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渋谷実(澁谷實/澁谷実)

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飛び出したお嬢さん(飛び出したお孃さん) とびだしたおじょうさん
監督 渋谷実
公開年 1947年
評点[A’]
感想 今日は、渋谷実監督の『飛び出したお嬢さん』を観た。昭和二十二年(1947)の作品。

 ある日、下町でミルクホールを営むお由(飯田蝶子)のところに、かつて世話になった問屋の娘である時子(水戸光子)が家出して転がり込んできた。お由は隣の清吉(河村黎吉)に頼んで時子が親元に帰るよう説得してもらおうとするが、かえって清吉は言いくるめられてしまう始末。その後も清吉は時子の口車に乗って金儲けを企んでお由や幼なじみの正六(坂本武)に迷惑をかけ、娘とみ江(三浦光子)をあきれさせる。

 昭和二十二年の作品だが、水戸光子・三浦光子の二大女優に加えて河村黎吉や坂本武など松竹映画の常連が登場して、戦前以来の松竹作品の雰囲気がある(脚本:斎藤良輔・中山隆三)。
 しかし、顔ぶれは昔ながらの面々だが、清吉を始めとして皆かなり利己的でがめつく、それが戦後の作品であり渋谷監督の演出であることを感じさせる。特に清吉の図々しさは徹底していて、よくこの作品は三浦光子あるいは水戸光子主演作品と言われているが、実際は河村黎吉の堂々たる(?)主演作になっている。
 途中、清吉が事件を巻き起こしては失敗をやらかすというパターンが続いてちょっとダレて、そしてめでたしめでたしで終わると思いきや、意外な展開を見せるところが渋谷実監督らしいだろうか。主に下町の商家を舞台としている中で、砂浜で突然登場する水戸光子はハッとするほどカッコイイ。上原謙も登場するが、ただ色男なだけでほとんど何もしない(笑)。
 1時間12分ほどの中編だが、水戸光子の風変わりなキャラクターと主役の河村黎吉を観られる珍しい作品かもしれない。(2004/11/19)

朱唇いまだ消えず べにいまだきえず
監督 渋谷実
公開年 1949年
評点[C]
感想  今日は、渋谷実監督の『朱唇いまだ消えず』を観た。昭和二十四年(1949)の作品。

 一人娘の君子(久我美子)と母(高橋豊子〔高橋とよ〕)を抱えて銀座バーの雇われマダムをしている木島孝子(高杉早苗)は、旧知の間宮利夫(佐分利信)と偶然に再会し、たびたび会うようになる。しかし、間宮にも妻(杉村春子)と娘(小川弘子)があるため、たか子は躊躇するようになっていった。

 戦前の松竹女優だった高杉早苗が10年ぶりに復帰した作品だという。戦前作品と比べると、容姿がはっきりと衰えているわけではないが、やはり年齢を感じさせるところはある。
 戦後の自由や権利意識の高まりと倫理観との相克がテーマのようだが、主人公の孝子は妙に潔癖すぎるし、間宮や君子は自分勝手で幼稚にさえ見えてしまい、キャラクターが少々類型的になっていると思う。渋谷実作品だが、喜劇性や風刺の色はほとんどなく、監督も脚本の新藤兼人も終戦直後の風潮に強く影響されていたような感じがする作品になっている。(2005/12/30))

てんやわんや てんやわんや
監督 渋谷実
公開年 1950年
評点[B]
感想  今日は、渋谷実監督の『てんやわんや』を観た。昭和二十五年(1950)の作品。

 出版社で全社員と社長(志村喬)が対立。社長と秘書の花輪兵子(淡島千景)は身を隠し、腹心の犬丸順吉(佐野周二)に機密書類を託して四国へ落ちのびさせた。犬丸は社長の旧知の人物に世話になるが、和尚(薄田研二)・越智(藤原釜足)・佐賀谷(三井弘次)ら妙な連中によって四国独立運動に引きずり込まれてしまう。

