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昭和十三年(1938)

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五人の斥候兵 ごにんのせっこうへい
監督 田坂具隆
公開年 1938年
評点[B]
感想  今日は、 田坂具隆監督の『五人の斥候兵』を観た。昭和十三年(1938)の作品。

 昭和十二年の北支戦線。岡田部隊長(小杉勇)は、総攻撃に備えて藤本軍曹(見明凡太郎)以下、遠藤一等兵(長尾敏之助)・長野一等兵(星ひかる)・中村上等兵(井染四郎)・木口一等兵(伊沢一郎)の計五人を斥候として敵陣を偵察させた。敵陣に深入りしすぎた彼らは包囲され窮地に陥る。

 昭和十三年初頭の公開で、同年のキネ旬第一位。前年に勃発したばかりの日中戦争(当時の呼称は支那事変)を舞台とした作品。原作者として高重屋四郎という名が出るが、これは監督の変名であるという(脚本:荒牧芳郎)。
 冒頭で、岡田部隊は当初の200名から80名にまで減じたことが語られて戦いの厳しさが示されるが、戦闘よりも隊長と部下あるいは戦友同士の心の繋がりを中心として描いている。中盤に斥候が出されてからは緊迫感が増すものの、やはりその中心は斥候たちを想う隊長や戦友たちである。
 『君が代』が唐突に登場するのは浮いているし、登場するのは“忠勇無双の我が兵”ばかりで少々ステレオタイプ的。ただし、当時の人は今の人間よりも遥かに大真面目だったことも事実かもしれない。また、その中でも戦陣での生活を通じて兵の生の姿を描き出そうと努めている。終盤で描かれる戦友愛は確かに感動的で、それこそが主題だったのだろう。ことさらな戦記高揚のメッセージはなく、隊長が部下の生命を心配している様子がたびたび描かれるのが印象的。
 同時代作だけあって、兵士たちの動作や戦闘の際の身のこなしはなかなかリアル。戦前作としては画質・音質共に良く、カメラワークも安定したわかりやすさがある。

 『五人の斥候兵』はベネチア映画祭の大衆文化大臣賞(民衆文化大臣賞という翻訳もあり)を受賞し、海外の映画祭で賞を受けた日本初の作品となった。昭和十二年に日独伊防共協定が締結されていたとはいえ、受賞は政治的配慮によるものだけでもないと思う。(2004/01/05)

人生競馬 じんせいけいば
監督 萩原耐
公開年 1938年
評点[C]
感想  今日は、萩原耐監督の『人生競馬』を観た。昭和十三年(1938)の作品。

 隣同士で牧場を営む野添家と館野家は仲が悪く、野添家の長男・晋二(岡譲司)と館野家の娘・珠江(江戸川蘭子)は互いを憎からず思っていながら、なかなか一歩を踏み出せない。二人の関係と野添家の命運はダービーに出場する野添牧場のアサカゼに託された。

 原作は菊池寛(脚本:谷口千吉・江口又吉)。時局柄か、晋二が騎兵隊の将校として出征したり、良い馬を作るのはお国のため、なんて台詞があったりするが作品中では浮いている。むしろ、“モダン”な都会のデパートの描写や、晋二と珠江が牧場の草の上で互いに寄りかかって座ったりするシーンを見ると、そこまで許されていたのか……と思う。
 馬が走るシーンは移動撮影を用いてまずまず迫力があるが、その他の部分の展開のテンポが遅く、今から観るとかったるい。
 晋二の弟役として灰田勝彦が出演している。(2002/10/25)

綴方教室 つづりかたきょうしつ
監督 山本嘉次郎
公開年 1938年
評点[A’]
感想  今日は、高峰秀子主演の『綴方教室』を観た。監督は山本嘉次郎で、昭和十三年(1938)の作品。

 葛飾の借家に父(徳川夢声)・母(清川虹子)・弟二人と住む小学生の正子(高峰秀子)は、学校の綴方(作文)の授業で才能を認められ、時には彼女の文章が周囲に波紋を広げながらも、先生(瀧澤修)の励ましを受けながら綴方を書いていく。

