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昭和二十三年(1948)

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懐しのブルース なつかしのぶるうす
監督 佐々木康
公開年 1948年
評点[C]
感想  今日は、高峰三枝子と上原謙主演の『懐しのブルース』を観た。昭和二十三年(1948)の作品で、監督は佐々木康。

 戦後、没落した華族・立松通房(小沢栄太郎)の長女・典子(高峰三枝子)は生活費と結核療養所に入っている妹(真船圭子)の医療費を稼ぐため、キャバレーのホールで歌うことにした。そんな彼女は、いつも孤独にキャバレーの席に座っていた脇村(上原謙)に声をかけられる。二人は惹かれあうが、脇村には……。

 戦前からの美男美女俳優のコンビによるメロドラマ。戦前からの“流行歌シリーズ”の復活版だともいう。主題歌と劇中の歌は高峰三枝子本人が歌っている。
 確かに主演の二人は美しいが、ストーリーはメロドラマの典型で、今から観ると目新しいものは全く無い。しかし、戦後間もない時期にはそれが求められたのだろうし、没落華族という設定も、同時代的にはリアルだったのかもしれない。(2002/08/18)

手をつなぐ子等 てをつなぐこら
監督 稲垣浩
公開年 1948年
評点[A’]
感想  今日は、稲垣浩監督の『手をつなぐ子等(こら)』を観た。昭和二十三年(1948)。

 知能の発達が遅れている中山寛太(初山たかし)は、どこの学校でもお荷物扱いされ、すっかり学校ぎらいになっていた。新たに転校した小学校の校長(徳川夢声)と松村訓導(笠智衆)は、その事情を聞き、クラスの子供たちと共に寛太を受け入れる。そこに粗暴な山田金三(宮田二郎)も転校してきて何かと問題を起こすが……。

 『無法松の一生』と同じ、監督:稲垣浩・脚本:伊丹万作・撮影:宮川一夫の組み合わせの作品(原作: 田村一二)。
 当時の用語でいう“特異児童”がテーマとなっていて、教師たちも同級生も“いいひと”がほとんどだが、冒頭部分の以前の学校での描写や“山金”こと山田金三という悪童の存在によって、非現実的にはなっていないと思う。過剰に説教臭くならないのは脚本と演出の巧みさか。
 誠実な教師役の笠智衆はまさにハマリ役。終盤の相撲大会のシーンは『無法松』の運動会を彷彿とさせる、心躍る演出。(2003/03/13)

 おんな
監督 木下恵介
公開年 1948年
評点[A’]
感想
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木下惠介 DVD-BOX 第2集
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カルメン故郷に帰る

肖像
破戒
お嬢さん乾杯
四谷怪談(前後篇)
破れ太鼓
婚約指環

 今日は、木下恵介監督の『女』を観た。昭和二十三年(1948)の作品。

 ダンサーの敏子(水戸光子)はゴロツキの正(小澤英太郎)と別れたいと願いながらも腐れ縁が続いていた。この日も、妙にあわてて浜松に行こうという正からなんとか逃れようとするが、引きずられていく。

 メインキャストは水戸光子と小澤栄太郎の二人だけで、ほとんどロケーション撮影という“天才”木下恵介監督らしい異色作。
 ほとんど全て二人芝居で、クローズアップや超クローズアップが多く、ちょっと画面が暑苦しい感があるし、小澤英太郎は小悪党らしいものの女を惹きつけ続けるだけの魅力を出せているかどうか疑問だが、ユニークな作品。トンネルを使った演出が面白く、終盤は怒涛の展開。大物俳優が二人だけなのは、終盤に予算を使うためだったのか? と思うくらい(笑)。
 描かれている男女像は図式的だが、表現のユニークさで記憶に残る作品。(2004/04/13)

酔いどれ天使 よいどれてんし
監督 黒澤明
公開年 1948年
評点[B]
感想
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酔いどれ天使
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黒澤明
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 今日は、黒澤明監督の『酔いどれ天使』を観た。昭和二十三年(1948)の作品。

 終戦直後、闇市の近くにある汚い沼地のそばで開業している医師・真田(志村喬)は酒好きでいつも飲んだくれているが、医療にかける熱意では評判の医者だった。
 彼のもとに、闇市の若い顔役・松永(三船敏郎)がケガの治療にやってくると、すぐさま真田は松永が肺結核に冒されていることを見抜いた。病気による衰えと兄貴分の岡田(山本礼三郎)が出所してきたこともあって、松永は窮地に立たされる。松永を救おうとする真田。

 三船敏郎が黒澤映画に初登場した作品。虚勢を張っているが実は気弱なヤクザを好演している。ただ、終盤のメイクはちょっと濃すぎると思う。志村喬は爺役というイメージが強いが、この作品では意外と若い印象だった。実際まだ四十代だし。
 内容は、今から観ると黒澤流ヒューマニズムがストレートすぎるような気もするが、さほど押し付けがましくはないので抵抗感は無い。映像的には、それよりあとの映画・マンガに影響を与えたと思われるショットが多い。特に、終盤のペンキの中でのカッコ悪いがゆえにリアルな立ち回りは、今観ても迫力がある。(2001/09/08)

