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ある映画監督の生涯 あるえいがかんとくのしょうがい
監督 新藤兼人
公開年 1975年
評点[A’]
感想
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ある映画監督の生涯
ある映画監督の生涯
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新藤兼人アンソロジー3
新藤兼人
アンソロジー3
裸の十九才
わが道
ある映画監督の生涯
竹山ひとり旅
落葉樹

 今日は、新藤兼人監督の『ある映画監督の生涯』を観た。昭和五十年(1975)作品。ドキュメンタリーだが、同年の『キネマ旬報』ベストテンに入っていたはずだ。

 この録音テープを活字にした書籍版の『ある映画監督の生涯』は以前に読んでいたので、映画版を観ていなかったのだが、溝口の終焉の地や、かつてのなじみの芸者なども撮影されていて、ビデオを借りて良かったと思った。それに、溝口が愛した田中絹代へのインタビューはやっぱり凄い。
 新藤が、あらかじめ自分で作り上げた溝口像に合わせてドキュメントを作ろうとした気味は多少あるが。それと、少々暴露趣味的な面も。なにも溝口健二がセットの中で使っていた溲瓶(しびん)を撮さなくたって良いだろうに(笑)。

 この映画に関しては、淀川長治がヴィム・ヴェンダースの『東京画』を評した文章の中で引き合いに出して、「相当以前、溝口健二監督の記録映画があったが、過去をひんめくって見せ、最後の病床のその病院の貧しさを見せて溝口芸術の在り方を探ろうとした。しかしヴェンダースは厚田キャメラマンを泣かせたことで、小津の芸術を小津映画の心をその瞬間につかみとった」と書いていた。
 また、助監督だった宮嶋八蔵は「新藤さんなんかには愛がないんですね、彼の映画でも、溝口先生のお墓が出てくるけれど(引用者注:正しくは分骨された慰霊碑)花が枯れたままになっている。普通、自分が花を替えてあげて撮るべきでしょう。そうでないと溝口先生のご家族が看ていないという印象を与えることになってしまいます。溝口先生の弟子なんて言っているけど、非常に創作が多いです」なんて言っている。
 なかなか賛否両論の多い作品のようで…。(2000/08/20)

ある機関助士 あるきかんじょし
監督 土本典昭
公開年 1963年
評点[A]
感想  今日は、 土本典昭監督の『ある機関助士』を観た。昭和三十八年(1963)の作品。

 首都圏では最後に残った幹線の蒸気機関車運行区間である常磐線を走る急行「みちのく」。その上野〜水戸の区間に乗車する機関助士の視点で、列車の運行と機関士・機関助士の仕事を描く。

 鉄道ドキュメンタリーの古典。ダイヤの正確さと安全とを両立させようとする乗務員の努力を、文字通り密着したカメラでとらえきっている。ナレーションの「私たちの仕事には機械だけには頼れない何かがあるのです」や、実際の会話「はい、て〜じ!」「定時ですね?」は感動的。
 蒸気機関車の運転席に計器類は少ないが、バルブ類がたくさんあって、絶えず調節しなければならないようだ。機関助士は機関士の指示に従い、自分の五感を働かせてバルブをひねり、石炭を投入し、灰をかく。現在のように携帯電話でメールをする暇などあるはずが無い。
 驀進するC62の姿や機関助士が学んだ“中央鉄道学院”での事故を仮想した訓練(信号雷管というものは今でもあるのだろうか)も見ものだが、全体に溢れる“昭和”の雰囲気がたまらない。もちろん私は蒸気機関車に乗った世代ではないが、私が記憶する国鉄時代の駅は、黒と灰色と茶色の世界だった。
 鉄道ファン以外にも、“昭和”を記憶する世代の人にはお勧めの一本。もう涙もの(笑)。(2004/01/02)

或る剣豪の生涯 あるけんごうのしょうがい
監督 稲垣浩
公開年 1959年
評点[A’]
感想  今日は、稲垣浩監督の『或る剣豪の生涯』を観た。昭和三十四年(1959)の作品。

