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昭和十二年(1937)

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戦国時代(戰國時代) せんごくじだい
監督 松田定次
公開年 1937年
評点[A]
感想  今日は月形龍之介主演の『戦国時代』を観た。監督は松田定次で、昭和十二年(1937)の作品。

 戦国時代、半農半漁の村で平和に暮らしていた次郎(月形龍之介)は、突然やってきた軍勢に連れ去られ、その一員にさせられてしまう。あとに残された恋人のお菊(月宮乙女)は蓮如上人(月形龍之介二役)のもとで暮らすが、過酷な運命は彼女らにも降りかかる。

 この作品、あまり知られていないが、冒頭の軍勢が村を襲うシーンから力強い映像の連続で驚かされた。戦前の作品にしては比較的映像がシャープなのが幸いしているのかもしれないが、とにかく全体にパワフルな絵作り(撮影:大塚周一)。特にモブシーンと移動撮影が巧みだと思った。
 戦国時代は民衆が常に酷い目に遭わされていたという史観は、今では少々古いものかもしれないけれども、過酷な運命に直面した人間の様相がよく描き出されていたと思う。爽やかな若者と高僧の二役を演じた月形龍之介が素晴らしい。昭和十二年の作品だが、まだ多少“傾向映画”の影響が残っているような感じもした。
 ただ、かなり欠落部分があるのが残念。もっと良い状態のものを観てみたい。(2002/11/04)

女人哀愁 にょにんあいしゅう
監督 成瀬巳喜男
公開年 1937年
評点[B]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『女人哀愁』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 銀座の書店で働いている河野広子(入江たか子)は、資産家の子息と見合いして結婚する。家事が得意で美しい広子は婚家の家族に喜ばれるが、ただ忙しく働く生活に疑問を感じてくる。そんな中、婚家の長女(水上玲子)が男(大川平八郎)と駆け落ちする。

 成瀬巳喜男自身の原作によるオリジナル作品(脚本:成瀬巳喜男・田中千禾夫)。『人形の家』を下敷きにしたのだろうか、現在の眼で観るとストーリー自体にはあまり新鮮さを感じない。ただし、婚家の長女のエピソードを絡ませてあるので、広子の心の変化は割りと無理がないように見える。
 とにかく入江たか子が美しい。また、成瀬演出も確立したようで、安定感があるナチュラルな映像になっている。ちょっとテンポがゆっくり目な感じがしたが。

 映像は悪くはないのに音がイマイチなのが残念。(2003/07/27)

新しき土(ドイツ版) あたらしきつちどいつばん
監督 アーノルド・ファンク
公開年 1937年
評点[B]
感想
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新しき土
新しき土

 今日は、アーノルド・ファンク監督の『新しき土(ドイツ版)』を観た。昭和十二年(1937)の日本とドイツの合作作品。日本版の監督は伊丹万作なので、一応は邦画ということに…(Japanese Movie Databaseの『新しき土』の項では日独版と日英版と表記されている)。

 富士山麓の農家の息子から資産家の大和巌(早川雪洲)の養子となって、長らくドイツ留学をしていた大和輝男(小杉勇)は、帰国して大和巌の実娘の光子(原節子)と結婚して大和家を継ぐことになっていた。しかし、ヨーロッパの個人主義の空気に触れた輝男は、それを受け入れられず悩む。彼を見守るドイツ人女性ジャーナリストのゲルダ・シュトルム(ルート・エヴェラー←小杉勇より背が高い!)。

 当時、関係を深めていた日独親善映画。ドイツ版は、ドイツ人への日本紹介映画のような感じ。冒頭から海やら富士山やら火山から地震に至るまで、ヨーロッパには無いものが映し出される。大和家って、すぐ近くに安芸の宮島があって近くでは活火山がドンドコ噴火している。いったいどこにあるんだろう(笑)。
 とにかく、日本人が観ると情景描写が飽きるほどある。時々笑っちゃう部分も。日本の家制度を結局は肯定しているのは同盟関係にあったから当然だろうか。それと、オチも今観るとなんだかね。題名の『新しき土』って、そういう意味だったのか…。
 自然の描写などはありきたりだが、時々ハッとするようなものもある。また、当時17歳の原節子が若くて美しい。セーラー服や水着姿まで拝めます!(露出度は低い)しかし、原節子は西洋人から見るとそれほど美人ではない、という説があるそうだが、実際はどうなんだろう…。

