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昭和十八年(1943)

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愛の世界 山猫とみの話 あいのせかいやまねことみのはなし
監督 青柳信雄
公開年 1943年
評点[A]
感想  今日は、青柳信雄監督の『愛の世界 山猫とみの話』を観た。昭和十八年(1943)の作品。

 両親のない16歳の小田切とみ(高峰秀子)は凶暴性と放浪癖のある不良少女だった。少年審判所の裁定で青森の山中にある更正施設にあずけられることになって若い山田先生(里見藍子)が親身に世話するが、収容されている少女たちとうまくいかず、学園を飛び出してしまう。

 戦後にたくさんの娯楽映画を作った青柳監督初期の作品(原作:佐藤春夫・坪田譲治・富沢有為男/脚本:如月敏・黒川慎)。
 いわゆる施設もの、あるいは問題児童ものだが、似た題材を取り扱っている清水宏や稲垣浩の作品の雰囲気とは異なり、かなりドラマティックな作りになっている。最初は主人公も凶暴で、彼女をいじめる少女たちもいたりして、清水作品や稲垣作品とは異なるリアリティを生み出していると思う。
 主人公とみが作品のちょうど真ん中あたりまで全く声を発せず、その後も台詞が少ない珍しい作品だが、台詞ではなく自然の風景や表情そして体全体の動きで主人公の心理状態を表す描写が見事に成功している。山奥に暮らす子供たち(小高つとむ・加藤博司)との触れ合いを通じて少女の心が開かれていく過程も自然で、脚本・演出の力量が感じられる。音楽の使い方も効果的。
 もちろん主役を演じた高峰秀子も台詞の少ない難役を好演していて、出演作が非常に多い彼女の作品歴の中ではあまり触れられないけれども、名演の一つだと思う。
 また、戦中にも児童少年を保護する法律や機関が既に用意されていたことがわかる点も興味深い。(2005/07/16)

歌行燈 うたあんどん
監督 成瀬巳喜男
公開年 1943年
評点[A]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『歌行燈』を観た。昭和十八年(1943)の作品。

 観世流の宗家の跡取り喜多八(花柳章太郎)は、たまたま寄った伊勢で謡曲指南・宗山(村田正雄)が当代随一と自称しているのが気に入らず、彼を大いにやり込めて立ち去る。すると、喜多八の意図せぬ事態になり、喜多八は父・源三郎(大矢市次郎)に破門・勘当されて放浪の旅に出た。門付けで世過ぎをしていると、思いがけないところで宗山の娘お袖と再会する。

 原作は泉鏡花で、脚本は久保田万太郎。1960年にも衣笠貞之助監督で映画化されている(脚本:衣笠貞之助・相良準)。
 喜多八の放浪時代の描き方が以前観た衣笠版とはかなり異なり、喜多八と組んで門付けする相棒のキャラ(瀬戸英一)が良い。原作は未読なので、衣笠版と成瀬版のどちらが脚色が強いのかはわからないが、人情の細やかな描き方、また喜多八の父と叔父(伊志井寛)の描写も含めて、成瀬版の方が人物描写の掘り下げ方が深い。芸道の奥深さの表現の点でも成瀬版の方が勝っているように感じた。衣笠版も観た時は感動したのだが、どうしても比較してしまうと……。
 今考えると、衣笠版は主役二人(喜多八&お袖)にスポットを当てられていて、市川雷蔵と山本富士子という二大スターのための映画という感じがする。
 戦中の作品で技術的限界と悪条件の制約はあるが、映像がなかなか良い(撮影:中井朝一)。(2004/02/27)

御存じ右門 護る影(右門捕物帖 護る影) ごぞんじうもんまもるかげ
監督 西原孝
公開年 1943年
評点[B]
感想  今日は、嵐寛寿郎主演の『御存じ右門 護る影』を観た。監督は西原孝で、昭和十八年(1943)の作品。

