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昭和三十六年(1961)

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旗本退屈男 謎の七色御殿 はたもとたいくつおとこなぞのなないろごてん
監督 佐々木康
公開年 1961年
評点[C]
感想  今日は、あの市川右太衛門主演『旗本退屈男 謎の七色御殿』を観た。昭和三十六年の作品で、監督は佐々木康。

 まぁ、なんというか、旅の途中で出会った芸人の少女2人づれ(こまどり姉妹)がイキナリ歌い始めた瞬間、「ああ、そういう映画か」と悟った(←何を?)。
 伊豆にある徳川家ゆかりの月照宮には、将軍の次男が預けられていた。その祭礼に詣でた退屈男こと早乙女主水之介(市川右太衛門)は、代参として来る将軍の嫡男を狙う陰謀があることを知る。その上、将軍の次男も本物かどうか怪しく…。

 なんだか展開がゴチャゴチャしていて話の筋がなかなかわからないが、これは市川右太衛門の衣装を観る映画だから別にイイのだ。合計9着か10着くらいあったんぢゃないかしらん。絶対に挟箱2つには入らないって(笑)。
 将軍の御嫡男役は山城新伍だが、若いし痩せていて全然わからなかった。(2000/09/01)

好人好日 こうじんこうじつ
監督 渋谷実
公開年 1961年
評点[A’]
感想  今日は、笠智衆主演の『好人好日』を観た。監督は渋谷実で、昭和三十六年(1961)の作品。

 奈良の大学の教授である尾関(笠智衆)は有名な数学者だが、世間のことには全く疎い奇人で、娘・登紀子(岩下志麻)の交際相手(川津祐介)の家族からも敬遠されるほどである。しかし、ある日突然、彼に文化勲章授与の話が飛び込んで……。

 実在の数学者・岡潔(元奈良女子大学教授)をモデルとした作品(原作:中野実/脚色:松山善三・渋谷実)。そのためか、冒頭で「この作品はフィクション云々」の断り書きが出る。
 笠智衆が頑固な変人像を好演。正直、これほど演技が上手いとは思わなかった。台詞回しは相変わらず訛(なまり)を感じさせるものの、間の取り方が上手くて笑わせてくれる(演出のおかげでもあるかもしれないが)。笠智衆は小津作品以外で本来の演技をしているのかもしれない。全体に意表を突かれるものは無いが、よくまとまった佳作という印象。1時間半弱と、コンパクトなのも良い。
 岩下志麻が非常に若く、可愛らしい。尾関の妻は淡島千景。貧乏暮らしを苦労してやりくりしてきた糟糠の妻としては、ちょっと綺麗過ぎるかな?(2003/04/15)

ヒマラヤ無宿 心臓破りの野郎ども ひまらやむしゅくしんぞうやぶりのやろうども
監督 小沢茂弘
公開年 1961年
評点[B]
感想  今日は、片岡千恵蔵主演の『ヒマラヤ無宿 心臓破りの野郎ども』を観た。監督は小沢茂弘で、昭和三十六年(1961)の作品。

 土門健吉博士(片岡千恵蔵)率いる日本のヒマラヤ探検隊が雪男を捕らえたというニュースが世界を震撼させた。帰国した土門を実妹の道子(佐久間良子)を始めとするマスコミが追いまわす。そして雪男を公開する学会の日が近づく中、やくざ風の大門(山形勲)や土門と同じく探検家のチャン博士(三島雅夫)といった男たちはなぜか雪男を抹殺しようと狙っていた。