 獅子文六の新聞連載小説の映画化(脚本:斎藤良輔・荒田正男)。渋谷監督による獅子文六作品の映画化は4本にのぼるらしい。
 『自由学校』同様、戦前からの二枚目スターに優柔不断な男を演じさせているのが効果をあげている。宝塚から転じた淡島千景も、これが映画デビュー作とは思えないくらいアプレ世代の女性を伸び伸びと好演。同時期の黒澤映画では刑事や医者である志村喬がエロ社長なのも面白い。
 四国(伊予)でのエピソードは、奇人変人キャラクターと地元の“奇習”の大盤振る舞いで、いささかとっ散らかっていて、最後のまとめも放り出した感が。戦後社会の風潮に対する諷刺も、現在の目で観ると、この次の作品になる『自由学校』の方が時代を超えた普遍的なものを持っていると思う。
 しかし、やはり渋谷監督だけあってテンポの早さで観せられるし、ラスト近くも無理矢理ながらドライブ感はある。(2005/04/08)

自由学校 じゆうがっこう
監督 渋谷実
公開年 1951年
評点[A]
感想  今日は、渋谷実監督の『自由学校』を観た。昭和二十六年(1951)の作品。

 自由を求める夢想家の南村五百助(佐分利信)は勝手に会社を辞め、働き者の妻・駒子(高峰三枝子)は大爆発。文字通り五百助を叩き出した。自由になったものの行き先の無い五百助は、ばた屋の親父(東野英治郎)と意気投合して橋の下の住人の一員になってしまう。一方、駒子は突然自分も自由になったことに戸惑う。

 獅子文六の小説の映画化(脚本:斎藤良輔)。同時期に大映でも映画化されて(監督:吉村公三郎/脚本:新藤兼人)競作になったという。
 威厳ある二枚目の佐分利信が何もできないグータラ男、美人俳優の高峰三枝子がヒステリックな人妻と、主人公夫婦からして一般のイメージの逆を突いたキャスティングと演技だが、その他にも淡島千影と佐田啓二が軽薄なアプレ世代の若者カップルを演じて意外な面を見せる。佐田啓二のオカマ言葉は衝撃的(笑)。笠智衆や高橋とよ・清水将夫・十朱久雄も意外な役で出演。笠智衆の役にはちょっとビックリした。
 何も出来ない佐分利がうろうろして、高峰や淡島・佐田が始終しゃべくりまくって常に笑いを誘う。終始コミカルでありながらドタバタに流れず、社会諷刺の色も濃いのに嫌味を感じさせない渋谷監督の演出の手腕とキャスティングの妙に感服。また、実力ある俳優が真面目に喜劇を演ずるとこれほど面白くなるのか、とも思わされた。
 機会があったら吉村監督版も観てみたい。(2004/06/08)

本日休診 ほんじつきゅうしん
監督 渋谷実
公開年 1952年
評点[A’]
感想  今日は、渋谷実監督の『本日休診』を観た。昭和二十七年(1952)の作品。

 三雲医院の老医師・三雲八春(柳永二郎)は戦後の新装開院一周年の日を休診日にした。院長の座を譲った甥・五助(増田順二)や看護婦たちは遊びに出、八春と婆や(長岡輝子)はのんびり昼寝しようとしていた。しかし、婆やの子で戦地で精神を病んだ勇作(三國連太郎)が騒ぎ出したのを皮切りに、松木巡査(十朱久雄)が暴行された娘(角梨枝子)を連れてきたり、指詰めしてくれというやくざ加吉(鶴田浩二)が来たり、訪問者や往診の依頼がひっきりなしで休む暇もないのであった。

 井伏鱒二の原作の映画化(脚本:斎藤良輔)。新派出身の柳永二郎が主演で、ちょっと演技が濃いかな? と思うこともあったが、柳や渋谷監督はコメディ作品として作ったのだろうか。
 戦後しばらくの社会を反映する多彩な人物が登場して、柳永二郎は文字通り大活躍。原作のせいか、渋谷監督らしい毒気はちょっと薄めのような気がする。ただし、全体のテンポの良さはこの監督らしいし、終盤の急展開と最後にちょっとホロリさせられる味を楽しめる。
 出演者は、精神に異常をきたした役の三國連太郎は、これが異常な人物を演ずることが多い彼の原点なのかと思った(笑)。のちの役柄を考えると、チンピラ役の鶴田浩二が弱っちいのが面白い。松竹時代は二枚目俳優として売っていたので意外な役ではないのかもしれないが。加吉の情婦役として淡島千景、旧知の患者の息子として佐田啓二が出演。(2004/12/09)

