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昭和四十一年(1966)

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暴れ豪右衛門 あばれごうえもん
監督 稲垣浩
公開年 1966年
評点[A’]
感想  今日は、稲垣浩監督の『暴れ豪右衛門』を観た。昭和四十一年(1966)の作品。

 加賀の国を治める加賀七党の中の一派を率い、周囲の大名にも勇名を轟かせている豪右衛門(三船敏郎)は侍嫌いで、百姓の側に立って戦うことに誇りを持っていた。そこに、隣国の大名・円城寺家の人質となっていた豪右衛門の弟たち弥籐太(佐藤允)と隼人(田村亮)が帰ってくる。弥籐太は豪右衛門を尊敬の眼差しで見るが、若い隼人は粗野な長兄に反発する。

 守護大名を追い出した加賀の国人一揆を題材にした作品で、原作はなく井手雅人と稲垣監督のオリジナル脚本らしい。
 題名どおり主人公は荒武者そのものなのに侍を嫌っているというのが面白い。実際は戦国時代には武士と農民が截然と分かれていたわけではなく、土豪(国人)も自分を侍だと思っていただろうから、ちょっと変なのだけれども、暴れん坊が武士嫌いという矛盾が面白い設定になっている。
 また、豪右衛門は強いだけではなく、周囲をまとめる人間的魅力も持っていることがわかる脚本・演出になっている。三船も悪い時の一本調子の演技ではなく、この作品ではそのあたりを演じ分けているように見えるのは、稲垣演出のおかげだろうか。
 上記のように設定に疑問があり、登場人物が“平和”を求めたりするなど戦後民主主義的な臭いもし、オチの付け方もちょっと食い足りない感がある。しかし、主人公と二人の弟たちや風来坊の謎の浪人(加東大介)・近隣の朝倉家の家臣で豪右衛門一派を滅ぼそうとする但馬(西村晃)といったメインキャラクターたちが各々個性豊かに描けていたので個人的には好きな作品だ。イマイチという人もいるかもしれないけど。(2005/01/28)

黒い賭博師 悪魔の左手 くろいとばくしあくまのひだりて
監督 中平康
公開年 1966年
評点[A’]
感想
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黒い賭博師 悪魔の左手
>黒い賭博師
悪魔の左手

 今日は、小林旭主演の『黒い賭博師 悪魔の左手』を観た。監督は中平康で、昭和四十一年(1966)の作品。

 中東の小国・パンドラ王国の“国立賭博大学”の教授(二谷英明)は日本で闇カジノを開き、日本の富を吸い上げようとしていた。日本一のギャンブラー氷室浩次(小林旭)が邪魔になるため、三人のギャンブラー(原泉/天坊準/ジュディ・オング)を日本に送って倒そうとする。しかし、なぜかパンドラ王(大泉滉)の第三王妃(広瀬みさ)も密かに来日していた。

 “ギャンブラー”シリーズ第八作で、『黒い賭博師』と同じく中平康が監督している。のっけから中平監督らしいお遊びが始まって(全員が見るからに日本人のパンドラ王国!)、この作品で描かれるのが一種のファンタジーの世界であることを暗示する。
 ギャンブルの種としてカジノ内のカードやダイスだけでなく競艇まで登場し、そこでちょっと驚くアクションが展開されるのが見もの。また、ジュディ・オングの登場の仕方も今から見ると意外。二谷英明はこの作品でも非常に損な役(笑)。
 中平監督の、くどさのない軽妙な演出が楽しめる一本。(2004/05/05)

河内カルメン こうちかるめん
監督 鈴木清順
公開年 1966年
評点[B]
感想
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河内カルメン
河内カルメン

 今日は、鈴木清順監督の『河内カルメン』を観た。昭和四十一年(1966)の作品。

 河内から大阪に出た美しい娘、武田露子(野川由美子)の半生と彼女の上を通り過ぎた男たち。

 鈴木清順監督作品を初めて観た。筋自体は、さほど目新しいものではないが、さすがこの監督の作品だけあって、場面がぽんぽん展開するので、古い邦画慣れした私は、ついていくのが難しい(笑)。しかし、映像には監督独自の才能を感じさせられた。特に、真横からとらえたようなセット撮影が面白い。
 露子の初恋の相手の“ボン”(坊ちゃん)に和田浩治。彼女の唯一の理解者である男性に川地民夫。(2001/06/06)

沓掛時次郎 遊侠一匹 くつかけときじろうゆうきょういっぴき
監督 加藤泰
公開年 1966年
評点[A’]
感想  今日は、中村錦之助主演の『沓掛時次郎 遊侠一匹』を観た。監督は加藤泰で、昭和四十一年(1966)の作品。

 渡世人の時次郎(中村錦之助、のち萬屋錦之介)は、一宿一飯の恩義のために嫌々ながらも六ツ田の三蔵(東千代之介)を斬る。その男に妻子のことを頼まれたので待ち合わせ場所へ行くと、それは偶然にも旅の途中で言葉を交わしたことのある、おきぬ・太郎吉(池内淳子・中村信次郎)母子だった。母子の暮らしが立つ場所まで送り届けるため、時次郎は二人と共に旅する。

