Return to年代順邦画備忘録Top pageHOME PAGE
昭和十年(1935)

[1] [2]

丹下左膳余話 百万両の壺(丹下左膳餘話 百萬両の壺) たんげさぜんよわひゃくまんりょうのつぼ
監督 山中貞雄
公開年 1935年
評点[超A]
感想
Amazon
丹下左膳餘話 百萬兩の壺
丹下左膳餘話
百萬兩の壺
Amazon
山中貞雄日活作品集 DVD-BOX
山中貞雄
日活作品集
DVD-BOX
河内山宗俊
百万両の壺

 ついにと言うか、やっとと言うか、山中貞雄監督の『丹下左膳余話 百万両の壺』を観た!昭和十年(1935)の作品。

 小藩の始祖が百万両を隠した場所の地図を塗り込めた家宝“こけ猿の壺”。その壺の秘密を知らずに弟にやってしまい、あわてて取り戻そうとする殿様。
 一方、江戸の大道場の婿養子になった弟の方も、兄からの引き出物が汚い壺だけなので不満顔。たった十文で屑(くず)屋に売ってしまう。その屑屋もすぐ、壺を近所に住む子供“ちょび安”(宗春太郎)に金魚鉢代わりとして与える。
 丹下左膳(大河内傳次郎)は、居候兼用心棒として矢場の女主人・お藤(喜代三)のところに居着いている。ひょんなことから“ちょび安”を手元で育てることになり、丹下左膳の元に渡った“こけ猿の壺”をめぐって大騒動が起こる…。

 いや、これは予想以上の大傑作。山中監督のコメディ方面の才能が発揮されている。『河内山宗俊』よりもギャグは上。もっとも、『河内山』はコミカルな映画ではなくシリアスな作品なのだが。登場人物が口にしたことと逆のことをやってしまう“逆説の話術”や省略法が見事な効果を挙げて笑いを取る一方で、丹下左膳&お藤が口では“ちょび安”を邪険にしながら、実は可愛がっている様子が心を打つ。
 この作品はレンタル店で見かけないのでキネマ倶楽部の発売と思っていたら、日活から廉価版が出ていると知って買ってしまった。せこい話になるけれども、レンタルビデオが10本近く借りられる代金を払っても、面白かったので惜しい気はしない(笑)。
 日本ではトーキー初期に当たる昭和十年の作品だが、画質と特に音質が良好。現存する山中貞雄作品3本の中ではもちろん、日本の戦前のトーキー作品の中でもトップクラスでは。(2000/09/07)

妻よ薔薇のやうに(妻よ薔薇のように) つまよばらのように
監督 成瀬巳喜男
公開年 1935年
評点[A’]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『妻よ薔薇のやうに』を観た。昭和十年(1935)の作品。

 山本君子(千葉早智子)は、歌人である母・悦子(伊藤智子)と二人暮らしをしている。実は、父親の俊作(丸山定夫)は芸者上がりの お雪(英百合子)という愛人と駆け落ちしていた。君子は父親を連れ戻すため、二人の家に行く。

 戦前の成瀬作品の傑作とされていて、この年の『キネマ旬報』ベストワンに輝いた作品。原作は中野実『二人妻』で、脚色は成瀬監督自身による。
 ヒロインは丸の内に通勤するOLで、スーツと帽子に身を固めた彼女の“モガ”風の服装や会社周辺の風景と、父親の家族の和服や彼らの住む田舎との対比が鮮やか。映像はナチュラルな成瀬流の作り方だが、昭和十年の作品にしてはかなり現代的かもしれない。一度、君子が見失った父親を探すために街を見回すシーンで、激しいパンが用いられていたのが印象的。
 また、悲しいシーンで明るい音楽を流す対位法(?)の手法が用いられていた。日本映画としては、最も早い段階のものかもしれない。
 ストーリーは、正妻も愛人も古風で、特に後者がダメ男の俊作に尽くしぬいているのは、今から観ると不思議としか言いようが無い。特に女性の観客は共感できないかも。俊作の、ダメ男なりの寂しさ・やるせなさ・忸怩たる念等々…が描かれていれば理解できるかもしれないが、娘からの視点で話が進められているので、それは全く無かった。原作がそうだったんだろうけど。(2001/06/29)

サーカス五人組 さあかすごにんぐみ
監督 成瀬巳喜男
公開年 1935年
評点[A’]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『サーカス五人組』を観た。昭和十年(1935)の作品。

 旅回りでチンドン屋などをしている五人のジンタ(楽隊)。ある時、仕事を急にキャンセルされて困っていると、同じ町に来ていたサーカス団でストライキが起き、急遽雇われることになる。さっそく女好きの甚吉(藤原釜足)は団長の娘である姉妹の妹(梅園龍子)の方に目をつけ、ジンタ五人組の中で最も若い幸吉(大川平八郎)は姉(堤真佐子)と親しく言葉を交わすようになった。

