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昭和二十六年(1951)

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偽れる盛装(僞れる盛裝) いつわれるせいそう
監督 吉村公三郎
公開年 1951年
評点[A’]
感想  今日は、吉村公三郎監督の『偽れる盛装』を観た。昭和二十六年(1951)の作品。

 京都の芸妓・君蝶(京マチ子)は美貌と男を落とす凄腕を以って知られていた。同じく芸妓であった昔かたぎの母(瀧花久子)や堅気である妹・妙子(藤田泰子)までもがこの仕事ゆえに辛い思いをするのを見ると、君蝶は一層男からむしりとってやろうと思い、山下(菅井一郎)・伊勢浜(進藤英太郎)などの男を渡り歩くのであったが……。

 吉村公三郎監督と新藤兼人脚本コンビの一作。オリジナル脚本だがテーマから連想できるように、溝口健二監督の『祇園の姉妹』に対するオマージュだという。『祇園の姉妹』が必要最小限のエピソードと登場人物に絞り込んだドキュメンタリーのような作品だったのに対し、この作品は多くのエピソードと登場人物から構成される。
 伝統的な京都を代表する君蝶の生き方と戦後社会の象徴である妙子を巡るエピソードが二本柱で、その対比はやはり少々図式的にならざるを得なかったようだ。新藤兼人もがんばっているし、妙子が市電でなく自転車(=自分の力で動かす乗り物)で京都府庁へ通勤するシーンは彼女のその後を象徴していて面白い描写だったが。
 エピソードの数ももう少し絞った方が良かったような気もするし、吉村演出は細かすぎて説明的すぎる部分がある(『安城家の舞踏会』のように)けれども、時折面白い演出もあり、なんといっても京マチ子の魅力は圧倒的で表情の演技も巧み。その他、進藤英太郎はいつもながら見ていると楽しくなってしまう(笑)。
 テーマ性が表に出ている部分は新藤兼人のアクと時代性を感じさせるが、戦後しばらくの作品ということを頭において観れば、佳作だと思う。

 撮影は中井朝一で、のちに黒澤監督と組んでシャープな映像を作った人だが、この作品ではソフトフォーカス気味で女性の美しさを強調する絵作りになっている。監督の意向だろうか。(2004/12/18)

その後の蜂の巣の子供たち そのごのはちのすのこどもたち
監督 清水宏
公開年 1951年
評点[A’]
感想  今日は、清水宏監督の『その後の蜂の巣の子供たち』を観た。昭和二十六年(1951)の作品。

 孤児たちを連れて旅してきた大庭(大庭勝)は、伊豆の山中に共同生活の場を築いた。自分たちで学校や農場を作ろうとしている子供たちのもとへ、取材の雑誌記者(田島エイ子)や手伝いたいという女性たち、入れてくれと言う新たな孤児など、様々な訪問者が訪れてくるのであった。

 前作『蜂の巣の子供たち』の続編。前作の反響が大きかったようで、それに答えるような内容にもなっている。ひたすらナチュラルな作りの前作よりはメッセージ性が強い感じ。かといって説教臭くなっているわけではないが。
 雑誌記者や手伝いをしたいという人々に対する描き方を見ると、清水監督のやっていることを好奇心で観られたことや自己満足のためにやって来る自称ボランティアの人間に迷惑していたことがわかる。子供たちが自主的に働くことに喜びを感じているのだ、という意味の台詞は重要だろう。
 その他も、子供も大人も素人であることは『蜂の巣の子供たち』と同様だが、蜂の巣学園内に起こった事件のエピソードが豊富で前作よりはかなりドラマ性が高くなっている。エピソードの中では、やはりメッセージ性の薄い“狸狩り”やヨシ坊が泳いでいた隙に……のエピソードが面白い。子供たちの動きや台詞も、前作よりは演技らしくなっているかも。(2004/10/21)

カルメン故郷に帰る かるめんこきょうにかえる
監督 木下恵介
公開年 1951年
評点[A’]
感想
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木下惠介 DVD-BOX 第2集
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カルメン故郷に帰る

