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昭和十七年(1942)

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希望の青空 きぼうのあおぞら
監督 山本嘉次郎
公開年 1942年
評点[A’]
感想  今日は、山本嘉次郎監督の『希望の青空』を観た。昭和十七年(1942)の作品。

 ひょんなことから太田鶴右ヱ門(山本禮三郎)は女学生の成島秀子(高峰秀子)を気に入り、末っ子の務(池部良)の嫁にしようとした。秀子の父・文之進(江川宇礼雄)が鶴右ヱ門の句友だったので話はトントン拍子に進むが、まだ若い二人は乗り気ではなく、務の兄姉たちの結婚生活を見学することになる。果たして二人は“幸福の青い鳥”を見つけられるのか……。

 まだデビュー2作目の池部良が高峰秀子と共演の主役扱いで、東宝が彼にかけた期待の大きさがわかる。この作品では、大根ともいわれる池部良の演技が自然で、2作目とは思えないほど上手いといっていいくらいに見える。山本監督の演出のおかげだろうか。
 戦中の作品ではあるが、まだ戦争勃発直後に製作されたので(公開は昭和十七年の一月)、登場人物の生活は戦前とほとんど変わらない。内容も冒頭からコミカルで“時局”を反映するところは数えるほど。
 務の姉の一人(霧立のぼる)が声楽家(岸井明)に嫁いでいて、そのブルジョア的な暮らしが諷刺されているようだが、夫婦喧嘩がコミカルに描かれて必ずしも反感を覚えさせないし、彼らの豪勢な家のセットなどノリノリで作られたような雰囲気がする。
 彼らの対極として務の別の姉(入江たか子)の、海軍士官の妻としての生活が描かれる。夫が急に出征することになった際には皆が喜びを表すことがなく、妻は多少不安げな表情を見せながらも静かに送り出すのが、かえって感動的だった。このあたり、皆が喜んだり万歳三唱で送り出したりするようなことをしないのは、作り手たちの意図が感じられるような気がするのは考えすぎだろうか(脚本:山崎謙太・小国英雄・山本嘉次郎)。
 原節子も出番は少ないが要所で重要な役として出てきて強い印象を残す。急に結婚という人生の大事に直面させられた若者たちを洒落た演出で描いた快作。(2005/03/24)

宮本武蔵 一乗寺決闘 みやもとむさしいちじょうじけっとう
監督 稲垣浩
公開年 1942年
評点[B]
感想  片岡千恵蔵主演の『宮本武蔵 一乗寺決闘』を観た。監督は稲垣浩で、昭和十七年(1942)の作品。

 剣の修行の旅に出た宮本武蔵(片岡千恵蔵)は、京都の吉岡道場に行き門弟たちをことごとく打ち破る。当主の吉岡清十郎(浅香新八郎)や、その弟の伝七郎(仁札功太郎)、そして宝蔵院での槍相手の試合を経て、ついに一乗寺下がり松での吉岡一門との最終決戦を迎える。

 吉川英治の原作の一部を映画化した作品(脚本:稲垣浩)。吉岡一門との戦いや宝蔵院での試合、また、日観和尚(藤川三之祐)や本阿弥光悦(香川良介)と出会って武蔵が精神的に成長する過程を上手く抜粋して描いている。ただ、内田吐夢版同様、オチはちょっとだけ中途半端な感はあるが。
 独特のちょっと生硬な緊張感が全体に漂っている内田吐夢監督の宮本武蔵シリーズとは異なり、ナチュラルな絵作りという印象がする。一乗寺の決闘は内田吐夢版には及ばないが、それなりに雰囲気を出している。日観和尚や吉野太夫(市川春代)との対話のシーンが良い。吉野太夫が非常に美しく撮られている。(2003/06/05)

父ありき ちちありき
監督 小津安二郎
公開年 1942年
評点[超A]
感想
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小津安二郎 DVD-BOX 第三集
小津安二郎
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第三集

 昨日、ひさしぶりにビデオを借りてきて、小津安二郎監督の『父ありき』を観た。ぐおー!いい映画観ちゃったなぁ…。平凡に、しかし誠実に生きようとする父親(笠智衆)と息子(佐野周二)。明治生まれの男の、なんと立派だったことよ…。
 こーゆーの嫌いな人もいるかもしれないけど、あたしゃこの父親とか『めぞん』の五代くん(笑)みたいなキャラには弱いっす。地味に、着実に生きる男たち…。彼らにも、めったに表に出そうとしないが、それなりの欲や不満もあって、それに耐えつつ生きているというのが、ただの“聖人”のようなキャラとは違うところ。
 しかし、この作品は保存状態が悪い!音が酷すぎますぅ〜。戦時中の作品なので、当時まだ品質の悪かった国産フィルムを使わざるを得なかったうえに、保存中にサウンドトラックにカビが生えていたとか…。
 ロシアで状態の良いプリントが見付かって、東京大学の研究室か何かが買うという話もあったけど、交渉が上手くいかなくて立ち消えになったそうな…。松竹、いや、国のフィルムセンターが買えばいいのに!(補注:東京国立近代美術館フィルムセンターが取得して、平成十二年度は日本には完全なオリジナルプリントが現存しない『父ありき』や内田吐夢の『土』など5作品が持ち帰られることになったそうだhere)(2000/04/07)

