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昭和三十五年(1960)

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ひばり十八番 弁天小僧 ひばりじゅうはちばんべんてんこぞう
監督 佐々木康
公開年 1960年
評点[B]
感想
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ひばり十八番 弁天小僧
ひばり十八番
弁天小僧

 今日は、『ひばり十八番 弁天小僧』を観た。昭和三十五年(1960)の作品で、監督は佐々木康。

 寺小姓だった美少年・菊之助(美空ひばり)は、因業和尚の言うことを聞かなかったために人殺しの汚名を着せられ、実の母親にも裏切られる。彼は“弁天小僧”と名を改め、白浪五人男の一人の義賊となる。

 美空ひばり主演の歌謡時代劇の一作。歌舞伎の弁天小僧をかなり忠実に映画化しているようだ。ひばりちゃんの立ち回りもたっぷりで、人を斬りまくり(笑)。ただし、小柄なので男を素手でぶっ飛ばしちゃうのは無理がある。でも、中性的な顔立ちなので、美少年と称するのは変というほどでもないかも。
 他の白浪五人男に、山形勲・里見浩太郎・若山富三郎など。(2001/06/23)

孔雀秘帖 くじゃくひちょう
監督 内出好吉
公開年 1960年
評点[B]
感想  今日は、東千代之介主演の『孔雀秘帖』を観た。監督は内出好吉で、昭和三十五年(1960)の作品。

 大名の森播磨守(若山富三郎)が江戸参勤中、先祖が徳川家康から拝領した家宝の“孔雀の兜”が行方不明になり、家老の赤松内膳(阿部九洲男)と一色主水(原健策)が謀反を起こして城を乗っ取った。兜を探す忠義派の里村隼人(里見浩太郎)や小夜(花園ひろみ)が家老一派に襲われると、謎の浪人(東千代之介)が現れて危機から救った。はたして兜はどこにあるのか……。

 原作は陣出達朗(脚本:結束信二)。二本立てのプログラムピクチャーだったのか、1時間弱の商品だが、そのため余計な部分が無く展開がスピーディでテンポが良かった。作品中に占める殺陣の場面の割合が高く、若山富三郎が刀ではなく槍を振るって戦うのも珍しい。
 ストーリーは秘宝のありかを記したアイテムの争奪戦で、昔の時代劇では定番だが、その秘宝の場所を知るためのアイテムが工夫されていて、それを求めて右往左往する人々の姿が面白かった。(2003/05/17)

旗本退屈男 謎の幽霊島 はたもとたいくつおとこなぞのゆうれいじま
監督 佐々木康
公開年 1960年
評点[B]
感想  今日は、佐々木康監督の『旗本退屈男 謎の幽霊島』を観た。昭和三十五年(1960)の作品。主演はもちろん御大・市川右太衛門。

 旗本退屈男こと早乙女モンド之介…もとい、主水之介(市川右太衛門)は、九州の島津・細川・鍋島の三大名家が良からぬことを企んでいるのを察知し、長崎へ向かう。出島へ乗り込んでの大立ち回り。

 なんだか、もう凄い作品。出島の“紅龍館”ではカクテル光線の下、SKD(松竹歌劇団)のレビューが繰り広げられ、悪の大ボス(例によって月形龍之介)以下、悪人たちが楽しんでいると、ステージに引き出される巨大な金色に光る玉。「うわははははは!」と場を圧する笑い声が響くと玉がパカッと割れて、颯爽と現れる彼の勇姿!正気?!(爆)
 いやぁ、面白いと問われれば、ある意味非常に面白い。退屈男サマは昔なじみの女(花柳小菊)や、お色気過剰の女スリ(木暮実千代)に囲まれて、モテモテ王国状態。主水之介が助ける若侍として北大路欣也が出演。若い…。(2001/01/28)

流転の王妃 るてんのおうひ
監督 田中絹代
公開年 1960年
評点[A]
感想  今日は、田中絹代監督の『流転の王妃』を観た。昭和三十五年(1960)の作品。

 華族の家に生まれた竜子(京マチ子)は政略結婚で満州国皇帝の弟・溥哲(船越英二)の妻になったが、夫は誠実な人物で子供にも恵まれ幸福な家庭を築いた。しかし、その幸せは長くは続かなかった。戦後になっても運命の激しい波は彼女を襲う。

