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昭和十九年(1944)

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韋駄天街道 いだてんかいどう
監督 萩原遼
公開年 1944年
評点[B]
感想  今日は、萩原遼監督の『韋駄天街道』を観た。昭和十九年(1944)の作品。

 時は幕末。木曽路を旅する若旦那風の男・長太郎(長谷川一夫)は駕籠かきの猪助(榎本健一)と馬子の勘三(岸井明)を助けてやり、猪助の相棒になって宿場町に居ついてしまう。たちまち人気者になって宿場の重要な役を務めることになったが、町の駕籠かきや人足をまとめる親方(鳥羽陽之助)一派は彼を快く思わない。一方、幕府の役人である前島密は長太郎に注目していた。

 木曽の山道や町を背景にして(長野ロケをしたという)長谷川一夫やエノケンが活躍する人情ドラマが基本だが、戦中の作品なので私欲を捨てて“公”に尽くそうというテーマとして、幕末から明治初期の運輸・郵便制度の整備までが取り扱われている。
 人情噺の部分は長谷川一夫と彼を慕う町の女(山根寿子)やエノケンとその子を主題としていて、萩原監督のしっとりした演出と映像(撮影:伊藤武夫)を楽しめる。ただ、ちょっとテンポがゆっくり目のような気がした。
 実力者たちの私利私欲や人間関係で混乱してしまう幕末の前近代的な運輸・通信制度から明治の近代的な郵便制度へ移り変わるというテーマは、やはり取って付けた感は否めない。脚本家(三村伸太郎)も日本郵便の父・前島密(一円切手の肖像の人)を登場させたりして苦労したと思うが……。(2004/09/26)

愉しき哉人生 たのしきかなじんせい
監督 成瀬巳喜男
公開年 1944年
評点[B]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『愉しき哉人生』を観た。昭和十九年(1944)の作品。

 ある風の強い日、田舎の商店街に“よろづ工夫屋”と称する相馬太郎(柳家金語楼)一家が引っ越してきた。彼は何事も工夫次第・気の持ちようで解決できると言う。商店街の面々は一風変わった彼らにとまどい、あるいは胡散臭い目で見るが、感化される人も現れ始める。

 主人公となるのはなんとも変わった家族で、例えば金語楼の幼い娘(中村メイコ)は、時計屋の息子(小高たかし)に、欲しいおもちゃを買ってもらえなくてもガッカリしてはいけない、「今買ってもらうより、いつか買ってもらえると思って待っていた方が楽しいと思うのよ。そういうふうにしたら、どんなことだって喜べるでしょう」と説いて、それを“喜びごっこ”と称する。う〜ん、元祖“よかった探し”? 愛少女ポリアンナ?
 金語楼が近所の面々(横山エンタツ・鳥羽陽之助)にジャガイモの皮やニンジンの尻尾を利用して卵がメインディッシュのフルコース(?)をふるまったり、金語楼の娘の一人(山根寿子)は日常生活の不要品やボロきれを再利用してアクセサリーや人形を作る工夫を近所の同年代の娘に教えたりするので、「贅沢は敵だ」「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」的スローガンの宣伝映画として作られたらしい。
 相馬一家がすぐには受け入れられず最初は白眼視する人もいるのは成瀬作品らしいし、エンタツ他の商店街の面々が、ぎりぎりステロタイプに陥らず、いかにも田舎町にいそうな人々に見えて面白い。ただやはり金語楼たちが正体不明すぎて中途半端な感はぬぐえない感じ。
 公開当時、「戦意高揚につながらぬ愚劣な映画」とされて検閲で切られたというが本当だろうか。(2004/09/02)

あの旗を撃て あのはたをうて
監督 阿部豊
公開年 1944年
評点[A’]
感想  今日は、阿部豊監督の『あの旗を撃て』を観た。昭和十九年(1944)の作品。

 開戦直後にフィリピンを攻撃した日本軍によりマニラも陥落。撤退する米比軍の車両にはねられて重傷を負った少年トニー・ガルシア(リカルド・パション)は日本軍の池島兵長(大川平八郎)の厚意を受けて仲良くなる。一方、トニーの兄マリアノ(アンヘル・エスメラルダ)と親類のアンドレス・ゴメス(フェルナンド・ポウ)は、米比軍の将校として激戦地バターン半島で日本軍と戦っていた。

