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昭和二十年(1945)
名刀美女丸 めいとうびじょまる
監督 溝口健二
公開年 1945年
評点[A’]
感想
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名刀美女丸
名刀美女丸

 溝口健二監督の『名刀美女丸』を観た。昭和二十年(1945)の作品。これも67分と短め。

 若い刀鍛冶の清音(花柳章太郎)は、彼の作った刀が折れたせいで小野田小左衛門が謹慎を命ぜられ、しかも、謹慎を解く助けをしようと言ってきた者と争いになって斬られてしまったことに悩んでいた。小左衛門の娘の笹枝(山田五十鈴)は仇を討つことを誓い、清音は彼女のために刀を打とうとする。時おりしも幕末で、若い2人も風雲の中に巻き込まれていく……。

 これは男女のカラミがあるせいか、前作『宮本武蔵』よりもずっと溝口健二らしさが出ているように見える。冒頭、溝口作品には珍しいギャグがあったりして。清音の師匠が勤王の志士の一人で「上御一人(かみごいちにん=天皇)」なんて言ったりすることが不自然なのを除けば、小佳作と言えるかも。(2000/09/09)

桃太郎 海の神兵 ももたろううみのしんぺい
監督 瀬尾光世
公開年 1945年
評点[B]
感想  今日は、アニメ映画の『桃太郎 海の神兵』を観た。演出(監督)は瀬尾光世で、昭和二十年(1945)の作品。

 サルノら海軍の水兵たちは久しぶりに故郷での休暇を楽しんだ。実は彼らは海軍落下傘部隊の一員で、空挺作戦に参加することになっていたのだ。そして、桃太郎隊長の指揮のもと鬼ヶ島攻撃の激戦が始まる。

 フィルムが終戦時に焼却されたと言われていて、戦後三十余年経って発見された珍しい作品。戦争末期の作品だが、海軍省後援のもとに作られた本格的なアニメ映画になっている。
 序盤は故郷の風景、戦地に舞台が移ってからも中盤までは現地人との牧歌的な交流が描かれている。中盤の『アイウエオの歌』(作曲:古関裕而/作詞:サトウ・ハチロー)の場面は素晴らしい躍動感があり、今の目で観ても楽しい。
 その他は、どうしても時代を感じさせる部分はあるが、当時としては非常に高いレベルのアニメーションだと思う。ディズニーという先駆者はあったとしても。
 終盤に登場する敵のキャラクターが、白人を嘲笑的に戯画化したものなのがちょっと残念だった。戦争末期なので仕方ないが、ここは白人も動物にするなりしてもう少し漫画的にした方が作品の全体のバランスを崩さなかっただろう。(2005/05/21)

三十三間堂通し矢物語 さんじゅうさんげんどうとおしやものがたり
監督 成瀬巳喜男
公開年 1945年
評点[B]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『三十三間堂通し矢物語』を観た。昭和二十年(1945)の作品。

 江戸時代の京都、旅館の若い女主人お絹(田中絹代)は、かつて奉公に上がっていた和佐家の息子を引き取って育てていた。その和佐大八郎(市川扇升)は、かつて三十三間堂の通し矢の記録を破られて自害した父の汚名をそそぐため弓の稽古に励むが、弱冠十七の若さゆえ通し矢の日が近づくにつれて不安になっていく。そんな彼を唐津勘兵衛と名乗る旅の侍が励まし、大八郎も彼を慕うが……。

 成瀬監督の珍しい時代劇。終戦直前の作品だが、京都で撮影されたためか戦時中らしい雰囲気は全く無い。むしろ京都で撮る映画ということで時代劇になったのかな。内容も、武士道や忠義を強調するものではなく、弓道という一つの道に生きることの尊さと厳しさを描いたもので“芸道もの”に近く、国策映画的なところは感じられない。
 ただ、芸道ものにしては弓そのものの描写がアッサリしていて、重点が唐津勘兵衛に置かれているので、大八郎を支えるお絹の描写が少ないのが物足りない気がする。ドラマはあるのだが、全体に淡々と進む印象だった。唐津勘兵衛とその実弟(河野秋武)が直接からむところは良かった。(2003/03/17)

東海水滸伝 とうかいすいこでん
監督 伊藤大輔・稲垣浩
公開年 1945年
評点[A’]
感想  今日は、伊藤大輔・稲垣浩共同監督の『東海水滸伝』を観た。昭和二十年(1945)の作品。

 清水の次郎長(阪東妻三郎)は、やくざ稼業から足を洗い喧嘩をやめることを宣言し、自分の刀を森の石松(片岡千恵蔵)に預けて金毘羅様に奉納させる。代参を済ませた石松は人から預かった百両の大金を懐にしたまま鳥の吉兵衛(遠山満)のところで道草を食ってしまい……。