 題名どおり、豊田正子の綴方が原作(脚色:木村千依男)。高峰秀子の子役時代の主演作として評価の高い作品。
 正子の綴方が物議をかもすエピソードは日本人の嫌なところを如実に映し出していて、その他の話も貧しい一家の苦しい暮らしが克明に描かれていて、観る前の印象よりもシリアスな作品だったので、ちょっとだけ驚いた。日本映画は貧乏描写がなぜこんなにリアルになるのだろうか。俳優の貧乏暮らしの演技も上手い。徳川夢声のしょぼくれた父親役は、まさにそのもの。もちろん高峰秀子も上手い。小学生にしては背が高い(そう長身でもないのだろうが顔が小さいので高く見える)のは仕方ないのだろう。(2002/12/07)

山茶花街道(三味線侍) さざんかかいどう
監督 並木鏡太郎
公開年 1938年
評点[A’]
感想  今日は、並木鏡太郎監督の『山茶花街道(三味線侍)』を観た。昭和十三年(1938)の作品。

 江戸の大身の旗本の若様(黒川弥太郎)が、放蕩息子には旅をさせよということで用人(進藤英太郎)と小者の二人だけの従者と共に旅に出された。しかし、若様と用人たちははぐれてしまい、若様は食い逃げをやらかしたり旅芝居の一座の娘と知り合ったりする。

 脚本は“鏡二郎”名義で、おそらく監督のペンネーム。『三味線侍』は戦後の再映時の改題らしい。
 粗筋は世間知らずの若様が色々やらかすパターンの物語だが、黒川弥太郎の若様は気品を感じさせてなかなか合っているし、若様の行動は世間知らずではあっても類型的なバカ殿のようなものではなく嫌味がない。展開のテンポが良く、若様の叔父を演じた徳川夢声との掛け合いもベタなギャグではなく洒落たコメディという感じで楽しい、小品(現存版は50分弱)の佳作。玉井正夫の撮影も美しい。(2005/04/10)

風の女王 かぜのじょおう
監督 佐々木康
公開年 1938年
評点[C]
感想  今日は、佐々木康監督の『風の女王』を観た。昭和十三年(1938)の作品。

 英文タイピストの松永由紀子(三宅邦子)は、専務の福井五郎(佐野周二)に洋行しないかと声をかけられる。しかし同僚の三瀬良介(笠智衆)から福井の悪い噂を聞いていた由紀子は断ってしまう。それを知った由紀子の妹(高杉早苗)は勝手に福井に姉の洋行を頼みに行き、さらに福井に対して好意を抱いてしまうが……。

 片岡鉄平の雑誌連載小説の映画化(脚本:野田高梧)。
 高杉早苗がいつもの自由奔放な娘を演じているが、この作品では自由奔放以上のエキセントリックな感さえある。笠智衆が二枚目役、それも色悪とでも言うのか、プレイボーイ的な役を演じていたので驚かされた。笠智衆は一般的に小津映画と戦後の『寅さん』の御前様のイメージがあまりに強いが、実はかなり役の幅が広い。
 この作品は登場人物が私利私欲で動いている人間が多く、それ以外の役もうじうじして共感できない。原作からそうなのだと思うが、映画は展開が駆け足で登場人物が終始しゃべくっている印象があり、嫌な感じが増幅されているような気がする。今観られるプリントは1時間5分ほどしかないが、もしかしたら再編集されているのだろうか。
 ただし、プリントの状態は戦前の松竹作品としてはかなり良く、音声も聞きづらくなかった。撮影自体もまずまず良く(撮影:野村昊)、序盤のスキーの場面は松竹映画には珍しい雄大さを感じさせた。その他、スケート場のシーンがあったりして、都会に住んでいるごく一部の人間たちに限るとはいえ、戦前からスキー・スケートが娯楽だったことがわかる資料的価値もあるかもしれない。(2005/11/25)

日本一の岡っ引 にほんいちのおかっぴき
監督 中川信夫
公開年 1938年
評点[A’]
感想  今日は、中川信夫監督の『日本一の岡っ引』を観た。昭和十三年(1938)の作品。

 自称“日本一の岡っ引”達磨の八兵衛(高勢実乗)は、巾着切りのトンビの勘六(小笠原章二郎)を追い詰めるが、渡し舟で逃げられる。しかし、対岸で山添数馬(沢村昌之助)という若侍と三人組の侍たちとのいざこざに巻き込まれ、そのまま戻ってくるはめに……。

