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昭和三十七年(1962)

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黒蜥蜴 くろとかげ
監督 井上梅次
公開年 1962年
評点[B]
感想  今日は、井上梅次監督の『黒蜥蜴』を観た。昭和三十七年(1962)の作品。

 日本一の名探偵を自認する明智小五郎(大木実)は、大富豪である宝石商・岩瀬庄兵衛(三島雅夫)の一人娘・早苗(叶順子)を誘拐するという謎の怪盗・黒蜥蜴(京マチ子)と対決する。そして、敵どうしでありながら、明智と黒蜥蜴の間には奇妙な感情が生まれる。

 江戸川乱歩の探偵小説の映画化(脚本:新藤兼人)。オープニング・タイトルからして、黒装束の女王様スタイルの京マチ子がムチをしばきまくるという衝撃の映像が繰り広げられる。のべつまくなしではないが、時々登場人物が歌を唄い踊るミュージカル仕立てになる(作詞:三島由紀夫)。また、登場人物の心情を反映した原色のライトが多用される。
 正直、かなりの異色作だが、京マチ子の美しさと“大物感”もある程度出せていたと思う。あと、ミステリアスな雰囲気がもっと出せていたら、より良かったかも。明智小五郎は個人的に天知茂のイメージが強いので、この作品ではやけに明るくて饒舌に感じた。

 美輪明宏が黒蜥蜴を演じ、なんと三島由紀夫自身が登場するというリメイク版もあるそうなので、そちらも機会があったら観てみたい。(2002/07/12)

破戒 はかい
監督 市川崑
公開年 1962年
評点[B]
感想
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破戒
破戒

 今日は、市川雷蔵主演の『破戒』を観た。監督は市川崑で、昭和三十七年(1962)の作品。

 日露戦争の頃、長野の高等小学校教師・瀬川丑松(市川雷蔵)は、被差別部落出身であることを隠し通せという父(浜村純)の戒めを堅く守っていた。しかし、その父の死と部落解放運動家の猪子蓮太郎(三国連太郎)との出会いによって、丑松の心は揺れる。

 島崎藤村の同題小説の映画化(脚本:和田夏十)。シリアスな主題の原作だけに、映画の雰囲気も超シリアスで、原作の通りに作りました、という雰囲気。いや、私は原作を読んだことが無いのだけれども……。
 この主役を演ずることを熱望した雷蔵が熱演しているが、ちょっと最初から最後まで暗くて一本調子な感もある。重いものを背負っているのだから当然かもしれないけど、出自を隠しているときは無理にでも明るくしているようなところがあっても良かったかも。
 しかし、ラストの旅立ちのシーンは良い。“ゆで卵”が重要なアイテムとなっている(謎)。
 丑松の親友・土屋が儲け役で、長門裕之が結構いい。中村鴈治郎が、『炎上』の役と似ている清濁併せ持つ僧侶を演じているのも面白い。
 昭和二十三年には木下恵介監督/池部良主演の『破戒』も作られたそうなので、そちらも観てみたい。(2002/11/01)

キューポラのある街 きゅうぽらのあるまち
監督 浦山桐郎
公開年 1962年
評点[B]
感想
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キューポラのある街
キューポラのある街

 今日は、吉永小百合主演の『キューポラのある街』を観た。監督は浦山桐郎で、昭和三十七年(1962)の作品。

 鋳物製造のためのキューポラ(溶銑炉)が林立する埼玉県川口市。鋳物職人の辰五郎(東野英治郎)は職を失い妻(杉山徳子)は子を生み、生活は厳しい。しかし、中三の長女ジュン(吉永小百合)は高校進学を目指して働きかつ勉強し、小学生の弟タカユキ(市川好郎)も友達と一緒に悪戯しながらたくましく生きていた。

 キャリアの長さの割りに寡作だった浦山監督の代表作で、吉永小百合の代表作の一本でもある(原作:早船ちよ/脚本:今村昌平・浦山桐郎)。
 昔の日本映画らしく“貧乏”の描写は非常にリアルで、それを告発するような描写や“労働”を賛美したり昔かたぎだった辰五郎が終盤には労働組合を「いいもんだ」と言ったり、非常にメッセージ性が強い。しかしながら、貧しいながらもそれなりに強く生きる姿も描かれ、明るい部分もあるので現在の目で観ても観賞に堪えると思う。最後には若い世代に希望を託すような意図が感じられる。
 子役も含めて出演者たちの演技は適度に押さえられていて、演出の手腕を感じる。特に、タカユキを演じた子役は実に芸達者だ。