 原作は古川緑波(ロッパ)の『悲しきジンタ』(脚本:伊馬鵜平・永見柳二)。『妻よ薔薇のやうに』の次の作品であるが、モダンな前作とは雰囲気が一変している。
 登場人物の設定が似ている『乙女ごころ三人姉妹』や『旅役者』も作っているので、戦前の成瀬はモダンな世界と共に、うらぶれた雰囲気漂う大道芸人や旅芸人の世界にも関心があったのだろうか。廃れゆく世界への視線という点で、戦後の『流れる』も連想した。
 『乙女ごころ〜』と同じく妹を見守る姉の役を演じた堤真佐子は、やはり良い。藤原釜足は芸達者な演技を見せ、五人組で最年長の清六を演じた御橋公も役に合っている。成瀬作品でもモダンな雰囲気のものでは硬い演技を見せる大川平八郎も、この作品では悪くない。素朴な青年役の方が合っているのだろうか。五人組の宿屋でのやり取りやサーカス出演場面が楽しい。
 トーキー初期の作品なので音楽が強調されているが、効果音の使い方も面白いところがある。その他、場面転換に時々印象に残る手法を使っていたり、細かい小ネタ的ギャグもあったりするので、成瀬監督のサイレントの経験の深さを感じた。
 1時間5分ほどの中編でちょっと内容が軽く、『妻薔薇』と『噂の娘』の間に挟まれているため目立たないが、愛すべき小品といった感じの一作。(2005/01/09)

エノケンの近藤勇 えのけんのこんどういさみ
監督 山本嘉次郎
公開年 1935年
評点[A’]
感想  今日は、エノケン主演の『エノケンの近藤勇』を観た。監督は山本嘉次郎で、昭和十年(1935)の作品。

 時は幕末。京では近藤勇(榎本健一)率いる新選組が猛威を振るっていたが、一方では坂本龍馬(榎本健一、二役)と中岡慎太郎(柳田貞一)や桂小五郎(二村定二)らの勤皇の志士も王政復古へ向けて活躍していた。

 エノケンがP.C.L.(のち東宝)で撮った一連の喜劇作品の中でも初期のもの。幕末ものだが、もちろんコメディで、様々なパロディや音楽が散りばめられている。
 坂本龍馬の最期は阪妻主演の『坂本龍馬』のパロディだろうか。近藤勇が「桂を斬れ!」「勤皇党を葬れ!」と演説するシーンではプロパガンダ絵画風のポスターが掲げられる。これは戦前の左翼弾圧を諷刺しているように思えたのだが、どうだろうか。映画界や演劇界は“主義者”の逃避の場であったので、その可能性はあると思う。そうだとしたら、山本監督は良い度胸をしているし、昭和十年の段階ではまだこんな表現が許されていたということになる。
 コメディ作品としても、小男のエノケン近藤勇が、あるアイテムを“装備”することによって強くなるという設定は面白いし、音楽の使い方も巧み。『ボレロ』が流れたり、池田屋事件のシーンではラテン音楽が流れ、それに合わせてエノケンが踊るような見事な殺陣を見せる。コメディ仕立てだが、斬られた人が階段落ちしまくって非常に大規模な殺陣。

 それと、特筆しておきたいのは戦前作とは思えないほどの音質・画質の良さ。トーキー初期なのに全く聞き取りづらくないし、画質も戦後作品以上にシャープでピントが合っている(撮影:唐沢弘光 )。欠落も無いようだし、よほど保存状態が良かったのだろう。(2004/10/25)

虞美人草 ぐびじんそう
監督 溝口健二
公開年 1935年
評点[C]
感想  今日は、溝口健二監督の『虞美人草』を観た。昭和十年(1935)の作品。

 若き学者・小野清三(月田一郎)は、かつて恩を受けた井上孤堂(岩田祐吉)に、その娘・小夜子(大倉千代子)との結婚の約束を果たすよう迫られて悩んでいた。資産家の娘・藤尾(三宅邦子)に惹かれていたからだ。だが実は、高慢な藤尾は宗近一(夏川大二郎)という許婚がありながら小野に言い寄っていた。

 原作は夏目漱石の同題小説。映画では“潤色”として伊藤大輔、“脚色”として高柳春雄の名がある。
 私は原作を未読で粗筋しか知らないが、映画は全体として文字通りダイジェスト版という感じ。話はスイスイ進むがキャラが掘り下げられず、コクが全く無いのは溝口作品としては珍しい(のちの『楊貴妃』がちょっと似ているかも)。特に、藤尾の描写があまりなく小夜子一人がヒロインのようになっているのも、作品の趣旨をあまり伝えられていない一因ではないだろうか。藤尾の最期が欠けているのも痛い。
 全体の長さが七十数分では無理があったのだろうが、夏目漱石の世界は溝口監督には合わなかったのかもしれない。現存フィルムの状態が物凄いのも、興を削ぐ原因になっている。画像は一部を除いて雨が降りっぱなしだし、音もノイズが酷く所々字幕で補っているような状態。もう少し良い状態で観てみたい。(2002/03/16)

