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エノケンの弥次喜多(エノケンの彌次喜多) えのけんのやじきた
監督 中川信夫
公開年 1939年
評点[B]
感想  今日は、エノケン主演の『エノケンの弥次喜多』を観た。監督は中川信夫で、昭和十四年(1939)の作品。

 喜多八(榎本健一)は強盗を働いた夢を見て現実とかん違いし、むりやり弥次郎兵衛(二村定一)を連れて江戸から逃げ出した。途中で夢だったことに気づいたが、武田家の財宝のありかを記す絵図を巡る武田家の末裔の九重姫(若原春江)や泥棒(如月寛多)・浪人(山野一郎)らの争奪戦に巻きこまれて、なかなか江戸へ帰れず……。

 エノケン主演の弥次喜多ものだが、ストーリーはオリジナル(原作:波島貞/脚本:八住利雄)。
 昭和十四年の年末が公開初日のお正月映画なので、タイトルが出る前に操り人形(マリオネット)の弥次喜多が出てきて新年の挨拶をしたりする。作中に人形を使った特撮(?)もあるので、これは製作主任(チーフ助監督)として名前が出ている市川崑が担当したのだろうか。確か初演出作は人形アニメだったはずだから。
 弥次喜多ものなので旅が舞台のロードムービー風の作りで、絵図を巡る“追っかけ”などのアクションが主体の作品。アクションやギャグが盛りだくさんでそれぞれ工夫されているものの、上掲あらすじのキャラ以外にも仇討の姉弟がいたりしてメインキャラクターが多いこともあって、かなりまとまりを欠く印象がある。新春作品だし、同時代のエノケンファンなら楽しめたと思うが、現代人の目で観てしまうと、脚本の完成度が今ひとつでちょっと散漫な作品という印象が残る。
 とはいっても、人形の特撮や終盤に“アノネのオッサン”高瀬実乗が登場する部分は目を惹くものがある。特に妙なコスチュームの高瀬実乗は強烈。
 その他、新年の顔見せなのか、高峰秀子や堤真佐子など当時の東宝の若手女優たちが振袖姿で出てきて挨拶するだけのシーンがあったりするのが面白い。(2005/06/14)

婚約指輪 えんげえじりんぐ
監督 松林宗恵
公開年 1956年
評点[C]
感想  今日は、石原慎太郎原作・主演の『婚約指輪(エンゲージリング)』を観た。監督は松林宗恵で、昭和三十一年(1956)の作品。

 裕福な家庭の息子の河口都喜夫(石原慎太郎)は、幼なじみで父の取引先の経営者の子でもある藤井育子(青山京子)との結婚を勧められ、なんとなく承知して婚約指輪を買いに行く。しかし、宝石店の次に寄ったデパートに置き忘れてしまったことがきっかけで、デパート店員の松宮節子(藤井育子)と知り合って……。

 現都知事の石原慎太郎の原作で(脚本:石原慎太郎・若尾徳平)、主演2作目だという。主演作に先立って、弟の裕次郎主演の作品の何作かにチョイ役で出演していたこともあるらしい。
 若い頃はこの作品のキャラクター設定通りの坊っちゃん面だったんだな。今でも童顔というか年齢よりは若く見えるが。演技は上手いというほどではないがド下手でもない。さすがに本格的な映画ではなく、52分ほどのSP作品だが。
 演技は別として、作品自体は邦画離れした“ウェルメイド”なコメディを目指したらしいが、今の目で観てしまうと、なんだか石坂洋次郎作品のようなストーリー展開は予想がついてしまうし、気が利いているつもりであろう台詞(会話)も平凡。当時の新進気鋭作家の作品にしては凡庸だと思う。また演出も、キャラクターの感情をすぐに顔に出させてそれをアップで撮ったりして説明的過ぎるように感じた。
 都喜夫の悪友に宝田明、父親に中村伸郎、母親に村瀬幸子、祖母として三好栄子が出演している。(2005/07/02)

炎上 えんじょう
監督 市川崑
公開年 1958年
評点[A]
感想
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炎上
炎上

 今日は、市川崑監督の『炎上』を観た。昭和三十三年(1958)の作品。原作は三島由紀夫の『金閣寺』。

 若い学僧の溝口吾市(市川雷蔵)は、酷い吃音(どもり)ゆえに、亡き父親に聞かされていた驟閣寺(映画では金閣という名を使えなかった)の美しさのみを心の支えとして生きてきた。しかし、偽善の横行する世間や俗気にまみれた老師(中村雁治郎)に絶望し、ついには驟閣に火を放つ。

 いや、凄い迫力。当時アイドル的な人気を誇っていた市川雷蔵が、所属する大映の反対を押し切って初の汚れ役に挑戦し、ほとんどノーメイクで迫真の演技をしている。脚本(和田夏十&長谷部慶治)も良い。未読なので原作ではどうか知らないが、老師を単なる悪人のようには描いていないのでキャラに厚みがある。主人公にとってメフィストフェレス的な存在の足の悪い友人を演ずる仲代達矢も凄みがあった。雁治郎の娘の中村玉緒も出演している。また、宮川一夫のカメラも素晴らしい。
 この作品の鑑賞中、観客は自らの劣等コンプレックスをギリギリと刺激され続ける。もし、これを観て全く複雑な思いを抱かない人がいるとすれば、それは心身共に恵まれた幸福な人間か、あるいは徹底的に無神経な人間か、どちらかだ(笑)。(2000/12/04)

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