Return to年代順邦画備忘録Top pageHOME PAGE
昭和三十二年(1952)

[1] [2] [3]

地獄花 じごくばな
監督 伊藤大輔
公開年 1957年
評点[A’]
感想  今日は、伊藤大輔監督の『地獄花』を観た。昭和三十二年(1957)の作品。

 平安時代末期、琵琶湖近くの山賊の一党にステ姫という女(京マチ子)がいた。彼女は山賊の首領・袴野の麿(香川良介)に拾われた養女であり、長じては妻にされていた。彼女はその魅力ゆえ敵対する山賊の首魁(山村聡)や若い野伏の勝(鶴田浩二)を惹きつけ、数奇な運命をたどる。

 伊藤大輔監督には珍しい、女性が主人公の作品。オープニングのキャスト紹介では鶴田浩二がトップで出るが、完全に京マチ子が主役だ。こういう役に京マチ子はまさにベストキャスト。個人的に脇役専門俳優という印象のある香川良介も珍しく存在感を見せている。鶴田浩二の役は、登場場面は多いのだが印象が意外と薄い。
 この作品は何よりも京マチ子自身の魅力がかなりの割合で作品を引っ張っているように見える。もちろん、魅力的に見えたのは伊藤監督の演出の手腕のためでもあるだろうが。
 “大映ヴィスタビジョン”の第一作とのことだが、色が黄色がかっていたりするのは、そのせいだろうか。映像面には、正直あまり魅力を感じなかった。(2003/10/25)

琴の爪 ことのつめ
監督 堀川弘通
公開年 1957年
評点[B]
感想  今日は、堀川弘通監督の『琴の爪』を観た。昭和三十二年(1957)の作品。

 元禄十六年の初頭。前年に吉良を討って細川越中守の屋敷に預けられている大石内蔵助(八世松本幸四郎)以下17名は、自分たちに対する処分の決定を待ちかねていた。最年少の磯貝十郎左衛門(中村扇雀、のち中村鴈治郎)は張りつめた言動を続けていたが、おみの(扇千景)という若い女が執拗に面会を求めてくる。そんな磯貝を心配する大石。

 副題に「元禄忠臣蔵 大石最後の一日より」とあるように、真山青果の大作『元禄忠臣蔵』からの1エピソード(脚本:菊島隆三・若尾徳平)。溝口健二の映画版『元禄忠臣蔵』では、最後にいきなりおみのという女性が登場するので面食らってしまったが、この作品では上映時間の約一時間が全てこのエピソードに費やされているので、わかりやすい展開になっている。
 当時の中村扇雀は若々しく、紅顔の美男子だったといわれる磯貝十郎左衛門に相応しい。真に悟っているのではない、突っ張ったような態度もよく表現していた。先代の松本幸四郎の大石は、舞台や他の何本もの忠臣蔵映画でもおなじみで、まさにはまり役。おみの役の扇千景は、若い娘の可憐さがよく出ていた。現在の元建設大臣扇千景から考えると隔世の感だが……。
 ストーリー自体は、原作がそうなのだが、史実通りではないし展開に少々無理があるのは仕方ないところ。しかし、出演者の好演で完全な絵空事になることからは逃れられているようだ。大石たちの世話係である細川家家臣の堀内伝右衛門を演じた中村鴈治郎(二世)も好演で、赤穂義士とおみのという異なる要素の良い橋渡し役になっていた。(200312/22)

幕末太陽傳(幕末太陽伝) ばくまつたいようでん
監督 川島雄三
公開年 1957年
評点[超A]
感想
Amazon
幕末太陽傳
幕末太陽傳
Amazon
幕末太陽傳 コレクターズ・エディション
幕末太陽傳
コレクターズ・
エディション

 今日は川島雄三監督の『幕末太陽傳』を観たデス。昭和三十二年(1957)の作品。

 あの『栄光なき天才たち』(原作:伊藤智義/作画:森田信吾  集英社)に取りあげられた喜劇映画の傑作として有名デスね。川島監督の作品で一般に知られているのはこれ一本だけなのが川島ファンにとっては不満らしいのだが、確かにとても面白かったデス。
 フランキー堺の名演のせいか、あるいは川島の演出のためか、溝口や小津の作品ばかり観ていた目にはずいぶんと軽快なテンポの作品に見えたデス。デスデス言って変な文体で書いているけど、川島監督の口調を真似たのデス。彼は「生きることは恥ずかしいことデス」と言っていたそうデス。
 『栄光なき天才たち』で読んだことあるけど、川島雄三は45歳で早世しちゃったんだよなぁ。筋無力症だったか、ずっと不治の病を背負っていて。それでこの作品の主人公の居残り左平次を肺病病みにしちゃうんだから凄いデス。
 この作品のオチが、川島監督が最初主張していた通り、フランキー堺が撮影所から逃げ出して現代の街を走っていくようになってたら、どうなっていただろう。(2000/04/18)

