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昭和十四年(1939)

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エノケンのがっちり時代 えのけんのがっちりじだい
監督 山本嘉次郎
公開年 1939年
評点[C]
感想  今日は、榎本健一主演の『エノケンのがっちり時代』を観た。監督は山本嘉次郎で、昭和十四年(1939)の作品。

 映画界に憧れて東宝撮影所の掃除夫になった健ちゃんこと西澤健二郎(榎本健一)は、撮影現場にもぐりこんでは怒られてばかりいる。あるとき、健ちゃんがキャメラマンになったと信じている母親が上京してきて大あわて。大部屋女優のガールフレンドかすみちゃん(霧立のぼる)と仲間たちが助けようとするが……。

 山本監督オリジナルの原作・脚本による作品。副題が『エノケンのニュースカメラマンNo.2』で、前作の『びっくり人生』とシリーズになっているらしい。
 映画界が舞台なので、戦前の東宝撮影所の内部やロケのシーンがあるのが興味深い。もちろんデフォルメされ単純化されてはいるものの、戦前の映画撮影の雰囲気の片鱗は味わうことができる貴重な作品だと思う。映画撮影シーンでは、“本物”のスターとして入江たか子・高田稔・汐見洋の三人がちょっとだけ特別出演したりしている。
 その他、ストーリーの面では脚本が弱いし、ミュージカル的シーンも少なくエノケンの演技も流した感じで懸命さが見えない。喜劇映画としては今ひとつだが、現在では戦前映画や撮影所に興味のある人向けの資料的価値のある作品になっているといえるかもしれない。(2005/09/02)

女性の戦ひ(女性の戰ひ/女性の戦い) じょせいのたたかい
監督 佐々木康
公開年 1939年
評点[C]
感想  今日は、佐々木康監督の『女性の戦ひ』を観た。昭和十四年(1939)の作品。

 伊勢丹デパートで働いている田澤なほみ(川崎弘子)は映画会社重役の秋田子爵(上原謙)から女優になるようスカウトされたが、強く固持した。そのころ彼女の養父が亡くなり、死際に実の父親が高い身分の人であることを聞かされる。

 菊池寛の『婦人倶楽部』連載原作の映画化(脚本:斎藤良輔)。菊池寛原作で斎藤良輔脚本と来れば、松竹の定番メロドラマの世界が展開される。
 主演の川崎弘子はおとなしそうな雰囲気の美しさが役にハマっているが、現代の目で見ると『女性の戦ひ』と言えるほど戦っているかどうか疑問に思うくらいひたすら耐えるばかりの展開が続き、いささか退屈する。運命の荒波に耐える女性の古風な美しさ、というものは描かれているが。昭和十年代にしても、受身過ぎるのでは。
 川崎弘子には内面の強さを見せてもらいたかったし、脚本・演出にも工夫が欲しい。主人公の葛藤がもっと表現されていれば、彼女が最後に取った行為に対する感動ももっと増すのではないだろうか。また、主人公以外のキャラクター造形も映像も平凡。
 ただ、当時のデパートガール(作中では“ショップガール”と呼称)の仕事風景が見られたのが面白かった。しかし、楽しい職場としては描かれていないのに、伊勢丹もよく名を使うことを許したなぁ。テレビのない当時、映画に登場することの宣伝効果の方が上だと判断したのだろうか。(2005/02/14)

戰ふ兵隊(戦ふ兵隊/戦う兵隊) たたかうへいたい
監督 亀井文雄
公開年 1939年
評点[A]
感想  今日は、亀井文雄の『戦ふ兵隊』を観た。昭和十四年(1939)の作品。

