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昭和二十三年(1948)

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王将 おうしょう
監督 伊藤大輔
公開年 1948年
評点[超A]
感想
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阪東妻三郎傑作選 DVD-BOX
阪東妻三郎傑作選
DVD-BOX
王将
素浪人罷通る
伊賀の水月
無法松の一生
剣風練兵館
木曾の天狗
狐の呉れた赤ん坊
月の出の決闘
富士に立つ影
国定忠治

 今日は、阪東妻三郎主演の『王将』を観た。監督は伊藤大輔で、昭和二十三年(1953)の作品。

 大阪は天王寺の裏長屋に住むぞうり職人の坂田三吉(阪東妻三郎)は、字も知らないほど無学だが、将棋だけはめっぽう強かった。ろくに仕事もせず将棋に夢中な夫に一度は愛想を尽かした妻の小春(水戸光子)も、三吉の将棋への熱意を見て、彼を支えていくことを決意する。プロになった三吉は、老いた妻と美しく成長した娘・玉枝(三條美紀)に見守られながら、アマ時代からの宿敵である東京の関根金次郎(瀧澤修)と対決する。

 「銀が泣いている」の名台詞や演歌の『王将』で知られる坂田三吉の半生。原作は北條秀司の戯曲(脚本:伊藤大輔)。戦後しばらく、時代劇映画を作りづらくなっていた時期に阪妻が『無法松の一生』同様、貧しい庶民の姿を演じている。
 阪妻はまさにオーバーアクションなほどの大熱演。水戸光子も三條美紀も同様な熱演をしている。小津安二郎が伊藤大輔監督の『我幻の魚を見たり』を観て「ギョギョギョだ」と言ったように、人によっては好みに合わないかもしれないが、この作品では伊藤演出が成功していると思う。個人的には、棒読みのような台詞回しや“自然な演技”よりも、こういう演出のほうが映画らしい映画だという気がする。もちろんそれには限度があるだろうが……。
 各エピソードも巧みで、妻の小春が夫を支えることを決意する場面や娘の玉枝が父に意見するシーンは感動的だし(原作にあるのかもしれないが)、絵作りも古典的ながらもパワフル。史実とは異なる部分もあり、阪妻の三吉は実際の坂田三吉像とは異なるらしいが、とにかく人に訴える力の強い名作だと思う。
 三吉が鏡を見たところは本当に凄い。ラストシーンも不思議だが余韻が残る。あれ、阪妻本人がやったのかな?(2002/11/26)

オオ!市民諸君(シミキンのオオ!市民諸君) おおしみんしょくん
監督 川島雄三
公開年 1948年
評点[C]
感想
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シミキンのオオ市民諸君
シミキンの
オオ市民諸君

 今日は、川島雄三監督の『シミキンのオオ!市民諸君』を観た。昭和二十三年(1948)の作品。

 骨董マニアの成金・丸屋銀造(高屋朗)は、茶碗の沼津島とカン違いしてナマズ島という無人島を買ってしまった。転んでもタダでは起きない彼は、そこに歓楽街を作ろうとするが、島には三村金八(清水金一)以下5人の漂流者たちが住みついていた。金八を籠絡して彼らを追い出そうとする銀造一味と島の住人たちが引き起こす大騒ぎ。

 川島監督の、短編も含めると8作目の作品。題名にもあるように、主人公が5人しかいない島の住人に対して「市民諸君」と呼びかけたり、なんでも投票して決めるなど、当時の戦後社会を諷刺した作品らしい。
 しかし、後の川島作品に見られるような毒が無く、ギャグも古典的なドタバタで、当時ならともかく今観ると古臭い喜劇という感じ。まだ、川島監督らしさはあまりないと思う。ラスト近くだけ少し面白く感じたが。あと、金八の彼女のアン子を演じた勅使河原幸子は今から観ても可愛い。(2001/05/19)

鐘の鳴る丘 隆太の巻 かねのなるおかりゅうたのまき
監督 佐々木啓祐
公開年 1948年
評点[B]
感想  今日は、佐々木啓祐監督の『鐘の鳴る丘 隆太の巻』を観た。昭和二十三年(1948)の作品。

 昭和二十一年、戦地から帰ってきたばかりの加賀見修平(佐田啓二)は、感化院から脱走した弟の修吉(本尾正幸)を探すため、長野から上京した。修吉とは出会えなかったものの、妙な縁が出来た浮浪児・隆吉(野坂頼明)を田舎へ連れ帰った修平は、周囲の無理解と戦いながら戦災孤児のための施設を作ろうとする。