 前年の『日本一の殿様』と同じ主演のコンビによる作品。小粋なコメディの前作とは異なり、この作品は主役二人が走り回るドタバタギャグ的要素が多くを占め、ちょっとしつこいと感じさせるところもあるので、前作には及ばない感じ。しかし、若々しい小笠原章二郎が中和してくれている面もある。
 勘六が宿屋に忍び込むシーンは面白いし、大八車や馬を駆使した街道での追いつ追われつや終盤の立ち回りシーンはなかなかスピーディで楽しい。三人組の侍のうちの一人が進藤英太郎らしいが、メイクが濃くてわからなかった(笑)。(2004/08/01))

阿部一族 あべいちぞく
監督 熊谷久虎
公開年 1938年
評点[A]
感想  今日は、熊谷久虎監督の『阿部一族』を観た。昭和十三年(1938)の作品。

 寛永十八年、肥後熊本藩主・細川越中守忠利が死去。許しを得られず殉死できなかった阿部弥一右衛門(市川笑太郎)に対する陰口がささやかれ、面目を保つため弥一右衛門は切腹。だが、そのため遺族はさらに冷遇され、長男の権兵衛(橘小三郎)は勝手に髻〔もとどり〕を切って罰せられる。次男の弥五兵衛(中村翫右衛門)以下阿部一族は阿部家の名誉を守るため戦うことを決意する。

 原作は森鴎外の歴史小説(脚本:熊谷久虎・安達伸男)。私は原作は未読だが、映画は冒頭からラストまで“死”が付きまとい、異様な緊張感をたたえている。
 登場人物は、現在の我々の日常会話で何気ない話題を口にするように殉死のことについて語っており、殉死は先験的に是とされていてその価値を云々されることはない。前進座一同の演技は至極ナチュラルで、時代がかった大芝居なところはほとんどないのだが、登場人物たちの考え方が現代人とは全く異なっていることを知らされる。
 かといって彼らが武士道の権化というわけではなく喜怒哀楽を持つ人間として描かれていて、特に硬軟併せ持つ中村翫右衛門の演技が素晴らしい。河原崎長十郎は弥五兵衛の親友である隣家の主・柄本又十郎を演じているが、この作品では脇役という感じだ。
 現代人と作品世界の橋渡しとして、映画オリジナルのキャラである唯一懐疑的な隣家の女中お咲(堤真佐子)というキャラが作られたようで、彼女とからむ役の仲間・多助を演じた市川莚司(のち加東大介)が大活躍だが、原則として殉死や武士道に対する批判が作中で描かれることはない。そしてまた賛美的な描かれ方がされているわけでもないと思う。客観に徹したような演出。
 熊谷監督の演出は、時に象徴的な表現などの技巧を用いるものの、硬質で表に出さない力を内に秘めているような気がする。映像も全体にシャープで力強さを感じさせ(撮影:鈴木博)、黒澤明監督が熊谷監督の影響を受けた? というのもわかるような気がする。黒澤作品は情熱を表に出すところが全然異なるが。

 作中人物と現代人の意識のズレの大きさ、そして殉死・武士道に対する価値判断は全て観客にゆだねられているような感じ、それらによって独特の後味が残る作品になっている。(2005/06/19)

ドレミハ大学生 どれみはだいがくせい
監督 矢倉茂雄
公開年 1938年
評点[A’]
感想  今日は、藤原釜足主演の『ドレミハ大学生』を観た。監督は矢倉茂雄で、昭和十三年(1938)の作品。

 学生の山野(藤原釜足)と海野(岸井明)は大の親友。海野は食堂の娘・純子(神田千鶴子)が好きで食堂に通いつめるが、純子は山野が好き。でも、その山野は資産家の娘・秋元冴子(江戸川蘭子)が好き。そんな時、音楽好きの冴子が婿を取るという噂が広まって、学園中ににわか音楽ブームが発生する。

