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昭和十五年(1940)

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續清水港(続清水港/清水港代参夢道中) ぞくしみずみなと
監督 マキノ正博(雅弘)
公開年 1940年
評点[A’]
感想  今日は、マキノ正博(雅弘)監督の『續清水港』(『清水港代参夢道中』は戦後再公開時の改題)を観た。昭和十五年(1940)の作品。

 もうすぐ初日を迎える『森の石松』を演出している舞台演出家の石田勝彦(片岡千恵蔵)は、役者も脚本も口うるさい劇場の幹部も気に入らず、イライラしっぱなし。彼を助けようとする秘書の黒田文子(轟夕起子)とも衝突してしまい、劇場の自室のソファでふて寝する。目覚めると、そこは清水の次郎長の家で、自分自身がチョンマゲを結った石松になっていた……。

 戦前映画では珍しいタイムスリップもの。SF時代劇とでも言おうか。夢の世界を舞台にするという発想は昔からあっただろうが、この作品のヒントはどこから得たのだろうか(脚本:小国英雄)。
 これまた珍しく片岡千恵蔵がピシッと真中分けの髪型にネクタイを締めた洋装をしているのが面白い。まだ顔も身体も痩せているので、割りと似合っている。タイムスリップ直後のとまどった様子と、その後次第に本当に石松になった気分になって和服での立ち居振舞いも板についてくる様子を演じ分けていたのが巧み。劇場の専務と小松村七五郎の二役の志村喬が、戦後の黒澤映画とは全く異なる関西弁でおしゃべりなキャラクターを演じていたのが面白い。
 脚本は最後の解決の仕方がちょっと尻切れトンボな感じがした。戦後に沢島忠監督が中村錦之助(萬屋錦之介)主演でリメイクした『森の石松鬼より怖い』では、どうなっているのだろうか。こちらも是非とも観てみたい。(2003/10/05)

小島の春 こじまのはる
監督 豊田四郎
公開年 1940年
評点[A’]
感想  今日は、豊田四郎監督の『小島の春』を観た。昭和十五年(1940)の作品。

 ハンセン病療養所・長島愛生園の医官である小山正子(夏川静江〔静枝〕)は、ハンセン病の検診と患者に療養所への入院を勧めるため、瀬戸内の小島を訪れていた。病気に対する島民の偏見は強く、世間の目を忍んで生きる横川(菅井一郎)ら患者たちも入院を拒む者が多かったが、小山は彼らを諄々と諭して治療を受けさせようとするのであった。

 ハンセン病(当時の呼称は癩〔らい〕病)対策に生涯を捧げた(激務によって昭和十四年に結核になり十八年に死去)小山正子による同名原作の映画化(脚本:八木保太郎)。
 美しい瀬戸内の海と山を背景として、若い女医が患者たちのもとを訪ね歩く様子が全体として淡々とした客観的な画面で描かれるのだが、所々で主人公ほかの登場人物そして観ている側の感情が高揚してくると、それを反映した描写が挿入される。
 患者たちやその家族はもちろん、隔離を進める側の医師の小山正子も村長(勝見庸太郎)も巡査(小森敏)も全て心やさしく、ステロタイプ的な体制側の人間は存在しない。なんというか、昔の日本人は皆ナイーブだったのだなぁ、なんて思ったりした。
 全体に理想化されているかもしれないし、少々感傷的ではあるが、哀しみを帯びた美しさを持つ作品という印象を抱いた。
 主人公はハンセン病が遺伝病であるという偏見を解こうとしているし、患者を家族のもとから引き離すことに忸怩たる思いを抱いていることは充分に表現されている。
 しかしながら、療養所に収容された患者たちが家族と再会することは恐らくなかったわけで、今の目で観てしまうと、人間の善意もまた人を不幸にすることがあるという事実も感じずにはいられない。

 ただし、隔離政策推進の作品ということで現在での評価は急降下してしまっているが、この作品の描写の限りでは、小山正子がおこなったことはハンセン病への偏見を解き未治療の患者を隔離し治療を受けさせようとしたことであり、伝染病の恐怖をあおってしまっている面もあるものの、当時の日本の医学界での常識を背景にした作品として、現在の視点から断罪して全く無価値な映画とするのは正当ではないと思う。(2005/12/07)