現代人 げんだいじん
監督 渋谷実
公開年 1952年
評点[A]
感想  今日は、渋谷実監督の『現代人』を観た。昭和二十七年(1952)の作品。

 “国土省建設局管理課”の萩野課長(山村聡)は病気の妻の療養費と愛人・品子(山田五十鈴)への手当てのため、岩光土木工業の社長(多々良純)と癒着していた。同じことをしていた部下が左遷されたのを期に、萩野は一人娘・泉(小林トシ子)の事を考え身辺を整理しようとしたが、岩光は新たに荻野の部下になった小田切(池部良)に食いつく。

 東宝専属だった池部良が松竹へ招かれて撮った作品。五社協定(六社協定)の厳しい当時、東宝は快諾せず彼は相当な覚悟で出向いていったらしい。
 汚職する官吏・その愛人・汚職相手・汚れた官僚社会に巻き込まれていく若者……と、人物設定は官僚ではない一般市民が想像するステロタイプ通りであるが、一人々々のキャラクターは複雑な性格を持っていて類型的ではないのでリアリティを感じさせる。脚本(脚本:猪俣勝人/潤色:斎藤良輔)のためでもあろうし、社会風刺的でありながらユーモアの色も忘れない渋谷監督の演出の腕もあるだろう。
 登場人物の中でも特に銀座のマダム品子は出色で、山田五十鈴の実力を感じさせられる。池部良も良く、彼のベストアクトの一つに入るのではないだろうか。山村聡が小心者を演じているのも面白い。『自由学校』もそうだが、渋谷監督はキャスティングが上手いと思った。
 映像は奇を衒ったものはないが、人物の心理的な上下関係を物理的位置関係で表現した構図が時折あって印象に残った(撮影:長岡博之)。
 社会風刺と娯楽性を両立した渋谷監督の良作の一つだと思う。(2004/12/7)

やっさもっさ(やつさもつさ) やっさもっさ
監督 渋谷実
公開年 1953年
評点[A’]
感想  今日は、渋谷実監督の『やっさもっさ』を観た。昭和二十八年(1953)の作品。

 志村亮子(淡島千景)は、横浜で富豪の福田嘉代(東山千栄子)が主宰する混血孤児収容施設を理事として取り仕切っている。彼女は戦争のため腑抜けになった夫の四方吉(小澤栄、のち小澤英太郎)に飽き足らず仕事に熱中するが、寄付を求めに行った外国人実業家のドゥヴアル(ボッブ・ブース)に好意を寄せられる。一方、施設には収容児の一人トム(佐藤トシカズ)の母バズーカお時(倉田マユミ)がしつこく面会を求めてくる。

 渋谷監督による『てんやわんや』と『自由学校』に続く獅子文六原作の映画化(脚本:斎藤良輔)。前2作と主演俳優の何人かが共通しており、だらしない男と活発な女という戦後の風潮を反映したキャラクター設定も似ている。ただし、淡島千景の役柄は『てんやわんや』『自由学校』の“アプレ娘”から大きく変わっているが。
 この作品は、米軍人とパンパン(売春婦)・オンリー(現地妻)との間に生まれた混血児(冒頭では“占領児”とも呼称)問題というテーマが絡むため、前2作よりはシリアスな雰囲気になっている。しかしながら、社会派映画っぽくなっているわけではなく、登場人物には適度な戯画化が施されたりストーリーにドラマ性もあって楽しめるようになっているのが渋谷実の上手いところか(原作のおかげでもあるかもしれないが)。
 喜劇性は薄いが、多くのメインキャストがよく動いて最後に大きな盛り上がりが来るという渋谷演出らしさを観られる作品。(2005/06/26)