 菊田一夫原作の放送劇(ラジオドラマ)を映画化した作品(脚本:斎藤良輔)。主題歌がヒットしたそうだ。当時、社会的問題だった戦災孤児を主題にした物語で、善玉と悪玉が実にわかりやすすぎるほどハッキリしている。出演者は、本物の孤児ではないだろうが、皆痩せていてリアル。また、14歳という少年は、せいぜい今の12歳くらいにしか見えず、日本人の体格が向上したことがわかる。
 ラストが中途半端だと思ったら、この作品は計3編あるらしい。のちに『君の名は』を書いた菊田一夫らしく、“すれ違い”もある。(2002/09/24)

社長と女店員 しゃちょうとおんなてんいん
監督 大庭秀雄
公開年 1948年
評点[C]
感想  今日は、大庭秀雄監督の『社長と女店員』を観た。昭和二十三年(1948)の作品。

 丸金デパートの社長・黒川金兵衛(柳家金語楼)は、デパートの店員たちがヤミ物資取り扱い反対運動をしていると聞いて一人で視察に行くが、高血圧のため店内で失神。親切に介抱してやった店員の三谷和子(月丘夢路)は、金兵衛を掃除夫募集の応募者と思い込んでしまう。

 メロドラマで有名な大庭監督作品だが、喜劇王・柳家金語楼主演の喜劇映画(脚本:津路嘉郎・光畑碩郎)。しかも、単なる喜劇映画ではなく闇物資横行を批判する社会派映画的な色合いが濃い。全体に古めかしい人情噺的展開、その上お説教臭い。デパートのセットもチャチで、今観ると時代を感じさせられてしまう。
 ただし、中盤で“あきれたぼういず”(坊屋三郎・山茶花究・益田喜頓)の歌とコントを見られるのが珍しい。また、大庭監督らしくヒロイン格の月丘夢路は終始美しく撮られていた(撮影:布戸章/照明:豊島良三)。戦前派の徳大寺伸がまだヒロインの相手役の二枚目を演じていて、同じく戦前世代の日守新一はダラ幹ぶりで妙味を出していた。

 この作品、オープニングでいきなりゴジラのテーマが流れてびっくりした。『ゴジラ』は昭和二十四年の作品なので、こちらが元祖ということになる。
 音楽の伊福部昭は旋律をよく使いまわしたそうで、例えば吉村公三郎監督の『偽れる盛装』を観た特撮映画ファンは怪獣映画で流れる「メーサー光線車マーチ」という曲を聞いて驚くという。音楽の使いまわしは他の映画音楽作曲家もやっているそうだが。(2005/10/12)

歌うエノケン捕物帖 うたうえのけんとりものちょう
監督 渡辺邦男
公開年 1948年
評点[A’]
感想  今日は、エノケン主演の『歌うエノケン捕物帖』を観た。監督は渡辺邦男で、昭和二十三年(1948)の作品。

 かごかきの権三(榎本健一)は相変わらず女房(笠置シヅ子)と大喧嘩。権三の相方の助十(藤山一郎)は、好き合っている娘おしげ(旭輝子)が借金のかたとして浪人の三十郎(中村平八郎)の嫁にされそうになっているので、今日もうじうじ悲しんでいる。そんなとき、おしげの病身の父が強盗殺人犯として奉行所に捕らえられ……。

 このころ人気のあった笠置シヅ子とエノケンに加えて藤山一郎まで共演している音楽喜劇映画。
 主演級の三人がそろって歌が得意なので、エノケン映画の中でも特に歌の多い作品かもしれない。ミュージカル形式で芝居の途中でいきなり歌が始まったりするのは、日本語ではどうしても不自然さから免れえないものだけれども、この作品は皆うまいので、聞きづらいところは全くない。
 喜劇映画としては今の目で観るとちょっとドタバタっぽいところもあるけれども、いくつか工夫されたギャグがあってそのあたりは割と面白かった。脚本に名を連ねている三人(山本嘉次郎・八住利雄・渡辺邦男)がアイデアを出し合ったのだろうか。
 歌中心で、風刺的なものや湿っぽいところもほとんどない娯楽に徹した一作になっている。(2005/11/21)

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