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清水宏

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 かんざし
監督 清水宏
公開年 1941年
評点[A’]
感想  今日は、清水宏監督の『簪』を観た。昭和十六年(1941)の作品。

 ある湯治場の旅館に、足の悪い納村(笠智衆)と気難しい学者先生(斎藤達雄)と商家の若夫婦(日守新一・三村秀子)、そして老人(河原侃二)と孫二人(横山準・大塚正義)の計四組の長逗留客がいた。学者先生は退屈しのぎに宿や他の客に文句をつけてばかり。あるとき、簪(かんざし)が縁で、その持ち主である若い女(田中絹代)が納村をたずねてくる。

 井伏鱒二の『四つの湯槽』が原作だというが、完全に『有りがたうさん』や『按摩と女』といった清水監督の湯治場ものの雰囲気に沿った作品になっている。昭和十六年の作品だが、まだ戦時色はゼロ。太平洋戦争開戦前だから当然かもしれないけど、納村が傷痍軍人(戦争で負傷して後遺症が残った元軍人)ということも、解説なしで観たら全く気づかないだろう。
 斎藤達雄の演ずる学者先生のキャラが実に強烈で、一緒に出るシーンでは笠智衆を完全に食ってしまっている。しかし、学者先生や商家の若旦那(日守新一)などが繰り広げるコントのような会話が、あまりしつこくなく、湯治場ののんびりした雰囲気を崩さない程度で押さえられているのが良い。児童映画でも有名な清水監督らしく、子供キャラの使い方も上手い。
 清水作品らしく作中のキャラ同士の人間関係が実にアッサリしているが、後味のよさが残る作品。丸木橋や石段などの風景の使い方も巧み。(2003/09/15)

サヨンの鐘 さよんのかね
監督 清水宏
公開年 1943年
評点[B]
感想  今日は、清水宏監督の『サヨンの鐘』を観た。昭和十八年(1943)の作品。

 台湾の高砂族(漢民族ではない山地原住民の総称)のある蕃社(集落)に住む若い娘サヨン(李香蘭=山口淑子)は、美しくて明るい人気者で、蕃社の子供たちや家畜の世話を一手に引き受けていた。日本に留学していた恋人のサブロ(島崎溌)も帰ってきて幸せに暮らしていたが、彼女には意外な運命が……。

 松竹・台湾総督府・満州映画協会の三社提携で作られた作品。冒頭、台湾の山地や集落の様子をたっぷりと映し出し、李香蘭が登場するのは8分以上過ぎてから。作品中に集落の子供や赤ん坊を総動員していることといい、清水監督らしいだろうか。
 とにかく大勢の子供たちが終始登場して李香蘭が山野を走り回るのが印象に残る。しかし、やはり“国策映画”なので、李香蘭が子供たちに日本語を使うよう教えていたり、若者たちが召集されるエピソードがあったりするのは気になるところ。
 それと、あの結末には本当に驚いた。無理矢理というかなんというか……と思ったら、これは実話をもとにしたらしいというのでビックリ! それだったら、もう少し上手く描いてほしかった。あの脚本(長瀬喜伴・牛田宏・斎藤寅四郎)と絵作り(演出)ではねぇ

 音声の状態は良いが、フィルムが切れて飛んでしまうところが所々あるのが残念。(2002/04/18)

蜂の巣の子供たち はちのすのこどもたち
監督 清水宏
公開年 1948年
評点[A]
感想  今日は、清水宏監督の『蜂の巣の子供たち』を観た。昭和二十三年(1948)の作品。

 終戦直後、戦地から復員してきた島村(島村修作)は下関港で呆然としていると、自分と同様に身寄りの無い戦災孤児たちが目についた。島村はボス(御庄正一)の下で悪事もしていた彼らを連れて、自分が出征の前にいた“みかへりの塔”を目指して歩き始める。

 近年に清水宏監督の再評価がされるまでは、彼の一番の代表作とされていた作品。
 セットなしのオールロケ撮影、出演者も全て素人、ストーリー性よりも自然の中での人物描写に重きを置いていることなど、戦前作品の特徴がさらに強められている印象。奇を衒った映像は無いが、自然の背景と人物とのバランスの良さを感じさせられる(撮影:古山三郎)。清水監督は構図決めの天才だったという。
 実際に清水宏が世話をしていた子供たちと素人の大人が出演しているので、台詞のある部分は素人芝居的だが、子供たちの“泣く”部分の演技だけ妙にリアルなのは、何か胸を打たれる。
 孤児たちの側の問題もキチッと描いていて、急にドラマ性を増す終盤からラストシーンまでも含めて、なんだかホッとさせられるような後味の良い佳作。
 実際の清水監督は、人間関係を理由に松竹大船撮影所から追われたりして決して聖人ではなかったそうだが、作品を観ているとやはり善意を持っていた人であることは認めたくなる。(2004/10/18)

小原庄助さん おはらしょうすけさん
監督 清水宏
公開年 1949年
評点[A’]
感想  今日は、清水宏監督の『小原庄助さん』を観た。昭和二十四年(1949)の作品。

 ある村一番の旧家の主である杉本左平太(大河内傳次郎)は、朝湯朝酒が大好きで村の人が求めるだけ寄付に応じたりしてきた。しかし、そんな生活がいつまでも続けられるはずもなく……。