肖像
破戒
お嬢さん乾杯
四谷怪談(前後篇)
破れ太鼓
婚約指環

 今日は、木下恵介監督の『カルメン故郷に帰る』を観た。昭和二十六年(1951)の作品。

 ある時、浅間山麓で牧畜をしている正さん(坂本武)の家出娘が突然帰ってきた。ド派手な洋服で村人を驚かせたリリイ・カルメンこと娘きん(高峰秀子)とその友人マヤ(小林トシ子)は自称芸術家、実はストリップの踊り子だった。正さんや小学校の校長先生(笠智衆)の渋い顔をよそに、カルメンとマヤは村を闊歩して騒ぎを巻き起こす。

 日本初の総天然色映画すなわちフルカラー作品として知られている作品で、しかも国産フジカラーの技術だという。木下恵介監督のオリジナル脚本で、感度の低い初期カラーフィルムでは光量を稼ぐためロケ撮影が必須だったことから、この設定になったそうだ。現在でもほとんど褪色せず浅間山麓の北軽井沢の景色が美しい。ただし、かなりノイズのようなものが乗っているのは何だろう。
 歴史に残るべき日本初のカラー映画の主人公がストリッパーというのも妙な気がするけれども、ド派手な衣装の色や当時としては傑出した高峰秀子のスタイルの良さを活かすためだろうか。木下監督は、この頭のネジが外れているカルメンというキャラを高峰秀子のために書いたというが、どういう意味かな?(笑)
 カルメンとマヤが草原で伸びやかに踊る姿は楽しく、校長先生も含めて“芸術”や“文化”のなんたるかがよくわからず右往左往する村人の姿はコミカルで面白い。戦争に負けたとたん「文化国家建設」を標榜し始めた日本人への皮肉か。戦争で失明した田口(佐野周二)というキャラが存在するのは、目先のことに惑わされぬ盲人のみが真実を見抜いていたという逆説を示すためだろうか。
 しかし、カルメンがおバカな女という設定や田舎者が滑稽に描かれているところなどは単なるコメディではないえぐみを感じ、木下恵介の他のコメディ(とされる)作品に共通するシニカルな視線もあるような気がする。(2004/01/13)

自由学校 じゆうがっこう
監督 渋谷実
公開年 1951年
評点[A]
感想  今日は、渋谷実監督の『自由学校』を観た。昭和二十六年(1951)の作品。

 自由を求める夢想家の南村五百助(佐分利信)は勝手に会社を辞め、働き者の妻・駒子(高峰三枝子)は大爆発。文字通り五百助を叩き出した。自由になったものの行き先の無い五百助は、ばた屋の親父(東野英治郎)と意気投合して橋の下の住人の一員になってしまう。一方、駒子は突然自分も自由になったことに戸惑う。

 獅子文六の小説の映画化(脚本:斎藤良輔)。同時期に大映でも映画化されて(監督:吉村公三郎/脚本:新藤兼人)競作になったという。
 威厳ある二枚目の佐分利信が何もできないグータラ男、美人俳優の高峰三枝子がヒステリックな人妻と、主人公夫婦からして一般のイメージの逆を突いたキャスティングと演技だが、その他にも淡島千影と佐田啓二が軽薄なアプレ世代の若者カップルを演じて意外な面を見せる。佐田啓二のオカマ言葉は衝撃的(笑)。笠智衆や高橋とよ・清水将夫・十朱久雄も意外な役で出演。笠智衆の役にはちょっとビックリした。
 何も出来ない佐分利がうろうろして、高峰や淡島・佐田が始終しゃべくりまくって常に笑いを誘う。終始コミカルでありながらドタバタに流れず、社会諷刺の色も濃いのに嫌味を感じさせない渋谷監督の演出の手腕とキャスティングの妙に感服。また、実力ある俳優が真面目に喜劇を演ずるとこれほど面白くなるのか、とも思わされた。
 機会があったら吉村監督版も観てみたい。(2004/06/08)

お遊さま おゆうさま
監督 溝口健二
公開年 1951年
評点[B]
感想
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溝口健二 大映作品集Vol.1 1951-1954
溝口健二
大映作品集Vol.1
『お遊さま』
『雨月物語』
『祇園囃子』
『山椒大夫』
『噂の女』

