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お光の縁談 おみつのえんだん
監督 池田忠雄・中村登
公開年 1946年
評点[C]
感想  今日は、池田忠雄・中村登両監督の『お光の縁談』を観た。昭和二十一年(1946)の作品。

 銀座裏の食堂「喜太八」の娘お光(水戸光子)は出歩いてばかりの父(河村黎吉)に代わって板前の友吉(佐野周二)と一緒に店を切り盛りしているが、お互い気の強い二人は喧嘩ばかり。そんなところに、結婚して家を出ていた妹(高山八百子)夫婦がやってきたり姉(久慈行子)夫婦も外地から引き揚げてきたりで大忙し。それに加えてお光の縁談まで持ち込まれる。

 戦後まだ1年少々の時期の作品で、1時間2分ほどの短編。それでも共同監督になっているのは早撮りだったのか、あるいは池田忠雄も中村登もまだ演出経験が浅かったからだろうか? 銀座といってもセットは簡単なもので、頑張って撮っている雰囲気が伝わってくる(撮影:生方敏夫/照明:加藤政雄/美術:濱田辰雄)。
 あまりに距離が近いために好き合っている二人が素直になれない……というよくある展開だが、農家になろうとして上手くいかなかった妹夫婦や姉の夫の就職問題など、戦争直後の問題を絡ませている。戦前は二枚目だった佐野周二がねじり鉢巻で板前を演ずるのが意外だが、結構合っていた。水戸光子の気の強い娘も雰囲気に合っているし、河村黎吉の勝手な親父や坂本武の気のいい隣家の親父もお手の物。
 しかし、後半の展開にはどうしても無理があるように思えてしまった。ここだけ戦前っぽい展開というか。のちに大家になった脚本家の新藤兼人も、まだ若書きの感がある。人情噺の中に社会問題を盛り込んだ真面目な脚本であるが。(2004/11/21)

おもひでぽろぽろ おもいでぽろぽろ
監督 高畑勲
公開年 1991年
評点[B]
感想
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おもひでぽろぽろ
おもひでぽろぽろ

 アニメ映画『おもひでぽろぽろ』を観た。監督は高畑勲で平成三年(1991)の作品。

 27歳になる会社員の岡島タエ子(声:今井美樹)は、前年から夏休みには山形の遠い親戚で農作業の手伝いをすることにしていた。今年は、旅の途中になぜか小学校五年生の頃をしきりに思い出す。山形につくと、親類の一人である青年トシオ(声:柳葉敏郎)が迎えに来ていた。

 原作は岡本螢 ・刀根夕子の同名マンガ。ただし、山形へ行く部分は映画オリジナルらしい(脚本:高畑勲)。
 大ヒットを連発していた宮崎駿がプロデュースし、主役二人の声を有名俳優が担当することで話題になった。加えて、バブル崩壊直後にいわゆる“自分探し”と過去へのノスタルジー(回想部分は昭和四十一年)を描いたことも作用して平成三年度の邦画興行収入第一位の作品になったのだろうか。
 原作を生かした回想部分は、やや淡めの暖かい色彩で1960年代をノスタルジックに、そして10歳の子供の心境をリアルに描き出す。当時の流行歌やテレビ番組の主題歌を多用しているのは少々あざといとも感じたが、高畑監督の音楽的センスの鋭さを示すものだろう(エンディングテーマの訳詞は高畑監督による)。
 現代の部分は絵柄や色使いが異なり、グッとリアルになる。近藤喜文のキャラクターデザインなので人物がリアルタッチというわけではないが、表情や笑いじわの出るところなどリアリティを感じさせるし、人物の全体的な動きや“しぐさ”、そして背景が非常にリアル。ちょっと回想部分と違いすぎるように感じられなくもないが。
 また、現代部分のストーリーは、農業万歳(しかも有機農業)、都会人は農村へ回帰せよというメッセージが直球で描かれていて、ちとビックリする。現代の農業や農村が抱える問題がほのめかされているとはいえ、田舎をユートピアとして描きすぎなんじゃないか、という疑問はぬぐいきれない。別に嫌な人間を描くことがリアリズムだというわけではないが。(2004/09/19)

おもかげの街 おもかげのまち
監督 萩原遼
公開年 1942年
評点[A’]
感想  今日は、萩原遼監督の『おもかげの街』を観た。昭和十七年(1942)の作品。

 大阪の呉服屋・河内屋は、一人娘お美代(山根寿子)の婿・万吉(田中春男)の放蕩が過ぎるため離縁させ、お美代を寺に預け、佐七(長谷川一夫)とお千代(入江たか子)の二人を夫婦養子にしてしまった。しかし、順風満帆に見える佐七とお千代にも思わぬ運命の波が待ち受ける。

