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高畑勲
太陽の王子 ホルスの大冒険 たいようのおうじほるすのだいぼうけん
監督 高畑勲
公開年 1968年
評点[A’]
感想
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太陽の王子 ホルスの大冒険
太陽の王子
ホルスの大冒険

 今日は、アニメ映画『太陽の王子 ホルスの大冒険』を観た。監督(演出)は高畑勲で、昭和四十三年(1968)の作品。

 北の大地に住むホルス(声:大方斐紗子)は、ただ一人の家族だった父(声:横森久)を失ったが、偶然から大きな岩男(声:横内正)の肩に刺さっていた太陽の剣を手に入れ、人間を滅ぼそうとする悪魔グルンワルド(声:平幹二朗)と戦おうとする。

 東映オリジナルアニメーションの代表作の一つで、高畑勲や宮崎駿(美術設計・原画)、大塚康生(作画監督)などのスタッフが自主的に(?)情熱を傾けて製作したものの、公開当時は“漫画映画”としてはシリアス過ぎるとされて観客が入らず、高畑・宮崎ら後のジブリスタッフが東映を去るきっかけとなってしまった作品だという。
 実際、大人の目で観てみると、指導者を中心として団結し圧制者を倒す人民……というような構図がよく見えてしまうし(笑)、スタッフ側もそういうメッセージをこめて作ったらしい。しかし、高畑流というかジブリ流というか、説教臭さはあるけれども、昭和四十三年当時のアニメーションとしての完成度は高いし、娯楽性もギリギリのところで失っていないと思う。セルアニメの動きが気持ちいい。
 ヒロイン的キャラのヒルダが特に良いが、この声を担当したのが、なんと市原悦子! だが、そうと言われなければわからないほど見事に“声優”している。その他、市原悦子と平幹二朗の他にも東野英治郎(村の鍛冶屋ガンコ←なんつう名だ)や三島雅夫(村長)などの俳優が名を連ねている。声優の小原乃梨子もリストにあるが、デビュー作なのかな?
 ヒルダは登場の仕方やその設定など、『新世紀エヴァンゲリオン』のカヲルというキャラの元ネタと考えられるそうだ。言われてみれば……。(2003/02/18)

じゃりン子チエ じゃりんこちえ
監督 高畑勲
公開年 1981年
評点[B]
感想
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じゃりン子チエ 劇場版
じゃりン子チエ
劇場版

 今日は、劇場用アニメの『じゃりン子チエ』を観た。監督は高畑勲で、昭和五十六年(1981)の作品。

 大阪は通天閣の見える街に住むチエ(声:中山千夏)は極道な父テツ(声:西川のりお)に代わってホルモン焼き屋を切り盛りして、たくましく生きていた。チエはお好み焼き屋の社長(声:芦屋雁之助)など街の人々の助けを借りながら、なんとかして別居中の母(声:三林京子)を呼び戻してまともな家庭を作ろうとする。

 はるき悦巳の長期連載人気マンガ(1978-1997)の初アニメ化。この劇場版の好評を受けてテレビアニメ化されたそうだ。
 西川のりお・芦屋雁之助の他、桂三枝・笑福亭仁鶴・京唄子・鳳啓介・横山やすし・西川きよしら関西のベテラン芸人、そして当時は若手だったザ・ぼんち・島田紳助・松本竜介・オール阪神巨人など、関西芸人がほとんどのメインキャストを務めている。テツの西川のりおは少々硬さを感じてしまうが、その他はまずまず上手くこなしており、自然な関西弁が雰囲気を出している。
 ストーリーはチエによる家庭回復のための奮闘のエピソードが中心で、序盤はギャグ交じりにテツの駄目駄目な面を描き、中盤からはテツも彼なりに努力する姿も描かれ、いい感じのエピソードになっていく。チエが唯一楽しみにしていることに、ちょっとしんみり。
 しかし、終盤はなぜかチエの家にいる小鉄という猫とお好み焼き屋の社長の猫のエピソードで締めくくられて中盤までとはガラリと雰囲気が変わり、拍子抜けしてしまった。初期段階の脚本ではさらに親子のエピソードがあったらしいので、猫のエピソードを削ってでも親子の話で締めくくった方が一本の映画としてのまとまりは良くなったと思う。
 あるいは、“ちょっといい話”のオンパレードになって純然たる人情噺的作品になってしまうのを意図的に避けたのかもしれないが。ただし、高畑監督の劇場用作品の中では最も一般向けかも。
 作画監督は小田部羊一と大塚康生で、絵柄はおおむね原作を踏襲しているがチエの母親は美形になっているようだ。また、チエもごくたまに色気(?)のある目元になるときがあった。(2005/05/16)

セロ弾きのゴーシュ せろひきのごうしゅ
監督 高畑勲
公開年 1982年
評点[B]
感想
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スペシャルコレクション セロ弾きのゴーシュ
スペシャルコレクション
セロ弾きのゴーシュ