 今日は、溝口健二監督の『お遊さま』を観た。昭和二十六年(1951)の作品。

 谷崎潤一郎の『芦刈』が原作で、京都の商家の若主人の結婚相手の お静(乙羽信子)とその姉の お遊さま(田中絹代)との三角関係(?)みたいなお話。
 どこかで「若い方がいいに決まってるだろう!」という説を読んで、確かに若い頃の乙羽信子は可愛いけれども、お遊さまが、み、みみ未亡人(←なぜどもる)という設定なのが妙に気になる(爆)。
 初めて名カメラマンの宮川一夫が溝口と組んだ作品で、画面は美しいっす。(2000/04/23)

水戸黄門漫遊記 飛龍の剣 みとこうもんまんゆうきひりゅうのけん
監督 安達伸生
公開年 1951年
評点[A’]
感想  今日は、大河内傳次郎主演の『水戸黄門漫遊記 飛龍の剣』を観た。監督は安達伸生で、昭和二十六年(1951)の作品。

 東海道は赤坂宿の近くに住むお米(関千恵子)・お光(春野すみれ)姉妹は白ひげを生やした不思議な老人(大河内傳次郎)に何かと親切にしてもらった。その老人こそは水戸の光圀公である。光圀は佐々木助三郎(本間謙太郎)・渥美格之進(阿部九州男)と共に、城内で秘密の工事をしているという噂のある尾張城下に向かい、尾張の徳川義春公に面会しようとしていたのであった。

 大河内傳次郎の水戸黄門は昭和九年の『水戸黄門 来国次の巻』(監督:荒井良平)などの3本以来だという。
 前半から中盤にかけては水戸黄門ものの定番的エピソードが続くが(脚本:八尋不二)、それがコミカルで大河内傳次郎も乗って演技しているようで楽しい。終盤の月形龍之介が演ずる悪役との対決は緊迫感がある。脇差を持って静かに迫る月形の迫力はさすが。 時折コマ落しやスローモーションを交えたコミカルな演出も滑っておらず(撮影:武田千吉郎)、昭和九年の無声映画版同様のユーモアとテンポの良い展開で楽しませてくれる娯楽時代劇の佳作。
 しかし、題名と内容は何の関係があるのだろうか……?(笑)(2006/01/03)

武蔵野夫人 むさしのふじん
監督 溝口健二
公開年 1951年
評点[A’]
感想
武蔵野夫人
武蔵野夫人

 溝口監督の『武蔵野夫人』を観た。昭和二十六年(1951)の作品。

 戦争を期に東京の郊外の武蔵野の実家・宮地家に帰った秋山道子(田中絹代)は、宮地家代々の家と土地を守っていこうと決意したが、夫の忠雄(森雅之)は軽薄で頼りにならない。そんな中、道子の年下のいとこで学徒出陣していた宮地勉(片山明彦)が戦地から帰還してくる。

 当時ベストセラーとなった大岡昇平の同題作品が原作で、“潤色”として福田恆存の名がある(脚本:依田義賢)。
 従来の評価ではいわゆる戦後のスランプ期の作品とされてきて、評価は高くない。実際、主人公の道子や忠雄は良いとしてもその他のキャラクターの描写がちょっと薄っぺらく、道子の運命の相手であるはずの勉の片山明彦はあまり魅力が感じられない。
 しかしながら、戦後の成瀬巳喜男の多くを担当した玉井正夫撮影監督による武蔵野の描写は大変に美しく、溝口監督特有の厳しい人物描写は健在だと思う。特に“臨終場”の感傷を排した突き放したような描き方は『残菊物語』を彷彿とさせる厳しさがある。やはり凄い。(2007/01/03)

麦秋 ばくしゅう
監督 小津安二郎
公開年 1951年
評点[A]
感想
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麦秋
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小津安二郎 DVD-BOX 第二集
小津安二郎
DVD-BOX
第二集