 片岡千恵蔵主演の“無宿”シリーズ第二弾(原作・脚本:松浦健郎)。といっても全2作らしいが。千恵蔵主演といっても“多羅尾伴内”“地獄”の両シリーズと同じアクションコメディ(?)路線の作品。
 学者のはずの土門健吉は雪男を利用して「悪人どもと戦うんだ」とか言ったり豪華な屋敷に住んでたりして、正体は何なのか実はこの人が一番怪しいと思ったが、“正義の味方”がお仕事だと考えれば筋は通る?
 片岡千恵蔵は、コメディは真面目にやるほど面白くなることを知っているような、いつもの重々しい演技で通していて、実はこういう路線が好きなのだろうか。その他の俳優も大真面目に演じて御苦労様って感じなので、もう少し展開のテンポが良ければもっと面白くなったかな……と思う。笑わせどころは多く作ってあるのだけれども、今の目で観ると少々くどいところもある。
 多くの俳優がシリアス演技の中、進藤英太郎だけはコミカルな役で大活躍。それも空回りしていないのは、この人の持ち味のおかげだろう。
 これに先立つ『アマゾン無宿 世紀の大魔王』は珍品映画として有名なので、そちらも機会があったら観てみたい。(2005/06/21)

鯉名の銀平 こいなのぎんぺい
監督 田中徳三
公開年 1961年
評点[B]
感想  今日は、市川雷蔵主演の『鯉名の銀平』を観た。監督は田中徳三で、昭和三十六年(1961)の作品。

 元は博打打ちだった下田の船大工の銀平(市川雷蔵)は、好きな女お市(中村玉緒)が自分の兄弟分の卯之吉(成田純一郎)と恋仲であることを知ると下田を離れて旅に出た。4年後、下田がかつて自分の親分と敵対していた帆立の丑松(安部徹)の縄張りになったことを旅先で知ると、銀平は下田に足を向ける。

 長谷川伸の原作の映画化(脚本:犬塚稔)。以前観た阪東妻三郎版『鯉名の銀平 雪の渡り鳥』とは冒頭の主人公の境遇から始まって、異なる部分が多い。
 モノクロ末期で映像はシャープだし(撮影:武田千吉郎)、田中監督の演出も歯切れが良いが、サイレントの阪妻版と比べてしまうと情感に乏しい面があり(最後、やはり雪が欲しかった)、銀平も旅に出る前と後とであまり変わっていないように見える。
 作品が時代劇中心でもテンポの良い近代的な田中監督の演出はウエットな長谷川伸原作には今ひとつ合わないのかな、と思った。それでも、最後はジーンとさせられてしまうのだけれども。(2005/04/19)

伴淳・森繁のおったまげ村物語 ばんじゅんもりしげのおったまげむらものがたり
監督 堀内真直
公開年 1961年
評点[C]
感想  今日は、堀内真直監督の『伴淳・森繁のおったまげ村物語』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 上州の田舎で汲み取り屋をやっている九さん(伴淳三郎)と近くの街の化粧品問屋のドラ息子の三八(渥美清)は昔からの悪友同士。二人は村唯一の飲み屋に新しく来た女に入れあげるが、彼女はサギ師・長坂(森繁久彌)の情婦で……。

 題名は伴淳・森繁だが、実質的な主人公は伴淳と渥美清。渥美清は、のちの『寅さん』シリーズを彷彿とさせる見事な口上を聞かせるけれども、森繁の芸は意外と見られなくてちょっと期待はずれ。脚本や演出に傑出したものがあるわけではなく、全体に田舎者をコケにして笑う古臭い喜劇という感じで、今観て楽しめるかどうかは疑問。(2002/10/14)

あいつと私 あいつとわたし
監督 中平康
公開年 1961年
評点[A’]
感想
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あいつと私
あいつと私

 今日は、中平康監督の『あいつと私』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 日米安保条約改定問題で世間が騒然としている中、東京郊外の大学に通う浅田けい子(芦川いづみ)は、男女のクラスメートたちと学生生活を謳歌していた。そんな中、天衣無縫にふるまうお坊っちゃんの“あいつ”こと黒川三郎(石原裕次郎)のことが気になって…。