 当時派手に喧伝された武漢作戦に従軍する兵士や戦地の住民の姿を捉えたドキュメンタリー。

 撮影の三木滋・撮影助手の瀬川順一・録音の藤井慎一と亀井監督が従軍して撮影。戦闘シーンはあまり無く(一部あるが、再現シーン臭い)、戦火に焼かれた農村や漢口の街並み、焼け出された中国人たち、そして戦いに疲れて休息する陣中の兵士の姿などを克明に映し出している。
 戦意高揚映画を期待した軍部の期待に外れたので一般上映されることはなかった作品。確かに、ファーストシーンが避難する難民の姿というのは目につく。ただし、通説のように純然たる反戦映画とも見えなかった。実際、亀井監督は生前「反戦映画ではない」と発言していたそうだが。
 焼かれる中国人の民家や難民の姿や疲れた兵士の姿を隠さず、あくまで戦争を美化せずリアリズムに徹しようとした結果の作品というように見える。敢えて言うなら、反戦というよりも厭戦だろう。非常に力強い映像の連続なので、メッセージ性のあからさまな作品よりも観る者に伝える力は強いかもしれない。戦車などをかなり鮮明に撮影しているため、軍機を考慮したためも上映禁止になった一つの理由かも。
 中隊長が部下たちに作戦を指示する場面は多分やらせだろうが、珍しい。いわゆる軍隊口調ではないのが興味深い。(2003/12/30)

錦絵江戸姿 旗本と町奴 にしきええどすがたはたもととまちやっこ
監督 森一生
公開年 1939年
評点[A’]
感想  今日は、市川右太衛門主演の『錦絵江戸姿 旗本と町奴』を観た。監督は森一生で、昭和十四年(1939)の作品。

 町奴の朝日奈三郎兵衛(市川右太衛門)は、実は旗本の三浦小次郎(浅香新八郎)の弟。ある日、三郎兵衛は意に添わぬ許婚に執拗に迫られていた千早(国友和歌子)を助けた。その千早は大久保彦左衛門(松本泰輔)によって、なぜか小次郎のもとに嫁入りすることになる。小次郎と深い仲だった彼の腰元お浪(雲井八重子)は絶望して身投げしようとするが……。

 元々はトーキーだったが現存版では音声部分の復元が不可能で、松田春翠の活弁が入って蘇った作品。活弁の名調子のためか非常にテンポよく展開し、立ち回りもたっぷりで楽しい佳作。刀での斬り合いではなく、三郎兵衛と小次郎の素手での兄弟げんかが面白い。右太衛門は体格が良く、若い頃は動きも良いのでスクリーン栄えする。
 残念ながら画質は非常に良くないが、現存していることを喜ばねばならないのだろう。(2002/11/17)

はたらく一家 はたらくいっか
監督 成瀬巳喜男
公開年 1939年
評点[B]
感想  『はたらく一家』は昭和十四年(1939)の作品。徳川夢声主演。

 職工の石村(徳川夢声)は、妻(本間敦子)と7人の子供たちと両親の大所帯を抱えている。自身と三男までの4人が働いても生活は苦しい。そのうち、長男(生方明)と四男(平田武)が進学したいと言いだし、家族は揺れる。

 徳永直によるプロレタリア文学を成瀬監督が自ら脚色して映画化した作品。ここでも、庶民の貧しさがリアルに描かれている。かといって告発調ではないが、ちょっと救いが無いというか、中途半端な終わり方という感じもする。検閲を考慮した面もあるだろうし、リアリティを重んじて安易な解決を与えなかったのかもしれないが。本人は、この作品を気に入っていたそうで…。
 こういう作品を観ると、昔の日本の家庭における父権というものに関して考えさせられる部分がある。この作品では、父親はただおろおろしているに等しいし、溝口健二監督の『浪華悲歌』ではヒロイン(山田五十鈴)が甲斐性の無い父親を罵っている。どちらも戦前の話なのに…父親の権威なるものは、経済力が無ければたちまち崩壊してしまう砂上の楼閣なのだろうか。(2001/06/11)

娘の願は唯一つ(娘の願ひは唯一つ/娘の願いは唯一つ) むすめのねがいはただひとつ
監督 斎藤寅次郎
公開年 1939年
評点[A’]
感想  今日は、斎藤寅次郎監督の『娘の願は唯一つ』を観た。昭和十四年(1939)の作品。