 今日は、アニメ映画『セロ弾きのゴーシュ』を観た。監督は高畑勲で、昭和五十七年(1982)の作品。

 田舎町の楽団のチェロの一員であるゴーシュ(声:佐々木秀樹)は、練習で指揮者(声:雨森雅司)に怒られてばかり。演奏会へ向けてすっかり自信を失っていたが、夜一人で練習しているところに猫(声:白石冬実)や郭公(声:肝付兼太)や子狸(声:高橋和枝)などの動物たちが訪れてくるようになって……。

 原作は宮沢賢治の有名な作品(脚本:高畑勲)。題字を宮沢賢治の実弟の宮沢清六(2001年に逝去)が書いている(監修も担当)。
 主人公が動物相手に過ごす場面がほとんどなため、人間同士のふれあいや葛藤で人間が変化・成長していくという高畑演出アニメの特徴は見られない。一応動物キャラも人語を喋って会話をするが。ただし、その対話によってではなく動物相手にチェロを演奏すること自体でゴーシュが何かを得ていく過程はよく描き出されていたと思う。
 のちの劇場用アニメと比べてしまうと映像的に傑出したところはないし、全体に少々あっさりした印象だが、原作のイメージを崩さない小佳作という印象。動物キャラのキャラクターデザインが過剰に擬人化されておらず好印象(キャラクターデザイン:才田俊次)。(2004/09/12)

火垂るの墓 ほたるのはか
監督 高畑勲
公開年 1988年
評点[A]
感想
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火垂るの墓
火垂るの墓

 今日は、高畑勲監督のアニメ映画『火垂るの墓』を観た。昭和六十三年(1988)の作品。

 神戸に住む14歳の少年・清太(声:辰己努)と4歳の妹・節子(声:白石綾乃)は空襲で家を焼かれ母(声:志乃原良子)も失う。身を寄せた遠縁のおばさん(声:山口朱美)の家にも居づらくなって清太は自立を図るが、戦時下にあっていつまでも二人だけのままごとのような暮らしが続けられるはずもなかった。

 野坂昭如の同題の短編小説の映画化。脚本は高畑監督自身による。公開当時、そして毎年のようにテレビ放映されるたびに満都の紅涙を絞り、“泣けるアニメ”の代表のように言われている作品である。
 実は、私はテレビで何度か観ようとしては途中で挫折し、今日初めて最後まで集中して観たのだが、今まで途中でやめてしまっていたのは悲しすぎるからとか泣きそうになるからとかいう理由ではなく、観ていて非常にいたたまれなくなってしまうからだった。今日最後まで観ても、同じような感覚にとらわれ続け、観終わってしばらくしてもその感じは続いている。
 この作品は反戦アニメとして高く評価されている一方で、主人公たちがたどる運命の不条理さ、特に清太の行動に対する非難の声があったりするようだ。私も観ていて泣けるとは思えず、どちらかといえば違和感を覚え続けたのだけれども(腹は立たなかったが)、一部の観客にこのような違和感を覚えさせるような要素(清太やおばさんというキャラたちも含めて)は、単なるお涙ちょうだいアニメにはしないために監督が意図的に加えたような気がする。
 高畑監督は、観客を感情の渦に巻き込んだまま終わるのではなく、観終わって観客に何かを考えさせるような話作りをしているのだと思う。それもまた一つの見識である……けれども、それゆえにやはり大衆的な人気では宮崎駿には及ばないのかな、とも思う。この『火垂るの墓』自体は高畑作品としては最も人気のある一本だが。

 アニメーションとしては、テレビの「世界名作劇場」以来の徹底したリアリズムが結実して見事な戦中世界を再現している(美術監督:山本二三)。キャラクターの顔も、リアルさとアニメ的な親しみやすさとの割合がちょうど良いと思う(キャラクターデザイン・作画監督:近藤喜之)。このあとの『おもひでぽろぽろ』はリアルに傾きすぎていた。
 また、リアリズム一方だけでなく、アニメの特性を活かした夢のような幻想的なシーンが時折入るのも効果的で評価できると思う。テレビ版『母をたずねて三千里』をちょっと彷彿とさせた。

 個人的には複雑な気分にさせられた作品だが、まぁとにかく特筆すべきアニメ作品であることは間違いないだろう。


 この作品を観終わった女性が泣きながら「いいよね、野坂参三」と言ったというネタがネット上で流布されているらしい。作り話としても、そのトホホ感がちょっとだけ面白いが、若い人にはもう通用しないかな。(2005/10/31)

おもひでぽろぽろ おもいでぽろぽろ
監督 高畑勲
公開年 1991年
評点[B]
感想
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おもひでぽろぽろ
おもひでぽろぽろ

