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昭和二十四年(1949)

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わが恋は燃えぬ わがこいはもえぬ
監督 溝口健二
公開年 1949年
評点[B]
感想  今日は、久々に溝口健二監督作品を観たっす。昭和二十四年(1949)の『わが恋は燃えぬ』。主演は田中絹代。

 明治十年代から二十二年の憲法発布の頃までの、女性運動家・平山英子(実在した景山英子がモデル)を描く。
 なんかちょっと、戦後しばらくの“戦後民主主義”の啓蒙映画って感じはしちゃいますね。田中絹代が似合わない演説調の台詞を言ったりして。そういう箇所は、依田義賢と脚本を共同執筆した新藤兼人が書いたに違いない(笑)。
 やはり溝口は、工場で女工がいたぶられるシーンや主人公たちが入れられる女子刑務所の描写の方が冴えているような気がする(笑)。しかし、この題名はどうも…。(2000/08/16)

静かなる決闘 しずかなるけっとう
監督 黒澤明
公開年 1949年
評点[A’]
感想
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静かなる決闘 ― デラックス版
静かなる決闘
デラックス版
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黒澤明
黒澤明:大映BOX
『羅生門』
『静かなる決闘』
『まあだだよ』

 今日は、黒澤明監督の『静かなる決闘』を観た。昭和二十四年(1949)の作品。

 戦地から帰還した青年医師・藤崎恭二(三船敏郎)は、戦前からの許婚・松本美佐緒(三條美紀)に冷たい態度をとり、婚約を破棄しようとする。実は、戦時中に野戦病院での手術中、梅毒に感染してしまっていたからだ。それを打ち明けられず、苦悩する藤崎。

 『酔いどれ天使』・『赤ひげ』と並ぶ医師主演の黒澤作品。『酔いどれ天使』で志村喬と共演して主役を食ってしまった三船敏郎が、この作品では主役の医師を演じている(志村喬は三船の父役)。
 中盤まではお説教臭さがあり主人公も理想的過ぎると思ったが、終盤に主人公が苦悩を語りだすと、ぐいぐい力技で押してきて感動させられる。黒澤作品では女性の描き方がイマイチというのが通説で、この作品の主人公の許婚や主人公のところに住み込んでいる元ダンサーの女(千石規子)も不自然に見えることもあるが、特に後者は黒澤作品にしては生き生きした女性として描かれていると思った。(2002/02/03)

春の戯れ はるのたわむれ
監督 山本嘉次郎
公開年 1949年
評点[C]
感想  今日は、山本嘉次郎監督の『春の戯れ』を観た。昭和二十四年(1949)の作品。

 明治維新直後、美人で評判の品川の貝屋の娘お花(高峰秀子)は居酒屋の息子・正吉(宇野重吉)と幼なじみで、彼を憎からず思っていた。しかし正吉は、反対する自分の父親(徳川夢声)や近所の金持ちの中年男・越後屋(三島雅夫)との縁談がもちあがっているお花をよそに、西洋への憧れを押さえきれない。

 この正吉という登場人物、ウジウジしていて自分勝手で、観ていて「なんだこいつは!(釘バット)」と怒鳴りたくなるほど(笑)。オープニングで原作の表記がないので山本嘉次郎自らのオリジナル脚本のようだが(補注:実際には、この作品の原案はフランスの劇作家マルセル・パニョルの『マリウス』という戯曲だそうだ)、何を意図してこんなキャラを作ったのだろう。終戦後、民主主義の大義名分のもとに誰もが利己主義的になった日本社会を風刺するためなのだろうか……とでも考えてしまう。
 お花は逆に男に惚れぬく女という古典的な女性像で……高峰秀子は相変わらず上手い。宇野重吉の演技は、なんだか甘ったるい台詞回しが気になったが、正吉というキャラを作るため意図的にしていたのだろうか。
 山本監督ならではの細やかな生活描写や明治初期の時代考証の確かさは見るべきものがあると思う。しかし、正直言って楽しい気分では観られない作品だった。私が狭量すぎるのかもしれないが。(2002/12/29)

虹男 にじおとこ
監督 牛原虚彦
公開年 1949年
評点[C]
感想  今日は、牛原虚彦監督の『虹男』を観た。昭和二十四年(1949)の作品。

 新聞記者の明石良輔(小林桂樹)と鳥飼美々(暁テル子)が富豪の摩耶家で発生した殺人事件を取材すると、容疑者の小幡由利枝(若杉須美子)は偶然にも鳥飼の友人だった。その後も事件は続き、被害者は一様に「虹が見える」と謎の叫び声を発した。明石と鳥飼、そして警視庁の岡田警部(大日向傳)は摩耶家に乗り込んで謎を探る。