 長谷川伸原作の映画化作品(脚本:鈴木尚之・掛札昌裕)。錦之助は『瞼の母』『関の弥太っぺ』に続く長谷川伸原作作品の主演。
 この頃の錦之助は実に良い。どこか寂しさを覗かせる渡世人にピッタリ。おきぬは綺麗だが、もう少し薄幸そうな雰囲気があってもいいかも。それと、母子の描写がもう少しあったら、と思った。
 映像的には、冬の雰囲気がよく出ている。ただ、ローアングルにこだわる必然性はあまり感じなかったりして。(2003/04/05)

東京流れ者 とうきょうながれもの
監督 鈴木清順
公開年 1966年
評点[B]
感想
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東京流れ者
東京流れ者

 今日は、鈴木清順監督の『東京流れ者』を観た。昭和四十一年(1966)の作品。

 “不死鳥の哲”の異名をとっていた本堂哲也(渡哲也)は、組を解散して堅気になった親分の倉田(北竜二)に、いつまでも義理立てしていた。しかし、倉田のビルを狙う大塚(江角英明)との抗争に巻き込まれた哲は、旅に出て山形の庄内や九州の佐世保へ流れていくことになる。

 日活任侠映画(?)路線の一作だが、話がポンポン飛んで脈絡がついてないし、セットは見るからに作り物っぽいし、なんだか不思議な作品。哲が殺し屋の“マムシの辰”(川地民夫)に何度も狙われていながら御都合主義としか言いようのない展開で助かるところや、有名な「流れ者に女は要らねぇ……云々」という迷台詞など、意図的に日活アクション映画や任侠映画一般をパロディ化したようだ。
 しかし、これは映像の美しさと格好良さを徹底的に追及した作品なのだろう。特に、“総天然色映画”であることを利用して、哲が青、大塚が赤、哲の恋人の千春(松原千恵子)が黄色、と各々イメージカラーを設定してあるのが面白い。いまだにフィルムが褪色していないので、鮮やかだ。(2001/06/09)

ひき逃げ ひきにげ
監督 成瀬巳喜男
公開年 1966年
評点[C]
感想  成瀬巳喜男監督の『ひき逃げ』を観た。昭和四十一年(1966)の作品。

 伴内国子(高峰秀子)は、大企業の重役・柿沼久七郎(小沢栄太郎)の運転手に一人息子(宮康弘)をひき殺された。いったんは示談に応じたが、真犯人(司葉子)が別にいることを知った国子は復讐を誓う。

 一連の成瀬監督と高峰秀子のコンビの作品。この作品は、男女間の恋愛が主題ではなく増加しつつあった交通事故を描き(当時、既に“交通戦争”という言葉があっただろうか)、国子という女性を通してであるが社会派的なテーマを扱っている。
 しかし、主人公にはあまり魅力が無いし共感も感じづらい。上映時間は1時間35分程度だが、かなり長いような気がした。亡き子を思っているにしても高峰秀子の演技はちょっと暗すぎるように思ったが、この脚本(松山善三)では成瀬監督も演出しづらかったのではないか。重役の会社がオートバイメーカーだというのもテーマ性が露骨なのでは。
 成瀬作品は男女の交情を中心としていないと、イマイチなような気もする。(2002/08/21)

大魔神 だいまじん
監督 安田公義(特技監督:黒田義之)
公開年 1966年
評点[A’]
感想
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大魔神
大魔神
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大魔神封印匣 魔神降臨
大魔神封印匣
魔神降臨

 今日は、安田公義監督の『大魔神』を観た。昭和四十一年(1966)の作品。

 戦国時代。山中城で家老の大館左馬之助(五味龍太郎)が謀反を起こし、城主・花房忠清(島田竜三)を倒して城を奪った。その後、遺児・花房忠文(青山良彦)と小笹姫(高田美和)は山の魔神を祀る巫女の信夫(月宮於登女)にかくまわれて成長したが、左馬之助の魔手が迫り……。

 大映製作の特撮映画。“特技監督”として黒田義之の名もある。黒田監督は他では普通の時代劇を作っているので、技術者ではなく特撮パートの演出を担当したという意味だろうか。
 安田監督も他では多くの時代劇を監督しているだけあって、終盤までは特撮映画とか子供向け映画らしくなく、普通の時代劇映画の雰囲気で進む。カラー映画だと粗〔あら〕が見えやすくなるが、美術や衣装も安っぽさはなく大映京都のスタッフの優れた技術を反映している(美術:内藤昭)。
 脚本も、シンプルなストーリーだが矛盾や強引なところがなく大魔神の出現まで実に自然に流れている(脚本:吉田哲郎)。映像も合成の継ぎ合わせ部分を除けば、質感の表現など見事(撮影:森田富士郎)。
 私はかなり以前、中学か高校生の頃にテレビで観て結構おもしろい記憶があったので今になって観直してみたのだが、日本映画慣れした現在の目で観ても思っていた以上に丁寧な作りで完成度が高く、風格さえ感じさせる作品だったので感心した。特撮に興味のない時代劇映画ファンの人にも勧められる佳作だと思う。(2005/09/26)