 近年テレビドラマにもなった“流転の王妃”愛新覚羅浩(1914-1987)の自伝の映画化(脚本:和田夏十)。女優の田中絹代が監督しているが、この作品では一切出演せず演出に徹している。関係者が存命している時代の作品なので、浩→竜子/溥傑→溥哲など、登場人物は仮名。長女が死んだ“天城山心中”のいきさつもぼかして表現している。
 最初、京マチ子がセーラー服で現れたときはちょっと無理があるように見えたが(笑)、そのあと王妃となってからは、彼女の華やかな雰囲気が合っていたと思う。船越英二も難役だが、彼の生真面目そうな柄を活かして実際に誠実な人物だったという溥傑をよく演じていた。
 最初、大規模なモブシーンや戦闘シーンが無いので歴史映画としてのスケール感はあまりないように思ったが、夫婦と子供、そして皇帝を交えた家庭ドラマの描写がしっかりしていて、そのあとソ連の参戦で大陸を流浪することになってからは、なかなか力強い映像になっていて、予想していた以上の力作だった。まだ日中国交正常化以前の作品だけれども、大陸的な風景のところを選んでロケしている。正直、演出家としての田中絹代を見直した。スタッフの力も大きかったことは違いないだろうが。
 浩と溥傑の再会には、この作品も影響を与えたのだろうか?(2004/05/29)

大江戸の侠児 おおえどのきょうじ
監督 加藤泰
公開年 1960年
評点[B]
感想  今日は、加藤泰監督の『大江戸の侠児』を観た。昭和三十五年(1960)の作品。

 博打好きの次郎吉(大川橋蔵)はある夜、悪友の権左(多々良純)に誘われて、いたずらで大名屋敷に忍びこんだ。御殿女中の部屋にいた御中老(香川京子)が故郷の許婚おたか(香川京子の二役)にそっくりなのを見た彼は田舎へ帰る。しかし、様々な不運に見舞われた次郎吉は大名屋敷専門の大泥棒となったのであった。

 脚本も加藤泰監督自身による(原作:山上伊太郎)。原作がそうなのだろうが、ストーリー的には偶然が作用する割合が大きすぎるというか、ちょっと無理がある展開。次郎吉が泥棒となるまで、ずいぶん時間がかかるような感もあった。ただし、その後の展開のテンポは良く、実験的な面白い映像もあって楽しめた。前衛的な部分以外でも、コントラストが強めのモノクロ画像が美しい(撮影:鷲尾元也)。
 橋蔵はかなりの熱演。歌舞伎出身のためか様々な面をもつ次郎吉像を演ずることに成功している。傘をさして若旦那に扮した姿は、さすが。香川京子も綺麗。(2002/12/28)

人も歩けば ひともあるけば
監督 川島雄三
公開年 1960年
評点[A’]
感想  今日は川島雄三監督の『人も歩けば』を観た。昭和三十五年(1960)の作品。

 銀座の店で働いているジャズ・ドラマー砂川桂馬(フランキー堺)は、将棋仲間の質屋の主人(沢村いき雄)に婿に来ないかと誘われて転業を決意。しかし、安定した生活を得たはずだったが、店の経営に失敗したり、波乱万丈の展開が彼を待っていた。

 川島監督の東宝時代中期の作品で、梅崎春生の原作を自ら脚色。オープニングで声色も使いながら粗筋解説をするのに始まって、フランキー堺が大活躍の作品。川島作品常連の桂小金治も出演するが、この作品ではあまり目立たない。
 とにかく主人公がじっとしていない作品で、めまぐるしいテンポで展開する。フランキー堺と、いささかもとどまることのない演出が見もの。川島監督の技巧は凄い。『キネマ旬報』の「自作を語る」では、「これはもう、負け犬でございます」と語っているが、どういう意味なのだろう。オチがあっけないというか日本人好みではないので、同時代の人たちには酷評されたのだろうか。(2003/12/31)

からっ風野郎 からっかぜやろう
監督 増村保造
公開年 1960年
評点[B]
感想
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からっ風野郎
からっ風野郎

 今日は、三島由紀夫主演の『からっ風野郎』を観た。監督は増村保造で、昭和三十五年(1960)の作品。

 朝比奈組二代目の朝比奈武夫(三島由紀夫)は、対立する相良組の相良雄作(根上淳)を殺しそこなって重傷を負わせて刑務所に服役し、出所の日を迎えていた。腕も度胸もない朝比奈は相良の復讐に脅える日々を過ごすが、朝比奈組の持つ映画館の受付嬢だった小泉芳江(若尾文子)と出会う。

 作家の三島由紀夫の初主演作。自己顕示欲が強かった人だけに、非常にノリノリで演技しているという感じ。思ったほど下手ではないが、上手いというほどでもなく若尾文子と一緒の画面に出ると、彼女の貫禄に押されてしまっているようにも見える。情けないヤクザのカッコ悪さもちょっと足りなかったように感じた。朝比奈の側近役を演じた船越英二が良い。
 ヤクザを美化しない脚本(菊島隆三・安藤日出男)は当時としては目新しかったのだと思うが、今観ると普通のものに見えてしまうのは、いたしかたないところか。演出は、増村監督にしてはエキセントリックなものが無かったが、大作家相手に遠慮するところがあったのだろうか?(2003/09/06)