 サイレント時代の巨匠・牛原虚彦監督の作品。長寿の人だったが(1897-1985)、監督作品はこれが最後のようだ。原作は時代小説で有名な角田喜久雄(脚本:高岩肇)。
 作品の雰囲気は古典的な“スリラーもの”という感じ。それは良いのだが、登場人物、特に摩耶家の面々(摩耶龍造=見明凡太朗・摩耶志満子=平井岐代子・ 摩耶勝人=植村謙二郎・摩耶豊彦=宮崎準之助)の演技がちょっとオーバー気味で、サイレント的な匂いを感じた。これは先入観のせいかもしれないが、演出・演技が少々古典的なような。謎解きも、さほど意外性はない。パートカラー作品で、“虹”の表現は効果的で面白い。
 以前『維新の曲』を観た時は、特に牛原演出に対して古さは感じなかったのだけれども、様式的な時代劇では目立たないのだろうか。残っていたらサイレント時代の作品を観てみたい。(2004/06/06)

朱唇いまだ消えず べにいまだきえず
監督 渋谷実
公開年 1949年
評点[C]
感想  今日は、渋谷実監督の『朱唇いまだ消えず』を観た。昭和二十四年(1949)の作品。

 一人娘の君子(久我美子)と母(高橋豊子〔高橋とよ〕)を抱えて銀座バーの雇われマダムをしている木島孝子(高杉早苗)は、旧知の間宮利夫(佐分利信)と偶然に再会し、たびたび会うようになる。しかし、間宮にも妻(杉村春子)と娘(小川弘子)があるため、たか子は躊躇するようになっていった。

 戦前の松竹女優だった高杉早苗が10年ぶりに復帰した作品だという。戦前作品と比べると、容姿がはっきりと衰えているわけではないが、やはり年齢を感じさせるところはある。
 戦後の自由や権利意識の高まりと倫理観との相克がテーマのようだが、主人公の孝子は妙に潔癖すぎるし、間宮や君子は自分勝手で幼稚にさえ見えてしまい、キャラクターが少々類型的になっていると思う。渋谷実作品だが、喜劇性や風刺の色はほとんどなく、監督も脚本の新藤兼人も終戦直後の風潮に強く影響されていたような感じがする作品になっている。(2005/12/30))

ラッキー百万円娘(びっくり五人男 新東京音頭/新東京音頭 びっくり五人男) らっきいひゃくまんえんむすめ
監督 斎藤寅次郎
公開年 1949年
評点[C]
感想
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ラッキー百万円娘
ラッキー百万円娘

 今日は斎藤寅次郎監督の『ラッキー百万円娘』を観た。昭和二十四年(1949)の作品(補注:初公開時の題名は『びっくり五人男』。『ラッキー百万円娘』は再公開時の改題)。

 少女・丘ひばり(美空ひばり)は、母を亡くし父はいまだシベリアに抑留されている孤児だった。彼女を救うため、多くの人々が奮闘する。

 美空ひばりのキャリア最初期の主演映画。演技はともかくとして、やはり歌は上手い。子供らしい可愛気、という面にはちょっと欠ける面もないではないが。話自体は、戦災孤児やシベリア抑留が問題になっていた当時は社会的な意義があったのかもしれないが、今から観ると本当に他愛ない、としか言いようがない感じ。
 横山エンタツ&花菱アチャコや古川ロッパなど共演者の顔ぶれも豪華なので、出演者のファンが観るための作品なのかもしれない。上映時間も1時間弱だし、現在のテレビドラマに相当するプログラム・ピクチャーなのだろう。(2001/06/12)

ジャコ萬と鉄 じゃこまんとてつ
監督 谷口千吉
公開年 1949年
評点[A’]
感想  今日は、谷口千吉監督の『ジャコ萬と鉄』を観た。昭和二十四年の作品。脚本は黒澤明と谷口千吉。

 北海道のある漁場を支配する網元・九兵衛(進藤英太郎)。鰊(にしん)の群れを待っていると、彼の弱みを握る無法者・ジャコ萬(月形龍之介)がやってきて、嫌がらせの限りを尽くす。そこへ九兵衛の息子・鉄(三船敏郎)が復員してきてジャコ萬と対決する。

 同じ谷口監督の『銀嶺の果て』(昭和二十二年)で映画初出演をした三船敏郎の主演。『銀嶺の果て』に比べると、この作品は人物描写も映像表現も格段に進歩しているように思った。各キャラに厚みがあり、映像もスピード感がある。
 ジャコ萬の情婦のユキ(浜田百合子)の人物像は時代を感じさせるが、ジャコ萬も九兵衛も単なる悪役ではない深みを感じさせられる。月形のジャコ萬は凄みがあり、三船敏郎の鉄はかっこいい。二人のアクションシーンも良い。
 映像的には、雪景色の中での馬ぞりと犬ぞりの追っかけシーンや漁の場面に迫力がある。時々合成がまるわかりなのは時代的に仕方ないだろうか。
 ジャコ満を丹波哲郎、鉄を高倉健を演じたリメイク版(監督:深作欣二)もあるそうなので、機会があったら観てみたい。

