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清水宏

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大學の若旦那(大学の若旦那) だいがくのわかだんな
監督 清水宏
公開年 1933年
評点[A’]
感想  今日は、清水宏監督の『大學の若旦那』を観た。昭和八年(1933)の作品。

 醤油問屋“丸藤”の若旦那・藤井実(藤井貢)は大学のラグビー部の花形選手だったが、遊びの方も派手で半玉の星千代(光川京子)との仲を皆に知られて退部させられてしまう。ラグビー嫌いの父親(武田春郎)は喜んだが、ラグビー部の後輩(三井秀男)の姉たき子(逢初夢子)がレビューガールだったため、レビューに足しげく通うようになり……。

 戦後の若大将シリーズの原型といわれる『若旦那』シリーズの第一作。藤井貢の初主演作でもあるらしい。
 映画がトーキーになりつつある時代の作品で、音楽と効果音などが録音され台詞だけがタイトル画面で出る“サウンド版”。音質も比較的良いし拍手などの効果音や大学の校歌までタイミングにあった録音がされているので台詞も録音できるのでは? と思ったが、そう簡単には行かなかったのだろうか。
 主演の藤井貢は茫洋とした感じで若旦那らしかったが、まだ素人っぽい感じがする。のちの東宝の『泣蟲小僧』の小説家役はなかなか良かったけど。若旦那だから上手くなくて良いのかもしれないが、若旦那の叔父役の坂井武や若旦那の妹の婿役の斎藤達雄など脇に芸達者が揃っていたので、そちらの巧みさが目立ってしまったのも否めない。三井秀男や逢初夢子も好演。
 また、現在の目から見るとお気楽な若旦那の行動にはあまり好感を抱けないが、大学に行けるのは数%しかいなかった戦前の人々は、大学生に対して今の人間より鷹揚だったのだろうか。
 しかし、上記のように脇役の上手さが光るし、サイレント特有の俳優の動きのギャグや映像のつなぎ方で時間の省略を表現する清水監督の演出も巧み。レビューのシーンや、たき子の部屋の装飾に清水監督のモダン好みの趣味がうかがえる。(2004/07/10)

東京の英雄 とうきょうのえいゆう
監督 清水宏
公開年 1935年
評点[A]
感想  今日は、清水宏監督の『東京の英雄』を観た。昭和十年(1935)の作品。

 根本春子(吉川満子)は夫(岩田祐吉)が詐欺事件を起こして失踪したため、女手一つで寛一(藤井貢)・加代子(桑野通子)・秀雄(三井秀男)の三人をを立派に育てあげた。しかし、春子が実はいかがわしい仕事を営んでいたことを加代子の夫と秀雄の恋人に知られ、二人は家を出てしまう。

 源尊彦という名義の原作があるが、清水宏のペンネームだという(脚本:荒井正夫)。音楽のみ録音のサウンド版。都会を舞台としたモダン傾向の一作で、戦前の銀座の街並みも登場する。序盤で一家が江ノ島旅行する場面があり、江ノ島に渡る橋が戦前から整備されていたことが知られるのも珍しい。
 ストーリーはいわゆる母もの的だが、映像と展開のテンポが素晴らしい。タイトル画面の挿入のタイミングも巧みで、静的な画面が続くのに全く展開が遅く感じられない。まだサイレント映画をあまり多くは観ていないが、これほどリズム感の良い作品は初めて。ディゾルブで時間の省略を表現する手法も使われている。
 脚本に目新しいところはないが、サイレントとしては抑え目な演技を巧みな構図で捉え(撮影:野村昊)、それを絶妙なタイミングで繋いで一本の映画に構成する、清水監督の映像作家としての実力を感じた。(2004/09/17)

有りがたうさん(有りがとうさん) ありがとうさん
監督 清水宏
公開年 1936年
評点[A]
感想  昨日は、清水宏監督の『有りがたうさん』を観た。昭和十一年(1936)の作品。

 伊豆の天城越えのバス路線に、警笛を鳴らして人が避けてくれると必ず「ありがとう」と言うので“有りがたうさん”と呼ばれている運転手(上原謙)がいた。今日も彼のバスには、伊豆から出る女給(桑野通子)・東京に身売りする娘(築地まゆみ)とその母(二葉かほる)・怪しげなヒゲの紳士(石山隆嗣)など様々な乗客が乗り、有りがたうさんは街道を歩く様々な人とも声を交わすのであった。

 清水監督の代表作の一本とされる作品。バス旅行を舞台にしたロードムービーと言おうか、あるいはモーパッサンが元祖の“乗り合わせもの”か。
 バスの乗客を個々に見ると少々類型的かもしれないが、全体として見ると一つのの乗り物の中の独立した小世界が巧みに作りあげられている。時折、バスとは別世界である街道を歩いている人々との交渉があるのも良い。多少予備知識はあったが、朝鮮人労働者の少女のエピソードがあれほど時間を割いて描かれるとは、ちょっと驚いた。
 よく清水監督は自然な作風と言われるが、この作品は実は大変にドラマティックで、それをバスとその周りだけで描いている凄い映画なのかもしれない。
 監督の演出によるのか、出演者全員が非常にゆっくりとした台詞回し。演技は、だる〜い感じの女給役の桑野通子が特に良かった。(2003/06/03)