 しかしながら、タカユキの遊び友達サンキチとジュンの旧友ヨシエの姉弟を中心とした在日朝鮮人一家の“北朝鮮帰還事業”を推進し賛美するような部分は、現在から見ると悲劇……いや皮肉なブラックユーモアのようにさえ感じられてしまう。これで一気に現在におけるこの作品の生命力が薄れてしまった。
 いわゆる日本人妻であるサンキチとヨシエの母(菅井きん)の行動は公開当時は批判さるべきであったのだろうが、今では大正解ということになる。もちろん、この映画の製作者たちは善意でこう描いたのだけれども、今となってはつくづく人間の営為の虚しさを感じてしまう。
 あまり長命ではなかった浦山監督だが、現在の日本と北朝鮮の関係を知ることなく亡くなったのは幸いだっただろうか? 現在でも元気な共同脚本の今村昌平監督は、どう思っているのだろう。過去の作品のことなんか忘れたかな?(2004/12/12)

恋や恋なすな恋 こいやこいなすなこい
監督 内田吐夢
公開年 1962年
評点[A’]
感想  今日は、内田吐夢監督の『恋や恋なすな恋』を観た。昭和三十七年(1962)の作品。

 平安時代、天文博士の秘伝書をめぐる争いによって阿部保名(大川橋蔵)は乱心し、既に没している恋しい榊の前(瑳峨三智子)の姿を求めて野山をさまよう。偶然、榊の前の妹である葛の葉(瑳峨三智子)に救われて一時の平穏を得るが、都からの追っ手に襲われる。傷を負って山に逃れた保名を助けたのは、また榊の前に似た娘(瑳峨三智子)だったが……。

 文楽などで有名な『保名狂乱』『葛の葉』(正式名称:『芦屋道満大内鑑』)として知られる物語の映画化(脚本:依田義賢)。
 多くの特殊効果を用いた作品として有名で、アニメーション合成の原画は東映動画の有名なアニメーター森康二(森やすじ)によるもので、美術協力の一人にはイラストレーターの蕗谷虹児の名がある。
 大川橋蔵は元々歌舞伎の人なので踊りのシーンなど見事。一人三役を演じた瑳峨三智子〔嵯峨美智子〕もどっちかというとキツネ系の顔なので(失敬)役柄に合っていた。保名と榊の前が拷問を受けるシーンや時代劇としてはかなり官能的なラブシーンなど、内田演出の力強さを感じさせた。
 特殊効果を用いた部分は、前半の狂乱した保名が踊るシーンの表現が実に美しく、そのあとのシーンへのつなぎ方もアッと驚かされた。序盤の天変地異の表現も、まずまずわかりやすい。中盤以降は、「それ、狐?」と言いたくなるような表現の仕方があったり、終盤の舞台的なセットも違和感があり“実験作”という感じがした。元々、超自然的・ファンタジー的な作品なので、終始前衛的な表現で通しても良かったかも……と思ったりもした。
 しかし、これほど実験的要素の強い作品だとは思わなかった。監督のチャレンジ精神は凄いと思う。(2005/10/27)

お吟さま おぎんさま
監督 田中絹代
公開年 1962年
評点[A’]
感想  今日は、田中絹代監督の『お吟さま』を観た。昭和三十七年(1962)の作品。

 千利休(二世中村鴈治郎)の娘・吟(有馬稲子)は、父の弟子であったキリシタン大名・高山右近(仲代達也)に思いを寄せる。しかし、既に妻のいる右近は愛を受け入れず、吟は万代屋宗安(伊藤久哉)のもとに嫁ぐ。その後、豊臣秀吉(滝沢修)のキリシタン弾圧により、右近や吟、そして利休の立場は微妙になる。

