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田中絹代
恋文 こいぶみ
監督 田中絹代
公開年 1953年
評点[C]
感想
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恋文
恋文

 今日は、田中絹代監督の『恋文』を観た。昭和二十八年(1953)の作品。

 海軍士官だった真弓礼吉(森雅之)は終戦から5年経ってもまだ完全には立ち直れず、現実的な働き者の弟・洋(道三重三)の住むアパートに同居していた。そのうち戦友の山路直人(宇野重吉)と渋谷で偶然再会し、彼の恋文代筆屋で共に働くことにする。実は礼吉の心は、行方不明の幼なじみ久保田道子(久我美子)のことで占められていたのだが……。

 田中絹代の初の監督作。原作は丹羽文雄の小説で、木下恵介が脚本を担当している。
 今は地名だけ残っている渋谷の恋文横丁の物語だが、恋文代筆屋とは米兵のオンリー(日本での愛人、現地妻)だった女性が帰国してしまった米兵に送金の催促をする手紙を英文で代筆する仕事だったとは、寡聞にして知らなかった。もっとロマンティックなものだと思っていたのだが……。というわけで、終戦後数年の社会を背景にした作品になっている。
 そのためと、現在では性に関する倫理観が大幅に変わってしまっているためもあって、今から観ると理解しづらいところもある。その当時では切実なテーマだったのだと思うが。小津の『風の中の牝鶏』や亀井文夫&山本薩夫の『戦争と平和』をちょっと彷彿とさせる。また、オンリーやパンパン(街娼)を日本人全員が直視すべき社会問題として描いてはいるのだが、やはりどうも少々見下したような視線も感じられる。
 テーマやストーリーを離れて田中絹代の演出を見てみると、デビュー作にしてはそつなくまとまった作品になっている。脚本の木下恵介の他、カメラはベテランの鈴木博、助監督は石井輝男、俳優陣も香川京子や沢村貞子、夏川静江、そして花井蘭子や笠智衆など多くの大物俳優が脇役やチョイ役で出演していて、監督や俳優たちのバックアップを受けたようだ。正直なところ傑出したところはないが破綻もない。
 メインキャストの中では、宇野重吉は悪い時は臭い演技になるが、この作品ではほどほどに押さえていて意外と良かった。森雅之の弟役の道三重三という珍しい名の人は、演技が硬くてイマイチ。(2005/05/20)

月は上りぬ つきはのぼりぬ
監督 田中絹代
公開年 1955年
評点[B]
感想  今日は、田中絹代監督(主演にあらず!)の『月は上りぬ』を観た。昭和三十年(1955)の作品。

 奈良に住む浅井茂吉(笠智衆)には三人の娘がいて、次女の綾子(杉葉子)は親戚のオバサンが強引に縁談を進めるので困惑していた。それを見た三女の節子(北原三枝)と知り合いの安井昌二(安井昌二)は、安井の友人で東京から出張で奈良から来た雨宮渉(三島耕)と綾子をくっつけようとする。

 女優の田中絹代が監督、珍しい女流監督(ただし日本初ではない)で、しかも日本映画監督協会が企画して新生日活で作られたというので話題となった作品。
 しかし、日活作品ではあるが、脚本は斎藤良輔と小津安二郎、音楽は斉藤高順なので、まさに“松竹大船調”の雰囲気。今の目で観るとテンポが遅く感じ、正直、ストーリーや演出に傑出したものは無いが、全体として丁寧に作られた作品とという印象を受ける。また、新人に近いはずの北原三枝が映画俳優らしく演技できているのには少々驚いた。本人の才能もあるだろうが、田中絹代監督の演技指導のおかげでもあるだろうか。
 ただし、ここに描かれている理想の女性像は、やはり古いかも。それと、娘たちが女中を「米(よね)や」とか「文(ふみ)や」と呼びつけて用事いいつけるのにはちょっと驚いた。昔の資産家の家では皆そうだったのだろうか。
 田中絹代自身も出演しているが、女中の“米や”役でホントにチョイ役。しかし、米やと節子のカラミのシーンは笑える。新人の北原三枝が大女優の田中絹代に向かって……脚本の小津安二郎の遊びだろうか。(2003/01/07)

