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昭和三十六年(1961)

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暗黒街の弾痕 あんこくがいのだんこん
監督 岡本喜八
公開年 1961年
評点[B]
感想  『暗黒街の弾痕』は昭和三十六年(1961)の作品で、加山雄三主演。これはまだ初期作のせいでもあるんだろうけど、いかにも日活アクション映画風でストーリーも演技も演出も時代を感じさせるものが多かった。同時代に観たらかっこよかったんだろうな。今観るとチョット安っぽくって…。
 ただ、若い頃の髪が黒い天本英世を初めて観た(笑)。(2000/05/04)

大坂城物語 おおさかじょうものがたり
監督 稲垣浩
公開年 1961年
評点[A’]
感想  今日は、稲垣浩監督の『大坂城物語』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 田舎から大坂(大阪)に出てきた茂兵衛(三船敏郎)は、旧知の薄田隼人正(平田昭彦)とその同志の阿伊(香川京子)が豊臣と徳川に和を結ばせるため苦心しているのを知る。阿伊に惹かれた茂兵衛は霧隠才蔵(市川団子、のち市川猿之助)と共に、千姫(星由里子)誘拐の陰謀や徳川方に鉄砲弾薬を売り渡そうとする商人(香川良介)と戦う。

 村上元三の原作の映画化(脚本:稲垣浩・木村武)。特技監督の円谷英二も参加している、東宝の一連の大作時代劇の一本。淀殿として山田五十鈴、秀頼として岩井半四郎、その他に久我美子も出演してキャストも豪華。丹波哲郎も今のイメージからするとちょっと意外な役で出演。
 主人公・茂兵衛は元々侍ではない暴れん坊が戦に参加するという設定で、どこか『七人の侍』の菊千代をちょっと彷彿とさせるキャラになっている。コメディリリーフ的な登場人物(上田吉二郎)とのかけ合いもあったりして、大阪の陣を題材にした映画にありがちな悲壮感は薄く、明るい雰囲気の作品になっている。
 序盤は戦後の稲垣作品にしてはテンポが良く、茂兵衛の空回り気味の奮闘がユーモラス。中盤は少々中だるみ気味だが、終盤の茂兵衛の活躍はいささか非現実的な点もあるものの、強引に押し切る演出と三船の熱演、そして特撮の迫力で一気に見せられる。特撮はミニチュアっぽいところや合成がわかるところもあるが、質感が一様な現在のCGよりもリアルな部分もある。(2005/03/18)

花くらべ狸道中 はなくらべたぬきどうちゅう
監督 田中徳三
公開年 1961年
評点[A’]
感想
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花くらべ狸道中
花くらべ狸道中

 今日は、市川雷蔵&勝新太郎主演の『花くらべ狸道中』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 狸の世界の大王を決める選挙の直前、江戸の文福狸(見明凡太朗)は阿波の文左衛門狸(葛木香一)に刺客を放って大怪我をさせた。文福狸が大王の座につくのを阻止するため、阿波の若狸の雷吉(市川雷蔵)と新助(勝新太郎)は有名な弥次喜多コンビに化けて江戸へ向かう。

 雷吉に思いを寄せる娘狸として若尾文子も登場する、豪華キャストの狸映画。雷蔵と勝新のスターコンビが仲良さそうにじゃれあっているのを観ているだけでも面白い。当時はまだ正統派二枚目路線だった勝新が器用さを発揮して歌ったり踊ったり大活躍の好演で、雷蔵を食っていた。市川雷蔵も妙な踊りを見せたが、歌までは聞かせなかったから。勝新の「ハロー♪ グッバイ」などの英語の台詞は笑わせてくれる。
 まだ“総天然色映画”が売りになっていた時代なので、原色を多用したセット撮影だが、ちょっとチープに見えるところもある。あと、群舞の振り付けがもっと揃っていたら良かったかもしれない。(2002/10/02)

俺が地獄の手品師だ おれがじごくのてじなしだ
監督 小沢茂弘
公開年 1961年
評点[B]
感想  今日は、片岡千恵蔵主演の『俺が地獄の手品師だ』を観た。監督は小沢茂弘で、昭和三十六年(1961)の作品。

 アメリカで十三回も脱獄したバッファロウ・ゲン(片岡千恵蔵)が北海刑務所の特別房に送り込まれてきた。そこでもすぐさま脱走し、一緒に逃げた“桁外れの馬吉”(進藤英太郎)と“ファンキー小僧”(中村賀津雄、のち嘉葎雄)はゲンを兄貴と仰ぐ。ゲンは馬吉の一人息子(水木襄)が無実の罪を着せられたという話を聞くと、馬吉のため一肌脱ぐ。

