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滝沢英輔(瀧澤英輔)
戦国群盗伝(戦國群盜傳/戰國群盜傳) せんごくぐんとうでん
監督 滝沢英輔(瀧澤英輔)
公開年 1937年
評点[A]
感想  今日は、滝沢英輔監督の『戦国群盗伝』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 時は戦国時代。関東の北条氏の支配下にある土岐氏は上納金を献上することになった。土岐氏の長男・土岐太郎虎雄(河原崎長十郎)が率いる一行を野武士の一団が襲うが、野武士の一人の甲斐六郎(中村翫右衛門)が金を持ち逃げしてしまう。さらに土岐氏のお家騒動もからまり、事態は意外な方向へ進む。

 滝沢監督も一員であるグループ“梶原金八”(その他のメンバーは稲垣浩や山中貞雄など)による脚本の映画化。原作として三好十郎の名があるが、それは翻案で原案はシラーの『群盗』だそうだ。知らーんかった(←ダメ)。
 主人公の甲斐六郎というキャラクターが魅力的。力とユーモアを兼ね備えた好漢を演ずる中村翫右衛門も実に良い。中盤の演説シーンの口跡の良さは歌舞伎出身としても見事だと思う。もう一人の主人公といえる土岐太郎の河原崎長十郎も良い。主人公クラスだけでなく脇の野武士なども個性的で、集団ドラマの面白さも併せ持っている。
 展開がスピーディで山場が何度もあり、山田耕筰作曲の音楽も盛り上げてくれる、娯楽性の高い快作。
 また、エンターテインメント性だけでなく、支配者の大名に対する野武士という構図も描かれて思想的な要素も匂わせている。それが前進座の持つ思想に合っているためか、いつも以上に一座の面々が生き生きと演じているように見えた。

 この作品、今観られるのは101分の総集編だが、本来は前編と後編合わせて141分ほどあったらしい。しかし、総集編でも不自然なところは感じられなかった。(2005/09/19)

東海道は日本晴 とうかいどうはにほんばれ
監督 瀧澤英輔
公開年 1937年
評点[A’]
感想  今日は、瀧澤英輔(滝沢英輔)監督の『東海道は日本晴』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 東海道の宿場町で働く助十(岸井明)と加呆六(かぼろく:藤原釜足)。ある時、一文無しの旅の侍・貝塚(小林重四郎)が問屋場で働くことになった。宿場役人の六兵衛(横山運平)の一人娘おしな(姫宮接子)や旅籠の女中お銀(竹久千恵子)らは貝塚に気を惹かれ、おしなのことが好きな加呆六とお銀と付き合っている助十は気が気でない。しかし、貝塚にはどこか陰があった。

 あの山中貞雄が脚本を担当している作品(原作:菊田一夫)。山中貞雄らしく、手紙や簪といったアイテムが鍵となってエピソードが展開する。
 全体にテンポはゆっくり目だが、助十と加呆六ら、のんびりした宿場町の生活が微笑ましく、時折映される街道筋の情景も美しい(撮影:友成達雄)。各キャラクターを類型的ではなく個性的なものにしている細やかな心理描写は、滝沢演出の賜物か。しかし、ただのんびりしているばかりではなく、天下に大きな事件が起こっていることを暗示させる終盤の緊迫感も良い。早馬の走る様子をコマ落としで撮っているのも効果的。
 ラストも余韻を残し、71分ほどの時間を楽しんだ気持ちになれる小品の佳作。(2005/03/30)

逢魔の辻 おうまのつじ
監督 瀧澤英輔(滝沢英輔)
公開年 1938年
評点[A’]
感想  今日は、瀧澤英輔監督の『逢魔の辻』を観た。昭和十三年(1938)の作品。

 幕末、安政の大獄が猛威を振るっている頃。旗本の三沢家の庶子・青江金五郎(河原崎長十郎)は街の裏長屋に住み、隣の遊び人・長次(中村鶴蔵)らと気ままに暮らしていた。しかし、金五郎は勤皇の志士である宮森(橘小三郎)たちとも親しく、町方同心の蠣崎新吾(中村翫右衛門)は執拗に彼を監視する。

 大佛次郎の原作の映画化(脚本:岸松雄・八住利雄)。翌年の『その前夜』(監督:萩原遼)同様、大きな変動の時代に生きる庶民を描いている。
 金五郎がバリバリの志士ではなく、最初は単なる世をすねた浪人でいながら、運命に導かれるように自らも時代の波の中に参加していく様子が丹念に描かれている。長次や蠣崎の描き方も丁寧で、各々それなりの魅力があるキャラになっている。蠣崎が単なる悪役ではなく職務と自分の信念に忠実である人間として描かれているのが良い。ただ、蠣崎の取り調べ方は実にリアルなのだが、なんせ前進座だからメンバーの中に思想上の理由で警察の世話になった経験のある人でもいたのだろうか。
 三村明の撮影は戦前の映像としてはシャープで、雨が降るとすぐどろどろになる路地など、貧しい長屋の暮らしを克明にとらえている。凧や傘などの小道具の使い方が巧み。
 一つだけ、同心が与力に出世云々ということは実際にはまずありえなかったので(家柄で決まっていたため)、それだけが気になった。原作からそう書かれているのだろうが。(2004/01/27)