流転の王妃 るてんのおうひ
監督 田中絹代
公開年 1960年
評点[A]
感想  今日は、田中絹代監督の『流転の王妃』を観た。昭和三十五年(1960)の作品。

 華族の家に生まれた竜子(京マチ子)は政略結婚で満州国皇帝の弟・溥哲(船越英二)の妻になったが、夫は誠実な人物で子供にも恵まれ幸福な家庭を築いた。しかし、その幸せは長くは続かなかった。戦後になっても運命の激しい波は彼女を襲う。

 近年テレビドラマにもなった“流転の王妃”愛新覚羅浩(1914-1987)の自伝の映画化(脚本:和田夏十)。女優の田中絹代が監督しているが、この作品では一切出演せず演出に徹している。関係者が存命している時代の作品なので、浩→竜子/溥傑→溥哲など、登場人物は仮名。長女が死んだ“天城山心中”のいきさつもぼかして表現している。
 最初、京マチ子がセーラー服で現れたときはちょっと無理があるように見えたが(笑)、そのあと王妃となってからは、彼女の華やかな雰囲気が合っていたと思う。船越英二も難役だが、彼の生真面目そうな柄を活かして実際に誠実な人物だったという溥傑をよく演じていた。
 最初、大規模なモブシーンや戦闘シーンが無いので歴史映画としてのスケール感はあまりないように思ったが、夫婦と子供、そして皇帝を交えた家庭ドラマの描写がしっかりしていて、そのあとソ連の参戦で大陸を流浪することになってからは、なかなか力強い映像になっていて、予想していた以上の力作だった。まだ日中国交正常化以前の作品だけれども、大陸的な風景のところを選んでロケしている。正直、演出家としての田中絹代を見直した。スタッフの力も大きかったことは違いないだろうが。
 浩と溥傑の再会には、この作品も影響を与えたのだろうか?(2004/05/29)

お吟さま おぎんさま
監督 田中絹代
公開年 1962年
評点[A’]
感想  今日は、田中絹代監督の『お吟さま』を観た。昭和三十七年(1962)の作品。

 千利休(二世中村鴈治郎)の娘・吟(有馬稲子)は、父の弟子であったキリシタン大名・高山右近(仲代達也)に思いを寄せる。しかし、既に妻のいる右近は愛を受け入れず、吟は万代屋宗安(伊藤久哉)のもとに嫁ぐ。その後、豊臣秀吉(滝沢修)のキリシタン弾圧により、右近や吟、そして利休の立場は微妙になる。

 今東光の原作の映画化で(脚本:成沢昌茂)、田中絹代の全6本の監督作の最後の作品。主演の有馬稲子などが関わっていた独立プロダクションにんじんくらぶの製作作品でもある。
 舞台が昔の日本、しかも茶の湯の世界が描かれていることもあって、メインの登場人物たちは常に秘めたる思いを抱いているという感じで、映画にするのは難しいものがあったのではないだろうか。しかし、この作品では大掛かりなセットや登場人物の美しい桃山風の衣装がリアリティを生み出し、観ている観客の心理を当時へ導く助けになっていて、アクションの少なさは個人的にはあまり気にならなかった。最初、吟のメイクの眉毛が太いのが目についたが、桃山時代はあれが本当なのかしら。
 高山右近の仲代達也は若々しすぎてキリシタン大名っぽくなかったが、それはそれで吟の思いに応えたくとも応えることは許されない煩悩を垣間見せる点では良かったのかもしれない。有馬稲子は秘めたる思いを抱えているにしてもちょっと一本調子で、終盤に一気に思いを吐き出すにしても、それ以前にもう少し思いの激しさを見せても良いかな、と思った。演技と演出、両方の問題か。
 演者の中で最も光るのはやはり中村鴈治郎で、娘に対する慈愛と茶の宗匠としての威厳、双方とも充分に表現していた。滝沢修の秀吉も悪くない。ちょっと立派過ぎるかもしれないが。

 中盤にさしかかるあたりで吟と下女(富士真奈美)が引き回しの女(岸恵子)を観る場面や、終盤に思いがけない形で右近と吟が逢い引きする場面は溝口監督の『近松物語』を思わせるものがあった。原作にあったのかもしれないが、脚本の成沢昌茂と演出の田中絹代の両者によるオマージュのような気もする。
 撮影を担当しているのは宮嶋義勇(義男)。茶の湯の世界と千利休と吟・右近がたどった厳しい道を象徴するかのような硬質な美しさを持つ映像が印象に残る。(2004/02/03)

田中絹代
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