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歌ふ狸御殿(歌う狸御殿) うたうたぬきごてん
監督 木村恵吾
公開年 1942年
評点[B]
感想  今日は、木村恵吾監督の『歌ふ狸御殿』を観た。昭和十七年(1942)の作品。

 狸の里に住む娘狸お黒(高山広子)は、血の繋がらぬ継母と姉きぬた(草笛美子)にいつもいじめられていた。幸せを夢見る彼女は、切り倒されそうになっていたところを助けた白木蓮の木の精(雲井八重子)に、暁の鐘が鳴るまでの間、美しい狭霧姫に姿を変える魔法をかけてもらい、狸御殿の狸祭りで狸の若君(宮城千賀子)と出会う。

 狸映画を何本も撮っている木村監督の最も有名な一本。粗筋を見て一目瞭然なように、『シンデレラ』を下敷きにして換骨奪胎している。題名どおり歌と踊りがたっぷりの作品で、狸御殿のシーンは、昔の映画らしいピントの甘さが、かえって画面を美しく見せている。歩くと音が鳴る階段なども、ディズニー映画の影響だろうか。狸だけに、変身したり姿を消したりのプリミティブな特撮は、時にはシュールなほど。若君が男装の女性というのも、ちょっと意表を突かれた。
 戦時中の映画とは思えないほどの娯楽作品……というよりも、きぬたがなぜか“時局”に関する演説をすると、それに反発する女狸が「ふん。狸がそんなこと知るもんかい!」と言ったりして、暗に風刺を利かせている。
 歴史に残る名作というよりも、記憶に残る異色作と言えるかもしれない。(2002/10/01)

歌ふ弥次喜多(歌ふ彌次喜多/歌う弥次喜多) うたうやじきた
監督 岡田敬・伏水修
公開年 1936年
評点[C]
感想  今日は、岡田敬・伏水修共同監督の『歌ふ弥次喜多』を観た。昭和十一年(1936)の作品。

 ある日、江戸っ子の弥次呂兵衛(古川ロッパ)と喜多八(藤山l)は思い立ってお伊勢参りの旅に出た。町内総出の見送りを受けて出発したのに、弥次喜多コンビは旅先で出会った女にちょっかいを出し、騒動を起こす。

 エノケンと並ぶ喜劇王ロッパ(緑波)の主演作。原作もロッパ名義になっていて、人気のあったロッパ劇団の舞台作の映画化らしい(脚本:阪田英一)。
 ロッパと藤山lは双方とも歌が上手く美声を発揮しまくるが、歌が多すぎてちょっとまとまりがない。また、『カチューシャの唄』『ストトン節』『籠の鳥』など昔の流行歌が多く、オリジナル曲が少ない。舞台だと次から次へと歌を披露して大うけだったのだろうが、映画として観ると脚本と構成に工夫が足りないような気がする。ただ、終盤の幻想の中のレビューシーンや『侍ニッポン』は面白かった。
 現在残っているプリントは公開当時のものより短くなっているようなので、その辺で損をしているかもしれない。生真面目そうな侍を演じた藤原釜足がいい味を出していて、彼と泥棒(鈴木圭介)がからむシーンが欠落してしまっているような気がする。(2004/07/20)

歌へ!太陽(歌え!太陽) うたえたいよう
監督 阿部豊
公開年 1945年
評点[C]
感想  今日は、轟夕起子主演の『歌へ!太陽』を観た。監督は阿部豊で、昭和二十年(1945)の作品。

 ある劇団のスター女優の梢(轟夕起子)は共演者の幸雄(灰田勝彦)とケンカばかりしているが、互いに憎からず思っている。その劇団の掃除係まつ(竹久千恵子)は、同じ劇団の裏方の直吉(高勢實乘)が劇団の俳優である息子を自慢ばかりしているので、梢が持っていた写真の男(榎本健一)を自分の息子だと言ってしまう。

 昭和二十年十一月公開で、まさに終戦直後の作品。そのためか全て人工的なセット撮影のみ。尺の長さもわずか50分少々で、ストーリーも実に他愛ない。また、現在では地上波放映どころかNHK BS放映も不可能と思われる危ないネタがあって、それは現代人の目で観ると不愉快。
 まぁ、その時期に宝塚スターや人気歌手・俳優の歌と踊りがたっぷりの映画を作ることに意味があったのだろう。現在では轟夕起子ファン向けの作品か。エノケンはさすがに芸達者。(2002/11/28)

