Return to題名別(五十音順)邦画備忘録Top pageHOME PAGE

[1] [2]

富士に立つ影 ふじにたつかげ
監督 池田富保・白井戦太郎
公開年 1942年
評点[A’]
感想
Amazon
阪東妻三郎傑作選 DVD-BOX
阪東妻三郎傑作選
DVD-BOX
王将
素浪人罷通る
伊賀の水月
無法松の一生
剣風練兵館
木曾の天狗
狐の呉れた赤ん坊
月の出の決闘
富士に立つ影
国定忠治

 今日は、池田富保・白井戦太郎両監督の『富士に立つ影』を観た。昭和十七年(1942)の作品。

 江戸時代後期、将軍家斉(南條新太郎)は老中・松平定信(北龍二)の建議により、国防強化のため富士の裾野に調練城(軍事演習のための城)を作らせることにした。建設にあたる水野出羽守(沢村国太郎)は兵学の各流派から賛四流の佐藤菊太郎(阪東妻三郎)と赤針流の熊木伯典(永田靖)を候補として選び、両者の熾烈な戦いが始まった。

 サイレント時代と戦後に各一度ずつ映画化されている白井喬二の原作を、サイレント時代からのベテランである両監督が演出(脚本:八尋不二)。
 監督のキャリアが古いためか、登場人物が論争する場面は古典的な大芝居で台詞も難解な言葉を用いるため、よくわからないところも多い(笑)。しかし、中盤以降の富士山麓のロケシーンが素晴らしい。佐藤と熊木が実地検分する“逆さ富士”が移る湖の様子(どの湖だろう?)や、なんといっても木材を運ぶ馬車競争の迫力がもの凄い。日本映画らしからぬシーンでカメラアングルも工夫されており、アメリカの西部劇などを研究したのだろうか(撮影:石本秀雄・松井鴻)。私は戦後版しか観たことないが、戦前のサイレント版の『ベン・ハー』(1926年)の戦車競争に影響されたのかな?
 馬車競争の印象が強烈なので、そこで活躍する名主の娘お雪(橘公子)が儲け役で、戦後は脇役専門になってしまう(大映から独立しようとしたことがあるからだという)橘公子の演技も悪くない。三平(島田照夫)というキャラクターもメインの佐藤と熊木以上に活躍して印象的。

 モブシーンや両国の花火のシーンも非常に大がかりで、戦中ながら娯楽に徹した大作。(2005/04/06)

藤原義江のふるさと ふじわらよしえのふるさと
監督 溝口健二
公開年 1930年
評点[B]
感想  溝口健二監督の『藤原義江のふるさと』を観た。昭和五年(1930)の作品で、溝口初のトーキー作品。

 海外から帰朝した藤村義夫(藤原義江)は世に出る機会がなく腐っていたが、敏腕マネージャー服部(土井平太郎)とパトロンを買って出た金持ちの令嬢・大村夏枝(浜口富士子)の後押しによって一躍時代の寵児となる。やがて、藤村は糟糠の妻あや子(夏川静江)を忘れ放蕩にふけるようになってしまう。

 ミナ・トーキーという方式(音声をフィルムでなく録音盤に記録する方法だったらしい)を採用した日活最初のトーキー作品。といっても、トーキー部分とサイレント部分が混在するパート・トーキー作品。音質は聞くに堪えないほどではないが、もちろん良くはないし、出演者たちがはっきり発音しようと心がけているのが気になった。その中でも俳優としては経験の浅いはずの藤原義江がかえって普通の話し方に感じられたのが面白い。藤原義江のことについてはほとんど知らないのだが、歌手としての実力と同時に派手な女性関係と浪費でも知られていた人だそうで、このキャラをどんな気持ちで演じたのかと考えると面白い。
 初トーキーということで冒険しようという意図があったのかどうか、ダンスのシーンなどでは深作欣二監督もビックリ(?)の激しい動きの手持ちカメラ撮影があったりして驚かされた。また、後の作品と比べるとかなりアップが多い印象。
 ストーリーや人物の描き方は、かなり類型的な感があり、これが本気なのか意図的に戯画化して風刺しているのか、溝口作品で悩むところである。後者の面が強いと思うが……。ただし、主人公がパトロンを中心とした金持ち相手から“人民”相手の「我らのテナー」へと生まれかわる様子は、この頃の溝口の思想を素直に反映しているように感じられた。(2006/12/15)

二人の世界 ふたりのせかい
監督 島津保次郎
公開年 1940年
評点[A]
感想  今日は、島津保次郎監督の『二人の世界』を観た。昭和十五年(1940)の作品。