水戸黄門 みとこうもん
監督 佐々木康
公開年 1957年
評点[C]
感想  今日は、NHK衛星で放映された佐々木康監督『水戸黄門』を観た。昭和三十二年(1957)年の作品。月形龍之介主演。
 越後松平家のお家騒動、越後騒動を水戸黄門が裁く。この話では将軍の綱吉が名君になっているから面白い。片岡千恵蔵なのでバカ殿にするわけにはいかなかったんだな(笑)。その他、市川右太衛門・大河内傳次郎・大川橋蔵・中村(萬屋)錦之助・東千代之介…の超豪華キャスト。(2000/07/27)

うなぎとり うなぎとり
監督 木村荘十二
公開年 1957年
評点[C]
感想  今日は、  木村荘十二監督の『うなぎとり』を観た。昭和三十二年(1957)の作品。

 夏の間、山間の村に田の草取りの出稼ぎをする母親(望月優子)と一緒に来た太郎(真藤隆行)は、村の子供たちと仲良くなり、うなぎの獲り方を教えてもらったり一緒に海水浴に行ったりする。

 まさしく、以上の粗筋が全ての作品。50分ほどの短編だが、もう少し何か欲しいと思った。それに、農村や子供の世界をかなり理想化して描いているように感じた。終盤の海水浴のシーンで子供たちが本当に楽しそうだったのは印象に残った。(2002/10/10)

女体は哀しく 「太夫さん」より(太夫さんより 女体は哀しく) にょたいはかなしくこったいさんより
監督 稲垣浩
公開年 1957年
評点[A’]
感想  今日は、稲垣浩監督の『女体は哀しく 「太夫さん」より』を観た。昭和三十二年(1957)の作品。

 時は昭和二十三年。京都の島原遊郭の老舗・宝永楼は三百年以上の歴史を誇っていたが、太夫の一人である玉袖(乙羽信子)がストライキを始めたり、闇屋の安吉(田中春夫)が妹と称して妊娠した情婦の喜美子(淡路恵子)を売りつけに来るなど、時代の流れは容赦なく押し寄せてきていた。

 昭和三十年に新派で上演されて高い評価を受けたという北条秀司の戯曲『太夫(こったい)さん』の映画化(脚本:北条秀司)。
 主人公が遊女だと、やはり溝口健二作品を意識してしまう。前年に亡くなった溝口を記念する意味もあるのだろうか。売春防止法が成立し、翌年(昭和三十三年)には遊郭の歴史に幕が下ろされるので製作されたようだが。遊郭というものに対する、直接的ではなく皮肉なユーモアを介した巧みな批判は原作に由来するところが大きいのかもしれないが、それを嫌味なく表現できているのは稲垣監督の手腕だろう。
 稲垣監督は時代劇専門監督というイメージがあるけれども、この作品で太夫たちや宝永楼の主人おえい(田中絹代)や遣手お初(浪花千栄子)など一癖ある女性たちを巧みに描写している。太夫たちの化粧や、復活した道中でのおぼつかない足元など容赦ない映像(撮影:岡崎宏三)でも批判を表現していて、溝口健二は芸者や遊女を社会の犠牲者として描きつつも、どこか美しく描いていた面もあったな、と思ったりもした。
 哀れな女を装っている深雪(扇千景)や玉袖の情夫・米太郎(伊藤久哉)など個性的なキャラクターが多く、エピソードが豊富すぎる面、そのほか批判が直接的な台詞で表現されているところ(原作通りなのかもしれないが)や原作とは異なるらしいラストなど、作品のバランスを崩してしまっているところもいくつかあるが、ユーモアと皮肉が入り混じった描写が印象に残る異色作(?)と言っていいかもしれない。稲垣監督がこれほどの女性映画を作っていたとは全く意外だった。(2005/04/01)

下町 だうんたうん
監督 千葉泰樹
公開年 1957年
評点[A’]
感想  今日は、千葉泰樹監督の『下町』を観た。昭和三十二年(1957)の作品。

 昭和二十四年。夫がシベリアに抑留されている矢沢りよ(山田五十鈴)は子供を抱えながら茶の行商をして身を立てている。間借りしている家の主である友人きく(村田知英子)に人の妾になるよう勧められている中、行商先で休ませてもらった小屋に住む鶴石(三船敏郎)と親しくなるが……。

 林芙美子原作の映画化(脚本:笠原良三・吉田精弥)。終戦後数年を経てもまだ戦争の打撃から立ち直り切れないでいる下町の住人たちを描く。
 きくの家には怪しげな“結婚相談所”の看板が掲げられ、りよの他に客をとっている玉枝(淡路恵子)という女も間借りしていて、三人の女が並行して描かれる。原作がそうなのかもしれないが冗長さが皆無で、展開される全ての画面で女たち各々の性格や夫の事情が描かれているように見えるのは、演出の手腕も大いにあるだろう。58分強という短編だけれども、それ以上に短く感じた(もちろん良い意味で)。
 終盤のアッという展開も拍子抜けとか騙された感覚を覚えないのも、演出の妙だろうか。救いのないラストシーンの突き放し方も印象に残る。
 地味なおばさんという印象でありながら下町ではちょっと目を引く魅力も感じさせる山田五十鈴の役作りは見事。他の二人の女性もキャラクターに合っている。しかし、この頃は30歳で“おばあさん”と自称するのだから驚く。多分に謙遜が入っているとしても。(2005/01/23)

