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昭和十年(1935)

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与太者と小町娘(與太者と小町娘) よたものとこまちむすめ
監督 野村浩将
公開年 1935年
評点[B]
感想  今日は、野村浩将監督の『与太者と小町娘』を観た。昭和十年(1935)の作品。

 木曽山中で森林伐採をしている嘉平治(上山草人)組と虎造(山口勇)組は対立していた。嘉平治組の子分である磯野(磯野秋雄)・三井(三井秀男、のち弘次)・阿部(阿部正三郎)の三人トリオはドジなことばかりしているが、親方の娘・加代(坪内美子)のために奮闘していた。

 昭和十年公開の作品だが、サイレント(正確には音楽と効果音が録音されたサウンド版)。サイレント時代に人気のあった“与太者”シリーズ末期の一本。
 当時としても小柄なトリオが見せるアクション主体のギャグが中心で、“追っかけ”アクションや敵の虎造親方と子分が大男とチビの凸凹コンビである設定などサイレント時代の洋画のコメディ作品に強い影響を受けていることがうかがえる。
 ドタバタ中心といった感じで、今観るとやはり時代を感じる。ただし、アクションは崖を使った“落っこち”スタントなど出演者が体を張って頑張っている。殴り合いの殺陣はちょっと嘘臭かったが。当時としても、トーキー化が進んでくる頃なので、そろそろこういう作品も古めかしくなってきていただろうか。
 山を舞台にしたオール・ロケ作品らしく、山の景色は美しく木材を運ぶ軽便鉄道なども風情がある。また、屋外撮影で光量が豊かなためか、昭和十年にしては映像がシャープ。
 嘉平治組の幹部として河村黎吉、加代の許婚として大日向傳が登場。(2005/02/24)

水戸黄門 密書の巻(水戸黄門 密書の卷) みとこうもんみっしょのまき
監督 荒井良平
公開年 1935年
評点[A’]
感想  今日はNHK衛星で放映された『水戸黄門 密書の巻』を録画して観た。前作『来国次の巻』の続編で昭和十年(1935)年の作品。監督は、荒井良平という人だそうな。
 このシリーズの水戸黄門は、テレビドラマでは助さん格さんに「こらしめてやりなさい!」と命ずるところを、「助さん格さん遊んでおあげ」と言うから面白い。また、前作に引き続いて戦前の喜劇役者アノネのオッサンこと高瀬實乘(たかせみのる)が出演していた。この人を観るのは、もちろん初めて。
 さて、次回『血刃の巻』では、ついに柳沢吉保の陰謀が暴かれる。御老公の運命やいかに!(2000/07/25)

折鶴お千 おりづるおせん
監督 溝口健二
公開年 1935年
評点[A]
感想  今日は、溝口健二監督の『折鶴お千』を観たっす。昭和十年(1935)の作品で、これも無声映画。アポロン版なので活弁&音楽入り。

 保存状態が良いためか、画面の美しさが印象的だった。ストーリーは『滝の白糸』と似たような感じで、あまり名作とは言われてないけれども、台詞にいくつか印象的なものがあったりして、この作品も結構いいんじゃないかな。
 「お祖母さまの真心が/あたしに宿って/姉さんになって/あなたを/守ってやってと/逢はせてくだすったやうに/思はれますの」とか「姉さんが/魂をあげます」なんて、サイレントの字幕だからズバッと斬り込んでくる強さがあるのかも。しかし、折鶴があんな風に使われるとは参ったね!(謎)
 山田五十鈴の美しさと、その演技力にもビックリしたっす。当時17か18歳なのに。ラスト、精神に異常をきたした場面は迫真の演技です。そういえば、明日の『葵 徳川三代』に出演するんだよな。(2000/04/15)

乙女ごころ三人姉妹(乙女ごゝろ三人姉妹) おとめごころさんきょうだい
監督 成瀬巳喜男
公開年 1935年
評点[A’]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『乙女ごころ三人姉妹』を観た。昭和十年(1935)の作品。

