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昭和三十一年(1956)

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宮本武蔵 完結篇 決闘巌流島 みやもとむさしかんけつへんけっとうがんりゅうじま
監督 稲垣浩
公開年 1956年
評点[B]
感想  今日は、三船敏郎主演の『宮本武蔵 完結篇 決闘巌流島』を観た。監督は稲垣浩で、昭和三十一年(1955)の作品。

 剣の修行を続ける宮本武蔵(三船敏郎)は、江戸で佐々木小次郎(鶴田浩二)と再会。小次郎はすぐさま試合を申し込むが、小次郎の細川家への仕官の話などもあって他日を期す。武蔵は彼を慕う城太郎(桜井将紀)と博労(ばくろう)の熊五郎(田中春夫)と共に荒地を開墾する日々を過ごす。そして、ついに巌流島での決闘の日を迎える。

 三船敏郎主演版『宮本武蔵』の完結篇(劇化:北条秀司/脚本:若尾徳平・稲垣浩)。前作から原作への脚色が強くなってきていたが、この篇はかなりオリジナル色が濃く、原作やそれに比較的忠実な中村錦之助版『宮本武蔵』シリーズとはかなり違う印象を受ける。
 武蔵の修行ではなく、彼が複数の女に囲まれて困惑する恋愛話がメインテーマに見えてしまうのは違和感があった。煩悩を断ちがたく苦悩する武蔵の姿を描きたかったのだとは思うが。中村錦之助版などでは省略されがちな佐々木小次郎にも重点を置いて描写していたのは良かった。
 巌流島の決闘はかなり時間を割いて描かれていて、カラー映画の特性を生かした表現が面白かった。しかし、ここでも原作でおなじみの名台詞が無かったりしたが、このシリーズは原作そのままにはしない方針だったのだろうか。(2003/08/21)

羅生門の妖鬼 らしょうもんのようき
監督 佐伯清
公開年 1956年
評点[C]
感想  今日は、中村錦之助主演の『羅生門の妖鬼』を観た。監督は佐伯清で、昭和三十一年(1956)の作品。

 平安時代の京。源頼光(中村時蔵)に父を討たれ、復讐のため妖術を学び妖鬼と化した平三郎敦時(中村錦之助、のち萬屋錦之介)と、頼光四天王と称される渡辺綱(東千代之介)・坂田金時(伏見扇太郎)・碓井貞光(原健策)・卜部季武(中野雅晴)たちとの戦い。

 中村錦之助初期の主演作で、妖術で変化(へんげ)するため一人で計四役を演じている。中では、若い女性姿は錦之助本人がまだ若く、歌舞伎時代は女形の修行もしていたため、かなり綺麗だった。
 物語が歌舞伎の定番ネタのためか、演技や立ち回りがかなり様式的。特に立ち回り部分は今の目で見るとちょっとキツイかも。敦時が蜘蛛の糸で頼光や綱を苦しめる部分は、映画にしてしまうと……。
 盗賊の袴垂保輔を演じた月形龍之介が、ユーモラスな雰囲気をかもし出していて意外に良かった。(2003/03/19)

黒田騒動 くろだそうどう
監督 内田吐夢
公開年 1956年
評点[C]
感想  今日は、内田吐夢監督の『黒田騒動』を観た。昭和三十一年(1956)の作品。

 江戸時代初期。筑前五十二万石を領する黒田家は、外様大名取り潰しを図る幕府の老中・土井大炊頭利勝(薄田研二)らに目をつけられていた。黒田家の当主・黒田長政(高堂国典)が没すると、跡を継いだ忠之(片岡栄二郎)は足軽あがりの倉橋十太夫(南原伸二、のち南原宏治)を重用して幕府をはばからぬ政策をおこない、それに対して筆頭家老の栗山大膳(片岡千恵蔵)は黒田家を守るため苦肉の策を実行する。