 石坂洋二郎の小説が原作(脚本:池田一朗・中平康)で、石坂作品らしい明朗青春ドラマ。
 当時は、まだ大学にいけるのは恵まれた環境にある若者が多く、苦学生や大学に行けない若者の存在や安保問題などが一応は描かれてはいるが、それはお義理で触れられているという雰囲気で、監督は資産家の息子で東大を出ていて、主役の一人の石原裕次郎も慶応出なので演出も演技も全く屈託なく、社会派的な雰囲気はほとんど無い。それゆえかえって時代を感じさせられることは無いが、当時は反感を抱く観客も多かったかもしれない。
 黒川三郎が複雑な家庭環境に生まれたことも描かれるけれども、暗さは無い。正直、深みは無いが中平監督の少々誇張された喜劇的な歯切れの良い演出と、芦川いずみと石原裕次郎の若々しい演技が楽しめる作品。特に、作品によっては演技力が気になる裕次郎は、この作品では地で行っているような生き生きとした若者らしさが良い。
 黒川の母親に轟夕起子、父親に宮口精二、黒川の母親の元恋人に滝沢修。浅田けい子の妹に吉永小百合。中でも、『七人の侍』の剣豪役とは全く異なる宮口精二が面白い。(2002/02/20)

永遠の人 えいえんのひと
監督 木下恵介
公開年 1961年
評点[C]
感想  今日は、木下恵介監督の『永遠の人』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 昭和七年、さだ子(高峰秀子)には上海事変に出征中の川南隆(佐田啓二)という思い合っている相手がいた。しかし、先に負傷して帰還してきた小清水平兵衛(仲代達也)は地主の子である権力を傘に着て、さだ子を手ごめにして妻に迎えてしまう。その時から二人の憎悪に満ちた日々が始まった。

 おなじみ木下・高峰・佐田トリオの顔合わせで、木下監督が高峰秀子のためにオリジナル脚本を書き下ろしたという。
 とにかく平兵衛とさだ子二人の憎しみ合いが凄いのだが、特にさだ子は二十四時間ぶすっとした不機嫌な顔をして平兵衛を罵っているような感じ。確かに最初は被害者ではあるが、被害者の立場にあぐらをかいているように見え、平兵衛が気の毒になってしまう。それ以前に、本当に相手を憎悪しているなら四六時中相手に辛く当たるのではなく、面従腹背して、いざという時に相手を裏切るような行動に出るのではないだろうか。
 不寛容は相手だけではなく自分も不幸にしてしまうということがテーマらしいが、さだ子のキャラクターが非現実的で素直に受け取れなかった。時折、なんと熊本弁の歌詞のフラメンコが流れるのもビックリ(作曲:木下忠司/フラメンコギター:ホセ勝田/歌:宇井あきら)。
 木下恵介監督が音楽担当の木下忠司に、音楽はシャンソンかフラメンコでいきたいとの意向を示し、木下忠司はどちらともダメだと言ったものの押し切られてしまったらしいが。(2005/03/27)

南の島に雪が降る みなみのしまにゆきがふる
監督 久松静児
公開年 1961年
評点[A]
感想
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南の島に雪が降る
南の島に雪が
降る(原作)

 今日は、加東大介原作・主演の『南の島に雪が降る』を観た。監督は久松静児で、昭和三十六年(1961)の作品。

 太平洋戦争末期の西部ニューギニアのマノクワリは連合軍の包囲下で孤立し、多くの日本兵が飢餓と疫病と空襲に苦しんでいた。司令部の杉山大尉(細川俊夫)は兵の士気を保つため、前進座の俳優だった加東軍曹(加東大介)を中心に演芸班を作ることを提案。司令官・浅川中将(志村喬)の許可を得て、元旅回りの役者だった鳶山一等兵(伴淳三郎)など演劇経験者や芸達者な兵士を集める。

 加東大介の経験談を基にした作品(脚本:笠原良三)。過酷な運命を甘受しながら人間性を失うまいと努力する人間の姿に感動させられます。
 演芸分隊の名目上の分隊長役に有島一郎。その他、桂小金治・三木のり平・フランキー堺・渥美清など、芸達者な名優が多数出演。フランキー堺の使い方が上手い。伴淳三郎の演技は、いつもの喜劇調でちょっと臭いが、田舎芝居の役者役なのでいいのかもしれない。(2002/11/13)