 開戦初頭のフィリピンでの日本軍人とフィリピン人の交流を描き、フィリピンロケ中心で会話は多くが英語とタガログ語というちょっと珍しい作品(脚本:八木隆一郎・小国英雄)。
 池島兵長と少年トニーのエピソードは“ちょっといい話”の類だが、押し付けがましさはなく、プロパガンダ映画としてはかなり自然に観られると思う。トニーやその他のフィリピン人の演技は自然で、大川平八郎の英語も巧み。単なる丸暗記ではなく大川平八郎は英語が堪能で、戦後にも洋画に出演したことがあるらしい。アニメの『アルプスの少女ハイジ』を彷彿とさせる場面があったのにはちょっと驚いた。
 米軍(アメリカ人)の描き方はいかにも悪役的で薄っぺらく非現実的なところもあったが、それはいたしかたのないところか。
 日本軍占領地の中でも反日感情の強かったフィリピンで、フィリピン人出演者も対日協力するのに内心忸怩たるものがあったかもしれないが、全くそんなことを感じさせないのは、俳優として阿部監督の演出力を認めたのかもしれない。子役たちも“強制された喜び”を感じさせるようなところはなかった。マニラと前線のバターン半島という静と動の対比も効果的で、宮島義男(義勇)による映像も良い。(2005/07/23)

不沈艦撃沈 ふちんかんげきちん
監督 マキノ正博(雅弘)
公開年 1944年
評点[A’]
感想  今日は、マキノ正博(雅弘)監督の『不沈艦撃沈』を観た。昭和十九年(1944)の作品。

 時は開戦前夜の昭和十六年秋。兵器の部品を製造している昭和精器の社長・竹本(東野英治郎)は、生産倍増を海軍の藤野少佐(高田浩吉)に熱望されて承諾。技術主任(佐分利信)の反対を押し切って実行したものの、夜勤が増えて工員(斉藤達雄)たちの反発は強く……。

 東西松竹の男女スターや演劇人も総動員(水戸光子・桑野通子・三浦光子・丸山定夫・小沢栄太郎・井上正夫などが出演)した国策映画だが(原作:平田弘一/脚本:小国英雄)、主人公はあくまで工場で働く職工(工員)たちになっているユニークな作品。できるだけさぼろうとするベテラン職工を演じた斉藤達雄と彼を働かせようとする班長の河村黎吉が大活躍で、斉藤達雄が主人公のような印象が残る。
 斉藤達雄に代表される、純朴でそれだけ無責任な庶民の姿はちょっと風刺的な意図もあったのかとも思ったが、庶民の姿を生き生きと描くという目的は十分に達成されていて、集団の群集シーンも迫力がある。増産をテーマとした戦中映画は何本もあるが、担当者の熱意と精神力だけで達成している他の作品よりも、労働者を主人公としたこの作品は現在でもあまり生命力が失われていないと思う。体制・戦争批判的なところはないが……。

 聞くところによると、工場で働く人々を主人公にした作品はどうかとマキノ監督自ら企画を松竹と海軍に持ち込んだそうだが、戦中に東宝は製鉄・松竹は造船・大映は飛行機と増産をテーマにした作品を各社割り当てられていたそうなので、ちょうどその目的にも合っていたということなのかもしれない。(2005/09/04)

還って来た男 かえってきたおとこ
監督 川島雄三
公開年 1944年
評点[B]
感想  今日は、川島雄三監督の『還って来た男』を観た。昭和十九年(1944)の作品。

 時は戦時中、召集解除になった若い軍医(佐野周二)が虚弱児童のための施設を作ろうと思い立ち、父親(笠智衆)に財産を譲ってくれと頼む。父親は快諾するが、ただ一つの条件として見合いをして結婚しろと言う。
 一週間後に見合いを控えているのに、せっかちな彼は慰問袋を送ってくれた女性の家に御礼を言いに行ったり、戦死した旧友の妹に会いに行ったり、忙しく動き回る。元軍医でハンサムな彼は出会った女性全ての関心を惹くが、本人はそんなことには気づかない。そんな中、偶然出会った女性(田中絹代)が見合い相手だとわかり…。

 川島監督の第一作で、まだ若い感じで『幕末太陽伝』ほどの完成度は無く、大爆笑というほどではないが、戦時中の作品とは思えないほど明るいコメディの佳作。
 ちょっとだけ「増産のために工場に働きに行く」などのスローガン的なものがあるけれども、佐野周二は背広にネクタイ姿で、女性教師役の田中絹代などもスーツのような洋服を着ていて、全体に戦時中の作品とは思えない雰囲気。こういう点が官憲には不評だったようだ。
 佐野周二のコメディ演技は、まぁまぁという感じだったが、田中絹代以外の女性との関係をサラッと流したのは、川島監督らしいと思った。のちの『洲崎パラダイス 赤信号』を思い起こさせる。佐野周二と笠智衆が親子というのは小津監督の『父ありき』(1942)に続いて2作目。笠の演技は、小津作品よりは自由なような感じがする。(2000/08/28)