 工作機械を製造している関東精機の技術部部長・戸塚(丸山定夫)は、研究費の増額を要求する部下の技術者たちと経費削減を求める重役陣の板ばさみになって苦悩していた。戸塚の娘さち子(原節子)は、研究費増額を求める技術者の急先鋒である家村(藤田進)に反感を抱く。

 島津作品への原節子の出演3本目の作品だという。この次の『兄の花嫁』同様、原節子はスーツ姿のモダンな女性を演じている。
 冒頭に、工作機械は軍需機材生産のために重要である云々の字幕が出るが、内容は戦時下とか国策映画といった臭いは皆無で、会社の人間関係・戸塚と家村の家庭・さち子と家村の関係の三要素が巧みに描かれた、サラリーマン映画にしてホームドラマであり、しかも恋愛の要素も加わった作品になっている。脚本(山形雄策・塚本靖)も良いと思うが、島津監督の演出手腕は見事というほかない。
 出演者の演技も伸び伸びしていて、一人で小柄な体躯に苦悩を背負う丸山定夫には同情を禁じえない。この作品では、登場人物の視線が重要な要素になっていて、のちの成瀬巳喜男作品を彷彿とさせるものを感じた。
 作品中に描かれる戦前社会の風俗も興味深く、ちょっとソフトな映像(撮影:鈴木博)で描かれる銀座の街並みやラジオ付きの電蓄(レコードプレーヤー)や応接セットのある家庭など、非常にモダンに感じる。戸塚家は大企業の部長で上流階級と言ってもいいクラスであることを考えなければならないだろうが。さち子の髪にはパーマがかけられているので、昭和十五年の段階ではまだ女性の服装・髪型に制限がなかったことがわかる。

 冒頭の字幕は単なるエクスキューズで完全に島津監督が描きたいものを撮った映画で、検閲担当者も完成度が高いので見逃してしまったのかな?(笑)(2005/02/10)

不沈艦撃沈 ふちんかんげきちん
監督 マキノ正博(雅弘)
公開年 1944年
評点[A’]
感想  今日は、マキノ正博(雅弘)監督の『不沈艦撃沈』を観た。昭和十九年(1944)の作品。

 時は開戦前夜の昭和十六年秋。兵器の部品を製造している昭和精器の社長・竹本(東野英治郎)は、生産倍増を海軍の藤野少佐(高田浩吉)に熱望されて承諾。技術主任(佐分利信)の反対を押し切って実行したものの、夜勤が増えて工員(斉藤達雄)たちの反発は強く……。

 東西松竹の男女スターや演劇人も総動員(水戸光子・桑野通子・三浦光子・丸山定夫・小沢栄太郎・井上正夫などが出演)した国策映画だが(原作:平田弘一/脚本:小国英雄)、主人公はあくまで工場で働く職工(工員)たちになっているユニークな作品。できるだけさぼろうとするベテラン職工を演じた斉藤達雄と彼を働かせようとする班長の河村黎吉が大活躍で、斉藤達雄が主人公のような印象が残る。
 斉藤達雄に代表される、純朴でそれだけ無責任な庶民の姿はちょっと風刺的な意図もあったのかとも思ったが、庶民の姿を生き生きと描くという目的は十分に達成されていて、集団の群集シーンも迫力がある。増産をテーマとした戦中映画は何本もあるが、担当者の熱意と精神力だけで達成している他の作品よりも、労働者を主人公としたこの作品は現在でもあまり生命力が失われていないと思う。体制・戦争批判的なところはないが……。

 聞くところによると、工場で働く人々を主人公にした作品はどうかとマキノ監督自ら企画を松竹と海軍に持ち込んだそうだが、戦中に東宝は製鉄・松竹は造船・大映は飛行機と増産をテーマにした作品を各社割り当てられていたそうなので、ちょうどその目的にも合っていたということなのかもしれない。(2005/09/04)

BROTHER ぶらざあ
監督 北野武
公開年 2001年
評点[B]
感想
Amazon
BROTHER
BROTHER

 今日は北野武監督の『BROTHER』を観た。平成十三年(2001)の作品。

 自分の組を失ったヤクザの山本(北野武)が弟のケン(真木蔵人)を頼って渡米する。堅気だと思っていたケンが麻薬の売人をやっていることを知った山本は、弟の仲間のダニー(オマー・エプス)たちを舎弟にして組織を作り、既存のマフィアと対立する。