 豊臣秀吉の死後1年の京都。武勇と教養そして巨大な鼻で知られる駒木兵八郎(三船敏郎)は、早くも大きな顔をし始めた家康の家臣たちを懲らしめていた。そんな折、旧知の公家の姫君・千代姫(司葉子)と美男子の苅部十郎太(宝田明)がお互いに思いを寄せていることを知り、兵八郎は無骨者の十郎太のために力を貸してやるが……。

 原作は御存知『シラノ・ド・ベルジュラック』。その翻案としては新国劇で上演されていた『白野弁十郎』が有名だが、この映画は稲垣浩によるオリジナルの脚本らしい。
 武勇と教養と心意気、全てを兼ね備えながらも巨大な鼻ゆえに自ら進んで恋の道化師を演じたシラノの物語は有名だが、この才能ある詩人(歌人)であるキャラを三船敏郎が好演。稲垣監督の脚本も詩の言葉をそれらしく翻案してあまり違和感なく、兵八郎の豪快さと哀愁を描き分けた演出も良い。特に冒頭の芝居小屋での騒動とラストの寺のシーンが傑出している。粗筋は知ってはいたものの、あらためて感動させられた。それだけ原作が優れているということだが、この作品は以前観た洋画版(監督:マイケル・ゴードン/主演:ホセ・フェラー/1950年)にも劣らないと思う。
 宝田明はいかにも時代劇慣れしていない感じだが、眉目秀麗にして長身の若武者という役には合っている。司葉子の姫君には、もう少し高貴さが欲しい気がした。平八郎のなじみの居酒屋の主人の藤原釜足は相変わらずいい味出している。
 この作品の冒頭に出てくる見世物小屋の孔雀は動物園から借りてきた本物で、なかなか羽を開かず困ったそうだ。(2005/05/25)

ある殺し屋 あるころしや
監督 森一生
公開年 1967年
評点[A]
感想
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ある殺し屋
ある殺し屋

 今日は、市川雷蔵主演の『ある殺し屋』を観た。監督は森一生で、昭和四十二年(1967)の作品。

 小料理屋を営む塩沢(市川雷蔵)は、実は凄腕の殺し屋だった。一匹狼を通していた彼だが、前田(成田三樹夫)と圭子(野川由美子)という男女がつきまといはじめる。

 市川雷蔵が珍しく戦後の人物を演じた作品。『ぼんち』とこのシリーズくらいではないだろうか。ほとんど彼の地の姿のような七三分けが実に似合う。
 雷蔵の演ずる殺し屋像は、態度はクールでありながら冷酷非道に徹するというのでもないところが、眠狂四郎をちょっと連想させる。しかし雷蔵も良いが、成田三樹夫の演技の三下っぷりが見事。ラスト近くのギャグ(なのかマジなのか不明だがギャグのような気がする)は最高で、最後に美味しいところを全部もっていってしまった感じ。続編も機会があったら観てみたい。
 一時間半弱の上映時間ながら脚本の構成が凝っている(原作:藤原審爾/脚本:増村保造・石松愛弘)。展開の仕方が複雑で、観ていて時系列が一瞬混乱するところもあったが。映像が隅々までシャープで鮮度が高いのは大映の作品の保存状態が良いのと、撮影が宮川一夫であるためとの双方によるものだろう。(2004/03/29)

ある殺し屋の鍵 あるころしやのかぎ
監督 森一生
公開年 1967年
評点[A’]
感想
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ある殺し屋の鍵
ある殺し屋の鍵

 今日は、市川雷蔵主演の『ある殺し屋の鍵』を観た。監督は森一生で、昭和四十二年(1972)の作品。

 表では日本舞踊の師匠をしている殺し屋・新田(市川雷蔵)と、彼に仕事を依頼しながら報酬を奪おうとするやくざ石野(中谷一郎)と荒木(金内吉男)、そして彼らを操る実業家・遠藤(西村晃)と政治家の北城(山形勲)。