 日本版があったら観てみたいが……例によって現存していないのだろう…トホホ。(2000/12/31)

戦国群盗伝(戦國群盜傳/戰國群盜傳) せんごくぐんとうでん
監督 滝沢英輔(瀧澤英輔)
公開年 1937年
評点[A]
感想  今日は、滝沢英輔監督の『戦国群盗伝』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 時は戦国時代。関東の北条氏の支配下にある土岐氏は上納金を献上することになった。土岐氏の長男・土岐太郎虎雄(河原崎長十郎)が率いる一行を野武士の一団が襲うが、野武士の一人の甲斐六郎(中村翫右衛門)が金を持ち逃げしてしまう。さらに土岐氏のお家騒動もからまり、事態は意外な方向へ進む。

 滝沢監督も一員であるグループ“梶原金八”(その他のメンバーは稲垣浩や山中貞雄など)による脚本の映画化。原作として三好十郎の名があるが、それは翻案で原案はシラーの『群盗』だそうだ。知らーんかった(←ダメ)。
 主人公の甲斐六郎というキャラクターが魅力的。力とユーモアを兼ね備えた好漢を演ずる中村翫右衛門も実に良い。中盤の演説シーンの口跡の良さは歌舞伎出身としても見事だと思う。もう一人の主人公といえる土岐太郎の河原崎長十郎も良い。主人公クラスだけでなく脇の野武士なども個性的で、集団ドラマの面白さも併せ持っている。
 展開がスピーディで山場が何度もあり、山田耕筰作曲の音楽も盛り上げてくれる、娯楽性の高い快作。
 また、エンターテインメント性だけでなく、支配者の大名に対する野武士という構図も描かれて思想的な要素も匂わせている。それが前進座の持つ思想に合っているためか、いつも以上に一座の面々が生き生きと演じているように見えた。

 この作品、今観られるのは101分の総集編だが、本来は前編と後編合わせて141分ほどあったらしい。しかし、総集編でも不自然なところは感じられなかった。(2005/09/19)

淑女は何を忘れたか しゅくじょはなにをわすれたか
監督 小津安二郎
公開年 1937年
評点[A’]
感想
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小津安二郎 DVD-BOX 第三集
小津安二郎
DVD-BOX
第三集

 今日は、小津安二郎監督の『淑女は何を忘れたか』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 麹町に住む大学医学部の教授“ドクトル”こと小宮(斎藤達雄)は妻の時子(栗島すみ子)の尻に敷かれていて、時子は同じく有閑マダムの千代子(飯田蝶子)・光子(吉川満子)らと好き勝手にふるまっていた。だがある日、大阪から小宮の姪・節子(桑野通子)が訪ねてきて、時子以上に奔放にふるまって時子を悩ませると、夫婦の関係に変化が生ずる。

 小津監督のトーキー第二作。よく指摘されているように、アメリカ映画の影響がうかがえるが、登場人物たちの軽妙な会話が楽しい佳作。特に、前半の有閑夫人たちが繰り広げる珍問答が素晴らしい。昭和十二年の作品ではあるが、日中戦争の前なので(この年の七月七日に盧溝橋事件勃発)、まだ暗い影は全く無い。
 この作品での会話シーンは、戦後のいわゆる小津スタイルが確立したあとの作品よりも自然に見える。野田高梧の参加した脚本に比べると台詞がブツ切れではなく繰り返しも少ないし、俳優があまり萎縮していないようだ。画面も、戦後作品の撮影監督となる厚田雄春が撮影監督の茂原英雄と並んで顔を出すが、まだ戦後作品ほどの厳格な構図ではなく、ナチュラルに見える。

 時子たちが劇場のロビーで煙草をプカプカ吹かしながら「あれ大船の上原じゃない?」と言うシーンで、まさに一瞬だけ上原健が登場する。たまたま小津組の撮影に顔を出して、即興で出演したのか?

