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昭和十一年(1936)

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江戸の春 遠山桜(江戸の春 遠山櫻) えどのはるとおやまざくら
監督 荒井良平
公開年 1936年
評点[B]
感想  今日は、荒井良平監督の『江戸の春 遠山桜』を観た。昭和十年(1935)の作品。

 町奉行(鬼頭善一郎)の息子である遠山金四郎(尾上菊太郎)は父の心配をよそに、家を飛び出して遊び人のような暮らしをしていた。そんな折、金四郎の親友の流しの艶歌師・紋次(小林重四郎)が旧悪をネタに、昔の知り合いから再び仲間になるよう脅迫されていた。

 稲垣浩・山中貞雄・滝沢英輔・萩原遼・八尋不二などがメンバーの脚本グループ“梶原金八”による原作・脚本。
 おなじみ遠山の金さんものだが、梶原金八の脚本だけあって立ち回りやお白州がメインではなく“若き日の金さん”が活躍する人情噺的な作品になっている。金四郎と紋次の友情の描写や脇役で登場する“極楽コンビ”の高勢実乗と鳥羽陽之助の使い方が面白い。
 しかし、ひねったテーマだが金四郎を演ずる尾上菊太郎に今ひとつ華がないので、主人公が周囲から一目置かれる魅力的なキャラクターには見えづらく話を引っ張っていくパワーに欠け、加えて脚本も演出もオーソドックスで観客の興味を惹く意外性が乏しい。この辺、演出者の責任だろうか? 映像も戦前の日活作品としては保存状態が良く美しいが、こちらもオーソドックスすぎてメリハリに欠けるような気がする(撮影:谷本精史)。(2005/05/05)

有りがたうさん(有りがとうさん) ありがとうさん
監督 清水宏
公開年 1936年
評点[A]
感想  昨日は、清水宏監督の『有りがたうさん』を観た。昭和十一年(1936)の作品。

 伊豆の天城越えのバス路線に、警笛を鳴らして人が避けてくれると必ず「ありがとう」と言うので“有りがたうさん”と呼ばれている運転手(上原謙)がいた。今日も彼のバスには、伊豆から出る女給(桑野通子)・東京に身売りする娘(築地まゆみ)とその母(二葉かほる)・怪しげなヒゲの紳士(石山隆嗣)など様々な乗客が乗り、有りがたうさんは街道を歩く様々な人とも声を交わすのであった。

 清水監督の代表作の一本とされる作品。バス旅行を舞台にしたロードムービーと言おうか、あるいはモーパッサンが元祖の“乗り合わせもの”か。
 バスの乗客を個々に見ると少々類型的かもしれないが、全体として見ると一つのの乗り物の中の独立した小世界が巧みに作りあげられている。時折、バスとは別世界である街道を歩いている人々との交渉があるのも良い。多少予備知識はあったが、朝鮮人労働者の少女のエピソードがあれほど時間を割いて描かれるとは、ちょっと驚いた。
 よく清水監督は自然な作風と言われるが、この作品は実は大変にドラマティックで、それをバスとその周りだけで描いている凄い映画なのかもしれない。
 監督の演出によるのか、出演者全員が非常にゆっくりとした台詞回し。演技は、だる〜い感じの女給役の桑野通子が特に良かった。(2003/06/03)

歌ふ弥次喜多(歌ふ彌次喜多/歌う弥次喜多) うたうやじきた
監督 岡田敬・伏水修
公開年 1936年
評点[C]
感想  今日は、岡田敬・伏水修共同監督の『歌ふ弥次喜多』を観た。昭和十一年(1936)の作品。

 ある日、江戸っ子の弥次呂兵衛(古川ロッパ)と喜多八(藤山l)は思い立ってお伊勢参りの旅に出た。町内総出の見送りを受けて出発したのに、弥次喜多コンビは旅先で出会った女にちょっかいを出し、騒動を起こす。

 エノケンと並ぶ喜劇王ロッパ(緑波)の主演作。原作もロッパ名義になっていて、人気のあったロッパ劇団の舞台作の映画化らしい(脚本:阪田英一)。
 ロッパと藤山lは双方とも歌が上手く美声を発揮しまくるが、歌が多すぎてちょっとまとまりがない。また、『カチューシャの唄』『ストトン節』『籠の鳥』など昔の流行歌が多く、オリジナル曲が少ない。舞台だと次から次へと歌を披露して大うけだったのだろうが、映画として観ると脚本と構成に工夫が足りないような気がする。ただ、終盤の幻想の中のレビューシーンや『侍ニッポン』は面白かった。
 現在残っているプリントは公開当時のものより短くなっているようなので、その辺で損をしているかもしれない。生真面目そうな侍を演じた藤原釜足がいい味を出していて、彼と泥棒(鈴木圭介)がからむシーンが欠落してしまっているような気がする。(2004/07/20)

家族会議(家族會議) かぞくかいぎ
監督 島津保次郎
公開年 1936年
評点[C]
感想  今日は、島津保次郎監督の『家族会議』を観た。昭和十一年(1936)の作品。