緑の大地 みどりのだいち
監督 島津保次郎
公開年 1942年
評点[A’]
感想  今日は、島津保次郎監督の『緑の大地』を観た。昭和十七年(1942)の作品。

 中国の青島(チンタオ)での運河建設計画に従事している技師・上野洋一(藤田進)のもとに新妻の初枝(原節子)がやってきた。初枝は、船で同室だった井澤園子(入江たか子)がかつて夫が思いを寄せていた人だったことを知って嫉妬し、洋一は地元住民の運河建設反対運動に遭って苦しむ。

 島津監督が“日華親善”をテーマに青島ロケを敢行した大作(原作:島津保次郎/脚本:山形雄策)。撮影に三村明、音楽作曲は早坂文雄と、スタッフも一流。三村明のハイキーなトーンが大陸の開放感を映し出して効果的。
 テーマは純然たる国策映画だが、若夫婦の間に立つ波風やそれに関わる女性を中心にしてホームドラマあるいはメロドラマを軸として運河建設問題を描き、登場する日本人も全てが美化されてはおらず不真面目なやつや悪人までいるので、単なる大政翼賛映画ではない奥行きがあると思う。
 中国人側も、日本人に対する不信感を抱いている人間が多いことが、限界があるとはいえそれなりに暗示されている。運河反対運動家の一人としてデビュー間もない池部良が登場している。
 登場人物が多いため展開のテンポが少しゆっくりめで、結末はやはり美化され気味だが、戦後の観賞にも耐える作品だと思う。(2004/02/19)

待って居た男 まっていたおとこ
監督 マキノ正博(雅弘)
公開年 1942年
評点[B]
感想  今日は、マキノ正博(雅弘)監督の『待って居た男』を観た。昭和十七年(1942)の作品。主演は長谷川一夫と山田五十鈴。

 南伊豆の大旅館・柊屋で、若夫婦の清次郎(大川平八郎)と おふぢ(山根寿子)のための離れを増築していると、おふぢの身に次々と危険が襲いかかる。たまたま逗留していた江戸の有名な目明かし文吉(長谷川一夫)の女房お光(山田五十鈴)が夫に代わって謎を解決しようとするが、やがて文吉自らが乗り出してくる。

 『昨日消えた男』に続く、マキノ監督と長谷川一夫&山田五十鈴の組み合わせによる「マゲを結った推理劇」。序盤から中盤にかけて、少々展開が遅いような気がするものの、まずまず楽しめる娯楽作。山田五十鈴が可愛い。山根寿子も山田五十鈴も人妻役なので、お歯黒をつけているが、さほど不気味ではない。白黒画面のためでもあるかもしれない。
 柊屋の若い女中に高峰秀子。地元の目明かし役にエノケンこと榎本健一。『昨日消えた男』も観てみたい。(2001/04/22)

維新の曲 いしんのきょく
監督 牛原虚彦
公開年 1942年
評点[A’]
感想  今日は、牛原虚彦監督の『維新の曲』を観た。昭和十七年(1942)の作品。

 幕末、池田屋事件から禁門の変、そして寺田屋事件から大政奉還・戊辰戦争に至るまで、国事に奔走した坂本龍馬(阪東妻三郎)・桂小五郎(市川右太衛門)・西郷吉之助(片岡千恵蔵)・中岡慎太郎(羅門光三郎)・吉田稔麿(尾上菊太郎)ら勤王の志士たちと、崩れゆく幕府を支えんとした徳川慶喜(嵐寛寿郎)・松平容保(沢村国太郎)・近藤勇(阿部九州男)・沖田総司(南条新太郎)ら幕府側の人々の活躍を描く。