夜の女たち よるのおんなたち
監督 溝口健二
公開年 1948年
評点[A’]
感想
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夜の女たち
夜の女たち

 今日は、溝口健二監督の『夜の女たち』を観た。昭和二十三年(1948)の作品。

 終戦後数年の大阪で、ある女性(田中絹代)が乳飲み子を抱えて夫の復員を待っているが、戦病死していたことがわかり、子供も幼児結核で死んでしまう。婚家を出て闇取引をしている会社の社長秘書になるが(もちろん社長の手が付く)、偶然再会した妹と社長がデキちゃったのを知って家出をし、夜の街に立つようになる。そして…。
 なんつーか、やっぱり昔の邦画って売春婦ばっかり出てくるね(笑)。私は観てないんだけど、田中絹代は小津安二郎監督の『風の中の牝鶏』(1948)でも、子供の急病で一度だけ売春しちゃう主婦を演じている。ハマリ役?(爆)

 んでも、溝口健二の長期スランプの中で、力のこもった佳作ではあると思うっす。この時期の溝口作品の中では世評も高いし。いかにも啓蒙的な台詞とか悪い意味での“熱演”に見える部分もあって辟易する人もいるかもしれないけど、ラスト近くのパンパン(街娼)同士のリンチシーンはド迫力。女の暴力をよくここまで描いたなぁ。
 同時代だったというアドバンテージはあるにしても、五社英雄の何十年も前にこういうのを撮ってたんだから、溝口ってやっぱり凄い。(2000/05/09)

天の夕顔 てんのゆうがお
監督 阿部豊
公開年 1948年
評点[C]
感想  今日は、高峰三枝子主演の『天の夕顔』を観た。昭和二十三年(1948)の作品で、監督は阿部豊。

 今は世を捨てて山に隠棲する竜ノ口(藤川豊彦)は、かつて高等学校時代、金曜ごとに道ですれ違った あき子(高峰三枝子)を愛するようになっていた。しかし、数年後に再会した彼女は妻となり母となっていた。二人はどうしても一線を越えられないが、生涯お互いのことだけを想い続けていく。

 中河与一の同題小説を映画化した作品(脚本:八田尚之)。私は未読だが、原作は有名な小説だそうだ。原作は戦前の作品だけに、姦通どころかロクに手も握らないのに、20年以上も愛し合っていく。ちょっと私には高尚過ぎるようだ。登場人物があまりにも受動的で、溝口健二作品のキャラにあるような生命力が感じられないので。
 令嬢から人妻となる役を演じた高峰三枝子はまぁまぁだったが、藤川豊彦の演技は少々単調で、純愛ではあるが「狂熱に近い話」(映画冒頭ナレーションより)でもある作品の主人公らしくなかった。また、ラストシーンの特撮は今から観るとショボくてちょっと唖然とする。
 どうも、こういう話は文章で読んで自分の頭の中で理想的なイメージを描く方が良いのかもしれない。小原譲治撮影のモノクロ映像は美しい。所々セットっぽく見えるところもあるけれども。(2002/03/30)

蜂の巣の子供たち はちのすのこどもたち
監督 清水宏
公開年 1948年
評点[A]
感想  今日は、清水宏監督の『蜂の巣の子供たち』を観た。昭和二十三年(1948)の作品。

 終戦直後、戦地から復員してきた島村(島村修作)は下関港で呆然としていると、自分と同様に身寄りの無い戦災孤児たちが目についた。島村はボス(御庄正一)の下で悪事もしていた彼らを連れて、自分が出征の前にいた“みかへりの塔”を目指して歩き始める。

 近年に清水宏監督の再評価がされるまでは、彼の一番の代表作とされていた作品。
 セットなしのオールロケ撮影、出演者も全て素人、ストーリー性よりも自然の中での人物描写に重きを置いていることなど、戦前作品の特徴がさらに強められている印象。奇を衒った映像は無いが、自然の背景と人物とのバランスの良さを感じさせられる(撮影:古山三郎)。清水監督は構図決めの天才だったという。
 実際に清水宏が世話をしていた子供たちと素人の大人が出演しているので、台詞のある部分は素人芝居的だが、子供たちの“泣く”部分の演技だけ妙にリアルなのは、何か胸を打たれる。
 孤児たちの側の問題もキチッと描いていて、急にドラマ性を増す終盤からラストシーンまでも含めて、なんだかホッとさせられるような後味の良い佳作。
 実際の清水監督は、人間関係を理由に松竹大船撮影所から追われたりして決して聖人ではなかったそうだが、作品を観ているとやはり善意を持っていた人であることは認めたくなる。(2004/10/18)

