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昭和三十六年(1961)

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好色一代男 こうしょくいちだいおとこ
監督 増村保造
公開年 1961年
評点[A’]
感想  今日は、 市川雷蔵主演の『好色一代男』を観た。監督は増村保造で、昭和三十六年(1961)の作品。

 京の大両替商・但馬屋の跡取りである世之介は、根っからの女好きで若い頃から放蕩三昧。父親(中村鴈治郎)に修行として江戸支店に行かされたが、そこでも遊びまくってついに勘当。しかし、それでめげるはずもない世之介は、全国を渡り歩いて女遍歴を重ねる。

 有名な井原西鶴の同題作品の映画化(脚本:白坂依志夫)。市川雷蔵が活き活きと動いて、名コメディアン(仏語では“俳優”の意)ぶりを発揮してしている。関西出身だけに、増村保造流の過剰なまでの台詞の多さも流麗な上方弁のおかげで気にならない。
 世之介を取り巻く若尾文子・中村玉緒・水谷良重などなどが演ずる女性たちも、それぞれ巧みに描かれている。増村監督は溝口健二の助監督についていたことが多少関係しているのだろうか。
 増村監督初の時代劇だそうだが、切れ味よい演出がハマって、テンポよく時間が進んでいく。ただ、ひたすら脳天気に見える世之介が時々封建社会批判的なことを言うのが気になったが、それもあったから、より印象に残る作品になったのかな……という気もする。ちょっと社会派臭が露骨な気がしたけど。あるいは、井原西鶴の原作に内包されている風刺を観客にわかりやすく表現した……と解釈することもできるかな。
 とにかく「面白い」作品だった。喜劇的な作品の雷蔵は素晴らしい。ただ、女性が観るとどうなのだろーか。この雷蔵みたいな男性には惹かれるのかな?(2003/03/28))

用心棒 ようじんぼう
監督 黒澤明
公開年 1961年
評点[A’]
感想
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用心棒
用心棒
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黒澤明
黒澤明 :
DVD BOXSET 2

 今日は、黒澤明監督の『用心棒』を観た。昭和三十六年(1961)年の作品。
 ある宿場町に、ふらりと浪人(三船敏郎)が現れる。飯屋の権爺(東野英治郎)から、そこでは清兵衛(河津清次郎)と丑寅(山茶花究)という二人の親分が争いを続け、ゆえに町が荒れ果てていることを聞くと、浪人は桑畑三十郎と名乗って自らを双方に売り込み、共倒れさせようとする。

 これも有名な黒澤作品。誰もが面白いって言うね。なるほど確かに面白い(笑)。
実は、盗作のイタリア製西部劇『荒野の用心棒』の方を先にテレビで観たことがあるのだが、本当にそのまんま!イーストウッドよりミフネの方が役者としての魅力は上だな。
 キャラは類型的でマンガのようだが、全員そうなので違和感は無い。むしろ、昔の時代劇劇画の類の方が、黒澤時代劇の影響を受けているのだろう。哀感あるいは余韻のようなものは皆無なので、多少はあっても良いような気がするけれども、意図的に排除しているのだろう。(2001/05/05)

黒い十人の女 くろいじゅうにんのおんな
監督 市川崑
公開年 1961年
評点[A’]
感想
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黒い十人の女
黒い十人の女

 今日は、市川崑監督の『黒い十人の女』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 テレビ局のプロデューサー・風(船越英二)には妻(山本富士子)の他に、9人の愛人(岸恵子・宮城まり子・中村玉緒・岸田今日子など)がいた。たまりかねた10人の女たちは、風をこらしめてやろうという相談から始まって、彼を殺してしまおうという話になる。追いつめられていく男。

 非常にスタイリッシュな映像表現で、現在、再評価されている作品。コントラストを強調した白黒画面が美しい。
 ストーリーも皮肉が効いていて、テンポ良く現代的。宮城まり子の使い方が面白い。中村玉緒がカワユイ(笑)。声は少しハスキーな感じだが、今とは全然違う。岸恵子って、いい女っすね。対する船越英二は、いかにも現代人然とした情けない男を好演。『熱中時代』の校長先生が…(爆)。
 俳優の演技は、全体に少しデフォルメされた感じだが、戦後社会をカリカチュアライズした作品だから、それで良いのだろう。(2000/11/28)