 大映の第一回作品。登場人物が多く、キャストも非常に豪華だが、実質上の主人公は坂本龍馬になっている。昭和になると、龍馬の活躍も一般に知られるようになっていたのだろうか。阪妻の豪放な演技で、豪快な坂本龍馬になっている。
 龍馬・桂小五郎・西郷吉之助らとそれに対抗する幕府方のキャラクターを中心とするメインストーリーに加えて、吉田稔麿・沖田総司という若者二人と彼らと触れ合う娘あき(琴糸路)の関係を描いた横糸をからめて構成されていて、それぞれあまり溶け合っておらず途中少々冗長に感ずる部分があるのが惜しいが、全体としては堂々とした印象の大作。溝口健二よりも古いキャリアを持つ牛原虚彦は、最後の監督作が1949年の『虹男』だそうなので、『維新の曲』はキャリア末期の作品ということになる。この作品は非常に堅実な造りの印象だが、他の作品はどうなのだろう。現存しているのだとしたら、観てみたい。
 桂小五郎と西郷吉之助はキャスティングが逆だと思ったが、右太衛門が意外と細かい演技ができて、世間一般のイメージから外れない小五郎像を演じられていたのが意外だった。西郷吉之助は龍馬と小五郎よりも目立たず、ちょっと損な役かも。戦中の作品だけれども、新選組が単なる悪役に描かれていないのは良い。(2003/12/23)

伊賀の水月(剣雲三十六騎) いがのすいげつ
監督 池田富保
公開年 1942年
評点[C]
感想
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阪東妻三郎傑作選 DVD-BOX
阪東妻三郎傑作選
DVD-BOX
王将
素浪人罷通る
伊賀の水月
無法松の一生
剣風練兵館
木曾の天狗
狐の呉れた赤ん坊
月の出の決闘
富士に立つ影
国定忠治

 今日は、阪東妻三郎主演の『伊賀の水月(剣雲三十六騎)』を観た。監督は池田富保で、昭和十七年(1942)の作品。

 剣で名高い荒木又右衛門(阪東妻三郎)の舅(妻の父)が殺され、仇の河合又五郎(戸上城太郎)は江戸の旗本のもとに逃れた。荒木又右衛門は舅の息子であり妻の弟である数馬(滝口新太郎)を助けて仇を討つことになるが、仇の又五郎は又右衛門の親友・桜井甚左衛門(羅門光三郎)の甥であった。

 吉川英治の『宮本武蔵』が書かれるまで剣豪の中では一番人気だったという荒木又右衛門の“決闘鍵屋の辻”の仇討ちを題材にした物語。外様大名VS旗本という構図に加えて、親友同士が敵味方に分かれるという因果も加わる。
 阪妻の演ずる又右衛門は豪快さん一辺倒という感じで、友と戦うことになる苦衷が今ひとつ伝わってこなかった。全体の展開もわかりやすいがちょっとメリハリに欠ける。しかし、又五郎の駕篭を守る“三十六騎”が走る場面は迫力があり、最後の決闘も非常に迫力があった。又右衛門と数馬たちの少数が大勢を相手にするため、又右衛門と数馬が絶えず走り回る殺陣になっていて、戦前の作品としては非常に工夫された演出だと思う。(2003/09/21)

母の地図(母の地圖) ははのちず
監督 島津保次郎
公開年 1942年
評点[超A]
感想  今日は、島津保次郎監督の『母の地図』を観た。昭和十七年(1942)の作品。

 浅間山麓の旧家だった岸家は当主を亡くして没落し、未亡人の幾里野(杉村春子)以下の一家は東京に出る。懸命に働く末娘の桐江(原節子)に対して長男の平吾(三津田健)は勤めに身が入らず、山師根性を出して岸家の最後の財産を蕩尽する。その上、頼りの次男・沙河雄(大日方伝)が召集されて出征し……。

 初期の黒澤明作品の脚本を手がけた植草圭之助の脚本デビュー作で、島津監督が“潤色”している。
 ある家族が経済的に困窮して崩壊していく過程を克明に追っていて、その厳しい描写に目が釘付けになる。“銃後の戦い”を描いたものとして製作を認められたのかもしれないが、むしろ大黒柱が出征したあとの家族を助ける社会保障制度がほとんど存在しないことへの批判がテーマになっているようにさえ見える。
 作中に登場する東京の街並みや男女の服装は、まだ戦争の影を感じさせず、山本夏彦の言うように空襲が始まるまでは庶民の生活はそれほど変わらなかったのかもしれないけれども、監督や脚本家は戦争によって生活の苦しくなる人々が増えていたことに批判的な目を向けていたのだろう。取って付けたようなラストだけが不自然で惜しいが、これは検閲を通過させるための方便だろう。
 母親や桐江らが徐々に追い詰められていく様子がリアルに描かれ、時々影を強調した映像(撮影:中井朝一)もそれを強調している。まだ三十代前半の杉村春子が演じる初老の母親や原節子など登場人物の演技は皆良い。桐江が思いを寄せる男性として映画初出演の森雅之が登場するが、この作品では坊主頭に眼鏡をかけた真面目な会社員風の人物で、戦後映画の色男とは思えないくらい。