 浅草に暮らすお染(堤真佐子)の母親(林千歳)は門付けの師匠で、三人の弟子たちとお染も毎夜三味線を持って浅草を流している。姉おれん(細川ちか子)は男(瀧澤修)と出奔し、末妹の千枝子(梅園竜子)はレビューの踊り子として伸び伸び生きている中、お染は酔客相手に唄う日々を耐えていた。

 成瀬監督のP.C.L.移籍第一作で、川端康成の『サンデー毎日』連載『浅草の姉妹』の映画化(脚本:成瀬巳喜男)。
 冒頭、浅草寺や仲見世、映画館や劇場など当時の浅草の賑わいが映し出される。そしてカメラが下ってショーウィンドーを眺める門付け娘の汚れた足袋の裏を写し出すと、一気にうらぶれた門付け芸人の世界に入っていく。この導入が上手い。その後も華やかな浅草の影の部分で生きる門付け娘たちの暮らしが描かれ、やはり成瀬は貧乏くさい描写の達人だと思わされる。末妹・千枝子と金持ちのボンボンである恋人(大川平八郎)が生きるモダンな浅草との対比も印象に残る。
 頑固な母親と姉妹・門付けの弟子たちとの間に挟まれて苦労する次女お染。堤真佐子はさほど美形ではないが、その姿は哀しく美しい。ところどころちょっとユーモアがあるのは原作にあるのかもしれないが、ほろ苦い味は成瀬監督の持ち味のような気がする。
 成瀬監督のトーキー第一作でもあるが、それを感じさせない非常にナチュラルな演出で門付けの三味線の音の使い方などもわざとらしくない。台詞や音を使わず映像で時間を省略して表現する描写はサイレントの経験の豊富さを感じさせる。回想シーンの導入も巧み。
 描かれるのは古典的な人間像であるが、ラストシークエンスも心に残る佳作。私が観たプリントは時々真っ黒なコマが入って最初はびっくりした。切れたところを繋げた部分だろうか。保存状態がまずまず良好で映像が美しく(撮影:鈴木博)音声の状態も悪くないので、それだけが惜しい。(2004/11/29)

東京の英雄 とうきょうのえいゆう
監督 清水宏
公開年 1935年
評点[A]
感想  今日は、清水宏監督の『東京の英雄』を観た。昭和十年(1935)の作品。

 根本春子(吉川満子)は夫(岩田祐吉)が詐欺事件を起こして失踪したため、女手一つで寛一(藤井貢)・加代子(桑野通子)・秀雄(三井秀男)の三人をを立派に育てあげた。しかし、春子が実はいかがわしい仕事を営んでいたことを加代子の夫と秀雄の恋人に知られ、二人は家を出てしまう。

 源尊彦という名義の原作があるが、清水宏のペンネームだという(脚本:荒井正夫)。音楽のみ録音のサウンド版。都会を舞台としたモダン傾向の一作で、戦前の銀座の街並みも登場する。序盤で一家が江ノ島旅行する場面があり、江ノ島に渡る橋が戦前から整備されていたことが知られるのも珍しい。
 ストーリーはいわゆる母もの的だが、映像と展開のテンポが素晴らしい。タイトル画面の挿入のタイミングも巧みで、静的な画面が続くのに全く展開が遅く感じられない。まだサイレント映画をあまり多くは観ていないが、これほどリズム感の良い作品は初めて。ディゾルブで時間の省略を表現する手法も使われている。
 脚本に目新しいところはないが、サイレントとしては抑え目な演技を巧みな構図で捉え(撮影:野村昊)、それを絶妙なタイミングで繋いで一本の映画に構成する、清水監督の映像作家としての実力を感じた。(2004/09/17)