 NHK BSの深夜放映だったが、台詞にカットされて口パクのところが数箇所あったのが残念。二つほどはわかったが、ジャコ萬が鉄に向かって「×××つもりでボルネオへ行ったんだろ」と言った部分はわからなかった。(補注:のちに音声ノーカット版を観たら「おめえ、いつかカムチャツカさ行くつもりでボルネオ行っちまったそうだな……だいぶ見当違いな野郎だっつうだ」だった。“めっかち”などは放送に相応しくない用語とされているが、カムチャツカの何が不都合なのだろうか? 単に放映されたプリントのサウンドトラック部分が痛んでいただけか?)(2001/12/16)

青い山脈 あおいさんみゃく
監督 今井正
公開年 1949年
評点[B]
感想
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青い山脈 前・後篇
青い山脈
前・後篇

 今日は、今井正監督の『青い山脈』と『続青い山脈』を続けて観た。共に昭和二十四年(1949)の作品。当時のロードショーは一週間交替だったので、今の続編ものとは異なり、正続編は一つのストーリーから成っている。

 封建的な気風の残っている地方都市の女学校で、健全な男女交際を説いた若い女教師の島崎雪子(原節子)と生徒の寺沢新子(杉葉子)が、生徒と教員双方からの非難にさらされる。新子のボーイフレンドの高等学校生・金谷六助(池部良)と友人のガンちゃん(伊豆肇)、そして島崎先生に思いを寄せる校医の沼田玉雄(龍崎一郎)や新子の後輩の笹井和子(若山セツコ)と和子の姉の芸者・梅太郎(木暮実千代)たちは、島崎先生と新子を救おうと奮闘する。

 石坂洋次郎の同題作品が原作の、青春映画の元祖のような作品。何の疑問もなく戦後民主主義を謳歌しているようで、観ている方が気恥ずかしくなるが、これも歴史的意義のある作品なのだろう。なんだか非常にわかりやすい演出と演技で、特に脇役の女生徒たちは『中学生日記』みたい(笑)。ラブレターで「恋」と“変”、「悩」と“脳”とを間違える有名なギャグ(?)は続編の方にある。
 三十過ぎで男子高等学校生を熱演し、海に向かって「好きだー」と大声で叫んだりした池部良は、本当に御苦労さんって感じだ(笑)。原節子は華やかな雰囲気で、いかにも進歩的な教師という演技をしていた。
 正編のオープニングの主題歌が大変有名なのだけれども、今井監督は入れるのを嫌がったそうだ。そういえば、宮崎駿監督も『風の谷のナウシカ』に安田成美の歌を入れさせなかったな。(2000/12/21)

銭形平次捕物控 平次八百八町 ぜにがたへいじとりものひかえへいじはっぴゃくやちょう
監督 佐伯清
公開年 1949年
評点[C]
感想  今日は、長谷川一夫主演の『銭形平次 平次八百八町』を観た。監督は佐伯清で、昭和二十四年(1949)の作品。

 江戸の市中に幻組と名乗る盗賊団が暗躍。岡っ引の銭形平次(長谷川一夫)は、ある発句の会で作られる意味不明な句が幻組の押し込み先に関わりがあると気づく。発句の宗匠・雨月庵宗磧(柳永二郎)の周りには、怪しげな下男(伊藤雄之助)もいて……。

 戦前から映画化されてきた野村胡堂原作の『銭形平次』の、長谷川一夫の主演による第一作(脚本:佐伯清・冬島泰三)。記念すべき(?)第一作だが、謎解きもアクションもまだ洗練されていないというか様式が確立されていない感じ。この作品の謎解きのヒントは文字なので、小説で読んで面白くても映画向きではなかったのかもしれない。この頃の長谷川一夫はまだ細くてカッコイイが。
 平次の子分のガラッ八役に花菱アチャコ。弟分の猪之助に黒川弥太郎。平次の恋人(のちに女房)のお静に花井蘭子。(2003/07/13)

銀座カンカン娘 ぎんざかんかんむすめ
監督 島耕二
公開年 1949年
評点[A’]
感想
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栄光の新東宝映画傑作選 銀座カンカン娘
新東宝映画傑作選
銀座カンカン娘

 今日は、 島耕二監督の『銀座カンカン娘』を観た。昭和二十四年(1949)の作品。

 身寄りを無くして親の知人の家に居候する春子(高峰秀子)と秋子(笠置シズ子)。その家の主人・新笑(古今亭志ん生)は落語家を引退して家計が苦しいのを知った二人は、偶然知り合った白井(岸井明)と組んで銀座の流しとして歌い始める。

 この主題歌(作曲:服部良一/作詞:佐伯孝夫)が大ヒットした作品。前半は台詞部分が歌になってたりして驚くが、面白いことは面白い。高峰秀子は歌もまずまず上手いし、笠置シズ子と灰田勝彦(春子たちと同居している新笑の甥)の歌はさすが本職。
 それと、途中までは単なる脇役だった古今亭志ん生が終盤に大活躍、というか暴走に近い独演を始めて圧倒的に強い印象を残す。エンドタイトルの出し方が洒落ている。(2004/01/04)

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昭和二十四年(1949)
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