 お家騒動の映画で(原作:北条秀司/脚本:高岩肇)、お家を危うくする佞臣&傾城の美女VS譜代の忠臣という構図はお約束どおり。それに隠れキリシタンの陰謀などをからめてあるのだが、展開が遅い。中盤を過ぎて、幕府の大目付・竹中妥女正(大友柳太朗)が筑前に出向く段になって、やっと緊迫してくるので、それまでちょっと退屈させられるかも。
 後半、栗山大膳が黒田家を守るために続けておこなう意外な行動は、スケールが大きくて割りと楽しめる。ずいぶんと予算をかけたと思われたシーンもある。
 前半のペースの遅さと、片岡千恵蔵らに対して悪役の倉橋十太夫役の南原伸二が若すぎるのか、存在感に欠けるのが惜しい。(2003/05/05)

赤穂浪士 あこうろうし
監督 松田定次
公開年 1956年
評点[B]
感想
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赤穂浪士 天の巻・地の巻
赤穂浪士
天の巻・地の巻

 今日は、松田定次監督の『赤穂浪士』を観た。昭和三十一年(1956)の作品。

 元禄十四年、勅旨接待役に任ぜられた浅野内匠頭(東千代之助)は指南役の吉良上野介(月形龍之介)に刃傷に及び、即日切腹を言い渡される。その報を受けた大石内蔵助(市川右太衛門)は、主君の仇を打つため、密かに同志たちと準備を始める。それを予測した上杉家家老の千坂兵部(小杉勇)は、世をすねた浪人の堀田隼人(大友柳太郎)・大泥棒の蜘蛛の陣十郎(進藤英太郎)・元上杉家の家臣の娘さち(田代百合子)を密偵として大石のもとへ放った。

 原作は大佛次郎の小説(脚色:新藤兼人)。何度目かの映画化らしい。オリジナルキャラを加えて赤穂義士と呼ばれていた四十七士を“浪士”とした原作だが、この映画全体の演出や俳優の演技は旧来の忠臣蔵ものに似た雰囲気。それはそれで良いのだが。
 大友柳太郎の堀田隼人は、外見や殺陣は実にいい感じ。ただ、彼の冷めた考え方があまり表現されていなくて、あまり虚無的な雰囲気が出ていなかったと思う。映画では台詞やモノローグが大幅に削られざるを得ないから、登場人物の思想を表現するのは難しいのだとは思うが。大盗賊を演じた新藤英太郎は、善人と悪役の中間のようなキャラを上手く演じていた。月形龍之介の吉良は実にハマリ役。
 この作品では赤穂浪人の脱落者の中から小山田庄左衛門にスポットが当てられ、中村錦之助(のちの萬屋錦之介)が演じている。内蔵助が東下りの際に名を騙る立花左近役に、片岡千恵蔵。(2002/12/08)

朝やけ血戦場(朝やけ血戰場) あさやけけっせんじょう
監督 マキノ雅弘
公開年 1956年
評点[C]
感想  今日は、マキノ雅弘監督の『朝やけ血戦場』を観た。昭和三十一年(1956)の作品。

 明治維新の頃。官軍に抗している長岡藩の藩士・魚住孫次郎(大坂志郎)は身重の妻お次(北原三枝)と共に会津へ落ちのびる途中に休もうとして、隊長(河津清三郎)以下十数人の官軍の偵察隊が潜む廃屋へ入り込んでしまう。

 村上元三の原作の映画化(脚本:関喜誉仁・内田一作)。
 見ず知らずの人間たち一堂に会する、しかもそのうち一人が身重の女という設定の話はどこかで見たことがあるような気がするが、何が元ネタなのだろう。この作品(原作)なのかな……? 公開当時では新鮮なネタだったのかもしれないが、現在の目で観ると予想通りの展開で新鮮さがない。屈折したキャラクターが一人いたりするのも定石というか。 また、戦の最中の武士にしては全員が全員センチメンタルすぎてリアリティがない。反戦のメッセージ性が強すぎると思う。それに、上映時間が1時間16分の中篇だが、舞台がほぼ廃屋の中に限られるので変化がなくちょっと退屈。
 デビュー2年目の宍戸錠が出演しているそうだが全然わからなかった。(2005/09/21)

早春 そうしゅん
監督 小津安二郎
公開年 1956年
評点[A’]
感想
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早春
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小津安二郎 DVD-BOX 第二集
小津安二郎
DVD-BOX
第二集