 倦怠期になりかかった夫婦の間に姪が現れて波風を立てるという作品は、成瀬巳喜男監督の『めし』や川島雄三監督の『女であること』など、いくつかある。一つの類型化しているようだが、何か文学作品にでも元ネタがあるのだろうか。
 妻が勝手気ままにふるまっている夫婦が、夫が強く出ると妻の方がそれに圧倒される、というのは『お茶漬の味』をちょっと彷彿とさせる。あまり一般的とも思われないので、小津独特の夫婦観だろうか。(2002/04/03)

愛怨峡(愛怨峽) あいえんきょう
監督 溝口健二
公開年 1937年
評点[超A]
感想
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愛怨峡
愛怨峡

 今日は、溝口健二監督の『愛怨峡』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 信州の老舗旅館の女中ふみ(山路ふみ子)は、そこの若旦那の謙吉(清水将夫)といい仲になって身ごもっていた。二人は東京へ駆け落ちしたものの生活に疲れた謙吉は、ふみに内緒で連れ戻しに来た父親(三桝豊)と一緒に帰ってしまう。ふみは荒んだ暮らしの果て、同じアパートに住んでいた流しの艶歌師・芳太郎(河津清三郎)と万才(漫才)のコンビを組んで旅回りの一座に入るのだった。

 溝口が『浪華悲歌』『祇園の姉妹』を作った第一映画が崩壊したあと新興キネマに復帰して作った一作。原作が川口松太郎ということになっているが、脚本の依田義賢によると川口の完成した作品に拠ったのではなく、万才師を主役という原案を持っていた依田に、川口がトルストイの『復活』を基にしたらというアイデアを提供してストーリーが出来上がったということらしい(『溝口健二の人と芸術』より)。
 使用人の女と若旦那という主人公ふみと謙吉の関係は後の『残菊物語』をちょっと彷彿とさせるが、この作品のふみは『残菊』のヒロインお徳よりもずっとたくましく強い。むしろ『浪華悲歌』『祇園の姉妹』のヒロインに似ているが、自分を取り巻く状況の中で苦闘した2作の主人公に対して、ふみはしがらみの中から飛び出す思い切りの良さも持っている。
 なりふりかまわず生き抜いていこうとする主人公の姿が印象的で、山路ふみ子の旅館の女中から女給そして万才師へという変貌ぶりが見事。自分を芸人と自嘲しながらも決して卑屈にならないヒロイン像は、この時代の日本映画では溝口しか描けないものだったのではないだろうか。
 現代から見ると映像はアップが非常に少なくロングショット主体だが、ドキュメンタリー的に一人の女の生き方を映しだしてリアリズムを生み出している(撮影:三木滋)。
 共演の河津清三郎や田中春夫なども好演で、シリアスなストーリーに乾いたユーモアを加え、女の“悲喜劇”といった色合いの作品にしている。もちろん山路ふみ子も良く、女給になったときの酔態と万才の芸達者さは目を見張るものがあった。

 近年フィルムが発見されるまで行方不明になっていてソフト化されていなかったため、これまであまり語られてこなかった作品だが、戦前作品の中では『浪華』『祇園』『残菊』に劣らぬ傑作だと思う。今になってDVDで観られるようになって本当に嬉しい。(2005/07/05)

若旦那三国一(若旦那三國一) わかだんなさんごくいち
監督 重宗務
公開年 1937年
評点[A’]
感想  今日は、藤井貢主演の『若旦那三国一』を観た。監督は重宗務で、昭和十二年(1937)の作品。

 商家の若旦那・藤村百助(藤井貢)はK大のボート部キャプテン。突然退部を申し出た部員の木下英介(中野英治)に理由を訊くと、日本舞踊の師匠である姉(藤間喜与恵)の弟子が減って生活が苦しくなり学校も辞めるという。百助は友人たちや妹(逢初夢子)の婿の庄吉(山口勇)まで弟子に引っ張りこむ。

 松竹にいた藤井貢が東京発声映画(のち東宝に合併)に移って作った若旦那シリーズらしいが、松竹でも近藤敏明が跡を継いで若旦那シリーズを作っていたのに別の会社で競作することができたのだろうか。なんだか面白い。清水宏監督の『大学の若旦那』では醤油問屋のせがれでラグビー部だったが、この作品では鰹節問屋とボート部になっている。舞台の大学のモデルは慶応で変わらない。
 この作品では、若旦那の善意に振り回される側の英介や庄吉もかなり描き込まれていて、面白い脚本になっている(原作・脚本:八田尚之)。サイレント時代の大学出身スターだった中野英治がちょっと弱々しいキャラクターを演じて藤井貢の脇役に回っているのは、新旧スターの交替の感もあるだろうか。題材が日本舞踏なので、藤井貢たちが踊って笑わせてくれる場面もある。発表会のシーンは、ある意味ちょっと凄い。
 保存状態が良く映像も美しい(撮影:吉田勝亮)。ただし、ボートを漕ぐシーンでアップになると背景の雲が全然流れていないので、ボートを陸上に置いて空漕ぎしているのがバレバレ。もう少し工夫してほしかった(笑)。(2004/11/13)