恋も忘れて(戀も忘れて) こいもわすれて
監督 清水宏
公開年 1937年
評点[B]
感想  今日は、清水宏監督の『恋も忘れて』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 港町に住む雪(桑野通子)は、ホテルのダンスホールのホステスをしながら一人息子の春雄(爆弾小僧)を育てている。ホテルの用心棒の恭介(佐野周二)は母子に好意を寄せるが、母親の商売ゆえに雪と春雄に対する世間の目は冷たい。

 清水宏監督のモダン趣味が出た作品であるが、のちの児童映画を先取りするように、春雄と彼を取り巻く子供たちが詳細に描かれていて、実質的には春雄が主人公とも言えるかもしれない。
 港や霧の立ち込める街角、雪たちの住むアパートなど、実にモダン。しかし、春雄がどこでも母親の仕事のためにいじめられたり、友達になってくれたのは中国人の子供たちだけだったことなど、シリアスで社会派的な雰囲気がある。また、冒頭の労働争議(というほどでもないが)など、昭和十二年の段階では、ここまで許されていたとはちょっと驚き。
 映像の保存状態は良く、画像も戦前の作品としてはシャープ。霧の出ている裏通りは、どうやって撮ったのだろうか(撮影:青木勇)。それと、室内の撮り方も、パンフォーカス的というか、縦の構図を多用していて近代的。洋画の影響だろうか。(2002/08/07)

花形選手 はながたせんしゅ
監督 清水宏
公開年 1937年
評点[A’]
感想  今日は、清水宏監督の『花形選手』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 大学の競技部(陸上部)に所属する関(佐野周二)は、昼寝好きの練習嫌いだが本番に強い“花形選手”。彼は大学の軍事教練の一環としておこなわれた野外演習でもマイペースで行動し、行軍の途中で門付け女(吉川満子)と知り合ったりするが……。

 清水監督お得意の野外ロケ中心の作品(脚本:鯨屋当兵衛=清水宏・荒田正男)。序盤から中盤まで学生たちの行軍シーンがほとんどなのだが、彼らが田舎道で様々な人々とすれ違ったり追い抜かれたりする情景が楽しく全く飽きない。人間が「歩く」ことに執着する清水作品の中でも特に楽しい“歩き”のシーンだ。
 水商売の女(門付け女といっても芸だけで稼いでいるわけではないらしい)や旅に暮らす行商人への興味も描かれて独特の風情がある。日中戦争が勃発して国策的な作品を撮ったように見えても、それは器だけで中身は完全に清水監督の世界となっている。
 笠智衆が関に対してライバル心と友情を併せ持った良き学友を演じ、近藤敏明や日守新一がコミカルな部分を受け持っている。(2005/02/26)

風の中の子供 かぜのなかのこども
監督 清水宏
公開年 1937年
評点[A]
感想  今日は、清水宏監督の『風の中の子供』を観たっす。昭和十二年(1937)の作品。

 小津安二郎と同い年(1903年生)の清水監督の作品は初めて観た。児童映画の名手とのことで、なかなかの佳作だと思う。子供と動物を出すのは卑怯だし(笑)、途中、結構ベタな人情噺(にんじょうばなし)っぽくなる場面もあったけれども、作りが丁寧で、ラストが良かったです。
 笠智衆がチョイ役で出てたが、老けメイクなしだと若いわ。清水監督の作品に結構出演していて、主演作もあるそうだ。
 笠智衆は、近年ますます小津安二郎監督の評価が高まっているのに清水宏監督のことが全く語られないのが不思議です、というようなことを言っていた。小津監督を尊敬はしていたかもしれないけど、撮影が楽しかったのは清水監督の方だったのかも。小津監督作品では自分の芝居なんてできないから。(2000/04/25)

按摩と女 あんまとおんな
監督 清水宏
公開年 1938年
評点[A’]
感想  今日は、清水宏監督の『按摩と女』を観た。昭和十三年(1938)の作品。

 山深い湯治場に、例年どおり元気者の按摩・徳市(徳大寺伸)と福市(日守新一)がやって来た。徳一は、東京から来た若い女(高峰三枝子)のことが気になって仕方ない。彼女は、子連れの男(佐分利信)と親しくなってしまうが、どこかぬぐいがたい陰があった。