水戸黄門 血刃の巻(水戸黄門 血刃の卷) みとこうもんけつじんのまき
監督 荒井良平
公開年 1935年
評点[A’]
感想  今日はNHK衛星で放映された『水戸黄門 血刃の巻』を観た。昭和十年(1935)年の作品。大河内傳次郎主演『水戸黄門』三部作の完結編。
 市井の老人に扮した水戸黄門と浪人・立花甚左(大河内傳次郎の二役)の活躍によって、将軍継嗣問題に容喙しようとする奸悪、柳沢吉保・吉里父子の陰謀は見事打ち砕かれたのであった!
 黄門が偽物のふりをしたり、さらにボケた真似をしたのが面白かった。偽黄門ネタって、昔から『水戸黄門』ものの基本だったんだな。にしても、この三本は本当に面白かった。無声映画にはトーキーに無いリズム感がある。
 しかし、『水戸黄門』ものではいつも柳沢吉保が悪者にされて、子孫は迷惑だろうなぁ。柳沢家は明治時代には華族に列して伯爵になって、現在も続いているはずだから。将棋の木村義雄十四世名人(1905-1986)が、一時期、書生として柳沢家に住みこんで旧制中学に通っていたことがあるそうな。その当時の柳沢家の当主はなかなか聡明で、質素な暮らしをしていたとか。(2000/07/26)

母の恋文(母の戀文) ははのこいぶみ
監督 野村浩将
公開年 1935年
評点[A’]
感想  今日は、野村浩将監督の『母の恋文』を観た。昭和十年(1935)の作品。

 高瀬良一(小林十九二)は母(吉川満子)に内緒で山添夢子(坪内美子)と付き合っていたが、妹の八重子(高杉早苗)のフォローのおかげで無事に母に紹介して結婚できた。今度は新妻となった夢子が機知を発揮して家庭生活を仕切ったり八重子と恋人(徳大寺伸)を助けたりする。

 『主婦之友』の連載小説『突貫花嫁』の映画化(原作:稲田草人/脚本:池田忠雄)。現代人からすると原題が少々奇妙に見えるが、戦前はさほど違和感を覚えさせる題名ではなかったのだろう。
 ストーリーそのものは正直ちょっと他愛ないけれども、夢子と八重子が大活躍で女性二人の機知が楽しい。特に夢子が“泥棒”や“お見合い”で活躍するエピソードは原作にあるのかもしれないけれども、ほのぼのとしたユーモアを感じさせる。
 ジャンル分けすると新妻ものになるが、それに留まらない面白さもある。出演者たちの演技は伸び伸びしていて、松竹作品らしい俳優の上手さが生きている。エピソードがずらずらっと続いて展開が少々平板な感じもするので(終盤にクライマックスはあるが)、もう少し演出の抑揚があれば、より傑作になったかも。(2005/05/03)

剣聖 荒木又右衛門 けんせいあらきまたえもん
監督 仁科熊彦
公開年 1935年
評点[A’]
感想  仁科熊彦監督の『剣聖 荒木又右衛門』を観た。昭和十年(1935)の作品。

 浪人・荒木又右衛門(羅門光三郎)は柳生流の剣の腕を認められ、播州姫路の本多家へ仕官した。しかし、親しくしていた渡辺靱負(小島陽三)が河合又五郎(片岡左衛門)に斬られると、 靱負の子・数馬(静田二三夫)の助太刀として仇討ちの旅に出る。

 山中貞雄の師匠にあたる仁科監督の作品。極東甲陽というマイナー会社での製作で、昭和十年の段階でもサイレントだが、無声映画らしいテンポの良さを味わうことができる。
 序盤から中盤の荒木又右衛門の人間性を描くエピソードもちょっと面白いが、なんといってもメインは“鍵屋の辻”の決闘。終盤十数分を占めるチャンバラシーンは斬る方も斬られる方も走り回り、躍動感が素晴らしい。羅門光三郎は何度も跳躍するカットが挿入され、まさに“猛優”の名にふさわしい。現在の時代劇映画のスローモーションを多用する殺陣シーンにはない味わいがある。
 この時期のメジャー会社の阪妻などの大スターの主演作にはない荒々しい迫力のある作品になっていると思う。(2005/08/21)

マリヤのお雪 まりやのおゆき
監督 溝口健二
公開年 1935年
評点[A’]
感想  今日は、溝口健二監督の『マリヤのお雪』を観た。昭和十年(1935)の作品。