二人の世界 ふたりのせかい
監督 島津保次郎
公開年 1940年
評点[A]
感想  今日は、島津保次郎監督の『二人の世界』を観た。昭和十五年(1940)の作品。

 工作機械を製造している関東精機の技術部部長・戸塚(丸山定夫)は、研究費の増額を要求する部下の技術者たちと経費削減を求める重役陣の板ばさみになって苦悩していた。戸塚の娘さち子(原節子)は、研究費増額を求める技術者の急先鋒である家村(藤田進)に反感を抱く。

 島津作品への原節子の出演3本目の作品だという。この次の『兄の花嫁』同様、原節子はスーツ姿のモダンな女性を演じている。
 冒頭に、工作機械は軍需機材生産のために重要である云々の字幕が出るが、内容は戦時下とか国策映画といった臭いは皆無で、会社の人間関係・戸塚と家村の家庭・さち子と家村の関係の三要素が巧みに描かれた、サラリーマン映画にしてホームドラマであり、しかも恋愛の要素も加わった作品になっている。脚本(山形雄策・塚本靖)も良いと思うが、島津監督の演出手腕は見事というほかない。
 出演者の演技も伸び伸びしていて、一人で小柄な体躯に苦悩を背負う丸山定夫には同情を禁じえない。この作品では、登場人物の視線が重要な要素になっていて、のちの成瀬巳喜男作品を彷彿とさせるものを感じた。
 作品中に描かれる戦前社会の風俗も興味深く、ちょっとソフトな映像(撮影:鈴木博)で描かれる銀座の街並みやラジオ付きの電蓄(レコードプレーヤー)や応接セットのある家庭など、非常にモダンに感じる。戸塚家は大企業の部長で上流階級と言ってもいいクラスであることを考えなければならないだろうが。さち子の髪にはパーマがかけられているので、昭和十五年の段階ではまだ女性の服装・髪型に制限がなかったことがわかる。

 冒頭の字幕は単なるエクスキューズで完全に島津監督が描きたいものを撮った映画で、検閲担当者も完成度が高いので見逃してしまったのかな?(笑)(2005/02/10)

さつまいも太平記 さつまいもたいへいき
監督 岡田敬
公開年 1940年
評点[A’]
感想  今日は、岡田敬監督の『さつまいも太平記』を観た。昭和十五年(1940)の作品。

 享保年間の江戸。熊公(春木助次郎)・八公(鳥羽陽之助)ら長屋の住人は、各所帯の前に妙な太い根っこのようなものが入っている俵が置かれていたのでびっくり。日ごろから物知りだと自慢していた大家の吉兵衛(横山運平)も皆目見当がつかず、一騒動起こる。長屋でその謎の物体がわかったのは、植木屋の三太(清川荘司)と元は江戸城に勤めていた講釈師の談円(神田伯龍)だけだった。

 江戸時代に甘藷(さつまいも)が日本に普及した故事を基にした作品。脚本も岡田敬。映画のオープニングに原作の表記はなかったが、日本映画データベースでは原作者として滝川駿という人の名がある。
 歴史もの+長屋ものという感じになっていて、二つの要素が巧みに組み合わされている。さつまいもの薀蓄を紹介するために講釈師という設定の伯龍による語りと回想の映像を上手く組み合わせ、冗長になることから免れさせている。
 長屋の登場人物たちは皆キャラが立っていて演技も巧みだし、大岡越前守(深見泰三)や青木崑陽(下田猛)らが勧めた甘藷栽培が反対された裏事情も解説されていて、人情噺と歴史劇双方の趣を楽しめる佳作だと思う。もしかすると、米の節約と“代用食”の普及を狙った当時の国家政策に沿った作品なのかもしれないが(考えすぎのような気もする)、国策的な臭いは皆無の楽しい一作。(2004/10/28)

燃ゆる大空 もゆるおおぞら
監督 阿部豊
公開年 1940年
評点[A’]
感想  今日は、阿部豊監督の『燃ゆる大空』を観た。昭和十五年(1940)の作品。

 陸軍の飛行学校の同期生である山村(大川平八郎)・行本(月田一郎)・伊藤(灰田勝彦)・田中(伊東薫)の四人は大変に仲が良かった。やがて、山村・行本・田中は戦闘機パイロットとして山本大尉(大日方伝)の下で戦い、伊藤は爆撃機の操縦員となり、それぞれ空の戦いに散っていったのであった。