 幕府の重鎮・松平伊豆守(嵐徳三郎)の下で隠密を務めていた武士が続いて殺され、“むっつり右門”こと近藤右門(嵐寛寿郎)と手下の伝六(原健作)が捜査に乗り出した。その頃、見世物小屋が並ぶ盛り場の一角に、夏菊大夫(大川三鈴)が中で消える“南蛮渡来の地獄箱”と称する怪しげな芸を見せる芸人達がいた……。

 嵐寛寿郎の鞍馬天狗と並ぶハマリ役の“むっつり右門”シリーズの一本。右門シリーズを見たのは初めてだが、むっつりというか“ゆったり右門”という感じで「もうちょっと早く動けば間に合ったのに……」と思ってしまうシーンが一度ではない(笑)。今の目で観ると、前半はもうちょっと脚本を工夫して欲しかったと思ってしまう。テンポもイマイチだし(脚本:伊藤大輔 毛利喜久男)。
 ただし、右門の捜査などによって陰謀が明らかになっていく中盤以降は動きも出てくるし、推理物の面白さも出てくる。終盤は嵐寛寿郎の十手の殺陣と刀の殺陣の双方が観られるようにサービスされている。
 シリアスな役での助演が多い原健作(原健策)がコミカルな三枚目をやるのは珍しいが、意外と良かった。愁嘆場で彼の二枚目的な面が生きているのかも。(2004/08/07)

ハナ子さん はなこさん
監督 マキノ正博(雅弘)
公開年 1943年
評点[B]
感想  今日は、マキノ正博(雅弘)監督の『ハナ子さん』を観た。昭和十八年(1943)の作品。

 新婚のハナ子さん(轟夕起子)と五郎(灰田勝彦)夫婦の生活と、ハナ子の両親(山本礼三郎・英百合子)や隣組の人たちとの交流を描く。

 『主婦の友』に連載された杉浦幸雄のマンガが原作だそうだが(脚本:山崎謙太・小森静男)、このハナ子さんというキャラは轟夕起子がモデルだという。
 登場人物たちが終始歌うミュージカル映画だが、隣組はみんな仲良くとか、防空演習や“歩け歩け運動”や傷痍軍人を大切に、などのテーマを全く暗いところなく「明るく楽しく」描いているので、現在の目で見ると異様に感ずる。
 徹底的にハイというかアッパー系というか、なんだかショスタコーヴィチの言う“強制された喜び”のようで、それによってマキノ監督は風刺しているのかな……と思ったのは深読みのしすぎだろうか。まだ昭和十八年頃は勝ち戦気分だし、空襲が始まってないので国民生活も逼迫していなかったことも考慮すべきかも。五郎の出征前にハナ子が明るく振舞うのは、かえって悲壮感を覚えさせる……というのも深読みかな。
 戦中の作品にしては画質・音質共に良く、マキノ監督だけあってミュージカル映画としての演出は見事なので、一度は観ておいても良い珍品かもしれない。五郎の妹として高峰秀子が出演。(2003/03/08)

宮本武蔵 金剛院の決闘 みやもとむさしこんごういんのけっとう
監督 伊藤大輔
公開年 1943年
評点[A’]
感想  今日も、片岡千恵蔵主演の『宮本武蔵 金剛院の決闘』を観た。監督は伊藤大輔で、昭和十八年(1943)の作品。原題は『二刀流開眼』で、戦後の公開時に『金剛院の決闘』に改められたらしい。

 沢庵和尚(香川良介)によって姫路城内に三年間閉じ込められていた最中に万巻の書を読んで人の道を知った武蔵(片岡千恵蔵)は剣の道に生きることを決意する。金剛院の山伏相手に試合の際に二刀流へのヒントを得、やがて柳生の里を訪れ、柳生石舟斎(高山徳右衛門)との面会を求める。