女殺し油地獄 おんなごろしあぶらじごく
監督 堀川弘通
公開年 1957年
評点[B]
感想  今日は、堀川弘通監督の『女殺し油地獄』を観た。昭和三十二年(1957)の作品。

 大阪の油屋・河内屋の総領である与兵衛(中村扇雀、のち中村鴈治郎)は父(二世中村鴈治郎)とは義理の間柄である家庭事情も一因で、ぐれ果てていた。そしてついに勘当。与兵衛は、彼を何かとかばっていた向かいの豊島屋の女房お吉(新珠三千代)に頼ろうとするが……。

 近松門左衛門原作の映画化(脚本:橋本忍)。しかし黒澤監督の助監督だった堀川監督のためか橋本忍脚本のためか、歌舞伎のような様式的表現は全く無く、写実的表現で貫かれている。
 両親に対して甘えと反発の入り混じった与兵衛の荒れようは凄く、扇雀がグレ果てているが甘さが残る不良息子を好演している。なんでも、当時流行りの“太陽族”を意識したというが……。父親の雁治郎も良い。与兵衛の妹を演じた香川京子の狐憑き演技は凄いというかなんというか……。
 お吉のメイクも眉を落としてお歯黒を入れた写実だが、無気味にならないのは土台が良いためだろうか。与兵衛の演技が圧倒的なので、お吉にもう少し強い印象が欲しかった気もする。
 本編の前後につくプロローグとエピローグが効果的。(2004/04/17)

気違い部落 きちがいぶらく
監督 渋谷実
公開年 1957年
評点[B]
感想  (2000年3月31日に)もう一つ観た作品は、誰が聞いても驚く題名の『気違い部落』。昭和32年(1957)の作品で、監督は渋谷実。
 “気違い”も“部落”も今では放送禁止…もとい、“放送にふさわしくない用語”だから、地上波のテレビ放映は絶対不可能でNHK衛星でも難しいだろうな。ビデオにもなっていないかも。幻の一本ってわけだ(笑)。
 これは本当に部落(被差別部落ではなく本来の村落という意味)全員が気違いってわけではなく、映画の冒頭で森繁久弥が「気違いは自分のことを気違いだとは思っていない…」とナレーションするように、小さな山村のそのまた一部落で変わり者の男(伊藤雄之助)と妙に美人の妻(淡島千景)と娘と息子の一家が部落のボス率いる周囲に村八分にされるものの、男もそれに負けず反抗する様子を描いて、閉鎖的な日本的ムラ社会全体を諷刺した作品らしい。
 カリカチュア的な喜劇で始まったが、最後はシリアスになってしまって中途半端な印象で、それにこういう感じの高みから見下ろしたような社会批判の描き方は個人的にあまり好みではない。まぁ、珍品なので観たというだけで自慢できる作品ということか(笑)。(2000/03/31)

暖流 だんりゅう
監督 増村保造
公開年 1957年
評点[B]
感想  今日は、増村保造監督の『暖流』を観た。昭和三十二年(1957)の作品。

 志摩院長(小川虎之助)が一代で築き上げた志摩病院も、経営は傾き院長自身も死病に冒されていた。かつて院長の恩を受けた日疋祐三(根上淳)が病院改革に乗り出し、看護婦の石渡ぎん(左幸子)を右腕として大鉈を振るっていく。日疋は一方で院長令嬢の志摩啓子(野添ひとみ)が気になっていた。

 岸田国士原作の二度目の映画化(脚本:白坂依志夫)。昭和十四年の吉村公三郎監督版とはかなり展開やキャラクターの性格が異なる。舞台が昭和三十二年になっているようで、時代の違いを反映させるためか二人の女性キャラ、特に石渡ぎんが異常なほど積極的になっている。
 吉村版と違う作品にしようとしすぎたためか、登場人物が早口でしゃべくりまくる増村節がいつも以上だし、ぎんや志摩啓子の婚約者・笹島(品川隆二)も、ちょっとありえないという感じの人物になってしまっているように思う。左幸子は非常な熱演だが。また、吉村版と異なり、志摩啓子も息子の志摩泰彦(船越英二)も金持ちの子女には見えない。
 ただし、奇妙な歌を唄いまくる船越英二の怪演は見もので、目が釘付けになる(笑)。(2004/04/11)

[1] [2] [3]

昭和三十二年(1952)
掲示板 Return to年代順邦画備忘録Top pageHOME PAGE