 会津地方の民謡で有名な小原庄助を基にして創作された作品(脚本:清水宏・岸松雄)。 鷹揚な旦那といった感じの主人公を巡る小事件と、彼の家が傾いていく様子が描かれている。
 田舎が舞台だからというわけではないだろうが、テンポが大変ゆるやかで、1時間半ほどの上映時間の割りに長く感じた。杉本家のある村の変化を描いて、戦後日本の社会を描こうとしたのだろうか。
 ただ、ラストのエンドタイトルは意表を突かれた。清水監督のいたずら心だろうか、人を食っていて面白い。(2003/08/16)

その後の蜂の巣の子供たち そのごのはちのすのこどもたち
監督 清水宏
公開年 1951年
評点[A’]
感想  今日は、清水宏監督の『その後の蜂の巣の子供たち』を観た。昭和二十六年(1951)の作品。

 孤児たちを連れて旅してきた大庭(大庭勝)は、伊豆の山中に共同生活の場を築いた。自分たちで学校や農場を作ろうとしている子供たちのもとへ、取材の雑誌記者(田島エイ子)や手伝いたいという女性たち、入れてくれと言う新たな孤児など、様々な訪問者が訪れてくるのであった。

 前作『蜂の巣の子供たち』の続編。前作の反響が大きかったようで、それに答えるような内容にもなっている。ひたすらナチュラルな作りの前作よりはメッセージ性が強い感じ。かといって説教臭くなっているわけではないが。
 雑誌記者や手伝いをしたいという人々に対する描き方を見ると、清水監督のやっていることを好奇心で観られたことや自己満足のためにやって来る自称ボランティアの人間に迷惑していたことがわかる。子供たちが自主的に働くことに喜びを感じているのだ、という意味の台詞は重要だろう。
 その他も、子供も大人も素人であることは『蜂の巣の子供たち』と同様だが、蜂の巣学園内に起こった事件のエピソードが豊富で前作よりはかなりドラマ性が高くなっている。エピソードの中では、やはりメッセージ性の薄い“狸狩り”やヨシ坊が泳いでいた隙に……のエピソードが面白い。子供たちの動きや台詞も、前作よりは演技らしくなっているかも。(2004/10/21)

もぐら横丁 もぐらよこちょう
監督 清水宏
公開年 1953年
評点[A’]
感想  今日は、清水宏監督の『もぐら横丁』を観た。昭和二十八年(1953)の作品。

 新進作家・緒方一雄(佐野周二)と新妻の芳枝(島崎雪子)は下宿から立ち退かざるを得なくなったり子供ができたりして生活はもう大変。しかし、二人は持ち前の明るさで貧しいながらも楽しく生活していく。

 尾崎一雄の私小説数編を基に映画化した作品(脚本:吉村公三郎・清水宏)。主人公夫妻はもちろん原作者夫妻がモデルで、一緒に住むことになる伴克雄(和田孝)という若者は壇一雄、何かと主人公夫婦の世話をする早瀬稀美子(堀越節子)という女流作家は林芙美子がモデルで、その他の登場人物も実在の作家たちらしい。
 登場人物に悪人は一人もおらず、貧しい生活のはずなのに実に楽しげ。現実感に欠けるような気がしないでもないが、島崎雪子の演技は無理のない明るさを感じさせて嫌味がなく楽しく観られる。佐野周二も好演。佐野周二は戦争を経て二枚目の魅力が薄れたというのが定説だが、個人的には戦後の方が良いと思う。
 清水宏の演出は、代表作とされる作品とは異なり自然の風景も子供も出てこないが、オーソドックスで自然な絵作りに見えた。(2004/09/09)

都会の横顔 とかいのよこがお
監督 清水宏
公開年 1953年
評点[B]
感想  今日は、清水宏監督の『都会の横顔』を観た。昭和二十八年(1953)の作品。

 銀座でサンドイッチマンをしている上田(池部良)は、靴磨きのトシ子(有馬稲子)が見つけた迷子のミチコ(熱海幸子)を連れて歩いて一緒に母親(木暮実千代)を探してやる。しかし、銀座中を歩き回ってもなかなか見つからず、その上ミチコとはぐれてしまう。

 清水宏のオリジナル脚本。地方を舞台とした清水作品のように、銀座の歩道を歩く人物を長い縦移動のカメラで捉えている。
 とにかく清水監督は銀座という街の風景を撮りたかったようだ。池部良・有馬稲子・木暮実千代のほかにも森繁久彌や伴淳三郎・トニー谷といった大物が出演しているが、あくまで主役は銀座。銀座の女たちの間を飛び回る森繁の三等重役(?)ぶりは、銀座の風景に合っているような気がする。トニー谷は特異なキャラクターで、明らかに作品の雰囲気とは異質だが不協和音を通り越して、それだけでも見ものになってしまっている。伴淳はちょっと目立たなかった。
 いきなり終盤に人情噺的になったのは木暮実千代の見せ場を作るためだと思うが、最後に作品の雰囲気を崩してしまったような気がする。それと、ストーリー性が薄いので、さすがに中盤はダレ気味。
 ただし、清水流の文法で銀座を捉えた映像が面白いし、今となっては風俗資料的価値が高いと思う。(2004/09/15)

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