 『ある殺し屋』シリーズ二作目。続編ではなく役名と設定が変わっている(原作:藤原審爾/構成:増村保造/脚本:小滝光郎)。ただ、主人公が名前と表の仕事を変えた……ということなのかもしれないが。
 前作と同様、普段は殺し屋らしくない飄々とした雰囲気で、いざとなると鋭さを見せる雷蔵が良い。しかし、彼につきまとうやくざの石野・荒木と女(佐藤友美)に、前作の相当する役を演じた内田朝雄・成田三樹夫・野川由美子ほどのユーモラスさがないので、主人公の新田の魅力もちょっと減ってしまったような気がする。前作と全く同じような設定にするわけにはいかなかったのだろうが。
 その代わり前作よりも全体にハードボイルドな雰囲気で、題名の“鍵”の使い方も面白い。宮川一郎の撮影は相変わらずシャープ。(2004/08/17)

或る夜の殿様 あるよのとのさま
監督 衣笠貞之助
公開年 1946年
評点[A’]
感想  衣笠貞之助監督の『或る夜の殿様』を観た。昭和二十一年(1946)の作品。

 時は明治十九年、鉄道の利権をめぐって商人たちが江本逓信大臣(大河内伝次郎)の滞在する箱根の高級旅館に押しかけていた。そのうちの一人で最も強欲な越後屋喜助(進藤英太郎)を陥れるため、他の商人たちは宿の女中おみつ(山田五十鈴)が見つけた書生風の優男(長谷川一夫)を名家の失踪していた跡取りに仕立てあげた。

 戦後、チョンマゲの時代劇をあまり作ることができなくなっていた時期に長谷川一夫が主演した、明治時代を舞台としたコメディ作。観客には長谷川一夫演ずる書生の正体は丸わかりだから、倒叙形式の推理劇と同じで予定調和を面白く見せる手腕が必要だが、衣笠監督と出演者たちはそれに成功していると思う。お約束の展開も明るく笑える明朗劇。
 長谷川一夫がトランペットを吹くのが有名だが、下手な書生節をがなりたてる藤田進の珍演も面白い。越後屋の娘・妙子を演じたのは高峰秀子で、クラシカルなフリフリのドレスも意外と似合って可愛い。越後屋の妻おくまは飯田蝶子。越後屋をだます男の一人に志村喬。(2001/12/31)

暗黒街の弾痕 あんこくがいのだんこん
監督 岡本喜八
公開年 1961年
評点[B]
感想  『暗黒街の弾痕』は昭和三十六年(1961)の作品で、加山雄三主演。これはまだ初期作のせいでもあるんだろうけど、いかにも日活アクション映画風でストーリーも演技も演出も時代を感じさせるものが多かった。同時代に観たらかっこよかったんだろうな。今観るとチョット安っぽくって…。
 ただ、若い頃の髪が黒い天本英世を初めて観た(笑)。(2000/05/04)

暗殺 あんさつ
監督 篠田正浩
公開年 1964年
評点[B]
感想
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暗殺
暗殺

 今日は、篠田正浩監督の『暗殺』を観た。昭和三十九年(1964)年の作品。主演の清河八郎は丹波哲郎。坂本龍馬役は佐田啓二。清河の妾役として岩下志麻。

 幕末に活躍した奇才・清河八郎の物語。“奇妙なり八郎”と言われたように、彼の行動は二転三転する。彼の行動を真に理解できる者は無く、勤王の志士と幕府の双方から狙われる。浪人どもを扇動して浪士組を結成しちゃうカリスマの魅力を持つ教祖的人物。それを演じられるのは、もちろん丹波哲郎先生しかいない(笑)。まさしくハマリ役。
 映像は非常に凝っている。エピソードを積み重ねて清河八郎という謎の人物像を描き出そうとしているのだが、回想シーンが多く構成が複雑すぎてストーリーがよくわからない。劇終も唐突に見える。武満徹の音楽もなんだかうるさい。(2000/10/06)

安寿と厨子王丸 あんじゅとずしおうまる
監督 藪下泰司・芹川有吾
公開年 1961年
評点[A’]
感想
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安寿と厨子王丸
安寿と厨子王丸