恋も忘れて(戀も忘れて) こいもわすれて
監督 清水宏
公開年 1937年
評点[B]
感想  今日は、清水宏監督の『恋も忘れて』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 港町に住む雪(桑野通子)は、ホテルのダンスホールのホステスをしながら一人息子の春雄(爆弾小僧)を育てている。ホテルの用心棒の恭介(佐野周二)は母子に好意を寄せるが、母親の商売ゆえに雪と春雄に対する世間の目は冷たい。

 清水宏監督のモダン趣味が出た作品であるが、のちの児童映画を先取りするように、春雄と彼を取り巻く子供たちが詳細に描かれていて、実質的には春雄が主人公とも言えるかもしれない。
 港や霧の立ち込める街角、雪たちの住むアパートなど、実にモダン。しかし、春雄がどこでも母親の仕事のためにいじめられたり、友達になってくれたのは中国人の子供たちだけだったことなど、シリアスで社会派的な雰囲気がある。また、冒頭の労働争議(というほどでもないが)など、昭和十二年の段階では、ここまで許されていたとはちょっと驚き。
 映像の保存状態は良く、画像も戦前の作品としてはシャープ。霧の出ている裏通りは、どうやって撮ったのだろうか(撮影:青木勇)。それと、室内の撮り方も、パンフォーカス的というか、縦の構図を多用していて近代的。洋画の影響だろうか。(2002/08/07)

東海道は日本晴 とうかいどうはにほんばれ
監督 瀧澤英輔
公開年 1937年
評点[A’]
感想  今日は、瀧澤英輔(滝沢英輔)監督の『東海道は日本晴』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 東海道の宿場町で働く助十(岸井明)と加呆六(かぼろく:藤原釜足)。ある時、一文無しの旅の侍・貝塚(小林重四郎)が問屋場で働くことになった。宿場役人の六兵衛(横山運平)の一人娘おしな(姫宮接子)や旅籠の女中お銀(竹久千恵子)らは貝塚に気を惹かれ、おしなのことが好きな加呆六とお銀と付き合っている助十は気が気でない。しかし、貝塚にはどこか陰があった。

 あの山中貞雄が脚本を担当している作品(原作:菊田一夫)。山中貞雄らしく、手紙や簪といったアイテムが鍵となってエピソードが展開する。
 全体にテンポはゆっくり目だが、助十と加呆六ら、のんびりした宿場町の生活が微笑ましく、時折映される街道筋の情景も美しい(撮影:友成達雄)。各キャラクターを類型的ではなく個性的なものにしている細やかな心理描写は、滝沢演出の賜物か。しかし、ただのんびりしているばかりではなく、天下に大きな事件が起こっていることを暗示させる終盤の緊迫感も良い。早馬の走る様子をコマ落としで撮っているのも効果的。
 ラストも余韻を残し、71分ほどの時間を楽しんだ気持ちになれる小品の佳作。(2005/03/30)

雪崩 なだれ
監督 成瀬巳喜男
公開年 1937年
評点[C]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『雪崩』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 資産家の息子・日下五郎(佐伯秀男)は、おとなしい妻・蕗子(霧立のぼる)に飽き足りなくなり、別れて幼なじみの弥生(江戸川蘭子)と結婚することを望むようになる。しかし、五郎の父(汐見洋 )は、それを利己的だとして強く反対する。

 大佛次郎の小説の映画化(構案:村山知義/脚本:成瀬巳喜男)。人間のエゴイズムが主題の作品のようだが、主人公が単にわがままな坊っちゃんにしか見えず、父親の言うことが全てもっともだと思えてしまう。原作ではどうなのだろう。また、主演した俳優の演技力に問題があるので、そう見えてしまったのかもしれないが。主人公と弥生役の俳優の演技はちょっとキツイ。
 また、登場人物のモノローグの表現の仕方も少々不自然に感じた。(2002/10/23)

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