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吉村公三郎
五人の兄妹 ごにんのきょうだい
監督 吉村公三郎
公開年 1939年
評点[B]
感想  今日は、吉村公三郎監督の『五人の兄妹』を観た。昭和十四年(1939)の作品。

 マッチ工場を経営していた北川徳太郎 (藤野秀夫)は、選挙違反を犯した上に自殺してしまう。残された五人の兄妹のうち、長男の健一郎(笠智衆)は父親代わりとなって、次男要二(日守新一)・三男良三(伊東光一)・四男四郎(磯野秋雄)・長女すえ子(大塚君代)を育てていく。

 かなり若い頃の笠智衆が年齢相応の役を演じている。生真面目すぎて、内容も日中戦争が激化して戦時体制下になりつつあることを反映していて、今で言うと文部省推薦映画のような堅苦しいところもある。しかし、木下恵介の脚本(これが第一作)の兄弟の争いと防空演習を重ね合わせたシーンや、割れた野球ボールの使い方は上手いと思った。また、描かれている戦前の庶民の生活は美しいし、資料的価値もあるかも。
 ただ、最後の一シーンは蛇足のような。ハッピーエンドだかそうでないのだか、よくわからない。(2001/10/21)

暖流 だんりゅう
監督 吉村公三郎
公開年 1939年
評点[A]
感想  今日、横浜のとある映画館で「さよなら松竹大船撮影所」とかいう企画ものの2本立て上映を観てきた。古い松竹作品なので、観客は年寄りばっか(笑)。

 『暖流』は昭和14年(1939)の古〜い作品。ノモンハン事変の年だ。

 経営が悪化している大病院に改革のメスを入れるため、院長によって抜擢された剛直な青年実業家(佐分利信)とその腹心となって病院の内部を探る看護婦(水戸光子)、今までに見たことの無いたくましい男性の佐分利信に惹かれる院長令嬢(高峰三枝子)と看護婦に手を出していながら令嬢を狙うエリート外科医(徳大寺伸)等々…の人物が繰り広げる人間模様といった感じで、病院ものの元祖ですな。
 なんかキザなオ写真(活動写真)で、お嬢サマの高峰三枝子は「…でございます」とか「ごめんあそばせ」とか言ったりする(笑)。カメラワークなども、手や足をクローズアップしたり、カメラを90度以上パンさせたり、当時としては新しいテクニックがこれでもかというほど用いられていた。そういえば何かの本で、これが初監督だった吉村公三郎は「この作品ほど酔っぱらって撮ったものは無い」という意味のことを言った、と書かれていたなぁ。
 現在の映画の手法は1930年代に確立されていた事実を再確認。多少人物造形の古さやテクニック過剰な部分が目につくところもあるが、映像表現は今でも通用するし、特に俳優の立ち居ふるまいが美しい。戦後2度リメイクされたそうだ。
 これで映像や音がもっと良ければなぁ…。若い頃の佐分利信の台詞回しはイマイチで聞き取りづらかった(笑)。それに、本来は前編と後編に分かれた全180分の大作だったのに、現在残されているのは127分の総集編だけっていうからしょうもない話だ。一日で前編後編を観るのもキツイけど(笑)。(2000/03/31)

西住戦車長伝(西住戰車長傳) にしずみせんしゃちょうでん
監督 吉村公三郎
公開年 1940年
評点[C]
感想  今日は、吉村公三郎監督の『西住戦車長伝』を観た。昭和十五年年(1940)の作品。

 日中戦争初期に戦車長として数々の武勲を立て、のちに日中戦争初の“軍神”と言われた西住大尉(上原謙)の活躍と死。

 昭和十五年の“皇紀二六〇〇年記念作品”として陸軍省の後援のもとで作られた作品。冒頭、吉村監督の言葉として「私は茲(ここ)に西住戦車長伝を通じて我が戦車隊将兵の精神と今次事変に於ける戦車戦闘の実相を描かうと試みました云々」という字幕が出る。
 ストーリーは、西住戦車長は勇猛果敢にしてなおかつ優しい軍人でした、というもの。いくつものエピソードがあるが、メリハリが無く長く感ずる。流民の女(桑田通子)と赤子のエピソードは、なんだったのだろう。これは当然ながら男ばかりの映画なので、観客動員用に女優を出すためだったのか。しかし、あんな美人の難民がいるかな? 上原謙も、ヒゲを生やしてはいるものの、軍人と言うにはちょっと苦しいかも。戦前の小津作品の常連だった坂本武が演じた炊事兵は儲け役。
 しかし、戦闘シーンは陸軍省の協力もあったのか、火薬を使いまくってかなりの迫力。戦車もさることながら、重機関銃の発射シーンと発射音が凄い。砲撃の効果音などに埋もれて登場人物の台詞が聞きづらいところもあるが、それがかえってリアルなのかもしれない。(2002/09/13)