 千恵蔵主演の『地獄』シリーズの一本(脚本:松浦健郎)。このシリーズにはシリアスなギャングもの路線と、千恵蔵が多羅尾伴内のような正体不明の人物を演ずるコミカル路線があるが、この作品は後者。
 題名が示すように、千恵蔵が手品の得意な脱獄常習犯という設定で、奇妙な手品を見せまくる(といってもトリック撮影によるものだが)。伊藤雄之助が謎の中国人手品師を演じていて、存在感がある。いつもどおり鶴田浩二と高倉健も登場するが、純然たる脇役という感じ。大物俳優の柳永二郎や山村総までもがヤクザのボス役で登場して、これがしょうもない小物なのが、かえって面白い。
 コミカル路線ではあるが、翌年の『裏切者は地獄だぜ』ほどの弾けっぷりはないので、もうちょっと徹底しても良かったのでは、という感も残る。しかし、意表を突かれる脈絡のない展開や笑えるシーンも所々あるので、こういう作品が好きな人は楽しめると思う。(2005/08/12)

尾張の暴れ獅子 おわりのあばれじし
監督 河野寿一
公開年 1961年
評点[B]
感想  今日は、大友柳太朗主演の『尾張の暴れ獅子』を観た。昭和三十六年(1961)の作品で、監督は河野寿一。

 紀州徳川家出身の八代将軍吉宗(若山富三郎)は、将軍の座を争った尾張徳川家の継友(黒川弥太郎)と何かにつけて対立し、将軍側近の加納遠江守(月形龍之介)と薮田助八(原健策)は尾張家を落としいれようと画策していた。継友の弟で豪傑の名が高い万五郎宗春(大友柳太朗)は、その策謀を阻止しようとする。

 原作は『銭形平次』の野村胡堂(脚本:柳田吾郎)。“風流大名”として人気の高い尾張の宗春が主人公だが、尾張家の跡を継ぐ前の若様時代の物語。
 この作品では、吉宗側が悪として描かれ、月形龍之介と原健策はまさに時代劇の悪人そのもので、様式美を感じさせるほど(笑)。筋自体は、時代劇映画で定番の秘宝の奪い合いで新味は無い。大友柳太朗の“豪快”な演技は、ちょっとぎこちなさを感じさせて、かえって面白かったりする。はっきりしゃべろうとすると、かえって滑舌が怪しくなったりして。しかし、片手斬りを多用する殺陣はリアルではないかもしれないが、スピーディーで見事。
 宗春を狙う若者役として若き日の山城新吾が出演。(2002/01/06)

江戸っ子肌 えどっこはだ
監督 マキノ雅弘
公開年 1961年
評点[C]
感想  今日は、マキノ雅弘監督の『江戸っ子肌』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 加賀鳶と呼ばれる加賀前田家の江戸屋敷お抱えの火消しの小頭・吉五郎(大川橋蔵)は、あるとき前田家の家臣・向井にかどわかされそうになっていた娘おもん(桜町弘子)を助けた。おもんは加賀鳶と犬猿の仲の町火消しの組頭・吉次郎(黒川弥太郎)の妹で、おもんは吉五郎に惹かれてしまい、吉次郎も打ち解けぬまでも吉五郎という男を認めるようになる。しかし、先々代からの加賀鳶と町火消しの対立と向井の魔の手は、吉五郎やおもんたちに平坦な道を与えない。

 邦枝完二の時代小説『喧嘩鳶』の映画化(脚本:結束信二)で、歌舞伎などの加賀鳶ネタ。原作がそうなのかもしれないが、マキノ作品にしては雰囲気が明るくない。また、おもんや芸者こいな(淡島千景)といった主な女性の登場人物が、男に媚びているような雰囲気があるのが、今の目で観るとちょっと気になる。現在の視点で批判しても意味ないのだろうが。こいなの兄である御家人を演じている山形勲は、かなり良い。
 火事のシーンと、火事とケンカが同時に起こるラスト近くは、さすがに盛り上がる。(2003/01/30)

濡れ髪牡丹 ぬれがみぼたん
監督 田中徳三
公開年 1961年
評点[A’]
感想  今日は、市川雷蔵主演の『濡れ髪牡丹』を観た。監督は田中徳三で、昭和三十六年(1961)の作品。
 
 広い縄張りと三千人の子分を持つ清見潟の女親分おもん(京マチ子)は、弟の岩吉(小林勝彦)をヤクザにさせないため、試験に合格した男を自分の婿にして親分の地位を譲ると言っていた。しかし、厳しい試験を通る男はなかなかいない。そこに、口八丁手八丁の八八の瓢太郎(市川雷蔵)と名乗る旅人(たびにん)が現れ、試験に挑んだ。