 陸軍省が協力して作られた“皇紀二千六百年記念映画”(原作:北村小松/脚本:八木保太郎/構成:阿部豊)。九七式戦闘機や九七式重爆撃機・九七式軽爆撃機の実機が登場する航空機マニア垂涎の作品になっている。第二次大戦期の戦闘機に比べるとズングリしていて飛行中も足が出っぱなしの固定脚である九七戦は、なんだか可愛らしい(笑)。
 ただし、実機がふんだんに使われていて戦闘シーンも多い作品だが、大スペクタクル戦争映画というよりも兵士個人々々を丹念に描いた人間ドラマが中心になっている。パイロットたちをスーパーマンとしてではなく、一軍人としての戦いぶりや死に様を描いている。
 やや理想化されてはいるものの、旧友と再会すれば喜び仲間が戦死すれば悲しむという、当時の真面目な日本軍兵士の様子があまり誇張なく誠実に描かれている印象で、公開当時に大ヒットしたというのは、売り物の空中戦が理由ではなく、観客はこの作品の中に自分の父・夫・兄を見出したからではないだろうか。
 終盤までリアリティを感じさせていただけに、ラストシークエンスの“御立派”過ぎる展開は残念。あれがないと陸軍の協力を得られなかったのかもしれないが。(2005/07/20)

風の又三郎 かぜのまたさぶろう
監督 島耕二
公開年 1940年
評点[A’]
感想  今日は、島耕二監督の『風の又三郎』を観た。昭和十五年(1940)の作品。

 夏休み明けの風の強い日、ある山村の分教場に都会からの転校生・高田三郎(片山明彦)が転入し、あっという間に去っていった。果たして、彼は風に乗ってやってくる風の又三郎だったのか……。

 原作は、言わずと知れた宮沢賢治の童話(脚色:永見隆三・小池慎太郎)。登場人物のほとんどが子供で、児童映画という雰囲気。ただし、教訓めいたエピソードが描かれるわけではなく(宮沢賢治原作なので当然だが)、前半から中盤は山村の自然、後半は又三郎のファンタスティックな世界を丹念に描いている。
 今の目で観ると展開がゆっくりで、終盤の特撮もショボい。しかし、風雨のシーンは良いし、子役たちにあまり臭い芝居をさせず、表情やしぐさで感情を表現させている演出には好感を抱ける。(2003/01/01)

まぼろし城 まぼろしじょう
監督 組田彰造
公開年 1940年
評点[B]
感想  今日は、組田彰造監督の『まぼろし城』を観た。昭和十五年(1940)の作品。

 時は江戸初期、三代将軍家光の時代。豊臣の残党が、まぼろしの神を奉ずる“まぼろし党”と名乗って木曽の山奥にこもっていた。彼らは日本の山河の様子をあまねく描いた山絵図を奪おうとし、公儀隠密の木暮月之助(原健作)はそれを阻もうとする。

 『少年倶楽部』に連載された高垣眸の原作を映画化した、お子さまあるいは御家族連れ向けの娯楽作品。秘宝・謎の宗教集団・ヒーローなど、のちの娯楽作品に現れるパターンが既に出来あがっている。
 今観ても、そこそこ楽しめると思う。第一・二・三部を続けて一気に観ると、少々長く感ずるけれども。ただ、画質が今一つなのが惜しい。一時は題名通り幻の作品となっていたが、フィルムが発見されて観られるようになったそうなので、贅沢は言えないが。
 主演の原健作は、溝口健二監督の『浪華悲歌』で主人公(山田五十鈴)の兄を演じている。また、ヒロイン役の橘公子は戦後の溝口作品の何作かに出演した。(2001/04/29)

風雲児信長(織田信長) ふううんじのぶなが
監督 マキノ正博
公開年 1940年
評点[A’]
感想  今日は、片岡千恵蔵主演、マキノ正博(雅弘)監督の『風雲児信長』を観た。昭和十五年(1940)の作品。初公開時の題名は『織田信長』。