宮本武蔵 みやもとむさし
監督 内田吐夢
公開年 1961年
評点[A’]
感想
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宮本武蔵
宮本武蔵
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宮本武蔵 愛蔵BOX
宮本武蔵
愛蔵BOX

 今日は、内田吐夢監督の『宮本武蔵』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 宮本村の新免武蔵(中村錦之助、のち萬屋錦之介)が、幼なじみの又八(橋本功)と共に関ヶ原の戦場から敗走し、村に戻って沢庵和尚(三國連太郎)に出会い、人としての道を教えられるまで。

 吉川英二原作の映画化(脚本:成沢昌茂・鈴木尚也)。シリーズ一作目で、最初から力が入っている。錦之助の演技もオーバー気味に見えるが、それがかえって粗暴な“たけぞう”時代の武蔵らしいのかもしれない。沢庵和尚が一番の儲け役で、三國連太郎の適度な胡散臭さが、道を説く僧侶らしいかも? 体が大きいのも、武蔵に負けない迫力を出していて良い。
 お通は入江たか子の娘の入江若菜だが、当時は新人とのことで、素人臭い。これから上手くなっていくのだろうか。又八に道を誤らせる女お甲は木暮実千代で、すごくエロい(笑)。
 ストーリー的にはまだまだこれからって感じだが、先を期待させられる作品。ただ、原作には無い映画オリジナル(多分)の、終盤近くの亡霊との対話は、あまりにもあんまりで笑ってしまった。(2002/01/02)

ドドンパ酔虎伝 どどんぱすいこでん
監督 田中徳三
公開年 1961年
評点[A’]
感想  今日は、 田中徳三監督の『ドドンパ酔虎伝』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 時は元禄十五年。江戸ではドドンパなる新しい音曲が流行していた。作曲は“飲べえ安”こと中山安兵衛(勝新太郎)、作詞は子葉こと大高源吾(小林勝彦)。このドドンパを盗用して悪だくみを始めたのが、村上権十郎(山路義人)と氏上典膳(伊達三郎)。村上は、安兵衛の叔父にあたる菅井甚左衛門(荒木忍)の仇であった。

 題名でわかるように全編を通じて音楽に満ちていて、赤垣源蔵役の水原弘などが歌ったりする。音楽以外にも“酒呑みコンクール”があったり様々な遊びがある、ミュージカル時代劇。時代は松ノ廊下刃傷のあとだが、安兵衛は赤穂浪人ではなく、まだ堀部弥兵衛(益田キートン)の娘(浦路洋子)とも結婚しておらず、かなり史実を改編した設定。原作があるらしい(原作:川内康範/脚本:銀座八郎)。
 かなり遊びのある作品だが、勝新太郎のコミカルとシリアスを使い分けた演技は見事で、決していい加減な作りの作品ではない。ラストの二刀流の殺陣は見もの。展開のテンポも良くギャグの入れ方のタイミングも良い。田中監督の手腕だろう。(2004/01/01)

沓掛時次郎 くつかけときじろう
監督 池広一夫
公開年 1961年
評点[B]
感想  今日は、市川雷蔵主演の『沓掛時次郎』を観た。監督は池広一夫で、昭和三十六年(1961)の作品。

 信州沓掛生まれの時次郎(市川雷蔵)は、溜田の助五郎(須賀不二男)から受けた一宿一飯の義理のために六ツ田の三蔵(島田竜三)と刀を交える。しかし、助五郎の正体を知った時次郎は三蔵の妻おきぬ(新珠三千代)と息子の太郎吉(青木しげる)を実家へ送り届けてやろうとするのだが……。