 今日は、小津安二郎監督の『早春』を観た。昭和三十一年(1956)の作品。

 蒲田に住む、スギこと杉山正二(池部良)は同じ三十歳前後の通勤仲間とグループを作ってよく遊んでいた。その中の蓮っ葉な女のキンギョこと金子千代(岸恵子)がハンサムな正二に興味を示したことから、グループ内や正二と妻の昌子(淡島千景)との間には波風が立ちはじめ……。

 決定版とも言うべき『東京物語』の次の作品で、これは親子関係ではなく夫婦の関係が主題で、若いサラリーマンのグループを描くなど、小津が新しい分野に挑戦している。ストーリー自体はコメディではないが、会社員のグループや正二の戦友会のコミカルな描き方が面白い。ただ、小津作品としては最も長いだけあって(145分)、少々冗長に感ずる部分もあったが…。
 高橋治が評価しているように、岸恵子は複雑な女をよく演じている。彼女が渡仏して小津の手元から失われてしまったので次作の『東京暮色』が上手くいかず、小津はまた親子を描く作品世界に戻ってしまったのか…。

 池部良って独得な顔だなぁ。個人的には『そよ風ときにはつむじ風』シリーズ(新潮文庫)等のエッセイの印象が強いが。当時は東宝に所属していた彼は小津に会ってしばらくして「お前は覚えがひどく悪いから早いとこ切り上げて勉強しなさい。東宝の俳優さんは覚えもよくないそうだが、人物の解釈が浅い。よく覚えれば解釈もどんどん深くなる。台詞覚えの悪いやつの芝居は人間的でないね。それが東宝育ちのお前さんによく出ている。はい、おやすみ」(『風が吹いたら』文春文庫)と、ガツン!と一撃喰らったそうな。(2000/09/19)

あばれ行燈 あばれあんどん
監督 渡辺邦男
公開年 1956年
評点[B]
感想  今日は、鶴田浩二主演の『あばれ行燈』を観た。監督は渡辺邦男で、昭和三十一年(1956)の作品。

 渡世人の沼津の秋太郎(鶴田浩二)は喧嘩の場で、瀕死の美濃の藤太郎(田崎潤)から彼が母親に渡すはずだった二十両の金を託される。藤太郎の故郷に行くと、藤太郎の母(滝花久子)と許婚〔いいなずけ〕のおしの(香川京子)は秋太郎を藤太郎だと思い込む。秋太郎は事実を言うに忍びなかった。

 長谷川伸原作の映画化(脚本:渡辺邦男)。瀕死の人間に何かを託されて届けるというお決まりのパターンだが、比較的シンプルな粗筋が多い長谷川伸原作映画にしては、藤太郎の兄弟分の兼五郎(小堀明男)なんてキャラも出てきたりして、かなり手の込んだストーリーになっている。
 だが、話の筋は股旅物の様式にのっとっているとはいえ工夫されていて面白いことは面白いのだけれども、ちょっと非現実的に見えちゃうかな〜という感は残る。今ひとつ作品に没入しきれないというか。この頃の鶴田浩二はまだ色男然として哀感があまりないのが大きな原因で、秋太郎がモノローグで自分の考えや感情を全部語ってしまう脚本も、どうかな? と思った。(2005/11/28)

まらそん侍 まらそんざむらい
監督 森一生
公開年 1956年
評点[A’]
感想  今日は、森一生監督の『まらそん侍』を観た。昭和三十一年(1956)の作品。

 江戸時代末期、上州高崎に位置する安中藩では毎年「遠足(とおあし)の儀」という行事があった。ある年、藩校の学生である飼葉一馬(勝新太郎)・秋庭郁之助(夏目俊二)と次席家老の息子・本田市之丞(大泉滉)の三人が上位を占め、藩の家宝の金キセルで一服ずつ煙草を吸う褒美を受けたが、三人はキセルを捧げ持っていた千鶴(嵯峨三智子)に一目ぼれしてしまう。