 江戸時代の大きな商家を舞台にしていて、そこにあるのは“義理と遠慮”の、現代人からすると古臭い価値観だが、その描き方は様式的ではなく登場人物が生きたキャラクターになっている。そのため、現代の鑑賞にも堪える作品だと思う(脚本:八住利雄)。
 雰囲気は明るくなく登場人物がよく泣くが、現在から過去の社会を断罪する描き方ではなく、同じ視線の高さで描いているため、不快になることはなかった。もう少し展開が早くても良いとは思ったが。
 長谷川一夫が色男風ではない押さえた演技で、苦悩する若旦那をリアルに演じていた。若い頃の田中春男もなかなかいい男で、こちらの世をすねた若者の演技も良い。
 入江たか子が眉を落として浮世絵を再現したようなメイクをしていたが、不気味ではなく美しかった。彼女の顔立ちが非常に整っているためでもあるだろうが、メイクの巧みさが大きいかもしれない。オープニングで化粧担当のクレジットは出なかったので誰がやったのかはわからないが。
 常に少し経年変化のノイズが乗るが、映像そのものは戦中作にしてはかなりシャープ(撮影:安本淳)。(2004/03/14)

お遊さま おゆうさま
監督 溝口健二
公開年 1951年
評点[B]
感想
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溝口健二 大映作品集Vol.1 1951-1954
溝口健二
大映作品集Vol.1
『お遊さま』
『雨月物語』
『祇園囃子』
『山椒大夫』
『噂の女』

 今日は、溝口健二監督の『お遊さま』を観た。昭和二十六年(1951)の作品。

 谷崎潤一郎の『芦刈』が原作で、京都の商家の若主人の結婚相手の お静(乙羽信子)とその姉の お遊さま(田中絹代)との三角関係(?)みたいなお話。
 どこかで「若い方がいいに決まってるだろう!」という説を読んで、確かに若い頃の乙羽信子は可愛いけれども、お遊さまが、み、みみ未亡人(←なぜどもる)という設定なのが妙に気になる(爆)。
 初めて名カメラマンの宮川一夫が溝口と組んだ作品で、画面は美しいっす。(2000/04/23)

折鶴お千 おりづるおせん
監督 溝口健二
公開年 1935年
評点[A]
感想  今日は、溝口健二監督の『折鶴お千』を観たっす。昭和十年(1935)の作品で、これも無声映画。アポロン版なので活弁&音楽入り。

 保存状態が良いためか、画面の美しさが印象的だった。ストーリーは『滝の白糸』と似たような感じで、あまり名作とは言われてないけれども、台詞にいくつか印象的なものがあったりして、この作品も結構いいんじゃないかな。
 「お祖母さまの真心が/あたしに宿って/姉さんになって/あなたを/守ってやってと/逢はせてくだすったやうに/思はれますの」とか「姉さんが/魂をあげます」なんて、サイレントの字幕だからズバッと斬り込んでくる強さがあるのかも。しかし、折鶴があんな風に使われるとは参ったね!(謎)
 山田五十鈴の美しさと、その演技力にもビックリしたっす。当時17か18歳なのに。ラスト、精神に異常をきたした場面は迫真の演技です。そういえば、明日の『葵 徳川三代』に出演するんだよな。(2000/04/15)

俺が地獄の手品師だ おれがじごくのてじなしだ
監督 小沢茂弘
公開年 1961年
評点[B]
感想  今日は、片岡千恵蔵主演の『俺が地獄の手品師だ』を観た。監督は小沢茂弘で、昭和三十六年(1961)の作品。

 アメリカで十三回も脱獄したバッファロウ・ゲン(片岡千恵蔵)が北海刑務所の特別房に送り込まれてきた。そこでもすぐさま脱走し、一緒に逃げた“桁外れの馬吉”(進藤英太郎)と“ファンキー小僧”(中村賀津雄、のち嘉葎雄)はゲンを兄貴と仰ぐ。ゲンは馬吉の一人息子(水木襄)が無実の罪を着せられたという話を聞くと、馬吉のため一肌脱ぐ。