 これも吉川武蔵の一部の映画化(脚本:伊藤大輔)。監督が伊藤大輔になり、お通が宮城千賀子から相馬千恵子に交替し、沢庵などのキャストも変わっている。厳しさ・たくましさを感じさせる香川良介の沢庵が特に良い。
 ズームやオーバーラップなどが多用され、かなり凝った絵作り。戦中の作品にしては画質も良いこともあって、現代的な印象さえ受ける。
 かなりオリジナルのエピソードが入っているようだが、全体に武蔵が圧倒的に強く見える。それがあるためか、柳生の城での石舟斎の言葉が印象に残る。飄々とした雰囲気もある“柳生四高弟”や老成した雰囲気を見せる石舟斎がいい感じ。(2003/06/06)

若き日の歓び(若き日の歡び) わかきひのよろこび
監督 佐藤武
公開年 1943年
評点[B]
感想  今日は、佐藤武監督の『若き日の歓び』を観た。昭和十八年(1943)の作品。

 映画女優・梅原きよ子(轟夕起子)の後輩である高村裕子(高峰秀子)は、女子大を辞めて梅原の紹介で映画雑誌の編集部に就職した。裕子は仕事の厳しさに戸惑いながらも先輩の穂積泰子(原節子)や梅原きよ子の弟であるカメラマンの克雄(沼崎勲)に励まされながら成長していく。

 戦時中の作品で、所々にそれを感じさせる部分がある。ただし、直截的な戦意高揚スローガンを叫ぶようなところはまだなく、男手が不足している折から女性も社会に出て自立し“銃後の守り”を固めよう、というのがテーマであるようだ。
 しかし、女性も社会に出るべしという戦時の価値観と女性は家庭を守るのが最も重要な仕事だという戦前の価値観との対立・矛盾が解決されずに描かれているようで、中途半端な感がある。
 東宝の当時の三大女優の主演だが、原節子が持ち味に合った役で好演。華やかで美しい。高峰秀子はちょっと幼い感じがするが、役柄に合わせているのかもしれない。原節子が想いを寄せる画家を藤田進が演じている。
 生活の様子や服装などはほとんど戦時色がなく、空襲が始まるまでは戦前の暮らしとさほど変わらなかったという山本夏彦の説を思い出した。(2003/06/17)

サヨンの鐘 さよんのかね
監督 清水宏
公開年 1943年
評点[B]
感想  今日は、清水宏監督の『サヨンの鐘』を観た。昭和十八年(1943)の作品。

 台湾の高砂族(漢民族ではない山地原住民の総称)のある蕃社(集落)に住む若い娘サヨン(李香蘭=山口淑子)は、美しくて明るい人気者で、蕃社の子供たちや家畜の世話を一手に引き受けていた。日本に留学していた恋人のサブロ(島崎溌)も帰ってきて幸せに暮らしていたが、彼女には意外な運命が……。

 松竹・台湾総督府・満州映画協会の三社提携で作られた作品。冒頭、台湾の山地や集落の様子をたっぷりと映し出し、李香蘭が登場するのは8分以上過ぎてから。作品中に集落の子供や赤ん坊を総動員していることといい、清水監督らしいだろうか。
 とにかく大勢の子供たちが終始登場して李香蘭が山野を走り回るのが印象に残る。しかし、やはり“国策映画”なので、李香蘭が子供たちに日本語を使うよう教えていたり、若者たちが召集されるエピソードがあったりするのは気になるところ。
 それと、あの結末には本当に驚いた。無理矢理というかなんというか……と思ったら、これは実話をもとにしたらしいというのでビックリ! それだったら、もう少し上手く描いてほしかった。あの脚本(長瀬喜伴・牛田宏・斎藤寅四郎)と絵作り(演出)ではねぇ

 音声の状態は良いが、フィルムが切れて飛んでしまうところが所々あるのが残念。(2002/04/18)

宮本武蔵 決闘般若坂 みやもとむさしけっとうはんにゃざか
監督 伊藤大輔
公開年 1943年
評点[B]
感想  今日は『宮本武蔵 決闘般若坂』も観た。監督は伊藤大輔で、昭和十八年(1943)の作品。