小太刀を使ふ女(美女劍光録/美女剣光録/小太刀を使う女) こだちをつかうおんな
監督 丸根賛太郎
公開年 1944年
評点[B]
感想  今日は、丸根賛太郎監督の『小太刀を使ふ女』を観た。昭和十九年(1944)の作品。

 時は西南戦争の頃。薩摩軍が大分の旧臼杵藩城下に攻め寄せてきた。士族の池田家の長女・律(初代水谷八重子)は出陣した弟・健一郎(原健作)の妻たか(月丘夢路)と共に、避難した町人たちを守るため町外れの寺に入ったが、町家の出であるたかは恐怖に震えるばかりであった。その寺にも薩摩軍が迫る。

 原作は村上元三(脚本:依田義賢)。戦争も大詰めの時期の作品だが、銃後の守りを固める婦女子が主人公なので制作されたのだろうか。
 序盤から中盤までは凛とした武家娘が臆病な町人娘を引っ張っていくというコチコチの展開で、やや硬質な美貌の水谷八重子とちょっと下がり眉の月丘夢路が各々の役柄にハマっているだけあって、少々肩がこる。
 律とたかが危機に遭い打ち解けあう終盤近くになると急にキャラクターが活き活きしてくるしユーモアも感じられるようになるので、丸根監督の力量を発揮するにはもう少し尺に余裕が欲しかったかもしれない。1時間5分強では窮屈だったような。戦中の作品なので仕方ないが……。ラストシーンがちょっと洒落ていて印象に残る。
 私が観た版は一般の観賞には向かないと思われるほど音質が悪い。もっとマシなプリントは無いだろうか。画質はあまり劣化していないので惜しい。撮影は宮川一夫で堅実な映像だが、やはり戦争末期で撮影条件が悪かったのか擬似夜景が全く夜らしく見えないのは残念。

 『美女劍光録』は戦後の再映時の題名らしい。昭和三十六年には京マチ子主演(監督:池広一夫)でリメイクされている。(2004/11/11)

日常の戦ひ(日常の戰ひ/日常の戦い) にちじょうのたたかい
監督 島津保次郎
公開年 1944年
評点[A’]
感想  今日は、島津保次郎監督の『日常の戦ひ』を観た。昭和十九年(1944)の作品。

 高級住宅地に住む若手の大学教授・谷口伸太郎(佐分利信)は隣組の会合で組長に選ばれてしまう。隣組の住人は一癖ある者ばかりで、伸太郎の妻・恒子(轟夕起子)は大忙し。その上、伸太郎の弟・丹次郎は新婚なのに報道班員としてビルマ前線へ赴くことになる。

 終戦後しばらくして亡くなった島津監督の遺作(原作:石川達三/脚本:小國秀雄)。

 テーマは題名どおり、銃後の民間人も隣組制度によって一致団結して戦争協力しようというものであり、紋切り型のラストや轟夕起子までもが洒落た洋服ではなくモンペ姿なのを見ると島津監督も国策色の強い作品を作らざるを得なくなったのか、と思わされる部分もあるが、登場人物が個性的で感情を素直に出し、体制協力的な部分はちょっと素直でない描き方をしているようにも受け取れるので、単なる国策映画を超えた味がある。
 隣組の資産家の老人(志村喬)や伸太郎に来る手紙には前線では兵士が苦戦していることが書かれていて、それゆえ銃後の我々が協力しようということになるのだが、戦争の実情を伝えるのが目的では? と思えるくらい苦戦の様子が具体的に書かれている。また、隣組の面々に、いつも偉そうなことを言いながら自らに負担がかかってくるようなことになると姑息に回避しようとするやつがいたりして、風刺的なものを感じさせる。
 島津監督の他の戦中作と同様、戦争によって生活に影響を受けるリアルな一般人の姿を制約の中で描き出そうとした努力がうかがえる作品だと思う。(2005/08/06)

激流 げきりゅう
監督 家城巳代治
公開年 1944年
評点[評点なし]
感想  今日は、家城巳代治監督の『激流』を観た。昭和十九年(1944)の作品。

 舟木鉱業の鉱山で働く若手技術者の風見謙介(小沢栄太郎)は、石炭増産のため新たな技術の導入を舟木社長(斎藤達雄)に提案して受け入れられるが、幼なじみの女性ゆき(水戸光子 )の父でもある現場責任者の泉千吉(東野英治郎)の不興を買う。