悪名 あくみょう
監督 田中徳三
公開年 1961年
評点[A’]
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悪名
悪名
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悪名 DVD-BOX・第一巻
悪名 DVD-BOX
第一巻
悪名
続・悪名
新・悪名
続・新悪名
第三の悪名

 今日は、勝新&田宮二郎主演『悪名』を観た。昭和三十六年(1961)の作品で、監督は田中徳三。

 河内の農家の放蕩息子だった朝吉(勝新太郎)は、ふとしたことから暴れん坊のヤクザ“モートルの貞”(田宮二郎)と義兄弟の契りを結び、無頼の世界に身を投ずることになる。

 有名なシリーズ物の第一作。思っていたよりも、破天荒な作品ではなかった。第一作のためでもあるだろうか。若い頃の勝新はまだ痩せていて二枚目風で、登場する女性たち(中田康子・水谷良重=二代目水谷八重子・中村玉緒・浪花千栄子)によって運命を導かれているような印象がある。朝吉アニィ、モテモテ王国状態(笑)。貞はカッコイイが、まだ作品中での影は薄めな感じ。
 脚本は依田義賢で、撮影は宮川一夫。溝口健二作品で有名な二人が参加しているだけあって、様式美を感じさせる正統派的な作品という感じ。特に、コントラストが強めのカラーのシネマスコープサイズの画面が美しい。(2001/05/25)

小早川家の秋 こはやがわけのあき
監督 小津安二郎
公開年 1961年
評点[B]
感想
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小早川家の秋
小早川家の秋

 今日は、小津安二郎監督の『小早川家の秋』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 京都の南、酒どころの伏見(補注:正しくは伏見ではなく[なだ]。メールでご指摘いただきました)にある造り酒屋の小早川家の大旦那(中村鴈治郎)は隠居しているが、最近かつての愛人(浪花千栄子)と再会して京都にある彼女の家に足しげく通っている。経営が楽でなく大会社との合併の話もある中、三女の紀子(司葉子)と死んだ長男の未亡人・秋子(原節子)に縁談が持ち込まれる。そんな中、大旦那が突然倒れる。

 小津監督が東宝で唯一撮った作品。関西で撮影したので、東宝の子会社の宝塚映画作品ということになっている。
 この作品は例によって娘や未亡人の縁談が一つのテーマになっているが、道楽者の大旦那の生と死を描くのも、もう一本のテーマである。むしろ、後者の方に比重が傾いているので、未亡人の秋子の再婚相手として何度か森繁久弥が登場するのが、ちょっと浮いているように見えた。当時、東宝の大人気スターだったので出演したのだが。
撮影中、小津監督とはしっくりしなかったのは有名。
 大旦那の行動はかなり喜劇的に撮られているが、なぜかもうちょっとのところで、私個人的には笑うところまでは行かなかった。どうしてだろう。人が死ぬのは小津作品としては珍しくないが、終盤にそれが強調されるのは珍しい。黛敏郎の音楽ともあいまって、何だか小津作品としては奇妙な印象が残る一作。

 他の晩年の小津作品同様、これもカラー作品。黒味が強めでコントラストがきつく、カラーが強調されているような感じもあって、少々人工的だが、あまり褪色はしておらず鮮やか。フィルムの傷もほとんど無い。最も作品数の多い松竹が一番保存が良くないというのは、どういうことだろう…。
 ただ、掲示板で指摘されたように、終盤の原節子と司葉子が屋外で会話する場面の切り返しで、空の色味が大きく異なるのは目についた。太陽の位置の関係だろうか。カラーもまだ初期のためか、屋外の緑も強すぎるように感じた。

 ちなみに、題名はコハヤガワと読ませる。コバヤカワだと音が強すぎるので小津が嫌ったと言われているが、本当だろうか。(2002/05/27)

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