 今日は、小津安二郎監督の『麦秋』を観たです。昭和二十六年(1951)の作品。

 先週は一本も映画を観てなかったので「こりゃ遺憾!」(←マイブーム?)と思った…というわけでもないのだけれども、映画感想は間が空いた。
 この映画は、確かに高橋治が言うように『東京物語』(1953)のプロトタイプ的な作品だ。『晩春』(1949)に比べると家族構成が複雑になっていて、それぞれのキャラクターの性格づけが面白い。単に娘(原節子)が家族に相談せず勝手に結婚相手を決めてしまったことだけが風波を起こすのではなく、高橋治の言うように高給取りだった娘が結婚して家族全体の収入が減る問題をからませたのが深いと思う。
 この作品では笠智衆は老け役でない年相応のキャラを演じていて、見かけによらずすぐカッとなるのが面白かった。その他の役者も、みんな上手いっすね。やはり杉村春子がピカイチ。原節子は決して大根ではないけれども、どちらかと言えば役に入るのではなく自分の個性で魅せるタイプの役者かな。

 私はどっちかといえば小津よりも溝口健二だが、『麦秋』や『東京物語』の緻密な完成度は認めざるを得ないっす。でもやはり、小津作品は上映時間が長く感じちゃうんだよなぁ。
それと、私が借りたビデオテープの状態が悪かった。伸びてたんぢゃないかな。何本もあったのに悪いのを選んでしまうなんて、なんて間の悪いヤツなんだろう(爆)。(2000/06/07)

大江戸五人男 おおえどごにんおとこ
監督 伊藤大輔
公開年 1951年
評点[A]
感想  今日は、伊藤大輔監督の『大江戸五人男』を見た。昭和二十六年(1951)の作品。

 江戸の町を二分するの町奴の頭目・幡隋院長兵衛(阪東妻三郎)と旗本奴の頭目・水野十郎左衛門(市川右太衛門)。水野は長兵衛の男としての器を認めるが、周囲の状況は二人を決定的な対立へと追い込んでいく。

 阪妻・右太衛門・月形龍之介・山田五十鈴・高峰三枝子・高田浩吉・高橋貞二などのスターが総出演した松竹創立三十周年記念作品。歌舞伎の『幡隋院長兵衛』や『魚屋宗五郎』『番町皿屋敷』を巧みに組み合わせたストーリーで、脚本が秀逸(八尋不二・柳川真一・依田義賢)。歌舞伎の粗筋の非論理的な部分を補って、長兵衛と水野が対決せざるを得なくなる過程が比較的無理なく描かれている。
 長兵衛の阪妻も水野の右太衛門も男っぷりが見事で、二人が直接対決するラストは感動的。それと、劇中劇で『皿屋敷』を演ずる水木あやめ役の河原崎権三郎も良い。色男の白井権八役の高橋貞二は、現代風の演技が他の戦前からのスターの時代劇的な演技から少々浮いているような気もするが、軽い若者の雰囲気は出せていたかもしれない。(2002/07/03)

めし めし
監督 成瀬巳喜男
公開年 1951年
評点[A]
感想
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成瀬巳喜男 THE MASTERWORKS 1
成瀬巳喜男
THE MASTERWORKS 1
『めし』
『浮雲』
『娘・妻・母』
『乱れる』
『女の中にいる他人』
「愛蔵写真集」

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めし
めし

 今日は、成瀬巳喜男監督の『めし』を観た。昭和二十六年(1951)の作品。

 反対を押し切って夫・岡本初之輔(上原謙)と結婚したものの、5年経つと妻の三千代(原節子)は日々の生活に倦怠を覚えていた。そんな中、初之輔の姪・里子(島崎雪子)が家出して岡本家に転がり込んでくる。若い彼女に心乱される三千代。

 原作は林芙美子の同題作品。作者が急逝して未完に終わったので、この映画のラストはオリジナルだそうだ(脚本:井出俊郎・田中澄江/監修:川端康成)。
 上原謙の演ずる夫は『山の音』とは全く異なる好人物。良かった(笑)。夫婦の間の機微が時にはユーモラスに描かれていて、心温まる作品。里子の“アプレ娘”ぶりが面白い。三千代の母親役の杉村春子も良い。
 やはり、原節子は小津作品よりも成瀬作品の方が演技が自然で上手く見える。(2001/02/19)

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昭和二十六年(1951)
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