気違い部落 きちがいぶらく
監督 渋谷実
公開年 1957年
評点[B]
感想  (2000年3月31日に)もう一つ観た作品は、誰が聞いても驚く題名の『気違い部落』。昭和32年(1957)の作品で、監督は渋谷実。
 “気違い”も“部落”も今では放送禁止…もとい、“放送にふさわしくない用語”だから、地上波のテレビ放映は絶対不可能でNHK衛星でも難しいだろうな。ビデオにもなっていないかも。幻の一本ってわけだ(笑)。
 これは本当に部落(被差別部落ではなく本来の村落という意味)全員が気違いってわけではなく、映画の冒頭で森繁久弥が「気違いは自分のことを気違いだとは思っていない…」とナレーションするように、小さな山村のそのまた一部落で変わり者の男(伊藤雄之助)と妙に美人の妻(淡島千景)と娘と息子の一家が部落のボス率いる周囲に村八分にされるものの、男もそれに負けず反抗する様子を描いて、閉鎖的な日本的ムラ社会全体を諷刺した作品らしい。
 カリカチュア的な喜劇で始まったが、最後はシリアスになってしまって中途半端な印象で、それにこういう感じの高みから見下ろしたような社会批判の描き方は個人的にあまり好みではない。まぁ、珍品なので観たというだけで自慢できる作品ということか(笑)。(2000/03/31)

もず もず
監督 渋谷実
公開年 1961年
評点[A’]
感想  今日は、渋谷実監督の『もず』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 小料理屋で働く年増女中すが子(淡島千景)のもとに娘さち子(有馬稲子)が訪ねてきた。十数年ぶりに再会した二人だが、さち子は水商売の色に染まった母に嫌悪感を抱き、すが子はよそよそしいさち子に反感を覚える。

 主演の有馬稲子らの「にんじんくらぶ」製作で、水木洋子の原作・脚本。テレビドラマが基らしい。
 脚本家が女性であるためか女性キャラの描き方がかなりシビアで、渋谷実監督の演出とも相まって辛辣な作品になっている。近年の“一卵性母娘”のような甘いものではない。
 いや、女性のみならず、すが子の愛人(永井智雄)や、さち子に恋する男(川津祐介)も女の気持ちを考えず自分勝手で、人間を見る目は非常に厳しい。ただし、キャラクターの描き方が断罪的ではなく、その愚かさが哀れに見えるようであり、滑稽味を帯びている部分もあるので、見るに堪えないというわけではない。親子の思いがすれ違う様子が良く、時々挿入されるブラックユーモアも面白い。
 出演者の中では、小料理屋の突拍子もないしゃべりかたをする女中を演じた乙羽信子が強烈。また、小料理屋の女将の山田五十鈴も因業ぶりと老けっぷりが凄い。その他、桜むつ子・高橋とよ・清川虹子らのオバサン連も良い。となると、やはり有馬稲子の演技が少々硬く見えちゃうんだな。いつも「私、悩んでます」という表情に見えるというか……。

 とにかく辛辣なので観終わってすぐもう一度観たくなるわけではないが、こういうのも「あり」だな、と思った作品。(2005/02/18)

好人好日 こうじんこうじつ
監督 渋谷実
公開年 1961年
評点[A’]
感想  今日は、笠智衆主演の『好人好日』を観た。監督は渋谷実で、昭和三十六年(1961)の作品。

 奈良の大学の教授である尾関(笠智衆)は有名な数学者だが、世間のことには全く疎い奇人で、娘・登紀子(岩下志麻)の交際相手(川津祐介)の家族からも敬遠されるほどである。しかし、ある日突然、彼に文化勲章授与の話が飛び込んで……。

 実在の数学者・岡潔(元奈良女子大学教授)をモデルとした作品(原作:中野実/脚色:松山善三・渋谷実)。そのためか、冒頭で「この作品はフィクション云々」の断り書きが出る。
 笠智衆が頑固な変人像を好演。正直、これほど演技が上手いとは思わなかった。台詞回しは相変わらず訛(なまり)を感じさせるものの、間の取り方が上手くて笑わせてくれる(演出のおかげでもあるかもしれないが)。笠智衆は小津作品以外で本来の演技をしているのかもしれない。全体に意表を突かれるものは無いが、よくまとまった佳作という印象。1時間半弱と、コンパクトなのも良い。
 岩下志麻が非常に若く、可愛らしい。尾関の妻は淡島千景。貧乏暮らしを苦労してやりくりしてきた糟糠の妻としては、ちょっと綺麗過ぎるかな?(2003/04/15)

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渋谷実(澁谷實/澁谷実)
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