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大正十四年(1925)以前
尾上松之助の忠臣蔵(松之助の忠臣蔵) おのえまつのすけのちゅうしんぐら
監督 牧野省三
公開年 1910年
評点[C]
感想  今日は、『尾上松之助の忠臣蔵』を観た。監督は牧野(マキノ)省三。明治四十三年(1910)の作品。

 “目玉の松ちゃん”の愛称で知られた日本映画初期のスーパースター尾上松之助の主演作。松之助が浅野内匠頭・大石内蔵助・清水一学の三役を演じている。吉良上野介は片岡市之正。
 この作品は一つの『忠臣蔵』映画が完全に残されたのではなく、実はいくつかの作品がつなぎ合わされて成り立っているらしい。NHK衛星放送での放映時の解説によると、制作時期は明治四十三年から大正六年頃までになるようだ。しかし、さほど継ぎ目の違和感は無い。
 サイレント最初期だけに、カメラは据えっぱなしのロングショットばかりで、演技や立ち回りも歌舞伎そのもの。現代人が観ても決して当時の人の熱狂を味わえるわけではないが、記録としての価値はあるだろう。(2000/12/25)

渋川伴五郎 しぶかわばんごろう
監督 築山光吉
公開年 1922年
評点[B]
感想  今日は、尾上松之助主演の『渋川伴五郎』を観た。監督は築山光吉で、大正十一年(1922)の作品。

 江戸の柔術師範・渋川幡龍軒(嵐璃珀)の跡継ぎ伴五郎(尾上松之助)は奸悪な門人の讒言によって勘当されたが、あるきっかけで有馬候(市川寿美之丞)に領内の妖怪退治を依頼される。伴五郎が妖怪と戦っている最中、江戸では奸悪な門人とその仲間が幡龍軒を狙い……。

 明治末期から大正時代の日本映画界のトップスターだった尾上松之助主演の一作。渋川伴五郎という人は初耳だが、講談ではおなじみの人だったらしい。
 オープニングタイトルに“旧劇”と銘打たれているように題材も立ち回りも古めかしい歌舞伎的なものだけれども、複数のプロットを平行させるストーリーの組み立て方や映像は意外と新しいものを見せている。特に映像面は、以前観た『尾上松之助の忠臣蔵』ではカメラが据えっぱなしという印象があったが、この作品では要所々々ではアップになったりしているので、この頃にはもう洋画から学んだ手法が一般化していたのだろうか(撮影:松村清太郎)。
 現代人の目で観るともちろん素朴すぎる作品ではあるが、サイレント特有のコミカルなオーバーアクションやテンポの良さ、工夫を凝らした特撮技術などは結構楽しめ、娯楽作としては今観てもまずまず及第点を与えられるかもしれない。完全に近い形で残されている尾上松之助主演作はこの一本だけだというのが残念だ。

 もう一つ印象に残ったのは、80年以上前の作品にもかかわらず今観られるプリントの画質が非常に良いこと。傷は多いけれどもピントはシャープで解像度は低くなく、グレーの階調も自然に出ている。ものの本によると、この頃のフィルムは赤色光に反応しないオルソ・フィルムというものしかなく白黒階調が極端なコントラストのきつい映像しか撮れなかったと書かれていたが、この作品では比較的ナチュラルなモノクロ映像になっている。(2005/07/24)

ふるさとの歌 ふるさとのうた
監督 溝口健二
公開年 1925年
評点[B]
感想  『ふるさとの歌』は大正十四年(1925)の作品で、断片を含めても今のところ現存する最古の溝口健二監督作品。

 東京の中学に通う関本順一(川又賢太郎)と商業学校に通う前坂太郎(宇田川寒待)が久しぶりに帰省してきた。家が貧しく進学できなかった竹田直太郎(木藤茂)は学生服姿の二人をうらやみ、村の若者たちは前坂が紹介する都会の風俗に溺れてしまうが……。

 当時の文部省の公募作品(原作:松居張二)の映画化で(脚本:清水竜之介)、フィルムが文部省に保存されたため奇跡的に完全に近い形で残されているらしい。
 この作品に対してよく言われているように、ストーリーは教条的で、頽廃的な都会文化を否定し堅実な農業こそ国の基本だとする農本主義的なテーマであり、いかにも当時の少壮“革新官僚”が喜びそうなものになっている。
 しかしながら、最初に帰省列車の中の生真面目そうな関本と大騒ぎする前坂(「騒ぐのは僕らの自由だ」と言うのは今の若者と全く変わらない)、故郷の駅に着いてからの乗合馬車(主人公の竹田が御者。映画評論家の佐相勉が指摘するように『瀧の白糸』を彷彿とさせる)と乗合自動車、といったように対照的なものを並べる冒頭の展開から目を惹きつけるものがある。
 また、その後の東京かぶれの前坂の滑稽さも、文部省推薦の都会文化批判の域を超えた滑稽さを感じさせ、のちの溝口作品に時折観られるユーモアの部分の源流のような印象を受けた。官推薦のプロパガンダ映画とはいえ、溝口健二の作家性を感じさせる作品になっていると思う。

 フィルムセンターでの上映では製作当時の速度で再生され、現在におけるサイレント映画の上映でありがちな違和感がなく、適切な条件で鑑賞できたことも明記したい。(2006/11/03)

雄呂血 おろち
監督 二川文太郎
公開年 1925年
評点[A’]
感想  阪妻こと阪東妻三郎主演の『雄呂血』を観た。二川文太郎監督で大正十四年(1925)年の作品。クラシック!もちろん無声映画。

 若侍の久利富平三郎は、その純真さゆえに人に陥れられ、主家を石もて追われた。素浪人となった彼は流れついた先でも誤解ゆえに牢に入れられ、いつしか無頼漢(ならずもの)として街の人々に恐れられる存在となる。平三郎は、それが寂しい。街の名士の正体を知り、またまた捕り方役人に囲まれた彼は、ついに怒りを爆発させ…。

 サイレントなので、構成は比較的単純だが、最後の平三郎狂乱が凄い迫力。動きが速いのはフィルムのコマ数が少ないためとはいえ、さすが阪妻だ。捕り手の動きは様式的ではあるが、十手持ちが姿勢を低くしているところは今の時代劇よりリアル。(2000/08/20)

大正十四年(1925)以前
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