 何度も映画化されている長谷川伸原作の市川雷蔵主演版(脚本:宇野正男・松村正温)。
 雷蔵と同世代で仲が良かったという池広監督は、宮川一夫のキャメラを得て歯切れが良い演出。助五郎らによって徐々に時次郎とおきぬたちが追い詰められていく様子もわかりやすく、時次郎が門付けをして世過ぎをする場面もあったりするのも面白い(原作にあるのかもしれないが)。終盤の殺陣の演出も工夫されている。
 しかし、雷蔵もまだ若いためか悲壮感に欠け、時次郎たちが長逗留する旅館の女将(杉村春子)と時次郎を助ける宿場の親分(志村喬)も、良いキャラクターではあるのだが存在感が強すぎてテーマを拡散させてしまっているような。
 また、時次郎のおきぬたちに対する思いも渡世人としての“義理”のみのように見え、隠された恋情があるようには感じられなかったので、少し物足りない。のちの加藤秦監督版『沓掛時次郎 遊侠一匹』の方が、悲劇的な結末に向かって収斂していく構成と時次郎を演じた中村錦之助の演技、双方とも勝っているような気がする。個人的には、加藤秦演出にはアクが強いというか執拗なところを感じてちょっと辟易することもあるのだけれども。(2005/01/19)

若き日の次郎長 東海一の若親分 わかきひのじろちょうとうかいいちのわかおやぶん
監督 マキノ雅弘
公開年 1961年
評点[C]
感想  今日は、中村錦之助主演の『東海一の若親分』を観た。監督はマキノ雅弘で、昭和三十六年(1961)の作品。

 清水次郎長(中村錦之助、のち萬屋錦之介)は、お蝶(丘さとみ)と祝言を挙げることになった。しかし、世話になった和田島の太左衛門(片岡半蔵)のために人を殺してしまい、旅に出る。その後、旅先で太左衛門が殺されたことを聞き、怒りに燃える次郎長は、その裏に身売り娘の市場を立てている親分たちの影があるのに気づく。

 “若き日の次郎長”シリーズ第二弾。この作品で森の石松(ジェリー藤尾)・大政(水島道太郎)関東綱五郎(渥美清)が子分に加わり、みき(仲宗根美樹)という女の子までついてくる。
 しかし、森の石松や綱五郎がからむところはコミカルで明るいが、全体に社会派的というか売春防止法推進映画みたいな感じでちょっと違和感がある。スターである錦之助を単なるヤクザにするわけにもいかなかったのだろうが、清水次郎長をここまで正義の味方にするのも……。それと、マキノ監督は女性をメインに描くのはあまり得意ではないな、と思った。(2003/05/18))

水戸黄門海を渡る みとこうもんうみをわたる
監督 渡辺邦男
公開年 1961年
評点[B]
感想  今日は、渡辺邦男監督の『水戸黄門海を渡る』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 仙台に立ち寄った水戸黄門(長谷川一夫)と助さん(市川雷蔵)格さん(勝新太郎)一行は、松前藩の御用船が襲われ、蝦夷地(北海道)の測量図が奪われたことを知る。蝦夷地に渡った水戸黄門たちは、アイヌの大酋長シャクシャイン(長谷川一夫の二役)の反乱の裏にある陰謀を探る。

 当時すでに長いキャリアのあった長谷川一夫が初めて水戸黄門を演じた作品。老け役自体がほとんど初めてだろうか。大映の若手二大スターを助さん格さんとして従えている。
 異国情緒を狙った娯楽作だが、大映作品は保存状態が良いので、かえって今観るとアイヌの村の風景がセット臭く見えてしまう。それと、アイヌを未開人として描いているのも今では厳しいだろうか。当時としては仕方ないのだろうが。描かれているアイヌの踊りは物珍しい。考証的には正しいのかな?
 長谷川一夫の水戸黄門はメイクのためか、意外にハマっている。シャクシャインの方も、悪くはないが野性味は少々足りないかなぁ。格さん役の勝新太郎が大活躍。雷蔵の方は意外と目立たない。(2003/03/23)

安寿と厨子王丸 あんじゅとずしおうまる
監督 藪下泰司・芹川有吾
公開年 1961年
評点[A’]
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安寿と厨子王丸
安寿と厨子王丸