 西南戦争の最中、戦火が及ぼうとしている人吉から人々が逃げ出そうとしていた。一台の馬車に町の資産家の一族と酌婦(私娼でもある)の お雪(山田五十鈴)と おきん(原駒子)が乗り合わせ、資産家の一族は酌婦たちを露骨に侮蔑する。だが、お雪は弁当を金持たちに分けてやり、官軍の将校・朝倉(夏川大二郎)が資産家一家の娘を提供するよう求めると、身代わりになってやるのであった。さらにその後、窮地に陥った朝倉を助けてやる。しかし結局、お雪はむくわれることはなかったのであった。

 川口松太郎がモーパッサンの『脂肪の塊』を原案として書いた新派劇『乗合馬車』を原作として映画化した作品(脚色:高島達之助)。溝口健二のフル・トーキー第2作(パート・トーキーに『ふるさと』があり、フル・トーキー第一作は『時の氏神』)。
 翻案ものであるためか、ほとんど語られることがないが、登場人物たち(特に資産家の夫人を演じた梅村蓉子)のカリカチュアライズされた演技やモンタージュの手法が溝口健二のサイレント時代の名残を残しているようで興味深い。内容自体も、川口松太郎のオリジナルである後半部分はいかにも新派的でテンポも落ちて多少違和感があるけれども、モーパッサンの原案を翻案した部分は意外と面白い。
 初期トーキーで、グラウンドノイズが凄いが、台詞は意外とハッキリしている。もちろん、聞き取りづらいところも多かったが。映像は、同年の『折鶴お千』の方が保存状態が良かった。(2002/03/15)

春琴抄 お琴と佐助 しゅんきんしょうおこととさすけ
監督 島津保次郎
公開年 1935年
評点[B]
感想  今日は、島津保次郎監督の『春琴抄 お琴と佐助』を観た。昭和十年(1935)の作品。

 明治初期。大阪の薬種問屋の次女・春琴(田中絹代)は盲目だが琴・三味線の芸道に打ち込み、それで身を立てるほどになっていた。気位が高く気難しい彼女は丁稚の佐助(高田浩吉)しかそばに近づけない。そんな彼女の美貌に惹かれ、大店の若旦那(斎藤達雄)がしきりに接近してくる。

 何度も映画化されている谷崎潤一郎の原作の初映画化(脚本:島津保次郎)。助監督の中に豊田四郎と吉村公三郎、撮影助手の中に木下恵介の名があり、今の目で見ると非常に豪華なスタッフによる作品になっている(当時は三人も名監督になるとは誰も予想できなかったと思うが)。
 全5本の『春琴抄』ものの中で私が観たのはこれでまだ三本目だが、今までのところこれが最も明治時代らしい作品だと思う。一番古い作品だけあって全体から明治的な雰囲気が漂ってきて、それがなんともいい感じ。
 若い高田浩吉は細くて顔も小さいのでちょっと驚いたが、上方出身だけあって自然な関西弁と丁稚らしいおどおどした様子をよく演じていた。対する田中絹代もまだ若くて可憐だが、近寄りがたい美人というのとはちと違うかも……という感じ。決して悪くはないのだけれども。
 全体の雰囲気や、春琴の両親と佐助の父といった古風なキャラクターはおそらく『春琴抄』ものの中では最も明治時代の香りがあると思うが、製作された時代の制約のためか谷崎作品らしい妖しい雰囲気は乏しい。もう少し春琴と佐助の微妙な関係を突っ込んで描いて欲しかった(戦後の伊藤大輔監督の『春琴物語』はあからさまに描きすぎだったけど)。
 ただし、トーキー初期であるのに琴・三味線の音や小鳥の鳴声を自然に使い、映像も完全にトーキー映画の文法にのっとっている島津監督の手腕はさすがだとも思ったが。
 身長180cmを超える斎藤達雄が着流しの和服で若旦那役を演ずるのが面白かった。若旦那の腰ぎんちゃくである手代を坂本武が演じていて、彼の中年おやじではない若者の役は初めて観た。(2005/11/13)

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昭和十年(1935)
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