秘めたる覚悟(秘めたる覺悟) ひめたるかくご
監督 滝沢英輔
公開年 1943年
評点[B]
感想  今日は、滝沢英輔監督の『秘めたる覚悟』を観た。昭和十八年(1943)の作品。

 銀座の洋食屋の娘おしず(山田五十鈴)は、母を早く亡くし父(志村喬)を助けて実質的に店を切り盛りしていた。妹(羽島敏子)に縁談が持ち上がる中、父はおしずのことを心配し、彼女も幼なじみの阿部文雄(長谷川一夫)に思いを寄せていたのだが、家のことを考えると気持ちを表に出せず……。

 成瀬巳喜男・山形雄策・滝沢英輔・岸松雄の四人が“成山英一”の名義で脚本を書いた作品。
 この作品は、冒頭からおしずが代用食を工夫した献立を考案したり、国民服を着ている男性がいたり、阿部などの銀座の会社員が背広を着ていても頭は七三分けのポマードべったりではなく坊主頭だったり、かなり戦時色が濃くなっている。
 滝沢監督の日常生活を写した細やかな演出と山田五十鈴の巧みな演技によって、主題は主人公おしずの阿部に対する“秘めたる想い”であることは、うかがうことができる。しかし、脚本家たちや監督の真意がどうであるにしろ、今観ると登場人物が“良い子”ばかりで体制協力色が強いのが気になってしまうのは、いたし方ないと思う。
 昭和十八年も後半になると、よほど恋愛映画は検閲を通りづらくなっていたのだろうか。ユーモアを感じさせる部分もあるので、丸っきりの大政翼賛映画という印象からはぎりぎり逃れられてはいるが。
 現存プリントの状態が良く、小原譲治の撮影によってまだ若々しい山田五十鈴が生き生きと描かれていて、何よりも彼女の印象が圧倒的な作品になっている。志村喬も悪くないが。(2005/07/28)

初姿丑松格子 はつすがたうしまつごうし
監督 滝沢英輔
公開年 1954年
評点[A’]
感想  今日は、滝沢英輔監督の『初姿丑松格子』を観た。昭和二十九年(1954)の作品。

 深川の料亭・川竹の板前だった丑松(島田正吾)は、そこの女中およね(島崎雪子)といい仲になり所帯を持ったのを潮に、別の料亭へ行くことになった。互いに惚れ合っていた二人だが、およねの美しさが過酷な運命を引き寄せる。

 原作は長谷川伸の『暗闇の丑松』で、舞台にもよくかかる作品(構成:橋本忍/脚本:堀江正太)。
 まず冒頭に登場する岡っ引(滝沢修)と下っ引(河野秋武)の冷たい雰囲気と取り調べの様子が現代の刑事のような雰囲気があり、その後も、人間の強い愛情が運命を左右する筋書きや登場人物の激しい感情の描写など、どことなく現代劇のような雰囲気もあるように感じた。
 丑松とおよねの間の激しい愛情は“業”と言って良いほどであり、それが悲劇を生むのだが、愛情で身を焼く丑松の姿は愚かしいと同時に、登場人物の一人がつぶやくようにそれが彼の本意であり一つの幸せでもあるように見えてしまうのは、島田正吾の熱演と演出のおかげだろうか。終始シリアスであり、やや暗い雰囲気だが、時代劇に舞台を借りた恋愛劇として良質の作品だと思う。
 滝沢修はやや固い雰囲気が岡っ引に合っていて、冒頭と終盤で姿を見せるのが効果的。丑松の知人の呑んだくれ浪人を演じた辰巳柳太郎も存在感を見せていた。(2004/02/29)

あじさいの歌 あじさいのうた
監督 滝沢英輔
公開年 1960年
評点[B]
感想  今日は、石原裕次郎主演の『あじさいの歌』を見た。監督は滝沢英輔で、昭和三十五年(1960)の作品。

 若い建築デザイナーの河田藤助(石原裕次郎)は、道端で怪我をしていた倉田という老人(東野英治郎)を助け、彼に気に入られる。倉田の娘・けい子(芦川いずみ)は子供の頃から屋敷を一歩も出ない生活をしていたが、倉田は彼女を外に出そうと決意し、けい子は藤助やそのガールフレンドのり子(中原早苗)との交流、そして幼い頃に別れた母(轟夕起子)との再会を通して、世間を知っていく。

 原作は石坂洋次郎(脚本:池田一朗)。石坂作品だけあって、一人も悪人が出てくることのないプチブル〜ブルジョアの世界が描かれている。
 今から見ると、一歩も外に出ないお嬢さまという設定からして不自然に思えてしまう。そこを置いといても、芦川いずみ演ずるお嬢さまが影が無く明るいし、彼女が一般社会に出て戸惑う描写が皆無なので、深窓のお嬢様には到底見えない。 ただし、各キャラクターが少々類型的ながらも嫌味が無いので、その会話のやり取りを楽しむことは出来る。石原裕次郎は、やはりアクションものよりも、こういうお坊ちゃん役のほうが柄に合っているような。)2002/05/06)

滝沢英輔(瀧澤英輔)
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