 今日は、アニメ映画『安寿と厨子王丸』を観た。演出(監督)は藪下泰司と芹川有吾で、昭和三十六年(1961)の作品。

 清廉潔白な岩本判官(声:宇佐美淳也)が罪に陥れられた。その妻・八汐(声:山田五十鈴)と子の安寿(声:佐久間良子)と厨子王丸(声:住田知仁〔風間杜夫〕)も人買いにだまされて別れ別れになり、子供らは山椒大夫(声:東野英治郎)に売られてしまう。その後、山椒大夫のもとから逃れて成長し陸奥守となった厨子王(声:北大路欣也)は母を捜す。

 言うまでもなく森鴎外によって小説化され有名になった『山椒大夫』のアニメ化。原作として森鴎外の名が挙げられている(脚本:田中澄江)。
 「東映十周年」を記念して作られたアニメで、声優たちに実写の俳優たちを並べ(上記以外に山村聡・平幹二朗・三島雅夫など)、非常な豪華キャストになっている。さすがにこれほどの大物たちだと、まだ若い佐久間良子と北大路欣也を除けば声優としても違和感が薄い。厨子王が子役時代の風間杜夫というのにも驚いた。
 作画は日本画的な背景(美術:鳥居塚誠一/背景:浦田又治・横井三郎・千葉秀雄)とキャラクターデザインで、今の目で観てもある意味あきれてしまうほどハイクオリティで美しい映像が続く。派手さを抑えた色使い(色彩設計:小山礼司)と繊細な描線は文句のつけようがない。どれほど手間をかけたのだろうか。
 しかしながら、この作品は当事者とも言える元東映動画の人たち(高畑勲・宮崎駿・森やすじなど)による自己採点の点数が低く、その影響のためか現在の世間一般の評価も大変に低い。実際、『山椒大夫』の厳しさが全く影を潜めて子供向けに甘ったるく味付けされた脚本と演出には驚かされる。動物キャラの使い方が特にひどい。子供への媚とは、逆に見れば子供をなめているということで、例えるなら「ガキにはアメ玉しゃぶらせとけ」とでもいうような製作者側の安易な態度が透けて見える。
 とは言うものの、この日本画調の美しさは比類がなく終始感心させっれっぱなしで、この後の日本アニメがほとんど全て漫画的にくっきりした主線と鮮やかな色彩になり、この作品の絵柄と色合いが受け継がれなかったんのが残念に思えるほど。現在の大物アニメ作家たちが批判しているので世評も低くなっているようだが、映像だけでもアニメ史上に残る作品だと評価しても良いのではないだろうか。(2005/11/18)

安城家の舞踏会 あんじょうけのぶとうかい
監督 吉村公三郎
公開年 1947年
評点[B]
感想  今日は、吉村公三郎監督の『安城家の舞踏会』を観た。昭和二十二年(1947)の作品。

 終戦直後、時代の変化で、由緒ある華族の安城伯爵家も風前の灯となっていた。その衝撃で呆然としている当主の忠彦(滝沢修)や長女の昭子(逢初夢子)、放蕩息子の長男・正彦(森雅之)に代わって次女の敦子(原節子)が善後策のために奔走し、安城家の最後を飾る舞踏会を開く。

 敗戦による社会の変化を華族の崩壊に象徴させて劇的に描いた作品(原作:吉村公三郎/脚本:新藤兼人)。
 登場人物が、没落華族・資本家・成り金の元運転手など、どんな役割か非常にわかりやすくキャラクター付けされている。そのため、今の目から観るとステロタイプ気味な点もある。演出も時々ビックリするくらい大芝居なところがあって、昭子が砂浜で男を追いかけて靴が脱げ(ディートリヒの『モロッコ』の影響?)、さらに転倒してゴロゴロ転がるのには驚いた……というか失笑。成金の元運転手(神田隆)や正彦の婚約者(植田曜子)、正彦とデキている女中(幾野道子)などは、もうちょっと演技が何とかならなかったかと思う。演出の問題だろうか。ちょっと時代を感じさせられる作品。
 ただし、森雅之の退廃的な雰囲気や忠彦と家令(かれい)の吉田(殿山泰司)の別れのシーンなど、所々良いシーンもあるし、有名な“二人だけの舞踏会”のラストは後味が良かった。(2003/08/11)

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