 社会派を標榜する監督たちの作品よりも克明に困窮する人々を描き、島津監督の戦前のホームドラマから一歩進んで家庭の崩壊を描く様子は、のちの小津安二郎作品を彷彿とさせる厳しさがある。戦中に生まれた稀有な社会派の傑作ではないだろうか。(2005/02/22)

鞍馬天狗 黄金地獄(鞍馬天狗 横浜に現はる) くらまてんぐおうごんじごく
監督 伊藤大輔
公開年 1942年
評点[C]
感想  今日は、嵐寛寿郎主演の『鞍馬天狗 黄金地獄』を観た。監督は伊藤大輔で、昭和十七年(1942)の作品。

 時は明治四年。政府の横浜運上所は、関税の中に金の割合が低い不良通貨が大量に混入しているため対策に頭を痛めていた。その相手は政府の蒸気船建造を請け負っている大商人ヤコブ(上山草人)なので、軽々しく手を出せない。その頃、横浜をにぎわせているサーカス団の下働きに、ぼんやりの倉田を略して“ぼんくら”と呼ばれている浪人・倉田典膳(嵐寛寿郎)がいた……。

 おなじみ大佛次郎原作の鞍馬天狗だが、この作品は伊藤大輔のオリジナル脚本。時代を一気に維新後に移してしまっている。
 鞍馬天狗が身を隠している場所の設定が面白く、序盤から中盤あたりまでは明治初年の横浜の町の風情やサーカス団の華やかなパレードと裏方の対比などが面白い。なぜか杉作(澤勝彦)たちとは初対面という設定が不思議だが……。
 しかし伊藤大輔らしく工夫された脚本だが、中盤以降はテンポが鈍り、舞台が地下道や夜の室内に移るので、何をやっているのかよくわからなくなってしまう。アイデアは良いのだが、当時の技術的限界に足を引っ張られてしまった。また、鞍馬天狗をスーパーマンではなく人間らしく描こうとしたのかもしれないが、強さが失せて終盤は後味の悪い展開になってしまったように思う。

 それと、これは伊藤大輔監督が嵐寛寿郎に300m駆けながら立ち回りする大移動カットを強いて寛寿郎が見事やり遂げたことで有名な作品だが、それらしい殺陣のシーンに意外と迫力が無かった。あるいは、現在残っているプリントはオリジナルより短いようなので、戦後の再公開時に(『黄金地獄』は再公開時のサブタイトル。公開当時は『横浜に現はる』だったらしい)GHQをはばかって殺陣の部分をカットしてしまったのだろうか?
 サイレント時代にハリウッドで活躍したという上山草人の外人っぷりはさすがだった。終盤の悪役としての迫力も満点。(2004/07/04)

歌ふ狸御殿(歌う狸御殿) うたうたぬきごてん
監督 木村恵吾
公開年 1942年
評点[B]
感想  今日は、木村恵吾監督の『歌ふ狸御殿』を観た。昭和十七年(1942)の作品。

 狸の里に住む娘狸お黒(高山広子)は、血の繋がらぬ継母と姉きぬた(草笛美子)にいつもいじめられていた。幸せを夢見る彼女は、切り倒されそうになっていたところを助けた白木蓮の木の精(雲井八重子)に、暁の鐘が鳴るまでの間、美しい狭霧姫に姿を変える魔法をかけてもらい、狸御殿の狸祭りで狸の若君(宮城千賀子)と出会う。

 狸映画を何本も撮っている木村監督の最も有名な一本。粗筋を見て一目瞭然なように、『シンデレラ』を下敷きにして換骨奪胎している。題名どおり歌と踊りがたっぷりの作品で、狸御殿のシーンは、昔の映画らしいピントの甘さが、かえって画面を美しく見せている。歩くと音が鳴る階段なども、ディズニー映画の影響だろうか。狸だけに、変身したり姿を消したりのプリミティブな特撮は、時にはシュールなほど。若君が男装の女性というのも、ちょっと意表を突かれた。
 戦時中の映画とは思えないほどの娯楽作品……というよりも、きぬたがなぜか“時局”に関する演説をすると、それに反発する女狸が「ふん。狸がそんなこと知るもんかい!」と言ったりして、暗に風刺を利かせている。
 歴史に残る名作というよりも、記憶に残る異色作と言えるかもしれない。(2002/10/01)

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昭和十七年(1942)
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