 題名どおり歌の多いカレッジもので、尺がちょうど50分ほどの短編(脚本:伊馬鵜平・阪田英一)。
 古典的な学生もの映画なので大きな事件が起こるわけではないが、戦前映画ならではののんびりした雰囲気に満たされている。日中戦争二年目の作品だけれども、途中に「こんな御時世で」という台詞が一つあるだけで“時局”の影響は皆無(軍事教練帰りの学生の一団が出てきたが、学校に軍事教練があったのは日本だけではない)。戦前映画なので登場人物が好いた惚れたとはっきり言うわけではないが、それぞれの恋愛模様に味わいがある。
 途中、岸井明と江戸川蘭子が合唱のようになる場面で面白い工夫があって、おやっと思った。どことなくフランス映画のような洒落た感じがしたが、元ネタがあるのだろうか。
 どう見ても学生にしては老けている藤原釜足が学生服を着せられているのが珍しいけれども、藤原釜足も岸井明も演技が上手いので違和感は少ない。また、芸者役の多い清川玉枝が珍しくスーツ姿で登場するが、これが意外と似合っていて可愛らしくさえあるのでちょっと驚いた。(2005/12/02)

鞍馬天狗 角兵衛獅子 くらまてんぐかくべえじし
監督 マキノ正博(雅弘)・松田定次
公開年 1938年
評点[B]
感想  今日は、嵐寛寿郎主演の『鞍馬天狗 角兵衛獅子』を観た。監督はマキノ正博(雅弘)と松田定次で、昭和十三年(1938)の作品。

 京で角兵衛獅子をしている杉作(宗春太郎)と新吉(旗桃太郎)が稼いだ金を落としてしまって困っていると、倉田という侍が金をくれた。実は彼こそは勤皇の志士を助けて近藤勇(河部五郎)以下の新選組と戦う鞍馬天狗(嵐寛寿郎)であった。

 大佛次郎原作の『鞍馬天狗』シリーズの現存しているものでは最も古い部類に入る作品だろうか。冒頭の方は画質・音質とも酷いので驚かされるが、観つづけていくうちに画質は良くなっていく。音質は悪いが、努力すれば聞き取れないほどでもない。所々わからない台詞があったが。
 現存しているフィルムは五十数分の小品だが、鞍馬天狗ものの基本が詰まっているという印象を受ける。特に、鞍馬天狗は子供が大好きなのが印象的だった。子供を虐待する者に対しては容赦しない。
 撮影は宮川一夫。画質が今ひとつなのが残念だが、冒頭の節分会の場面の、吊り下げられたお面をなめながらの移動撮影に、のちの宮川撮影の片鱗が見えているかもしれない。期待していたほど殺陣のシーンは多くなかったが、火事になった寺の中での殺陣が凄かった。ホントに燃やしたのだろうか。
 西郷吉之助(隆盛)役として志村喬が出演。眉毛を太く描いていてビックリ。(2003/07/28)

泣蟲小僧(泣虫小僧) なきむしこぞう
監督 豊田四郎
公開年 1938年
評点[A]
感想  今日は、豊田四郎監督の『泣蟲小僧』を観た。昭和十三年(1938)の作品。

 11歳の啓吉(林文雄)は父と死別し母親(栗島すみ子)と妹(若葉喜代子)と暮らしていたが、母親の愛人になつかないため、母親の妹である叔母たち(逢初夢子・梅園竜子・市川春代)のところをたらいまわしされてしまう。叔母の夫の一人(藤井貢)が親切にしてくれたりするものの、どこにも安住の地はなく……。

 林芙美子原作の映画化(脚本:八田尚之)。サイレント時代の大女優・栗島すみ子が“特別出演”しているが、主役は子供である。
 実に主人公・啓吉がかわいそうな映画だが、母親でありながら女を捨てきれない母親と預けられる子供を不憫に思いながらも貧しさゆえに邪険にせざるを得ない親類たちが、一面的でなく綿密に描写されている。
 主役の林文雄の演技は実に見事。子供らしくない暗い感じのキャラクターで難役だと思うが、顔の表情で内面をよく表現していた。監督の演出のためでもあるだろうが。映像の作り方も孤独感を強調していて効果的だと思う(撮影:小倉金弥)。
 また、叔母たちや叔父そして尺八吹きのおじさん(山口勇)や出版社にたむろする作家たちに至るまで各々個性豊かなキャラクターになっている。特に、啓吉と尺八吹きのおじさんとのやりとりは、誰の心にも残るだろう。
 子供を主役とした映画の傑作の一本だと思う。(2004/06/10)

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