 長屋に住む田村半次郎(渡辺篤)・とめ(清川虹子)夫婦は、成績が良い長女ひで子(高峰秀子)を女学校へ進学させるよう先生(神田千鶴子)に勧められて大弱り。経済的な余裕はないのだが、隣家の細君(沢村貞子)に対する見栄で、進学を認めると先生に言ってしまう。その頃、半次郎が小使として働いている会社の社長(杉寛)や課長(サトウ・ロクロー)も娘を女学校に進学させようとしていた。

 原作として曽我廼家五郎の名があるので、元々舞台の喜劇だったのだろうか(脚本:小国英雄)。
 設定が同じく高峰秀子主演の前年の『綴方教室』に似ているので、それを意識したパロディという説もあるが雰囲気は全然異なり、明るいコメディ作品になっている。序盤の隣家との争いの場面は見事なテンポと間でネタが繰り出され、半次郎が会社でやらかすネタも笑えて、現在のバラエティー番組よりも面白い。
 作品数が多い斎藤監督は現代人の目で見るとさほど面白くない作品も多いので評価はあまり高くないけれども、この作品は今観ても楽しめる出来だと思う。(2004/10/31)

ロッパの頬白先生 ろっぱのほほじろせんせい
監督 阿部豊
公開年 1939年
評点[A’]
感想  今日は、古川ロッパ主演の『ロッパの頬白先生』を観た。監督は阿部豊で、昭和十四年(1939)の作品。

 “国民大学”教授の青路法二郎(古川緑波)は、妻(水町庸子)や三人の娘(神田千鶴子・堤真佐子・高峰秀子)と別居している上に生活力がなく、高利貸しや友人から借金だらけ。しかし、たくさんの小鳥を飼ったり琴を習ったりして心は豊かに暮らしているのだが……。

 内田百閨i内田百間)の随筆の映画化(脚本:八田尚之)。随筆を元にした作品らしくストーリー性は薄く、小エピソードの積み重ね。それでも、1時間11分ほどの短さなので、まとまりがないということはない。
 ロッパの演技は、今から見るとちょいと臭いところもあるが(一人二役はやりすぎだと思う)、まさに“浮世離れ”した大学の先生の雰囲気をよく出していると思う。あまりにものんきすぎて妻や娘たちが可愛そうにも思えてしまうが、苦しい生活の中でも心のゆとりやユーモアを忘れないことの大切さ、ということがテーマの一つなのだろう。
 浮世離れした主人公と同じく浮世離れした他のキャラクターたち、特に共に盲人である琴の師匠と高弟(?)たちとの触れ合いのエピソードが、トーキー映画ならではの表現方法を活かされていて心に残る。
 三浦光男による戦前映画らしいソフトな白黒映像が美しい。特に妻と娘たちの家や高利貸しの家の周りの武蔵野の森(?)の描写が印象的。(2006/07/02)

兄とその妹 あにとそのいもうと
監督 島津保次郎
公開年 1939年
評点[A’]
感想  今日は、島津保次郎監督の『兄とその妹』を観た。昭和十四年(1939)の作品。

 会社員の間宮敬介(佐分利信)は妻あき子(三宅邦子)と妹の文子(桑野通子)と三人暮らし。夫婦仲むつまじく、妻と妹の仲も良い。平和な家庭生活と、間宮の会社で起こった事件。

 島津保次郎監督の代表作の一つで、島津監督のオリジナル脚本。松竹伝統のホームドラマ作品である。
 家庭と会社での会話のシーンが多いが、会話の一つ一つが出演者の細かな演技でいかにもありそうなリアル感を持っている。監督の演出と松竹俳優陣の上手さだろう。間宮の足を引っ張ろうとする同僚の一人を演じた河村黎吉のセコさや間宮を慕う同僚を演じた小林十九二の頼りなさは、いかにもサラリーマン的な雰囲気を出していて、別にギャグがあるわけではないのに笑いを滲み出させている。
 今で言うキャリアウーマン(英語を理解できるステノグラファー〔英文速記者〕)を演じた桑野通子と専業主婦の三宅邦子はハマリ役で、三宅邦子が間宮や文子を見つめながら何か物思うような無言の演技が特に良かった。佐分利信も、ちょっと鈍いところのある硬派の男はもちろんハマっている。
 内容とは関係ないけど、文子が自宅に友人を招いて誕生日会を催した場面で皆が「♪国を出てから幾月ぞ」の 『愛馬進軍歌』を歌ったのにはちょっと驚いた。誕生パーティーで歌うには不自然で。検閲対策で入れたのだろうか。(2004/11/5)

