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富野由悠季(富野喜幸)
機動戦士ガンダム きどうせんしがんだむ
監督 富野喜幸(由悠季)・藤原良二
公開年 1981年
評点[A]
感想
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機動戦士ガンダム I 特別版 【劇場版】
劇場版
機動戦士ガンダムI
特別版

※注:↑“評点”はシリーズ全3作を通しての評価)

 今日は、劇場版のアニメ映画『機動戦士ガンダム』を観た。昭和五十六年(1981)の作品。1979年から1980年にかけてテレビ放映されたアニメの総集編第一弾。あの富野喜幸(現・富野由悠季)は総監督という名義になっていて、別に監督として藤原良二という人の名がクレジットされている。

 宇宙世紀0079年、ジオン公国と地球連邦との戦いが続く中、モビルスーツ“ガンダム”に乗った少年アムロ・レイ(声:古谷徹)は、他の少年少女たちと共に戦争に巻き込まれていく。

 いや、おなつかしゅうございます。フラウ・ボゥ(声:鵜飼るみ子)やセイラ(声:井上瑤)、シャア(声:池田秀一)といったキャラたちも、ただただ懐かしい。
 だが、今観ても面白い。絵は、かなり古さを感じさせるが、安彦良和の眉間にシワを寄せたキャラクターデザインと大河原邦男のメカデザインが良い。特に、ドクロと甲冑をイメージしたザクのデザインは最高だ。いつまで経っても通用すると思う。
 ストーリー自体もアニメでリアルな“戦争”が描かれたのは、ほとんど初めてで画期的な作品だった。富野流の人間ドラマも効果的。また、ガンダムが立ち上がる場面や、ザクのライフルの薬莢が落ちるシーン、ラストシーンのギレン・ザビの演説を聞いたセイラが顔を伏せるところなど、演出も冴えている。

 しかし、この頃から日本映画は、アニメが質・観客動員数共に実写を凌駕していくんだよな…。(2000/12/15)

機動戦士ガンダムII 哀・戦士編 きどうせんしがんだむつうあいせんしへん
監督 富野喜幸(由悠季)
公開年 1981年
評点[A]
感想
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機動戦士ガンダム II 哀・戦士編 / 特別版 【劇場版】
機動戦士ガンダムII
哀・戦士
特別版

※注:↑“評点”はシリーズ全3作を通しての評価)

 アニメ映画『機動戦士ガンダムII 哀・戦士編』は昭和五十六年(1981)の作品。『機動戦士ガンダム』の劇場版シリーズ第二弾。総監督は富野喜幸(現・富野由悠季)で、監督というクレジットは無かった。

 モビルスーツ“ガンダム”を駆る少年アムロ・レイ(声:古谷徹)は“オデッサ作戦”を中心とした戦いの中、様々な人々との出会いと別れを通して成長する。また、それと同時に新たな人類の形とされる“ニュータイプ”としての素質も急速に開花していく。

 この劇場版第2作目は、ランバ・ラル(声:広瀬正志)、ハモン(声:中谷ゆみ)、マチルダ(声:戸田恵子)など、魅力的なキャラが大勢現れては消え、シリーズ中で富野節全開の人間ドラマが最も濃密に展開される作品となった。カイ・シデン(声:古川登志夫)とミハル(声:間嶋里美)のエピソードも忘れがたい。
 ストーリー的には、テレビ版の十数話分をまとめるために、この第2作ではエピソードの大幅な組み替えと要約がおこなわれている。“黒い三連星”がすぐ姿を消すなど多少忙しい感じがしないでもないが、上手くまとめられていると思う。
 しかし、この編に登場するキャラクターは、よく立っていて魅力的だ。特にランバ・ラルとリュウ・ホセイ(声:飯塚昭三)の漢気は最高。
 絵の方は、新作画部分が前作よりも増え、その部分はかなり綺麗になっている。

 この作品の挿入歌と主題歌を歌ったのは、先頃急逝した井上大輔。名曲で、当時ヒットしたそうだ。(2000/12/16)

機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編 きどうせんしがんだむすりいめぐりあいそらへん
監督 富野喜幸(由悠季)
公開年 1982年
評点[A]
感想
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機動戦士ガンダム III めぐりあい宇宙編 / 特別版 【劇場版】
機動戦士ガンダムIII
めぐりあい宇宙
特別版

(※注:↑“評点”はシリーズ全3作を通しての評価)

 『機動戦士ガンダム』の劇場版第三弾にしてシリーズ完結編のアニメ映画『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙』は昭和五十七年(1982)の作品。総監督は富野喜幸(現・富野由悠季)。副題の“宇宙”は「そら」と読む。本気と書いてマジと読み、弱虫と書いてチンピラと読む((C)立原あゆみ)のと同じ(←そうかな?)。

 アムロ・レイ(声:古谷徹)は、シャア(声:池田秀一)のもとで戦うニュータイプのララァ(声:潘恵子)との宿命的な出会いによって、完全にニュータイプとして覚醒する。セイラ(声:井上瑤)やミライ(声:白石冬美)らホワイトベースの仲間たちにも、それぞれの運命が降りかかる。そして、地球連邦とジオンとの戦いは最終段階に入る。

 この第3作に登場するキャラクターたちも魅力がある。謎のインド人(笑)ララァとアムロの出会いのシーンは、かなり芝居がかった演出だが、印象的。ニュータイプという概念は神がかり的ではあるものの、このファースト・シリーズでは、まだかろうじて難解にはなっていないと思う。
 前作同様、井上大輔の歌うエンディング・テーマが流れる中で繰り広げられるラストシーンは感動的。
 作画の面では、前作公開から半年以上の時間をとっただけあって、新作画部分が大幅に増え、かなりクオリティが向上している。ただし、アムロとララァがテレパシー(?)で交信するシーンのイメージ・ショットなどは、現在ならCGを使って、より効果的なものを作ることができるかもしれない、と思った。


 この『ガンダム』シリーズは、キャラクターの濃密な描写とリアルな設定、そしてシリアスなストーリー展開によって、日本あるいは世界のアニメ史に残るエポック・メイキング的な作品となった。
 しかし、この作品の影響によって、もったいぶった難解なアニメや特撮ものが増えてしまったという面もあるかもしれない。子供にとっては難解で大人が観ると嘘臭い中途半端な作品を増やしてしまったような。特に、最近の怪獣映画や特撮ドラマには、その手のものが多いような気がする。(2000/12/16)

富野由悠季(富野喜幸)
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