 雷蔵主演の『濡れ髪』シリーズの一本。大映で作られていた類似の時代劇同様、舞台を江戸時代にとったコメディ作品。この作品でも「試験をパスする」という台詞が飛び出す(笑)。また、コメディ時代劇に付き物の恋愛の割合がこの作品では大きく、ラブコメ時代劇とも言えるかもしれない。
 脚本(八尋不二)の構成が巧みで、単調にならないのが良い。やはりコミカルな作品での雷蔵は見事で、飄々とした魅力を充分に見せている。ラスト近くは意外な展開だったが、あれが、のちの『華岡青洲の妻』で生かされたのかも……なんちゃって(笑)。女親分の京マチ子も、グラマナスな体格と色気が役にピッタリだった。
 コメディ時代劇の中でも記憶に残る快作と言えるかもしれない。(2004/04/28)

慕情の人 ぼじょうのひと
監督 丸山誠治
公開年 1961年
評点[C]
感想  今日は、原節子主演の『慕情の人』を観た。監督は丸山誠治で、昭和三十六年(1961)の作品。

 未亡人・幸子(原節子)は、従業員・石野(三橋達也)の補佐を得ながら亡夫の跡を守って銀座のスポーツ用品店を経営していた。幸子と一緒に住む亡夫の妹・久子(白川由美)は魅力的な幸子に嫉妬し、石野と幸子の仲をかき乱そうとする。

 井上靖の『揺れる耳飾り』が原作(脚本:岡田達門・田波靖男)。井上靖というと歴史小説のイメージが強いが、現代小説も多いようだ。
 全体に、原作どおりの脚本を書きました、そして脚本どおりに撮りました、という感じで演出も映像も抑揚が無く、非常に長く感じた。ストーリー自体が現代の目で見ると古く、テレビドラマ的なのは置いといても、久子というキャラクターは図々しくて都合の悪い時には泣き出したりして、非常に見ていて不愉快だった。久子のボーイフレンドの加納(滝田裕介)はハンサムな画家のはずだが、ちょっとそうは見えない。(2002/09/10)

もず もず
監督 渋谷実
公開年 1961年
評点[A’]
感想  今日は、渋谷実監督の『もず』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 小料理屋で働く年増女中すが子(淡島千景)のもとに娘さち子(有馬稲子)が訪ねてきた。十数年ぶりに再会した二人だが、さち子は水商売の色に染まった母に嫌悪感を抱き、すが子はよそよそしいさち子に反感を覚える。

 主演の有馬稲子らの「にんじんくらぶ」製作で、水木洋子の原作・脚本。テレビドラマが基らしい。
 脚本家が女性であるためか女性キャラの描き方がかなりシビアで、渋谷実監督の演出とも相まって辛辣な作品になっている。近年の“一卵性母娘”のような甘いものではない。
 いや、女性のみならず、すが子の愛人(永井智雄)や、さち子に恋する男(川津祐介)も女の気持ちを考えず自分勝手で、人間を見る目は非常に厳しい。ただし、キャラクターの描き方が断罪的ではなく、その愚かさが哀れに見えるようであり、滑稽味を帯びている部分もあるので、見るに堪えないというわけではない。親子の思いがすれ違う様子が良く、時々挿入されるブラックユーモアも面白い。
 出演者の中では、小料理屋の突拍子もないしゃべりかたをする女中を演じた乙羽信子が強烈。また、小料理屋の女将の山田五十鈴も因業ぶりと老けっぷりが凄い。その他、桜むつ子・高橋とよ・清川虹子らのオバサン連も良い。となると、やはり有馬稲子の演技が少々硬く見えちゃうんだな。いつも「私、悩んでます」という表情に見えるというか……。

 とにかく辛辣なので観終わってすぐもう一度観たくなるわけではないが、こういうのも「あり」だな、と思った作品。(2005/02/18)

ゼロの焦点 ぜろのしょうてん
監督 野村芳太郎
公開年 1961年
評点[C]
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ゼロの焦点
ゼロの焦点

 今日は、野村芳太郎監督の『ゼロの焦点』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 広告会社の金沢出張所の社員・鵜原憲一(南原宏治)が新婚7日目で姿を消した。新妻の禎子(久我美子)は彼を探すため金沢に赴くが、憲一の金沢での生活は謎に包まれていた。そのうち、憲一の兄(西村晃)などの関係者も行方不明になり、謎が深まる。

 松本清張の原作・橋村忍と山田洋次の脚本・川又昂の撮影と、のちの『砂の器』と同じ顔ぶれによる
作品。
 失踪した人間の謎解きで、まさにサスペンスというか推理劇の王道ストーリー。しかし、久我美子はこういう役に合っていないように見えた。また、のちの野村芳太郎作品に見られる悲劇の背後にある“昭和”の暗さの描写が足りないように感じられ、松本清張作品につきものの“わけあり”の犯人のその“わけ”にもう一つ観る側の胸に迫るものが足りないような気がした。かつての“裏日本”(今では禁句?)の描写はまずまずできていたのだが。昔の鉄道や駅の雰囲気がいい感じ。(2003/04/13)

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