敵討三都錦絵(愛憎三都錦絵) かたきうちさんとにしきえ
監督 児井英男
公開年 1935年
評点[A’]
感想  今日は、黒川弥太郎主演の『敵討三都錦絵(愛憎三都錦絵)』を観た。監督は児井英男で、昭和十年(1935)の作品。

 密かに勤皇派として働いていた藤倉半兵太(清川荘司)が、主君が放った隠密・藪田彦兵衛(阪東勝太郎)によって暗殺された。藤倉の妹・小染(花井蘭子)の許婚(いいなずけ)であった浪野雪衛(市川正二郎)とその友人の平栗平記(黒川弥太郎)は仇の藤倉と手下を討とうとする。

 一般にはプロデューサーとして知られている児井英男の初監督作品。“指導監督”という名目でベテラン池田富保の名もある。児井英男の監督作は10本ほどあるようだ。原作は『雪之丞変化』で有名な三上於菟吉(脚本:星逸平)。
 場面転換にアイリス・インやワイプアウトを利用したり、象徴的な意味で蛙・蜘蛛・家鴨といった動物を出したり、初監督らしからぬ……あるいは初監督だからこそできた遊びがたっぷりある。終盤の宿屋の中での殺陣も、斬りあっている主人公たちに加えて泊り客まで画面の中で右往左往して逃げ回り、目まぐるしく楽しい。
 黒川弥太郎と市川正二郎の演技はちょっと硬いが、二役を演じわけた花井蘭子は見事。薮田とその手下(上田吉二郎)は、いかにも悪役の演技とメイクだけれども、二人が活躍(?)する場面では映像表現までスリラー映画風になって面白い(撮影:町井春美)。
 序盤は真面目な勤皇映画かと思わせておいて、中盤以降はロードムービーの趣が強くなり、終盤では大チャンバラシーンと、現存プリントは72分強だがサービス精神たっぷりの作品。(2004/08/24)

人生のお荷物 じんせいのおにもつ
監督 五所平之助
公開年 1935年
評点[B]
感想  今日は、五所平之助監督の『人生のお荷物』を観た。昭和十年(1935)の作品。

 初老の福島省三(斎藤達雄)とその妻たま子(吉川満子)は、長女の高子(坪内美子)と次女の逸子(田中絹代)に続いて三女の町子(水島光代)を嫁にやり、ようやく一安心していた。だが、ほっとしたのもつかの間、末っ子の寛一(葉山正雄)がまだ9歳であるのを思い出す。それから一家に小さなさざなみが立つ。

 戦前の松竹蒲田風の小市民コメディの典型といった感じの作品。田中絹代も若く演技もまだ若い感じ。主人公夫婦を演じた斎藤達雄と吉川満子が上手い。特に斎藤達雄は、小津安二郎の『生れてはみたけれど』でも演じた哀愁漂う父親像を好演。小品ではあるが、小佳作と言えるかも。
 ただ、三女の夫を佐分利信が演じているのに全然出てこなかった。軍人という設定なので、戦後の再公開時にカットされてしまったらしい(GHQによるものか松竹が自主的におこなったのかは不明)。残念。(2001/10/05)

噂の娘 うわさのむすめ
監督 成瀬巳喜男
公開年 1935年
評点[B]
感想  成瀬巳喜男監督の『噂の娘』を観た。昭和十年(1935)の作品。

 造り酒屋「灘屋」の長女の邦江(千葉早智子)と父親の健吉(御橋公)は経営が傾きかけている店を二人で支えているが、隠居の啓作(汐見洋)と次女の紀美子(梅園龍子)は自分勝手に遊びまわっている。邦江は店の将来を考えて資産家の息子との見合いをしたものの、紀美子によって引っかきまわされてしまう。

 成瀬監督のオリジナル脚本による作品。チェーホフの『桜の園』をヒントにしているそうだが、私は未読なのでよくわからない。
 貞淑な年上の女(人妻あるいは姉)と奔放な年下の娘(妹あるいは姪)という組み合わせの物語は昔の映画に良くあるパターンだし、終盤を除いて淡々とした展開だが、人物の心情の描写が細やかで、初期P.C.L.の作品にしては俳優陣の演技が上手いので、意外と興味を持続して観られた。むしろ、1時間弱の上映時間では終盤がちょっと唐突な観もあるので、もう少し尺が長くても良かったくらいかもしれない。(2003/02/09)

[1] [2]

昭和十年(1935)
掲示板 Return to年代順邦画備忘録Top pageHOME PAGE