 清水監督お得意の牧歌的な風景を背景にした、そこにたまたま集う人間たちの触れあいを描いた作品。
 当時のことだから登場する按摩(マッサージ師)たちは全て盲人で、彼らが“めくら”と自称したり他の登場人物が彼らをからかったりする描写もあるので、現在ではテレビ放映はもちろんソフト化も難しいかもしれない。しかし、清水監督が彼らを決して“かわいそうな人たち”として描いてもいないことにも注目すべきだろう。
 あまりにぎわっていないひなびた湯治場の雰囲気がよく描かれていて、ドラマティックな展開があるでもない登場人物たちの関係の微妙さが巧みに表現されていて心に残る。大変に地味だが、これもまた佳作の一つと言えるだろうか。(2003/09/13)

家庭日記 かていにっき
監督 清水宏
公開年 1938年
評点[B]
感想  今日は、清水宏監督の『家庭日記』を観た。昭和十三年(1938)の作品。

 生方修三(佐分利信)は経済的に困窮した実家のため、付き合っていた久枝(三宅邦子)と別れて富家の娘の品子(高杉早苗)の婿養子になり、辻一郎(上原謙)は親の反対を押し切って女給の卯女(桑野通子)と満州の大連に駆け落ちした。その後、二組の夫婦と久枝たちは東京で再会する。

 吉屋信子の原作の映画化(脚本:池田忠雄)。同年に東宝でも山本薩夫監督で映画化され競作になったという。
 久枝の妹として三浦光子、辻の母として吉川満子が出演していて、戦前松竹の女優陣の層の厚さを感じさせられられる。中でも存在感があるのは、やはりスレた女を演じた桑野通子。あばずれな面だけではなく後半では自分の前歴ゆえに悩む姿も印象的。高杉早苗もお嬢さま役にハマっているし、男性陣も柄に合った役。
 ストーリー的には、戦前のホームドラマという雰囲気で強い印象は残らない。生方の女性に対する残酷さが目立つような気がしたが、清水監督はそれを誇張しようとしたのだろうか。この映画はかなり原作に手を加えているそうなので。
 この作品は松竹オールスターキャストの原作ものであり主な舞台が東京なので、自然の風景・子供の描写や即興的な演出などの清水監督らしさはあまりない。大物俳優たちの演技を引き出して一般ウケを狙った作品という感じ。
 しかし、歩く人物を縦移動で、日本家屋を撮る際は部屋の仕切りの障子・ふすまを開けっ放しにして横移動でとらえる手法には清水監督らしさを感じた。終盤には、あまりストーリーには関係ないのに生方と辻の故郷である八王子の風景が強調されていたように見えた。また、メインキャストの女優が当時流行の洋装を着たり銀座が舞台の一つとなっているのは(これは原作どおりなのかもしれないが)監督のモダン好みの面が現れているのかもしれない。(2004/10/27)

みかへりの塔(みかえりの塔) みかえりのとう
監督 清水宏
公開年 1941年
評点[A’]
感想
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みかへりの塔
みかへりの塔

 今日は、清水宏監督の『みかへりの塔』を観た。昭和十六年(1941)の作品。

 若き日の笠智衆が主演。盗癖・虚言癖・放浪癖・不良行為など問題行為のある児童を預かって、家庭の形をとった集団生活と労働で更正させる山の中の学園の物語。そこに送られてきた金持ちの娘と彼女に振り回される保母(三宅邦子)や、虚言癖とイタズラが改まらない悪ガキと教員(笠智衆)などを中心としてストーリーは進む。
 今観ると“いい話”過ぎてチョット困ってしまうような所もあるけれど、全体として極めて真面目に作られた作品。身体障害者などを単にネタとして使う昨今のテレビドラマとは志が違うやね。(2000/05/15)

暁の合唱 あかつきのがっしょう
監督 清水宏
公開年 1941年
評点[A’]
感想  今日は、清水宏監督の『暁の合唱』を観た。昭和十六年の作品(1941)。

 高等女学校を出た斎村朋子(木暮実千代)は女子専門学校への進学をやめ、なんと運転士志望でバス会社に就職する。しかし、まずは車掌をやらされ、そこで様々な小事件に遭遇したり、彼女を見守る会社の浮田兼輔 (佐分利信)や彼の友人の小出三郎(近衛敏明)などの人々と出会う。

 石坂洋次郎の原作(脚本:斎藤良輔)。戦後、同じ原作で2本作られているようだ。
 私が今まで観たことのある木暮実千代の出演作は全て戦後のものだったので、彼女はお色気たっぷりの年増女というイメージしかなかったが、さすがに戦前作だと若々しい少女。それでも、田舎の十代の少女にしては、どこか華やかな印象をのぞかせているような気がする。
 清水宏監督のバスものというと、代表作の一つ『有りがたうさん』が思い出される。バスの乗客の群像を描いている点ではそれに似た雰囲気があり、純朴そうに見せかけていながら小ずるい老婆(飯田蝶子)や花嫁さんなどのエピソードが面白い。
 しかし、バスの外のエピソードも多く、会社の中での人間関係や、主人公と浮田と小出たちとの微妙な関係も、極端さを避けた淡々とした筆致だが細やかに描かれていて、心に残る。観賞後の後味の良さは他の清水作品に共通するところ。(2004/02/05)

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