唄祭り 江戸っ子金さん捕物帖 うたまつりえどっこきんさんとりものちょう
監督 冬島泰三
公開年 1955年
評点[C]
感想  今日はそれと美空ひばり主演の『唄祭り 江戸っ子金さん捕物帖』を観た。監督は冬島泰三で、昭和三十年(1955)の作品。

 江戸の天保年間の正月、市村座で新年公演中の役者が殺される。その後、女軽業師の春駒太夫(美空ひばり)の小屋の楽屋裏でも殺人事件が発生し、金さんこと遠山金四郎(若山富三郎)は巾着切りの銀二(川田晴久)を手下として謎を探る。

 歌と踊りが一杯のお正月向け映画。ただ、連続殺人事件の裏にある陰謀のシリアスな部分が暗くて歌と踊りの部分と水と油になっていて、アイドル映画としては中途半端に見えた。美空ひばりの登場部分も少ないし。
 長屋の大家役に柳家金語楼。金さんの婚約者ちぐさ役に瑳峨三智子。(2002/08/12)

歌麿をめぐる五人の女 うたまろをめぐるごにんのおんな
監督 溝口健二
公開年 1946年
評点[A’]
感想
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歌麿をめぐる五人の女
歌麿をめぐる五人の女

 今日は、溝口健二監督の『歌麿をめぐる五人の女』を観た。昭和二十一年(1946)の作品。主演は坂東蓑助。のちの八代目坂東三津五郎で、博学で知られたがフグにあたって亡くなった人だ。

 時は江戸時代の文化文政期。喜多川歌麿は世の通人たちと交わりながら、美しい女を描いて活躍している。彼の絵は男も女も惹きつけて止まず、気性の激しい水茶屋の女おきた(田中絹代)や、狩野派を侮辱されたと怒鳴り込んできたものの逆に歌麿に弟子入りした小出勢之助(坂東好太郎)などによって、様々な人間模様が繰り広げられる…。
 戦後、溝口がテーマに迷っていた時期の作品で必ずしも評価の高い作品ではないが、これが実は面白かった。意外な掘り出し物かも。確かに、主人公の歌麿のキャラが立っておらず周りの登場人物の方が活躍しているが、やはり溝口の女性の描き方は面白い。田中絹代も、進歩的な舞台女優や女壮士を演ずるよりも、この作品での恋に身を焦がす女の方がハマり役では。
 この作品は、女性を描く絵師が主人公なので、どことなく溝口自身が投影されているような気がする。原作者の邦枝完二がこの作品を新聞で批判したら、普段は絶対に雑文を書いたりしない溝口が自分で原稿を書いてラジオで反論したそうだ。のちになっても「これはもっとゆっくり時間をかけて作りたかった写真です」と言っているので、結構思い入れがあるのかもしれない。

 歌麿という名が何を想像させるのか、『歌麿をめぐる五人の女』(Utamaro and His Five Women)は『祇園囃子』(A Geisha)と並んで英語版ビデオの価格が他の作品より高いから面白い。(2000/09/04)

討入り前夜 うちいりぜんや
監督 池田富保
公開年 1938年
評点[B]
感想 『忠臣蔵 赤垣源蔵 討入り前夜』(ちゅうしんぐらあかがきげんぞううちいりぜんや)を参照

美しき鷹 うつくしきたか
監督 山本嘉次郎
公開年 1937年
評点[C]
感想  今日は、山本嘉次郎監督の『美しき鷹』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 親を亡くし、華族である親戚の池野家で育てられている安宅弓子(霧立のぼる)は、自由奔放な性格で学校や家庭でトラブルを起こしてばかりいる。池野家の娘・雅子(神田千鶴子)の婚約者であるピアニストの真庭英二(北澤彪)と屈託無く会ったつもりが、雅子と真庭との間に亀裂を生じさせてしまい……。

 菊池寛の原作を映画化した作品(脚本:飯田正美)。戦前の宝塚スターの霧立のぼるが主演。
 菊池寛お得意のブルジョア家庭を舞台にした物語だが、どうにもヒロインには共感できないので困ってしまう。悪気は無いのに男を惑わせてしまう“魔性の女”的な女性だし、本人もそれをある程度自覚して、良いことではないと思ってはいるのだが。それと、オチが唐突。この原作、何度も映画化されているようだが、そんなに人気があったのだろうか?
 出演者の演技は皆まあまあ。霧立のぼるがブリッコ的なのは、役に合わせたのか地なのか。(2003/01/27)