 今日は、アニメ映画『安寿と厨子王丸』を観た。演出(監督)は藪下泰司と芹川有吾で、昭和三十六年(1961)の作品。

 清廉潔白な岩本判官(声:宇佐美淳也)が罪に陥れられた。その妻・八汐(声:山田五十鈴)と子の安寿(声:佐久間良子)と厨子王丸(声:住田知仁〔風間杜夫〕)も人買いにだまされて別れ別れになり、子供らは山椒大夫(声:東野英治郎)に売られてしまう。その後、山椒大夫のもとから逃れて成長し陸奥守となった厨子王(声:北大路欣也)は母を捜す。

 言うまでもなく森鴎外によって小説化され有名になった『山椒大夫』のアニメ化。原作として森鴎外の名が挙げられている(脚本:田中澄江)。
 「東映十周年」を記念して作られたアニメで、声優たちに実写の俳優たちを並べ(上記以外に山村聡・平幹二朗・三島雅夫など)、非常な豪華キャストになっている。さすがにこれほどの大物たちだと、まだ若い佐久間良子と北大路欣也を除けば声優としても違和感が薄い。厨子王が子役時代の風間杜夫というのにも驚いた。
 作画は日本画的な背景(美術:鳥居塚誠一/背景:浦田又治・横井三郎・千葉秀雄)とキャラクターデザインで、今の目で観てもある意味あきれてしまうほどハイクオリティで美しい映像が続く。派手さを抑えた色使い(色彩設計:小山礼司)と繊細な描線は文句のつけようがない。どれほど手間をかけたのだろうか。
 しかしながら、この作品は当事者とも言える元東映動画の人たち(高畑勲・宮崎駿・森やすじなど)による自己採点の点数が低く、その影響のためか現在の世間一般の評価も大変に低い。実際、『山椒大夫』の厳しさが全く影を潜めて子供向けに甘ったるく味付けされた脚本と演出には驚かされる。動物キャラの使い方が特にひどい。子供への媚とは、逆に見れば子供をなめているということで、例えるなら「ガキにはアメ玉しゃぶらせとけ」とでもいうような製作者側の安易な態度が透けて見える。
 とは言うものの、この日本画調の美しさは比類がなく終始感心させっれっぱなしで、この後の日本アニメがほとんど全て漫画的にくっきりした主線と鮮やかな色彩になり、この作品の絵柄と色合いが受け継がれなかったんのが残念に思えるほど。現在の大物アニメ作家たちが批判しているので世評も低くなっているようだが、映像だけでもアニメ史上に残る作品だと評価しても良いのではないだろうか。(2005/11/18)

女は二度生まれる おんなはにどうまれる
監督 川島雄三
公開年 1961年
評点[C]
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女は二度生まれる
女は二度生まれる

 今日は、川島雄三監督の『女は二度生まれる』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 九段の芸者おえん(若尾文子)は、人は良いが男好き。そんな彼女は建築家・筒井(山村聡)、職業不祥の矢島(山茶花究)、寿司屋の板前・野崎(フランキー堺)、十代の工員・泉山(高見国一)など、様々な男たちと触れ合っていく。

 川島監督が初めて大映で監督した作品だという。ドラマティックなストーリーがあるわけではなく、各エピソードは、おえんという女の生活を淡々と描写した映像が続く。極論してしまうと、男出入りの激しいお馬鹿な女の観察記録、という感じで個人的には観続けるのに多少忍耐が要った。ただ、観終わってみると、不思議なエンディングとあいまって、なんとなく心に引っかかるものがあるような気もする。評価は高いようだが、私には難しい作品だと思った。若尾文子の魅力は出ているようなので、彼女に思い入れがあるか否かで評価が異なることもあるかもしれない。
 この、女の生き方を批判や男への露骨な告発も交えず描く川島監督のやり方と、女を描く際に自らのテーマを絶叫せずにはいられない溝口健二のやり方を比べると、溝口健二は心底から女が好きで川島監督は女……というよりも人間全体を醒めた目で見ていたのだなぁ、と思う。
 そんな川島監督も、靖国神社を批判的に描いてしまったのは、戦争経験者ゆえだろうか。(2002/08/26)

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