える。子供時代に何か特別な経験があったのか、あるいは自身の体験でなくとも見聞きしてショックを受けたことでもあったのだろうか。(2005/04/14)

震える舌 ふるえるした
監督 野村芳太郎
公開年 1980年
評点[B]
感想
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震える舌
震える舌

 今日は、野村芳太郎監督の『震える舌』を観た。昭和五十五年(1980)の作品。

 東京郊外の団地に住む若夫婦(渡瀬恒彦・十朱幸代)の一人娘まさ子(若命真裕子)が、体調を崩す。最初は風邪や心因性のものと診断されていたが、大学病院の教授(宇野重吉)の診断で破傷風と判明。まさ子・夫・妻・主治医(中野良子)と病気との戦いが始まる。

 ジャンルとしては難病ものに分類される作品だが、野村監督とベテランスタッフがフルスイングで腕を振るったことによって、別の種類の趣が出てきてしまったことで知られる作品。破傷風によって、えび反りながら「あ゛〜!」「い゛〜!」と叫ぶ少女。舌を噛んでしまうので口元は血で真っ赤。たびたびそんな様子を見せつけられ、精神崩壊していく夫婦(特に後者)。よく言われているように、このあたりは完全にホラー。芥川也寸志の音楽や渡瀬恒彦の見る悪夢の映像(撮影:川又昂)も恐怖をあおる。狙ったのか。
 ただし、聖路加大学付属病院の監修を得て、破傷風の病因・病状の経過や治療法が正確に描写されていて、また友人夫婦(蟹江敬三・日色ともゑ)や夫の母(北林谷栄)の励ましや援助なども描かれているので、単なるゲテモノ映画にはなっていない。自分の子供相手でも、自らが病気に感染していないか恐怖してしまう夫婦の姿が非常にリアル。三木卓による原作があるらしいが(脚本:井手雅人)、絶版。読んでみたい。
 とにかく、野村芳太郎監督は少し昔の日本的な湿り気のある恐怖を描くのが上手い。小津や黒澤や宮崎アニメだけでなく、こういう作品も外国人に観てほしいような気もする。(2003/03/07)

野村芳太郎
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