 おなじみ清水の次郎長の話だが、実質的な主人公は石松。三十石船での「江戸っ子だってね、寿司食いねぇ」や石松の闇討ちなどの定番ネタに加えて、幼なじみの娘おりき(花柳小菊)と淡い想いを交わすエピソードがオリジナルで加わっている。そのおりきと川べり(?)で語り合うシーンや盆踊りをするシーンの雰囲気が良く、映像も美しい(撮影:宮川一夫・石本秀雄)。
 石松の兄貴分の小松村の七五郎として市川右太衛門が出演していて、かなり貫禄のある七五郎になっている。さすがに右太衛門では他の次郎長もののように情けない七五郎にするわけにはいかなかったのだろうか。これは儲け役。
 対して次郎長の印象が薄い感じがする。序盤にやくざから足を洗うと決心して、終盤に石松のために誓いを破って立ち上がる理屈がちょっと弱い。脚本にもう一工夫あったら、より傑作になったかもしれない(脚本:八尋不二)。
 とはいうものの、石松が狙われたところや終盤の立ち回りもカットされずに残っているし、おりきとのカラミのシーンも良いので、終戦の年に作られた作品としては水準の高い佳作レベルの一本だと思う。戦争協力的な内容もないし。立ち回りを伊藤大輔、石松×おりきのシーンを稲垣浩、と分担して撮ったのだろうか。そんな截然と分けられるものではないだろうが。(2004/07/18)

狐の呉れた赤ん坊 きつねのくれたあかんぼう
監督 丸根賛太郎
公開年 1945年
評点[A’]
感想
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阪東妻三郎傑作選 DVD-BOX
阪東妻三郎傑作選
DVD-BOX
王将
素浪人罷通る
伊賀の水月
無法松の一生
剣風練兵館
木曾の天狗
狐の呉れた赤ん坊
月の出の決闘
富士に立つ影
国定忠治

 今日は、阪東妻三郎主演の『狐の呉れた赤ん坊』を観た。監督は丸根賛太郎で、昭和二十年(1945)の作品。

 江戸時代の大井川は江戸を守るため橋が無く、川越え人足が人を担いで渡していた。その人足の一人の寅八(阪東妻三郎)は人を化かす狐退治に出かけ、狐が化けた赤ん坊を拾ってくる。しかし、実は本物の人間の赤ん坊で、困惑していた寅八も育てているうちに本当の父親のようになっていく。その子・善太は、なぜか生まれながらの威厳があった。

 終戦直後の作品で、進駐軍をはばかってチャンバラ映画を作れなかった時期のため、“殺陣の無い時代劇”として知られている。
 戦中の『無法松の一生』やこの作品の後の『破れ太鼓』同様、阪東妻三郎の演ずる父親像は素晴らしい。大きな目をむいて豊かに変わる表情が、父親の愛情を豊かに表現している。『無法松』や『決闘高田の馬場』にも観られるような、阪妻独特の走り方も楽しい。
 殺陣がない代わりに、阪妻に目いっぱい走らせたりしてアクションを多くして動きの豊かな映像を作ったり、阪妻の感情の動きを丹念に追った演出も見事。質屋の大黒屋峰左衛門(見明凡太郎 )や喧嘩ばかりしている馬方の丑五郎(光岡龍三郎 )、力士の賀太野山(阿部九州男)などの脇役キャラも生き生きしている。(2003/08/09)

歌へ!太陽(歌え!太陽) うたえたいよう
監督 阿部豊
公開年 1945年
評点[C]
感想  今日は、轟夕起子主演の『歌へ!太陽』を観た。監督は阿部豊で、昭和二十年(1945)の作品。

 ある劇団のスター女優の梢(轟夕起子)は共演者の幸雄(灰田勝彦)とケンカばかりしているが、互いに憎からず思っている。その劇団の掃除係まつ(竹久千恵子)は、同じ劇団の裏方の直吉(高勢實乘)が劇団の俳優である息子を自慢ばかりしているので、梢が持っていた写真の男(榎本健一)を自分の息子だと言ってしまう。

 昭和二十年十一月公開で、まさに終戦直後の作品。そのためか全て人工的なセット撮影のみ。尺の長さもわずか50分少々で、ストーリーも実に他愛ない。また、現在では地上波放映どころかNHK BS放映も不可能と思われる危ないネタがあって、それは現代人の目で観ると不愉快。
 まぁ、その時期に宝塚スターや人気歌手・俳優の歌と踊りがたっぷりの映画を作ることに意味があったのだろう。現在では轟夕起子ファン向けの作品か。エノケンはさすがに芸達者。(2002/11/28)

昭和二十年(1945)
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