 家城巳代治の監督デビュー作(原作・脚本:森本薫)。戦時中のため石炭増産がテーマの国策映画である。
 CS放送局の衛星劇場によって、不完全であるが高峰三枝子が出演している貴重な作品なので放映するという主旨のお断りが冒頭に流されたが、実際観てみると欠落がもの凄い。まとめて欠落している部分があるだけでなく、人物が話している途中でもブツブツ切れて会話が成立しなくなっていたり、果ては作品の冒頭にあるべきと思われるシーンが終盤に登場したりする。
 この状態では作品の完成度を云々することは難しい。せめてシーンの順番の誤りだけでも松竹が修正できなかったのだろうか。
 なんとか理解できる部分だけを観てみると、戦後作品では悪役的な役柄がほとんどの小沢栄太郎(小澤栄)が生真面目な若者を演じているところが面白い。独特の野卑な笑い方を全くせず、いつ“正体”を見せるのかと期待していたら最後までそのまま(笑)。また、炭鉱での掘削作業や出水事故をリアルに描いたり、労働者が表彰されるシーン、そして社長までもが坑道に入って働くシーンなどは、戦後は独立プロに転じた家城監督が国策映画という制限の中で自身の思想をなんとか反映させようとした部分のように見えた。(2005/04/26)

河童大将 かっぱたいしょう
監督 松田定次
公開年 1944年
評点[B]
感想  今日は、アラカンこと嵐寛寿郎主演の『河童大将』を観た。監督は松田定次で、昭和十九年(1944)の作品。

 戦国時代後期、尼子氏の家来の荒波碇之助(嵐寛寿郎)は、毛利氏の城に間者として潜入して捕らえられたが、得意の水泳で生還した。その手柄で足軽頭に取り立てられると、足軽たちに水練の教えを施す。そして、毛利氏との対決の時が迫った。

 アラカンが40歳にしてフンドシ姿の水泳を披露している。しかも、水泳のシーンは自分で泳いでいるから凄い。戦争末期だけあって1時間強の小品で、スケールはイマイチだしちょっと雑な展開に見えるようなところもあったが、まずまずのまとまりはあると思う。ただ、画質が今一つなのが惜しい。
 これは“国民皆泳運動”というものの宣伝に一役買った作品だそうだけれども、説教臭さは全く無く娯楽作として観ることができる。しかし、作中登場する山中鹿之助(原健作)の逸話を知らない現代人は、面白さが減殺されるかもしれない。「願わくは我に七難八苦(または艱難辛苦)を与えよ」と月に祈ったとか、「憂きことのなほ我が上に積もれかし 限りある身の力試さん」という歌を作った(実際には山中鹿之助ではなく江戸時代の学者・熊澤蕃山によるものらしい)とかいう伝説のある人だ。
 荒波碇之助の幼なじみでありライバルでもある早川鮎之助役に羅門光三郎、二人の幼なじみの女性に橘公子。(2001/04/06)

陸軍 りくぐん
監督 木下恵介
公開年 1944年
評点[C]
感想
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木下恵介 DVD-BOX 1
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二十四の瞳
花咲く港
生きてゐる孫六
歓呼の町
陸軍
大曾根家の朝
わが恋せし乙女
結婚
不死鳥

 今日は、木下恵介監督の『陸軍』を観た。昭和十九年(1944)の作品。木下監督4本目の作品。

 父の高木友彦(笠智衆)は日露戦争に行き、息子の伸太郎(星野和正)は満州事変に出征し、父子二代続けて軍人になった北九州に住む高木家の物語。原作は火野葦平の同題小説。最近、中公文庫から復刊されたそうだ。

 まぁ、時期が時期だけに最初から最後まで「お国のために頑張ろう」という内容。特に、出征した息子のことを心配している老人(東野英治郎)に対して登場人物の一人が「貴公の息子一人が生きようが死のうが大したことない。男らしくせい!」と言うところはゾッとした。今になって観ると、全てアナクロ…というか、むしろシュール(笑)。ただ、一応は映画の形を成しているから不思議だ。
 しかし、有名なラストの、出征する息子を母親(田中絹代)が走って追いかけていくシーンは、目頭が熱くなった。やはり、田中絹代は上手い。彼女は生涯、母親になったことは無いのに…。ここだけは見所だ。実際、このシーンのせいで監督は軍部に睨まれたらしいし。(2000/12/12)

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昭和十九年(1944)
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