 兜町の株屋・重住高之(佐分利信)は大阪に住む仁礼泰子(及川道子)と好き合っていたが、高之の父が泰子の父のために破産して自殺した経緯があるので、二人の友人の池島忍(高杉早苗)がハッパをかけても一歩を踏み出せなかった。そんな折、再び泰子の父が番頭の京極練太郎(高田浩吉)に命じて仕手戦を仕掛けてくる。

 横光利一の原作の映画化(脚本:池田忠雄)。題名はファミリードラマのようだが、実際はドラマティックなメロドラマ。
 まず、高之が妙に消極的な男性に見え、なぜあんなに女性たちに好かれるのがよくわからないし、対して泰子以外の女性キャラの行動は非常に積極的でビックリする。特に、高之に恋する梶原清子(桑野通子)というキャラの行動には唖然。さらに大げさ過ぎる音楽で驚かされる。
 現存しているのはかなり切り刻まれた短縮版らしいので(オープニングのキャスト紹介に名があっても姿を現わさなかった俳優が何人もいる)、キャラの心理がよく見えずエキセントリックに感じられてしまうのは仕方ないようだが。ただし、それでもアップの多用やモンタージュ(?)など島津監督にしては大げさな演出が目立つ。洋画の影響を受けたのだろうか。蒲田から移転した松竹大船撮影所の第一作だそうなので、多少の力みがあったのかもしれない。
 ちょっと心境のわかりづらい登場人物たちの中でも、忍と練太郎二人の大阪人は比較的わかりやすく、好感を持てた。特に忍は自動車を運転したりゴルフをしたり、さらには今の目で見るとヘンテコな派手なドレスを着たり、当世風の金持ちのお嬢様風に派手に振舞ってみせるキャラを生き生きと演じている。(2005/05/02)

桃中軒雲右衛門 とうちゅうけんくもえもん
監督 成瀬巳喜男
公開年 1936年
評点[C]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『桃中軒雲右衛門』を観た。昭和十一年(1936)の作品。

 明治時代に一世を風靡した浪曲師・桃中軒雲右衛門(月形龍之介)は、芸のためには全てを犠牲にし、久々に再会した息子(伊藤薫)のことも顧みず、若い芸者(千葉早智子)を身請けして囲ったりしていた。そんな中、下積み時代から伴奏の三味線を弾いてくれていた妻(細川ちか子)の健康が悪化する。

 原作は真山青果(脚本:成瀬巳喜男)。元が戯曲のためか長台詞が多いのだが、なんだか雲右衛門が意見されてそれに言いわけしてばかりのような感じ。月形龍之介は器用な俳優ではないので、長台詞では拙く見えてしまって損をしている。もう少し、台詞ではなく映像や人物の行動で心情を示す脚本にならなかったものか。(2003/02/10)

河内山宗俊 こうちやまそうしゅん
監督 山中貞雄
公開年 1936年
評点[A’]
感想
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河内山宗俊
河内山宗俊
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山中貞雄日活作品集 DVD-BOX
山中貞雄
日活作品集
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河内山宗俊
百万両の壺

 山中貞雄監督作品をついに観る。1936年製作の『河内山宗俊』。とにかく音質が悪すぎるし、ギャグも時代を感じさせるものがあったが、カット割りや人物描写はさすがで、天才監督の片鱗をうかがうことが出来ると思う。
 現存する残り2本の作品も観たいけど、レンタル禁止の通販のみのビデオで、高いんだよな〜。溝口健二監督の『西鶴一代女』と『新・平家物語』もそこの発売だから(補注:『新・平家物語』は大映から廉価版ビデオが発売された)、4本買うとするといくらかかるか…。(2000/02/05)

浪華悲歌 なにわえれじい
監督 溝口健二
公開年 1936年
評点[超A]
感想
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浪華悲歌
浪華悲歌

 溝口健二監督の『浪華悲歌』(なにわエレジー)を観る。いや〜、テーマが現代的で驚いた。若い女性が金持ちの愛人になるわ、そのパトロンの友人に援助交際をもちかけて、自分の彼氏と組んで美人局を演じて警察につかまるわ…。家庭も冷え切っているんだけど、彼女は当座の金に困っている家族(父と兄)のために悪事を働いた…という点だけが今と全く違うとこかな。
 それにしても、昔も昔、大昔の昭和十一年(1936)の映画ですぜ。映画界は六十余年も何やってたんだ。まぁ、トーキーが実用化されてすぐ、今の映画の方法論のほとんどは確立してたんだけど。『西部戦線異状なし』(1930米国)あたりでさえも画質以外は今の映画にさほど遜色ないし。

 しっかし、一番の驚異は主人公の美少女を演じていた山田五十鈴(18か19?)が、80過ぎていまだ現役女優であることかも(笑)。今日の大河ドラマ『葵 徳川三代』にも徳川家康の母親役で出てた。(2000/01/24)(補注:『浪花悲歌』に関してはこちらも参照)