象を喰った連中 ぞうをくったれんちゅう
監督 吉村公三郎
公開年 1947年
評点[A’]
感想  今日は、吉村公三郎監督の『象を喰った連中』を観た。昭和二十二年(1947)の作品。

 ある動物園で象が病死した。飼育係(笠智衆)は悲しむが、治療していた獣医学者たち(原保美・日守新一・阿部徹・神田隆)は肉を焼いて食べ始め、騙して飼育係にも食べさせてしまう。しかし、象の病死体を食った人間が死んだ話を飼育係が思い出すと、症例がピッタリ合うので大騒ぎになる。

 吉村公三郎監督の戦後復帰第一作。笠智衆がチョビひげを生やしてちょっとだけチャップリンを彷彿とさせるような演技をしているのが珍しい。オチは予想できちゃうし、大笑いするような作品ではないが、クスリと笑えるコメディ作。「科学と生命に関する一考察」という副題が付いているが、むやみに諷刺色が濃いわけでもなく、後味は良い。もうちょっとテンポがあったら、さらに良かったかも。
 吉村公三郎は陸軍将校として従軍したことがあり、戦中は国策映画も撮ったので、戦後第一作は進駐軍をはばかってコメディ作にした、つまり韜晦した作品だという話を聞いたことがあるが、本当だろうか。(2004/04/19)

安城家の舞踏会 あんじょうけのぶとうかい
監督 吉村公三郎
公開年 1947年
評点[B]
感想  今日は、吉村公三郎監督の『安城家の舞踏会』を観た。昭和二十二年(1947)の作品。

 終戦直後、時代の変化で、由緒ある華族の安城伯爵家も風前の灯となっていた。その衝撃で呆然としている当主の忠彦(滝沢修)や長女の昭子(逢初夢子)、放蕩息子の長男・正彦(森雅之)に代わって次女の敦子(原節子)が善後策のために奔走し、安城家の最後を飾る舞踏会を開く。

 敗戦による社会の変化を華族の崩壊に象徴させて劇的に描いた作品(原作:吉村公三郎/脚本:新藤兼人)。
 登場人物が、没落華族・資本家・成り金の元運転手など、どんな役割か非常にわかりやすくキャラクター付けされている。そのため、今の目から観るとステロタイプ気味な点もある。演出も時々ビックリするくらい大芝居なところがあって、昭子が砂浜で男を追いかけて靴が脱げ(ディートリヒの『モロッコ』の影響?)、さらに転倒してゴロゴロ転がるのには驚いた……というか失笑。成金の元運転手(神田隆)や正彦の婚約者(植田曜子)、正彦とデキている女中(幾野道子)などは、もうちょっと演技が何とかならなかったかと思う。演出の問題だろうか。ちょっと時代を感じさせられる作品。
 ただし、森雅之の退廃的な雰囲気や忠彦と家令(かれい)の吉田(殿山泰司)の別れのシーンなど、所々良いシーンもあるし、有名な“二人だけの舞踏会”のラストは後味が良かった。(2003/08/11)

偽れる盛装(僞れる盛裝) いつわれるせいそう
監督 吉村公三郎
公開年 1951年
評点[A’]
感想  今日は、吉村公三郎監督の『偽れる盛装』を観た。昭和二十六年(1951)の作品。

 京都の芸妓・君蝶(京マチ子)は美貌と男を落とす凄腕を以って知られていた。同じく芸妓であった昔かたぎの母(瀧花久子)や堅気である妹・妙子(藤田泰子)までもがこの仕事ゆえに辛い思いをするのを見ると、君蝶は一層男からむしりとってやろうと思い、山下(菅井一郎)・伊勢浜(進藤英太郎)などの男を渡り歩くのであったが……。