 アニメ映画『おもひでぽろぽろ』を観た。監督は高畑勲で平成三年(1991)の作品。

 27歳になる会社員の岡島タエ子(声:今井美樹)は、前年から夏休みには山形の遠い親戚で農作業の手伝いをすることにしていた。今年は、旅の途中になぜか小学校五年生の頃をしきりに思い出す。山形につくと、親類の一人である青年トシオ(声:柳葉敏郎)が迎えに来ていた。

 原作は岡本螢 ・刀根夕子の同名マンガ。ただし、山形へ行く部分は映画オリジナルらしい(脚本:高畑勲)。
 大ヒットを連発していた宮崎駿がプロデュースし、主役二人の声を有名俳優が担当することで話題になった。加えて、バブル崩壊直後にいわゆる“自分探し”と過去へのノスタルジー(回想部分は昭和四十一年)を描いたことも作用して平成三年度の邦画興行収入第一位の作品になったのだろうか。
 原作を生かした回想部分は、やや淡めの暖かい色彩で1960年代をノスタルジックに、そして10歳の子供の心境をリアルに描き出す。当時の流行歌やテレビ番組の主題歌を多用しているのは少々あざといとも感じたが、高畑監督の音楽的センスの鋭さを示すものだろう(エンディングテーマの訳詞は高畑監督による)。
 現代の部分は絵柄や色使いが異なり、グッとリアルになる。近藤喜文のキャラクターデザインなので人物がリアルタッチというわけではないが、表情や笑いじわの出るところなどリアリティを感じさせるし、人物の全体的な動きや“しぐさ”、そして背景が非常にリアル。ちょっと回想部分と違いすぎるように感じられなくもないが。
 また、現代部分のストーリーは、農業万歳(しかも有機農業)、都会人は農村へ回帰せよというメッセージが直球で描かれていて、ちとビックリする。現代の農業や農村が抱える問題がほのめかされているとはいえ、田舎をユートピアとして描きすぎなんじゃないか、という疑問はぬぐいきれない。別に嫌な人間を描くことがリアリズムだというわけではないが。(2004/09/19)

平成狸合戦ぽんぽこ(総天然色漫画映画 平成狸合戦ぽんぽこ) へいせいたぬきがっせんぽんぽこ
監督 高畑勲
公開年 1994年
評点[A’]
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平成狸合戦ぽんぽこ
平成狸合戦ぽんぽこ

 今日は、高畑勲監督のアニメ映画『平成狸合戦ぽんぽこ』を観た。平成六年(1994)の作品。

 昭和四十年代、多摩丘陵では前例のない大開発である多摩ニュータウンの造成が始まり、狸たちはあっという間に追いつめられていった。長老の古狸である鶴亀和尚(声:柳家小さん)・おろく婆(声:清川虹子)たちや若手の正吉(声:野々村真)・権太(声:泉谷しげる)らは一致団結して、廃れていた“化学(ばけがく)”を復興させて人間たちに対抗しようとするが、敵はなかなか手ごわくて……。

 高畑勲監督自身の原作・脚本による作品。確か、高畑監督の完全オリジナルは今のところこの一本だけだと思う。
 はっきりと自然保護がテーマであり、狸たちの闘いが成田闘争などの政治闘争のパロディであることから、ジブリ作品としてはかなり世評が低い作品になっている。実際、狸たちが闘争の中で分裂して過激な行動に走る一派が出たり、議論の際に生硬な台詞を口にしたり(ちょっとだけ押井守作品を思い出した)、資本主義があからさまに風刺されていたり、思想色が強すぎる点は否めない。なんでも台詞で表現しすぎるきらいもある。
 といっても、メインキャストが狸なので、その表現はユーモアが加えられていて観やすくなっている。狸の“変化〔へんげ〕”はアニメーションの特性を活かして自由奔放。観ていて飽きない。音楽の使い方も良い。高畑監督は音楽の使い方は宮崎駿監督より上手いかな?
 また、思想的にも、単に現代日本社会を否定するのではなく、現代人はこの世界で生きていくしかないのだという“諦観”の念が強いように感じられた。アニメーションが現代のテクノロジーに高度に依存していることは充分に自覚しているようだ。加えて、人間というものは欲望があるので理想的な共産主義(社会主義)社会は成立せず、資本主義社会しか成り立たないと考えているようにも思えた(深読みしすぎかもしれないが)。

 アニメーション表現の奔放さと、現代日本社会を全否定しているわけではなくちょっとほろ苦さを感じさせる風刺をしている点から、個人的にはさほど後味は悪くない。映像表現も含めれば、酷評するほどの作品ではないと思う。興行成績の良かった高畑監督の前作『おもひでぽろぽろ』よりこちらの方が好きだ。
 声優として有名芸能人を使うのはジブリの常套手段だが、この作品では柳家小さんを初めとして芦屋雁之助・清川虹子そしてナレーションの古今亭志ん朝など、現在では物故した人たちが声優を務めているのが貴重かもしれない。(2005/11/05)

高畑勲
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