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島津保次郎

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緑の大地 みどりのだいち
監督 島津保次郎
公開年 1942年
評点[A’]
感想  今日は、島津保次郎監督の『緑の大地』を観た。昭和十七年(1942)の作品。

 中国の青島(チンタオ)での運河建設計画に従事している技師・上野洋一(藤田進)のもとに新妻の初枝(原節子)がやってきた。初枝は、船で同室だった井澤園子(入江たか子)がかつて夫が思いを寄せていた人だったことを知って嫉妬し、洋一は地元住民の運河建設反対運動に遭って苦しむ。

 島津監督が“日華親善”をテーマに青島ロケを敢行した大作(原作:島津保次郎/脚本:山形雄策)。撮影に三村明、音楽作曲は早坂文雄と、スタッフも一流。三村明のハイキーなトーンが大陸の開放感を映し出して効果的。
 テーマは純然たる国策映画だが、若夫婦の間に立つ波風やそれに関わる女性を中心にしてホームドラマあるいはメロドラマを軸として運河建設問題を描き、登場する日本人も全てが美化されてはおらず不真面目なやつや悪人までいるので、単なる大政翼賛映画ではない奥行きがあると思う。
 中国人側も、日本人に対する不信感を抱いている人間が多いことが、限界があるとはいえそれなりに暗示されている。運河反対運動家の一人としてデビュー間もない池部良が登場している。
 登場人物が多いため展開のテンポが少しゆっくりめで、結末はやはり美化され気味だが、戦後の観賞にも耐える作品だと思う。(2004/02/19)

母の地図(母の地圖) ははのちず
監督 島津保次郎
公開年 1942年
評点[超A]
感想  今日は、島津保次郎監督の『母の地図』を観た。昭和十七年(1942)の作品。

 浅間山麓の旧家だった岸家は当主を亡くして没落し、未亡人の幾里野(杉村春子)以下の一家は東京に出る。懸命に働く末娘の桐江(原節子)に対して長男の平吾(三津田健)は勤めに身が入らず、山師根性を出して岸家の最後の財産を蕩尽する。その上、頼りの次男・沙河雄(大日方伝)が召集されて出征し……。

 初期の黒澤明作品の脚本を手がけた植草圭之助の脚本デビュー作で、島津監督が“潤色”している。
 ある家族が経済的に困窮して崩壊していく過程を克明に追っていて、その厳しい描写に目が釘付けになる。“銃後の戦い”を描いたものとして製作を認められたのかもしれないが、むしろ大黒柱が出征したあとの家族を助ける社会保障制度がほとんど存在しないことへの批判がテーマになっているようにさえ見える。
 作中に登場する東京の街並みや男女の服装は、まだ戦争の影を感じさせず、山本夏彦の言うように空襲が始まるまでは庶民の生活はそれほど変わらなかったのかもしれないけれども、監督や脚本家は戦争によって生活の苦しくなる人々が増えていたことに批判的な目を向けていたのだろう。取って付けたようなラストだけが不自然で惜しいが、これは検閲を通過させるための方便だろう。
 母親や桐江らが徐々に追い詰められていく様子がリアルに描かれ、時々影を強調した映像(撮影:中井朝一)もそれを強調している。まだ三十代前半の杉村春子が演じる初老の母親や原節子など登場人物の演技は皆良い。桐江が思いを寄せる男性として映画初出演の森雅之が登場するが、この作品では坊主頭に眼鏡をかけた真面目な会社員風の人物で、戦後映画の色男とは思えないくらい。

 社会派を標榜する監督たちの作品よりも克明に困窮する人々を描き、島津監督の戦前のホームドラマから一歩進んで家庭の崩壊を描く様子は、のちの小津安二郎作品を彷彿とさせる厳しさがある。戦中に生まれた稀有な社会派の傑作ではないだろうか。(2005/02/22)

日常の戦ひ(日常の戰ひ/日常の戦い) にちじょうのたたかい
監督 島津保次郎
公開年 1944年
評点[A’]
感想  今日は、島津保次郎監督の『日常の戦ひ』を観た。昭和十九年(1944)の作品。

 高級住宅地に住む若手の大学教授・谷口伸太郎(佐分利信)は隣組の会合で組長に選ばれてしまう。隣組の住人は一癖ある者ばかりで、伸太郎の妻・恒子(轟夕起子)は大忙し。その上、伸太郎の弟・丹次郎は新婚なのに報道班員としてビルマ前線へ赴くことになる。

 終戦後しばらくして亡くなった島津監督の遺作(原作:石川達三/脚本:小國秀雄)。

 テーマは題名どおり、銃後の民間人も隣組制度によって一致団結して戦争協力しようというものであり、紋切り型のラストや轟夕起子までもが洒落た洋服ではなくモンペ姿なのを見ると島津監督も国策色の強い作品を作らざるを得なくなったのか、と思わされる部分もあるが、登場人物が個性的で感情を素直に出し、体制協力的な部分はちょっと素直でない描き方をしているようにも受け取れるので、単なる国策映画を超えた味がある。
 隣組の資産家の老人(志村喬)や伸太郎に来る手紙には前線では兵士が苦戦していることが書かれていて、それゆえ銃後の我々が協力しようということになるのだが、戦争の実情を伝えるのが目的では? と思えるくらい苦戦の様子が具体的に書かれている。また、隣組の面々に、いつも偉そうなことを言いながら自らに負担がかかってくるようなことになると姑息に回避しようとするやつがいたりして、風刺的なものを感じさせる。
 島津監督の他の戦中作と同様、戦争によって生活に影響を受けるリアルな一般人の姿を制約の中で描き出そうとした努力がうかがえる作品だと思う。(2005/08/06)

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