 吉村公三郎監督と新藤兼人脚本コンビの一作。オリジナル脚本だがテーマから連想できるように、溝口健二監督の『祇園の姉妹』に対するオマージュだという。『祇園の姉妹』が必要最小限のエピソードと登場人物に絞り込んだドキュメンタリーのような作品だったのに対し、この作品は多くのエピソードと登場人物から構成される。
 伝統的な京都を代表する君蝶の生き方と戦後社会の象徴である妙子を巡るエピソードが二本柱で、その対比はやはり少々図式的にならざるを得なかったようだ。新藤兼人もがんばっているし、妙子が市電でなく自転車(=自分の力で動かす乗り物)で京都府庁へ通勤するシーンは彼女のその後を象徴していて面白い描写だったが。
 エピソードの数ももう少し絞った方が良かったような気もするし、吉村演出は細かすぎて説明的すぎる部分がある(『安城家の舞踏会』のように)けれども、時折面白い演出もあり、なんといっても京マチ子の魅力は圧倒的で表情の演技も巧み。その他、進藤英太郎はいつもながら見ていると楽しくなってしまう(笑)。
 テーマ性が表に出ている部分は新藤兼人のアクと時代性を感じさせるが、戦後しばらくの作品ということを頭において観れば、佳作だと思う。

 撮影は中井朝一で、のちに黒澤監督と組んでシャープな映像を作った人だが、この作品ではソフトフォーカス気味で女性の美しさを強調する絵作りになっている。監督の意向だろうか。(2004/12/18)

夜の河 よるのかわ
監督 吉村公三郎
公開年 1956年
評点[A’]
感想  今日は、吉村公三郎監督の『夜の河』を観た。昭和三十一年(1956)の作品。

 京都の染物屋の長女みつ(山本富士子)は卓越したろうけつ染の技術で高名だった。彼女は構想を練りに訪れた奈良で大学教授・竹村(上原謙)と出会い、互いに惹かれあう。しかし、二人の間には様々なものが立ちはだかる。

 山本富士子主演の文芸路線映画の一本(原作:沢野久雄/脚色:田中澄江)。宮川一夫が撮影を担当した初期のカラー映画としても有名。
 山本富士子が和服を着た京女ときたら、まさにハマリ役で、上原謙の中年の大学教授も悪くない。カラーを強調した染物や京の宿の風景なども美しい。また、今から観ると控えめな二人も好ましいし、ストーリーも様々なエピソードや登場人物を積み重ねてできている。
 そこで、山本富士子が大変に美しく魅力的な女性と言うことはよくわかるのだが、もう少し恋愛していることを示す感情の動きを表現できていれば良かったと思う。京女らしい一筋縄では行かないところは少し見せるのだけれども。演出の問題なのか演技の問題なのか……。
 映像的には美しいのだけど、大映作品にしては褪色気味で音も悪いのが惜しい。放映されたのはたまたま状態の悪いプリントだったのだろうか。(2003/05/27)

大阪物語 おおさかものがたり
監督 吉村公三郎
公開年 1957年
評点[B]
感想
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大阪物語
大阪物語

 昨日は、吉村公三郎監督の『大阪物語』を観た。昭和三十二年(1957)の作品。

 近江の百姓・仁兵衛(中村鴈治郎)一家は、年貢を払えずに大阪へ夜逃げ。一家心中さえ考えたが、大名の蔵屋敷の周りに落ちている米を掃き集めて売ることを思いつく。10年経って茶屋兼両替屋の立派な店を構えたが、共に苦労してきた妻(浪花千栄子)・息子(林成年)・娘(香川京子)の顰蹙も顧みず、仁兵衛の吝嗇の度は増す一方で……。

 昭和三十一年に亡くなった溝口健二が撮る予定だった作品。溝口健二が“原作”名義でクレジットされている。原案は井原西鶴のいくつかの作品(脚本:依田義賢)。
 溝口健二は喜劇として構想していて、実際に音楽や台詞など喜劇的なものもあり、作中の各エピソードも小話のような面白いものもある。ただ、もう少し雁治郎のユーモラスな味を生かせなかったものだろうか、という感じがする。特に終盤が暗すぎるような。
 仁兵衛の娘の許婚で息子に遊びを教える他家の放蕩息子役を勝新太郎が演じていて、これがとても良い。さすがに三味線や唄はプロだ。(2003/09/07)

吉村公三郎
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