 北野監督が、かつて出演した『戦場のメリークリスマス』のプロデューサーだったジェレミー・トーマスと組んで、初めて海外で撮影した作品。
 海外向けも意識した作品のためか、よく言われているように、これまでの北野映画の集大成的な感じもある。銃撃戦などはスケールアップされていたが、いつものヤクザ物、という感もあったことは事実。酷評されているほどには悪い作品だとは思わなかったが……。“アニキ”という言葉がキーワードになっているように、これまでのヤクザを主人公にした作品群には無かったウェットな面も加味されていたのが、目新しいところかも。
 テレビ(地上波)でのノーカット放映だということだったが、最後のエンドロール部分がカットされていたのは、余韻が無くなって損したかもしれない。(2001/11/04)

震える舌 ふるえるした
監督 野村芳太郎
公開年 1980年
評点[B]
感想
Amazon
震える舌
震える舌

 今日は、野村芳太郎監督の『震える舌』を観た。昭和五十五年(1980)の作品。

 東京郊外の団地に住む若夫婦(渡瀬恒彦・十朱幸代)の一人娘まさ子(若命真裕子)が、体調を崩す。最初は風邪や心因性のものと診断されていたが、大学病院の教授(宇野重吉)の診断で破傷風と判明。まさ子・夫・妻・主治医(中野良子)と病気との戦いが始まる。

 ジャンルとしては難病ものに分類される作品だが、野村監督とベテランスタッフがフルスイングで腕を振るったことによって、別の種類の趣が出てきてしまったことで知られる作品。破傷風によって、えび反りながら「あ゛〜!」「い゛〜!」と叫ぶ少女。舌を噛んでしまうので口元は血で真っ赤。たびたびそんな様子を見せつけられ、精神崩壊していく夫婦(特に後者)。よく言われているように、このあたりは完全にホラー。芥川也寸志の音楽や渡瀬恒彦の見る悪夢の映像(撮影:川又昂)も恐怖をあおる。狙ったのか。
 ただし、聖路加大学付属病院の監修を得て、破傷風の病因・病状の経過や治療法が正確に描写されていて、また友人夫婦(蟹江敬三・日色ともゑ)や夫の母(北林谷栄)の励ましや援助なども描かれているので、単なるゲテモノ映画にはなっていない。自分の子供相手でも、自らが病気に感染していないか恐怖してしまう夫婦の姿が非常にリアル。三木卓による原作があるらしいが(脚本:井手雅人)、絶版。読んでみたい。
 とにかく、野村芳太郎監督は少し昔の日本的な湿り気のある恐怖を描くのが上手い。小津や黒澤や宮崎アニメだけでなく、こういう作品も外国人に観てほしいような気もする。(2003/03/07)

ふるさとの歌 ふるさとのうた
監督 溝口健二
公開年 1925年
評点[B]
感想  『ふるさとの歌』は大正十四年(1925)の作品で、断片を含めても今のところ現存する最古の溝口健二監督作品。

 東京の中学に通う関本順一(川又賢太郎)と商業学校に通う前坂太郎(宇田川寒待)が久しぶりに帰省してきた。家が貧しく進学できなかった竹田直太郎(木藤茂)は学生服姿の二人をうらやみ、村の若者たちは前坂が紹介する都会の風俗に溺れてしまうが……。

 当時の文部省の公募作品(原作:松居張二)の映画化で(脚本:清水竜之介)、フィルムが文部省に保存されたため奇跡的に完全に近い形で残されているらしい。
 この作品に対してよく言われているように、ストーリーは教条的で、頽廃的な都会文化を否定し堅実な農業こそ国の基本だとする農本主義的なテーマであり、いかにも当時の少壮“革新官僚”が喜びそうなものになっている。
 しかしながら、最初に帰省列車の中の生真面目そうな関本と大騒ぎする前坂(「騒ぐのは僕らの自由だ」と言うのは今の若者と全く変わらない)、故郷の駅に着いてからの乗合馬車(主人公の竹田が御者。映画評論家の佐相勉が指摘するように『瀧の白糸』を彷彿とさせる)と乗合自動車、といったように対照的なものを並べる冒頭の展開から目を惹きつけるものがある。
 また、その後の東京かぶれの前坂の滑稽さも、文部省推薦の都会文化批判の域を超えた滑稽さを感じさせ、のちの溝口作品に時折観られるユーモアの部分の源流のような印象を受けた。官推薦のプロパガンダ映画とはいえ、溝口健二の作家性を感じさせる作品になっていると思う。

 フィルムセンターでの上映では製作当時の速度で再生され、現在におけるサイレント映画の上映でありがちな違和感がなく、適切な条件で鑑賞できたことも明記したい。(2006/11/03)

[1] [2]

掲示板 Return to題名別(五十音順)邦画備忘録Top pageHOME PAGE