エノケンのホームラン王 えのけんのほおむらんおう
監督 渡辺邦男
公開年 1948年
評点[A’]
感想
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エノケンのホームラン王
エノケンの
ホームラン王

 今日は、エノケン主演の『エノケンのホームラン王』を観た。監督は渡辺邦男で、昭和二十三年(1948)の作品。

 肉屋で働く健吉(榎本健一)は大の巨人ファンで、阪神ファンである魚屋の魚虎夫婦(田中春夫・清川虹子)とは何かと張り合っているが、魚虎の妹お千代(春山美弥子)とは好きあっている仲だった。健吉は三原監督ら巨人の面々に懇願して巨人軍に入団させてもらうが、実はマスコット・ボーイとしての採用だった。

 戦後数年、大衆娯楽といえば野球、野球といえば巨人だった時代の作品(原作:サトウ・ハチロー/脚本:渡辺邦男・岸松雄)。
 コメディと道化としての悲哀を感じさせるペーソスが入り混じっているが、その量と配分がちょうど良く、しつこいドタバタはなく逆にペーソスが過ぎて湿っぽくなるようなこともない。早撮りで有名だった渡辺監督のアッサリした演出が良い方向に働いたのだろうか。健吉や魚虎たちが自転車に乗って街中を走るシーンもロケではなくいい加減な合成だが、かえってそれが面白い効果になっていたりする(撮影:友成達雄)。健吉や魚虎夫婦といったキャラクターも好印象で、ラストもベタベタせずに余韻を残す。
 三原脩監督以下、川上哲治や青田昇らの巨人軍総出演で、特に川上がメインキャスト級になっていて芝居もするし打撃フォームの高速度撮影(スローモーション)を見せたりする。私は野球には疎いのでよくわからないが、川上の伝記で書かれていたように当時の日本ではダウンスイングが知られていなかったので、今の目で見るとアッパースイングのようだ。(2005/04/20)

風の中の牝鷄(風の中の牝鶏) かぜのなかのめんどり
監督 小津安二郎
公開年 1948年
評点[C]
感想
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小津安二郎 DVD-BOX 第三集
小津安二郎
DVD-BOX
第三集

 今日は、小津安二郎監督の『風の中の牝鷄』を観た。昭和二十三年(1948)の作品。

 人妻の雨宮時子(田中絹代)は、出征して未だ帰ってこない夫・雨宮修一(佐野周二)を息子とともにひたすら待ちつづけていた。家財を売りながらの苦しい生活の中、息子が急病で入院し医療費に窮した時子は、身体を売ってしまう。その直後、修一が帰ってきて……。

 小津監督の戦後第2作目。前作の『長屋紳士録』も戦後の社会情勢を背景にしたものだったが、『風の中の牝鷄』は、さらに社会派的な作品になっている。
 この作品は、時子はまだしも修一の行動や心情に共感できない。妻の行為に傷つくのは当然だとしても、あまりにも妻への態度が酷い。今で言うDV(ドメスティック・バイオレンスをやらかしてしまうし。有名な階段落ちも、ちょっとやりすぎではないだろうか。
 この作品が失敗作だと言われるのは、メッセージ性の強い作風が小津監督に向いていなかったことに加えて(戦前も社会派的な作品はあったがユーモアが交えられていた)、生涯独身を通した小津監督の夫婦観にも一因があるのかもしれない。『お茶漬の味』や『早春』の夫婦も、どこかヘンテコだし。(2002/03/09)

にっぽんGメン にっぽんじいめん
監督 松田定次
公開年 1948年
評点[C]
感想  今日は、片岡千恵蔵主演の『にっぽんGメン』を観た。監督は松田定次で、昭和二十三年(1948)の作品。

 戦後の東京に、集団での押し込み強盗と車に通行人を引きずりこんで身ぐるみ剥いで突き落とす自動車強盗が頻発。藤沢刑事部長(月形龍之介)の率いる警視庁捜査一課は、白石刑事(伊沢一郎)の犠牲を出しながらも、江藤刑事(片岡千恵蔵)を中心として強盗団を追い詰めていく。

 戦後、チャンバラ映画が作りづらくなっていた時期に時代劇の大物俳優が主演した現代劇の一つ。片岡千恵蔵は、まだ若さを感じさせ時代劇風の演技をしていないので割りと自然だったが、ちょっと固いようにも見えた。月形龍之介が正義の側ってのは多少違和感が(笑)。
 オープニングで「後援 警視庁」と出るだけあって、全体に非常に真面目な啓蒙映画という感じ。刑事ものでも、翌年の『野良犬』のようなドラマが無くて……。鈴木伝明や大日向傳といった戦前のスターも出演。しかし、杉狂児の演ずる地味な刑事が一番リアルだったりして。(2003/04/03)

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