美しき隣人 うつくしきりんじん
監督 大庭秀雄
公開年 1940年
評点[B]
感想  今日は、大庭秀雄監督の『美しき隣人』を観た。昭和十五年(1940)の作品。

 東京で働いていた秋本邦子(水戸光子)は兄(笠智衆)が出征して母(飯田蝶子)一人になったため、会社を辞めて帰郷する。馬の世話など忙しく働く中、幼なじみの清(高倉彰)が満州開拓団に加わる夢を語り一緒に来ないかと言うが、邦子は母一人を置いていく気になれず……。

 冒頭に「指導 農林省馬政局」という字幕が出るので、作中で紹介される“軍用保護馬”という制度の宣伝が主題らしい(脚本:武井韶平)。
 軍用保護馬制度の他にも満州開拓団など出てくるので、体制協力色は濃い。頽廃的な都会人と堅実な地方人との対比という感じの描写もあったりする。しかし、その都会的な部分の描写が生き生きしているのが、作り手の好みが正直に出てしまっているようで面白い。
 ただし、松竹映画だけあって俳優たちの演技は巧みだし、田舎暮らしの描写も素朴な良い味を出している。前年の『暖流』(吉村公三郎監督)で人気絶頂となっていた水戸光子には輝きがあり、飯田蝶子も良い。
 脚本に所々矛盾があったり(山のスキー場に雪が積もっていても邦子の家の周りに全く雪がなかったりする)、やはり登場人物が“良い子”ばかりという感じはするが、水戸光子の魅力を見せることことには成功している一本。(2005/08/04)

うなぎとり うなぎとり
監督 木村荘十二
公開年 1957年
評点[C]
感想  今日は、  木村荘十二監督の『うなぎとり』を観た。昭和三十二年(1957)の作品。

 夏の間、山間の村に田の草取りの出稼ぎをする母親(望月優子)と一緒に来た太郎(真藤隆行)は、村の子供たちと仲良くなり、うなぎの獲り方を教えてもらったり一緒に海水浴に行ったりする。

 まさしく、以上の粗筋が全ての作品。50分ほどの短編だが、もう少し何か欲しいと思った。それに、農村や子供の世界をかなり理想化して描いているように感じた。終盤の海水浴のシーンで子供たちが本当に楽しそうだったのは印象に残った。(2002/10/10)

 うま
監督 山本嘉次郎
公開年 1941年
評点[A]
感想  今日は、山本嘉次郎監督の『馬』を観た。昭和十六年(1941)の作品。

 岩手の農家・小野田家では、長女いね(高峰秀子)の懇願で馬を飼うことになった。当初、乗り気ではなかった父(藤原鶏太〔釜足〕)や母(竹久千恵子)、弟(平田武)たちも、次第に馬の魅力に惹きつけられていった。そして、訪れた別れの時。

 山本監督の代表作の一つだが、“製作主任”(東宝でのファースト助監督の呼称)として黒澤明が名を連ねていることで有名。野外での馬の放牧シーンを担当したといわれている。
 主演の高峰秀子が、ただ可愛いだけでなく、どこか頑(かたく)ななところのある少女像を好演している。父や母、祖母(二葉かほる)も良い。馬の出産を直接撮らず、見守る家族の表情の変化で間接的に表現するシーンでは、みんな非常に巧みな演技をしている。
 それ以上に、撮影に一年以上かけた長編大作なので、カメラが捉えた戦前の農家の生活や岩手の自然の描写が素晴らしい。撮影者は複数だが(春:唐沢弘光・夏:三村明・秋:鈴木博・冬:伊藤武夫・セット:三村明)、やはり夏とセットの三村明の撮影が素晴らしい。特に暗い農家の中を表現するのは、当時は難しかったと思う。
 冒頭に“東條陸軍大臣”の言葉「飼養者の心からなる慈しみによってのみ優良馬―将来益々必要なる我が活兵器―が造られるのである」という字幕が出て驚かされるが、それ以外は太平洋戦争が始まる年(昭和十六年三月公開)の作品とは思えない、叙情あふれる予想以上の傑作。(2001/12/24)

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