 世間から「こんこんうまのキツネ丸」と呼ばれ、うつけ者と言われている若き日の信長(片岡千恵蔵)。しかし、父の信秀(香川良介)の葬式での抹香投げつけ事件や守り役の平手正秀(志村喬)の切腹などの様々な出来事を通して成長していく。
 全て周知のエピソードだが、中盤の斎藤道三との対面は非常に面白く描かれていて、このあたりからテンポ良く面白くなっていく。最後、「戦いはこれからだ!」という感じで終わって、もう少し観たいという気にさせられるものの、ラストシーン自体は結構いい。ファーストシーンでは、いきなり水中撮影をしたり、序盤の信長が馬を乗りこなすシーンでは馬の蹴り上げる前足のカットを挿入してモンタージュの手法を用いていたり、その他モブシーンも効果的に使われていた。さすが職人マキノ。

 片岡千恵蔵が若く、まだ太っていなかったので信長が意外とハマっていた。濃姫は宮城千賀子、斎藤道三は高木永二、奇妙な友情を結ぶ人質の松平竹千代(のちの徳川家康)には山中貞雄監督の『丹下左膳余話 百万両の壺』で“ちょび安”を演じていた宗春太郎。(2000/11/19)

西住戦車長伝(西住戰車長傳) にしずみせんしゃちょうでん
監督 吉村公三郎
公開年 1940年
評点[C]
感想  今日は、吉村公三郎監督の『西住戦車長伝』を観た。昭和十五年年(1940)の作品。

 日中戦争初期に戦車長として数々の武勲を立て、のちに日中戦争初の“軍神”と言われた西住大尉(上原謙)の活躍と死。

 昭和十五年の“皇紀二六〇〇年記念作品”として陸軍省の後援のもとで作られた作品。冒頭、吉村監督の言葉として「私は茲(ここ)に西住戦車長伝を通じて我が戦車隊将兵の精神と今次事変に於ける戦車戦闘の実相を描かうと試みました云々」という字幕が出る。
 ストーリーは、西住戦車長は勇猛果敢にしてなおかつ優しい軍人でした、というもの。いくつものエピソードがあるが、メリハリが無く長く感ずる。流民の女(桑田通子)と赤子のエピソードは、なんだったのだろう。これは当然ながら男ばかりの映画なので、観客動員用に女優を出すためだったのか。しかし、あんな美人の難民がいるかな? 上原謙も、ヒゲを生やしてはいるものの、軍人と言うにはちょっと苦しいかも。戦前の小津作品の常連だった坂本武が演じた炊事兵は儲け役。
 しかし、戦闘シーンは陸軍省の協力もあったのか、火薬を使いまくってかなりの迫力。戦車もさることながら、重機関銃の発射シーンと発射音が凄い。砲撃の効果音などに埋もれて登場人物の台詞が聞きづらいところもあるが、それがかえってリアルなのかもしれない。(2002/09/13)

旅役者 たびやくしゃ
監督 成瀬巳喜男
公開年 1940年
評点[A’]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『旅役者』を観た。昭和十五年(1940)の作品。

 旅回りの六代目“中村”菊五郎(高勢実乗)一座の市川俵六(藤原鶏太〔釜足〕)と中村仙太(柳谷寛)は馬専門の役者。菊五郎が偽者と知って怒った勧進元(中村是好)が酔って馬の頭を壊してしまうと、兄貴分の俵六が舞台に立つことを拒むが……。

 私個人的には、成瀬巳喜男はモダンな都会物のイメージが強いので、田舎町を舞台にしたこの作品は新鮮に感じた。テンポがかなりゆっくりだけれども、それで田舎町ののどかな雰囲気が表現できているかも。主役二人の藤原釜足と中村寛は旅役者らしい雰囲気を出しているし、“アノネのオッサン”の高勢実乗が座長を演じて結構な貫禄を出していたのにはちょっと驚いた。ただし、稲垣浩監督の著書『ひげとちょんまげ』中の一編「アーノネのオッサン」によると、高勢実乗は映画界に入る前は中部名古屋あたりで一座を構えていた立役者だったそうだ。全く意外だが……。
 上映時間1時間10分ちょっとの、よくまとまった喜劇の小品という感じの一作。(2003/02/21)

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昭和十五年(1940)
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