 千恵蔵主演の『地獄』シリーズの一本(脚本:松浦健郎)。このシリーズにはシリアスなギャングもの路線と、千恵蔵が多羅尾伴内のような正体不明の人物を演ずるコミカル路線があるが、この作品は後者。
 題名が示すように、千恵蔵が手品の得意な脱獄常習犯という設定で、奇妙な手品を見せまくる(といってもトリック撮影によるものだが)。伊藤雄之助が謎の中国人手品師を演じていて、存在感がある。いつもどおり鶴田浩二と高倉健も登場するが、純然たる脇役という感じ。大物俳優の柳永二郎や山村総までもがヤクザのボス役で登場して、これがしょうもない小物なのが、かえって面白い。
 コミカル路線ではあるが、翌年の『裏切者は地獄だぜ』ほどの弾けっぷりはないので、もうちょっと徹底しても良かったのでは、という感も残る。しかし、意表を突かれる脈絡のない展開や笑えるシーンも所々あるので、こういう作品が好きな人は楽しめると思う。(2005/08/12)

俺の故郷は大西部 おれのこきょうはだいせいぶ
監督 西河克己
公開年 1960年
評点[B]
感想  今日は、 西河克己監督の『俺の故郷は大西部』を観た。昭和三十五年(1960)の作品。

 西武開拓時代の名保安官ワイアット・アープの子孫で日本人を母にもつジョージ(和田浩治)は、父の恩人を探して十万ドルを渡すため来日した。恩人はなかなか見つからず、金目当ての暴力団や、なぜか彼を仇と狙うアメリカ人(E・H・エリック)につけまわされる。

 日活の“無国籍アクション”といわれる作品の一つ。富士の裾野で『OK牧場の決斗』の決闘シーンのコピーが展開される西部劇(笑)。音楽のウエスタンのステージが長々と映し出されたり、コントみたいなシーンも多かったり、大作の多い西河監督がジョークとして作ったような1時間強の小品。そういう作品だと思って観れば、楽しい一作。和田浩治はまだ滑舌が今ひとつだが、若者らしさは出ていた。(2003/06/30)

雄呂血 おろち
監督 二川文太郎
公開年 1925年
評点[A’]
感想  阪妻こと阪東妻三郎主演の『雄呂血』を観た。二川文太郎監督で大正十四年(1925)年の作品。クラシック!もちろん無声映画。

 若侍の久利富平三郎は、その純真さゆえに人に陥れられ、主家を石もて追われた。素浪人となった彼は流れついた先でも誤解ゆえに牢に入れられ、いつしか無頼漢(ならずもの)として街の人々に恐れられる存在となる。平三郎は、それが寂しい。街の名士の正体を知り、またまた捕り方役人に囲まれた彼は、ついに怒りを爆発させ…。

 サイレントなので、構成は比較的単純だが、最後の平三郎狂乱が凄い迫力。動きが速いのはフィルムのコマ数が少ないためとはいえ、さすが阪妻だ。捕り手の動きは様式的ではあるが、十手持ちが姿勢を低くしているところは今の時代劇よりリアル。(2000/08/20)

尾張の暴れ獅子 おわりのあばれじし
監督 河野寿一
公開年 1961年
評点[B]
感想  今日は、大友柳太朗主演の『尾張の暴れ獅子』を観た。昭和三十六年(1961)の作品で、監督は河野寿一。

 紀州徳川家出身の八代将軍吉宗(若山富三郎)は、将軍の座を争った尾張徳川家の継友(黒川弥太郎)と何かにつけて対立し、将軍側近の加納遠江守(月形龍之介)と薮田助八(原健策)は尾張家を落としいれようと画策していた。継友の弟で豪傑の名が高い万五郎宗春(大友柳太朗)は、その策謀を阻止しようとする。

 原作は『銭形平次』の野村胡堂(脚本:柳田吾郎)。“風流大名”として人気の高い尾張の宗春が主人公だが、尾張家の跡を継ぐ前の若様時代の物語。
 この作品では、吉宗側が悪として描かれ、月形龍之介と原健策はまさに時代劇の悪人そのもので、様式美を感じさせるほど(笑)。筋自体は、時代劇映画で定番の秘宝の奪い合いで新味は無い。大友柳太朗の“豪快”な演技は、ちょっとぎこちなさを感じさせて、かえって面白かったりする。はっきりしゃべろうとすると、かえって滑舌が怪しくなったりして。しかし、片手斬りを多用する殺陣はリアルではないかもしれないが、スピーディーで見事。
 宗春を狙う若者役として若き日の山城新吾が出演。(2002/01/06)

音楽喜劇 ほろよひ人生 おんがくきげきほろよいじんせい
監督 木村荘十二
公開年 1933年
評点[C]
感想 『ほろよひ人生』(ほろよいじんせい)を参照

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