 今東光の原作の映画化で(脚本:成沢昌茂)、田中絹代の全6本の監督作の最後の作品。主演の有馬稲子などが関わっていた独立プロダクションにんじんくらぶの製作作品でもある。
 舞台が昔の日本、しかも茶の湯の世界が描かれていることもあって、メインの登場人物たちは常に秘めたる思いを抱いているという感じで、映画にするのは難しいものがあったのではないだろうか。しかし、この作品では大掛かりなセットや登場人物の美しい桃山風の衣装がリアリティを生み出し、観ている観客の心理を当時へ導く助けになっていて、アクションの少なさは個人的にはあまり気にならなかった。最初、吟のメイクの眉毛が太いのが目についたが、桃山時代はあれが本当なのかしら。
 高山右近の仲代達也は若々しすぎてキリシタン大名っぽくなかったが、それはそれで吟の思いに応えたくとも応えることは許されない煩悩を垣間見せる点では良かったのかもしれない。有馬稲子は秘めたる思いを抱えているにしてもちょっと一本調子で、終盤に一気に思いを吐き出すにしても、それ以前にもう少し思いの激しさを見せても良いかな、と思った。演技と演出、両方の問題か。
 演者の中で最も光るのはやはり中村鴈治郎で、娘に対する慈愛と茶の宗匠としての威厳、双方とも充分に表現していた。滝沢修の秀吉も悪くない。ちょっと立派過ぎるかもしれないが。

 中盤にさしかかるあたりで吟と下女(富士真奈美)が引き回しの女(岸恵子)を観る場面や、終盤に思いがけない形で右近と吟が逢い引きする場面は溝口監督の『近松物語』を思わせるものがあった。原作にあったのかもしれないが、脚本の成沢昌茂と演出の田中絹代の両者によるオマージュのような気もする。
 撮影を担当しているのは宮嶋義勇(義男)。茶の湯の世界と千利休と吟・右近がたどった厳しい道を象徴するかのような硬質な美しさを持つ映像が印象に残る。(2004/02/03)

新悪名 しんあくみょう
監督 森一生
公開年 1962年
評点[A’]
感想
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新・悪名
新・悪名
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悪名 DVD-BOX・第一巻
悪名 DVD-BOX
第一巻
悪名
続・悪名
新・悪名
続・新悪名
第三の悪名

 今日は、勝新&田宮二郎主演の『新悪名』を観た。昭和三十七年(1962)の作品で、監督は森一生。

 日本は終戦を迎え、出征していた朝吉(勝新太郎)は日本に復員してくる。しかし、長い戦地暮らしと敗戦は、彼を取り巻く状況を全て変えていた。朝吉は運命を受け入れながらも、たくましく生きていく。

 舞台が戦後のためか監督が交代したせいか、様式美を感じさせた前2作よりも生々しい描写が増えている。脚本は変わらず依田義賢なのだが、戦後の闇市における、いわゆる“第三国人”の問題を取り扱ったりしている。これは地上波では絶対に放映できないかも。NHK BSでも放映後に「放送にふさわしくない用語が用いられていますが…云々」という“おことわり”が出たし。
 モートルの貞の弟という設定で登場している田宮二郎は少々軽薄なキャラクターになっているが、それもまた軽妙で楽しい。須賀不二男もまたいい味を出している。
 撮影監督も交替して(今井ひろし)画面の感じが少し変わったものの、カラーの美しさは変わらない。保存状態が良いようだ。色彩設計は、少し派手になったように見える。(2001/05/27)

ちいさこべ ちいさこべ
監督 田坂具隆
公開年 1962年
評点[A’]
感想  今日は、中村錦之助主演の『ちいさこべ』を観た。監督は田坂具隆で、昭和三十七年(1962)の作品。

 老舗の大工“大留”の若棟梁・茂次(中村錦之助、のち萬屋錦之介)は、初めて仕事を任されて家を離れていた最中に、江戸の大火で店と両親を失う。彼は店の再建のため周囲の批判を受けながら仕事一途で奮闘するが、新たに雇った女中おりつ(江利チエミ)は火事で孤児となった子供たちを連れてきてしまう。

 原作は山本周五郎(脚本:田坂具隆・鈴木尚之・野上龍雄)。山本周五郎流のヒューマニズムの世界を丹念に映像化している。理想主義的な世界を描いてはいるが、そう簡単にうまくいってはいないので、非現実的すぎるということはないと思う。 この作品も3時間近く、テンポが緩やかで長い感じがするが、どのシーンも丁寧に磨きあげられた映像という印象を受ける。
 強さの裏にもろさを隠している人間を表現した錦之助の演技が見事。江利チエミも美人過ぎないのが、かえって良いのかも(失敬)。中村賀津雄(現・中村嘉葎雄)のチンピラも良い。東千代之介も、そのおっとりした雰囲気で錦之助の兄貴分らしさをよく出していた。(2003/06/24)