奇巌城の冒険 きがんじょうのぼうけん
監督 谷口千吉
公開年 1966年
評点[B]
感想  今日は、谷口千吉監督の『奇巌城の冒険』を観た。昭和四十一年(1966)の作品。

 遣唐使と共に唐へ渡った僧・円済(中丸忠雄)は、仏舎利(釈迦の遺骨)を探すため大角(おおすみ:三船敏郎)を供として西の果てに向けて旅立った。仏舎利は見つかったものの二人はペシルの町で捕らえられ、そこの王(三橋達也)は大角を火あぶりの刑にするという。しかし、円済は仏舎利を日本人に渡すため三日間だけ大角を自由にし、その間は自分を身代わりにしてほしいと頼む。

 粗筋を見てわかるように原作は太宰治の『走れメロス』(脚本:馬淵薫)だが、前半はオリジナル。『大盗賊』(昭和三十八年)と同じく中央アジア(シルクロード)の異国情緒を前面に出したファンタジー作で、イランロケを敢行して前作よりもスケールアップしている。
 暴虐な王と悪い宰相(中丸忠雄)、宰相の部下の盗賊の頭目(佐藤允)、仙人(有島一郎)とお婆(天本英世)というキャラの設定は前作とほぼ同じで、演ずる役者も王以外は同じ。三船敏郎の演技は相変わらずだが、キャラには合っている。
 オリジナル要素の前半がテンポがゆっくりで退屈なのが残念だが、中盤以降はさすがに盛り上がってきて、終盤の緊迫感はドライヤーの『裁かるゝジャンヌ』もかくやと思われるほど……というのは誉めすぎだが(笑)、観ているうちに徐々に引き込まれていく感じ。ロケの部分は本物の砂漠の迫力があり、対するセットがチープに見えたりするが、城の構造や登場人物の衣装などは工夫されていて見て楽しい。
 決して傑作や良作と言われるような作品ではないが、今観ると稚拙な特撮やチープなセットなども含めて娯楽性は充分な一作だと思う。(2005/03/11)

大殺陣雄呂血 だいたておろち
監督 田中徳三
公開年 1966年
評点[A’]
感想  今日は、市川雷蔵主演の『大殺陣雄呂血』を見た。監督は田中徳三で、昭和四十一年(1966)の作品。

 藩の剣道場の師範代を勤める小布施拓馬(市川雷蔵)は、主家を守るため、隣の大藩の人間を斬ってしまった同輩の罪を着て一年間だけという約束で藩を離れる。しかし、様々な不運が拓馬と婚約者の波江(八千草薫)を襲い、彼らを押し流す。

 阪妻主演の戦前のサイレント作品『雄呂血』(監督:二川文太郎)のリメイク。オリジナル版は主人公が恋愛沙汰が原因で脱藩することになっていたが、この作品では武家社会の不条理が強調され、いくつものエピソードが追加されている。
 最初、あまりに拓馬に運が無いのでちょっとマンガ的に見えちゃったり、独白のところでは市川雷蔵の独特な台詞回しが気になったりすることもあったが、主人公が落魄していく後半、そして最後の大殺陣になると緊迫した展開に息を飲む。
 文字通りの大殺陣で何十人と斬りまくるのだが、主人公も徐々にダメージを負っていくので不自然さは少ない。それにしても、ちょっと斬り過ぎとも思えるが。殺陣そのもののアクションは実に多彩でレベルが高く、非常に綿密な構成と演出がおこなわれたことをうかがわせる。殺陣師と斬られ役にも拍手を送りたい。(2002/05/16)

白い巨塔 しろいきょとう
監督 山本薩夫
公開年 1966年
評点[A’]
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白い巨塔 劇場版
白い巨塔 劇場版

 今日は山本薩夫監督の『白い巨塔』を観た。昭和四十一年(1966)の作品。主演は田宮二郎。

 日本有数の手術の腕を持つ外科医だが、教授になるためには、どんな手段でも用いる財前助教授(田宮二郎)。退任を控えた東教授(東野英治郎)もまた権力欲旺盛で財前が気に入らない。東の後任教授が教授会の投票で決定されることになり、双方は権謀詐術の限りを尽くす…。

 山崎豊子の原作でテレビドラマが有名だが、この映画がヒットしてテレビ化されたとか。田宮二郎のしかめっ面がハマリ役。山本薩夫監督の作品を観るのは初めてだ。山本監督はイデオロギー色の強い作品を作ることで有名だが、この作品は政治ではなく大学病院内部のことがテーマだったためか、さほどメッセージ性が鼻につくことはなく結構楽しめた。誇張され過ぎたマンガみたいなキャラも何人かいたけど。(2000/08/30)

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