春雷 しゅんらい
監督 佐々木啓祐
公開年 1939年
評点[C]
感想  今日は、佐々木啓祐監督の『春雷』を観た。昭和十四年(1939)の作品。

 東京で働く井出慎之(夏川大二郎)を慕って故郷の弘前から津川志津子(川崎弘子)が上京してくるが、井出がアパートの自室に義理ある人の娘である東條英子(木暮実千代)をかくまっていたのを見て誤解し、立ち去ってしまう。その後も、運命の荒波は二人を隔てつづけるのであった。

 『婦人倶楽部』連載小説の映画化(原作:加藤武雄/脚本:柳井隆雄)。この頃の婦人向け作品にありがちの、すれ違いもの。
 それにしても、すれ違いやら偶然やらが多すぎるし、観ていると登場人物たち(特に井出)が鈍感すぎるというか愚かに見えてしまう。どうやら、公開当時は前編・後編に分かれていたのに現在では合わせてかなり短くなった総集編しか残っていないのも一因らしいが、背景が書き割りだったり合成だったりして作りが雑な作品。
 出演者たちも、松竹の俳優なので稚拙さはないものの型どおりの演技という感じ。一人、井出の弟を演じた三井秀夫(三井弘次)が熱演で目を惹いた。田中絹代がチョイ役で“特別出演”している。(2005/06/01)

上海陸戦隊(上海陸戰隊) しゃんはいりくせんたい
監督 熊谷久虎
公開年 1939年
評点[B]
感想  今日は、熊谷久虎監督の『上海陸戦隊』を観た。昭和十四年(1939)の作品。

 昭和十二年。盧溝橋事件によって日中両国が戦争状態に入り、国際都市・上海でも緊張が高まる。ついに中国国民党軍が上海の日本人居留区を包囲攻撃し、駐留していた日本海軍上海特別陸戦隊の峯中尉(大日方伝)率いる中隊は要路を守るため寡兵を以って我に数十倍する敵と戦った。

 昭和十二年八月十三日に勃発した第二次上海事変とも呼ばれる戦いの数日を海軍の協力・監修の下にドキュメンタリータッチで描いた作品(脚本:沢村勉/補訂:安達伸男/後援:海軍省)。
 一中隊が守る地域の最前線と中隊司令部に話を絞り、前線での兵士たちの戦いと中隊長の指揮を中心に描いている。海軍の全面協力を得だけあって、戦闘シーンは火薬たっぷりで戦車や装甲自動車も出動し非常にリアル。まさにドキュメンタリー的な迫力がある(撮影:鈴木博)。
 陸戦隊員たちの人物像は理想化された「忠勇無双の我が兵」ばかりで、『五人の斥候兵』(監督:田坂具隆)の兵士たちのような人間性はあまり感じられない。それは戦闘の描写に的を絞っているため仕方ないかもしれないが……。軍人らしい緊迫感はある。波状的に危機が迫ってくる構成は展開に抑揚を与え、刺激に慣れさせることなく同時に緊張感を弛緩させず、監督の力量を感じられる。
 抗日的な支那人(当時の呼称)少女として監督の義妹の原節子が出演。なかなか緊迫感ある演技をしている。顔も痩せた感じで目つきも鋭く、監督が演技指導でかなり追い込んだのだろうか?

 現在の視点で観てしまうと政治的に文句をつけられる部分もあるだろうが、当時の技術で戦争を描いた作品として観ると、力作と認めることはできると思う。(2005/01/14)

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