赤西蠣太 あかにしかきた
監督 伊丹万作
公開年 1936年
評点[A’]
感想  今日は、伊丹万作監督の『赤西蠣太』を観た。昭和十一年(1936)の作品。

 江戸初期、伊達家の重臣・伊達兵部の家に新たに召抱えられた赤西蠣太は、将棋だけが趣味の不粋もの。だが、実は伊達兵部と原田甲斐のお家乗っ取りの陰謀を探るため潜入した密偵だった。密書類を手に入れた彼は、伊達兵部家から逃げ出すために美人で評判の腰元・小波(毛利峯子)に恋文を出して自らスキャンダルを作り出そうとするが、うまくいかず……。

 現在では伊丹十三の父親として知られている伊丹万作の代表作。といっても、現存作品は少ないようだが。歌舞伎などで有名な“伊達騒動”を舞台にした原作は志賀直哉によるものだそうだ(脚本:伊丹万作)。
 冒頭の、雨と水溜りの波紋が美しい。山中貞雄の『人情紙風船』や黒澤明の『羅生門』など、日本映画の雨の描写は特徴的だが、そのハシリか? 演出は、冒頭の捨て猫を押し付けあうところからコミカルな小技が効いていて洒落ている。赤西が腰元の名を考えてやる場面で、池の水面を見て小波という名を発想したのは、黒澤明監督の『用心棒』と『椿三十郎』の主人公が自分の名を考えるシーンの元ネタらしい。『赤西蠣太』の助監督だった佐伯清監督がそう言っていた。音楽の使い方も面白い。

 立ち回りや殺人シーンを直截的に描かないところ省略を効果的に使うところなどは山中貞雄の『百万両の壺』を思わせる。ただ、テンポ・リズムは『壺』の方が良く、『赤西蠣太』は上映時間の割りにテンポがのろく感じられた。また、伊達騒動の粗筋だけでも知らないと、話の背景がちょっとわかりづらいかもしれない。とにかく、伊丹万作の他の作品も観てみたい。(2002/06/26)

男性対女性 だんせいたいじょせい
監督 島津保次郎
公開年 1936年
評点[B]
感想  今日は、島津保次郎監督の『男性対女性』を観た。昭和十一年(1936)の作品。

 実業家・渥美恭平(藤野秀夫)の次男・哲也(上原謙)はフランスで演劇を学び、劇場のレビューの演出を任されて好評を得るが、予算のことで劇場経営者の藤村(水島亮太郎)と対立する。哲也の兄・行雄(佐分利信)は人類学者で堅物だが、藤村の娘・時子(田中絹代)と仲が良い。しかし、藤村は登紀子を政略結婚させようとして……。

 上映時間が2時間10分を超える、当時としては大作映画。吉川満子や桑野通子も出演して、松竹大船のスターが数多く顔を出している。レビューの舞台にかなり時間を割かれていて、戦前の舞台芸術のレベルが低くはなかったことがわかる。序盤で上原謙が上海に立ち寄るシーンは合成がバレバレだが、異国情緒を見せるためのサービスだったのだろうか。
 渥美家の会社の経営危機や行雄と時子の恋愛、時子の弟(磯野秋雄)と女中(大塚君代)の話など、複数のエピソードを同時進行させて破綻なく進行させている脚本と演出は巧み。ただ、全体にテンポが遅く、レビューシーンの量もあまり興味のない人間にとっては少々多いように感じられ、映画全体が実際の上映時間よりもちょっと長めに感じた。現在では、当時の最新流行・風俗を見ることのできる資料的価値もあるかも。(2003/05/31))

君と行く路 きみとゆくみち
監督 成瀬巳喜男
公開年 1936年
評点[C]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『君と行く路』を観た。昭和十一年(1936)の作品。

 天沼朝次(大川平八郎)と夕次(佐伯秀男)兄弟は元芸者の母(清川玉枝)と鎌倉で三人暮らし。朝次は妾の子であることに強い劣等感を持ち、弟はそれを意識しながらも明るくふるまおうとするが、その境遇によって朝次は恋人・霞(山懸直代)と別れざるを得なくなる。

 三宅由起子の小説『春愁記』を原作とした悲恋もの(脚本:成瀬巳喜男)。音楽の使い方や絵作り、オープニングでの人物紹介などは洋画的でモダン。しかし、ストーリーは日陰者の子たちの悲劇、といった感じで、今から観るとピンとこないし、朝次&夕次兄弟の母親の描き方も、徹底して損得でしか人を見られない愚かな女として描かれていて、芸者に対する蔑視観すら感じられる。
 同年の溝口健二監督の『浪華悲歌』『祇園の姉妹』と比べると、絵作りやカット割りでは『君と行く路』の方が“モダン”だが、人間観は溝口作品の方がはるかに近代的なのではないだろうか。もっとも、これは恐らく原作のせいであって成瀬監督のせいではないとは思うが。
 また、朝次・夕次・霞・津紀子(霞の友人)といった主役級の4人を演ずる俳優たちの演技力がイマイチで、観ていてちょっと困った。(2002/09/07)

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昭和十一年(1936)
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