柳生旅日記 竜虎活殺剣 やぎゅうたびにっきりゅうこかっさつけん
監督 萩原遼
公開年 1960年
評点[B]
感想  今日は、近衛十四郎主演の『柳生旅日記 竜虎活殺剣』を観た。監督は萩原遼で、昭和三十五年(1960)の作品。

 播州は津の浦の港に旅してきた柳生十兵衛(近衛十四郎)は、その地で片目の龍を旗印にする海賊が海を荒らしまわっていることを知り、さらに天下転覆の陰謀がその裏にあることを嗅ぎつける。

 近衛十四郎主演の柳生十兵衛ものの、松竹における第二作目。内容はどこかで聞いたことのあるお約束のものだが、テンポが今ひとつで途中までちょっと長く感じた。しかし、終盤の大殺陣で救われる。近衛十四郎の殺陣はさすが。さらに、畳返しの秘儀まで拝める。十兵衛ちゃん強すぎ(笑)。
 また、柳生十兵衛と妙な縁で道連れになる男の役として花菱アチャコが出演していて、近衛十四郎がアチャコのまねをするという爆笑シーンもあったりする。のちのテレビ時代劇で見せたように、近衛十四郎にはユーモアの才もある。(2003/07/06)

あじさいの歌 あじさいのうた
監督 滝沢英輔
公開年 1960年
評点[B]
感想  今日は、石原裕次郎主演の『あじさいの歌』を見た。監督は滝沢英輔で、昭和三十五年(1960)の作品。

 若い建築デザイナーの河田藤助(石原裕次郎)は、道端で怪我をしていた倉田という老人(東野英治郎)を助け、彼に気に入られる。倉田の娘・けい子(芦川いずみ)は子供の頃から屋敷を一歩も出ない生活をしていたが、倉田は彼女を外に出そうと決意し、けい子は藤助やそのガールフレンドのり子(中原早苗)との交流、そして幼い頃に別れた母(轟夕起子)との再会を通して、世間を知っていく。

 原作は石坂洋次郎(脚本:池田一朗)。石坂作品だけあって、一人も悪人が出てくることのないプチブル〜ブルジョアの世界が描かれている。
 今から見ると、一歩も外に出ないお嬢さまという設定からして不自然に思えてしまう。そこを置いといても、芦川いずみ演ずるお嬢さまが影が無く明るいし、彼女が一般社会に出て戸惑う描写が皆無なので、深窓のお嬢様には到底見えない。 ただし、各キャラクターが少々類型的ながらも嫌味が無いので、その会話のやり取りを楽しむことは出来る。石原裕次郎は、やはりアクションものよりも、こういうお坊ちゃん役のほうが柄に合っているような。)2002/05/06)

ぼんち ぼんち
監督 市川崑
公開年 1960年
評点[A’]
感想
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ぼんち
ぼんち

 今日は、市川雷蔵主演の『ぼんち』を観た。監督は市川崑で、昭和三十五年(1940)の作品。

 大阪の船場(せんば)で五代続く足袋問屋の跡取り息子・喜久治(市川雷蔵)は、女遊びを止めるためにとあてがわれた妻(中村玉緒)を母(山田五十鈴)と祖母(毛利菊枝)にいびり出されてから、ぽん太(若尾文子)・幾子(草笛光子)・比沙子(越路吹雪)・お福(京マチ子)と女性遍歴を重ねる。

 山崎豊子の原作の映画化(脚本:和田夏十)。冒頭で登場した市川雷蔵の姿にちょっとビックリ。ごく一瞬だが、誰だかわからなかった。また、この作品は中村鴈治郎を非常に贅沢な使い方をしている。
 女だらけの作品で、原作を読んだことがないのだけれども、この映画では日本的母性社会の不気味さが強調されているような気がした。主人公の母と祖母(=実の母娘)がいつもベッタリしていて、実に気味悪い。他の女性たちも女臭さが強調されていて、女性の美よりも男の全てを支配しようとする不気味さを感じた。しかし、それに完全に圧倒されるでもない飄々とした主人公像を雷蔵が巧みに演じている。やはり彼は喜劇的な雰囲気のある役が上手い。
 原作者の意図に沿っているかどうかはわからないが、独特な女性観とユーモラスな雰囲気を感じさせる雷蔵&雁治郎が印象に残る作品。
 撮影は宮川一夫で、カラー時代の大映作品なので保存状態がよく、映像が美しい。(2003/03/21)

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