黒の試走車 くろのてすとかあ
監督 増村保造
公開年 1962年
評点[A’]
感想  今日は、増村保造監督の『黒の試走車(テストカー)』を観た。昭和三十七年(1962)の作品。

 新車種発売間近のタイガー自動車は、その秘密がことごとくライバルのヤマト自動車の馬渡(菅井一郎)に盗まれていることを知る。タイガーの企画一課の小野田(高松英郎)と朝比奈豊(田宮二郎)は、馬渡に対抗してヤマトをスパイしようと必死になる。

 結果として大映の“黒シリーズ”の第一弾となった作品で、原作は梶山季之(脚本:舟橋和郎・石松愛弘)。同じ増村監督の『巨人と玩具』の役を彷彿とさせるモーレツ社員(←死語の世界)を高松英郎が演じていて、どう見ても彼が主人公。一般には田宮二郎主演作とされ、オープニングタイトルでも田宮二郎が一番最初に出るのだが。
 とにかく、高松英郎の暴走っぷりが凄く、観ていると彼のやっていることは正しい、と錯覚させられるほど。馬渡やタイガーの社長の娘婿という設定の平木(船越英二)などのキャラクターも、類型的ではあるが、俳優の演技が良くて、それらしく見える。田宮二郎は色々な意味で中途半端に見えた。(2003/02/26)

地獄の裁きは俺がする じごくのさばきはおれがする
監督 小沢茂弘
公開年 1962年
評点[B]
感想  それと、今日は片岡千恵蔵主演の『地獄の裁きは俺がする』を観た。監督は小沢茂弘で、昭和三十七年(1962)の作品。

 大組織を率いる大門(片岡千恵蔵)は、何度逮捕されても大弁護団と政治力を駆使してで生き残ってきた。そんな彼も、偶然からリカ(本間千代子)という少女が自分の娘らしいことを知り、自分の生き方に疑問をもつようになるが……。

 『地獄』シリーズの一作。これもシリアス路線の話。同年に公開された『裏切者は地獄だぜ』同様、メインキャストの一人が鶴田浩二。リカの恋人役として松方弘樹が出演。
 この作品は、アクションというよりも親子の関係を中心とした人情噺的な色が濃い。ただし、あまり湿っぽくはない。これも展開の予想は結構ついてしまうが、演出のテンポのよさで観られる。(2003/02/07)

零戦黒雲一家 ぜろせんくろくもいっか
監督 舛田利雄
公開年 1962年
評点[B]
感想  今日は、裕ちゃん主演の『零戦黒雲一家』を観た。昭和三十七年(1962)の作品。監督は舛田利雄。

 昭和十八年、最前線の孤島に谷岡中尉(石原裕次郎)が赴任してくる。親分格の黒崎(二谷英明)を筆頭とする落ちこぼれの集まりの“黒雲一家”は、若い隊長に最初反発するが、次第にうち解けていく。設営隊の老隊長に大坂志郎、予科練出身の少年飛行兵に浜田光夫。
 戦争映画に分類されるかもしれないけれども、日活製の裕次郎映画と言った方が良いかもしれない。日本の軍隊でこんなことがあったはずもないが、それを言ってはヤボでしょうね…『兵隊やくざ』や『独立愚連隊』も成立しなくなるから。
 零戦は本物に見えず(たぶんアメリカ製の練習機?)、特撮も時代を感じさせるが当時としては頑張った方では。なぜか対潜哨戒機のP−2Jが色々大活躍していて、海上自衛隊が撮影に協力したようだ。
 どこで撮ったか知らないが、自然が美しく、特に夕暮れ時の情景が効果的だった。

 ちなみに、この作品は『機動警察パトレイバー』の第一期ビデオシリーズの初回で、篠原遊馬が埋め立て地の第二小隊を見て、最初に口にした「俺、映画でこういうの観たことある…『ラバウルなんとか』とか『零戦なんとか一家』とか、女の子が1人もいなくて整備兵はみんなヤクザで酒飲んでバクチやって、飯盒炊爨(はんごうすいさん)やって殴り合いで友情しちゃう恥ずかしいやつ」という台詞の元ネタ。「恥ずかしい」とまでは行かないと思うけど(笑)。(2000/11/02)

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