 恋愛あり、青春あり、歌あり、コメディあり、サスペンス(というほどのものではないが)ありと、複数のエピソードを重層的に組み合わせて混乱や冗長なところの無い脚本(八木隆一郎)が巧み。演出もテンポが良く、楽しんで観られた。また、多くの要素を含んでいながら、全てにおいてやりすぎではなく、カラッとしているのも好ましい。時々現代語が出てくるのは、これはチョンマゲをつけた学生映画というノリだからだろうか。金キセルを狙うコソ泥役としてトニー谷が出演。(2002/09/18)

剣豪二刀流 けんごうにとうりゅう
監督 松田定次
公開年 1956年
評点[B]
感想  今日は、片岡千恵蔵主演の『剣豪二刀流』を観た。監督は松田定次で、昭和三十一年(1956)の作品。

 宮本武蔵(片岡千恵蔵)は巌流島で佐々木小次郎(東千代之介)と対決、一撃の元に倒す。細川家の重臣・長岡佐渡(薄田研二)の仕官の勧めを断って再び修行の旅に出た武蔵を、小次郎の許婚だったおりん(千原しのぶ)は仇として追い、武蔵の幼なじみのお孝(長谷川裕見子)は慕って追う。そして、高名になった武蔵を様々な敵が狙う。

 小山勝清『それからの武蔵』の映画化で(脚本:中山文夫)、巌流島後の武蔵を描いた数少ない映画作品。
 多彩な登場人物が入り乱れてテンポ良く進む。武蔵に対する敵と味方が同時に描かれているのも巧み。ただし、テンポが良すぎて、登場する意味が不明になってしまっているキャラも何人かいる。登場人物の心情描写が足りないような。いい感じのキャラが何人もいるのに惜しい。1時間半ちょっとの上映時間では短すぎたようなので、2時間は欲しいような。
 おりんの供として武蔵を狙う用人・鴨甚内役に加東大介、剣豪の一人・木村又蔵に月形龍之介。(2003/04/02)

源義経(総集編) みなもとのよしつねそうしゅうへん
監督 萩原遼
公開年 1956年
評点[A’]
感想  今日は、萩原遼監督の『源義経(総集編)』を観た。昭和三十一年(1956)の作品。

 平治の乱で源氏が敗れて以来、源義朝の次男・牛若丸(中村錦之助、のち萬屋錦之介)は鞍馬寺に預けられていたが、平家の手はそこにも伸びてきた。奥州の藤原氏の招きによって弁慶(月形龍之介)らと共に陸奥に逃れ、源氏の再興と兄・頼朝(南原伸二、のち南原宏治)との再会を期するのであった。

 村上元三の原作の映画化(脚本:八尋不二)。オープニングタイトルに「NHK放送劇」とあったので、ラジオドラマにもなっていたらしい。『源義経』『続源義経』の2本で計180分の作品を合わせて102分強にした総集編。
 錦之助が映画界に転じてまだ数年目で若く、稚児姿も違和感なく美少年に見える。声もちょっと甲高い感じだが、かえって役に合っているかもしれない。ストーリーが生涯の前半生の部分なので、義経と母親の常盤御前(山田五十鈴)と義父(母の再婚相手)の一条大蔵卿(中村時蔵)との触れあいが中盤までの主なテーマになっている。
 山田五十鈴にはいつもの凄み(?)や色気は全くなく、離れて暮らす息子を想う心やさしき母親像を演じきっていて、何をやらせても上手いな〜と思った。錦之助の実父の時蔵が義経の義父を演じているのが面白い。初めて映像で見たが、やはり似ている。月形龍之介は弁慶を演ずるにはちょっとトウが立っているような気もするが、凄みや強さはさすがによく出ている。南原宏治も凄く若いけど、やっぱり怖い(笑)。
 しっとりした雰囲気や美しい映像(撮影:吉田貞次)があって萩原遼監督の戦前作を思わせてくれる作品なので、総集編のためか駆け足の感があるのが非常に残念。脇役の行動が唐突に見える部分があり、終わりも「戦いはこれからだ」という雰囲気で終わってしまうので、ちゃんと正続編のプリントで観たらもっと評価が高くなるような気がする。残っているだろうか?(2004/12/21)

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