 武蔵(片岡千恵蔵)が試合で倒した金剛院の院主は、実は鎖鎌の達人・宍戸梅軒(月形龍之介)の弟だった。武蔵を仇と狙う宍戸梅軒や金剛院の山伏たちが武蔵を狙う。

 宍戸梅軒がメインのエピソードで、月形龍之介はまさに適役。あばた面のメイクはちょっとやりすぎだが。武蔵は敵だらけで、本当にトラブルメーカーと言うか強すぎると敵ができるものだなあ、と思った。この編では朱美(市川春代)と又八(原健作)が話に絡んでくる。
 この作品もオリジナル部分が多いようだが、村祭りと殺陣を組み合わせて盛り上げる構成が見事。(2003/06/07)

決戦の大空へ(決戰の大空へ) けっせんのおおぞらへ
監督 渡辺邦男
公開年 1943年
評点[A’]
感想  今日は、渡辺邦男監督の『決戦の大空へ』を観た。昭和十八年(1943)の作品。

 少年飛行兵を目指して訓練中の予科練習生が休日に憩う倶楽部になっている松村家は、東京の学校を卒業して久しぶりに帰ってきた娘の杉枝(原節子)が練習生を歓待し、少年たちは思わぬ美しい女性の出現に喜ぶ。しかし杉枝は、中学生である虚弱な弟・克郎(小高まさる)のことが心配であった。

 海軍省後援の、予科練志願者を募るためのPR映画。まさに国策映画そのものだが、練習生・それを迎える倶楽部の家族たち・練習生を教える教官たち各々がよく描けていて、練習生たちの訓練風景も迫力ある映像で紹介されている(撮影:河崎喜久三)。
 やはり精神論が前に出るところが多くて描かれる人間像も理想化されているけれども、演出のテンポが良く、ついつい見入ってしまい、観終わったときには私も是非とも予科練に志願したいものだと……(笑)。
 予科練習生たちと杉枝や克郎の成長を重ねている脚本(八住利雄)が巧みで、日本の戦争映画にありがちな湿っぽいところや暗さがないので現代人が観ても比較的抵抗がないと思う。実戦部隊ではなく訓練部隊を扱っているためかもしれないが、娯楽映画の巨匠らしい渡辺監督の演出方針のようにも思えた。
 練習生の一人として木村功、教官として黒川弥太郎や高田稔が出演していて、軍隊経験がある黒川弥太郎の精神講話はなかなか堂に入っていた。(2005/02/16)

無法松の一生 むほうまつのいっしょう
監督 稲垣浩
公開年 1943年
評点[超A]
感想
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狐の呉れた赤ん坊
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国定忠治

 今日、追悼・宮川一夫という企画で『無法松の一生』を観てきた。昭和十八年(1943)の作品。

 ただただ「素晴らしい!」の一言!!阪妻こと阪東妻三郎の演ずる富島松五郎の純情、宮川一夫の超絶的な技巧のカメラ、そして稲垣浩の叙情あふれる演出。全て文句なし。途中から完全にウルウル状態になってしまいました(笑)。
 戦時中にこれだけの作品を作るんだから、昔の日本人って凄かったんだな。やはり、明治生まれにゃかなわない?(笑)時の経過を表す人力車の車輪の回転や少年時代の松五郎が放浪する場面、松五郎の“祇園太鼓の暴れ打ち”からラストにかけての象徴的な表現などは映像詩の域に達し、今から観ても充分斬新っす。
 この名作のビデオはレンタル禁止で簡単に観られないのが実に残念…。

 ぢつはこの作品、私が中学生か高校生の頃にNHKかなんかで放映されて、観たことがあるのだけれど、ほとんど忘れてました(爆)。それに、イイ話だとは思ったが、それほど感動しなかった記憶が。まだガキだったんだなぁ…。
 名作って本当にわかるのは大人になってからなのかもしれない。池波正太郎も、十代の頃にジョン・フォード監督の『駅馬車』を観て、時間が経ってから見直すと若い頃には気づかなかった部分が見えてきた、と書いていたし。私が最近、溝口健二作品に触れたのは良いタイミングだったのかも。溝口作品は女性を描いたものが多いから、以前だったら理解できないし面白く感じなかったと思う。色々と知ってからでないと。(2000/05/28)

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