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PERFECT BLUE(パーフェクトブルー) ぱあふぇくとぶるう
監督 今敏
公開年 1998年
評点[A’]
感想
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PERFECT BLUE
PERFECT BLUE

 今日は、アニメ映画『PERFECT BLUE』を観た。監督は今敏で、平成十年(1998)の作品。

 所属事務所の社長・田所(声:辻新八)の勧めにより、マネージャー(声:松本梨香)の反対を押し切ってアイドルグループを“卒業”し、女優になった霧越未麻(声:岩男潤子)。実力と事務所の後押しで順調にキャリアを重ねていくが、汚れ仕事もこなす彼女を否定するかのような事件が続発。自分を監視する目を感じた未麻は、恐怖の中で空想と現実の境を見失っていく。

 漫画家としてデビューし、大友克洋などのアニメに参加して頭角をあらわし、近作の『千年女優』や『東京ゴッドファーザーズ』が話題となった今敏(こん・さとし)の初監督作品。
 原作(竹内義和)があるものの、かなり脚色されているらしい(脚本:村井さだゆき)。今監督の作品を観るのは初めてで、空想と現実の切り替え方が途中ワンパターンに感じて脚本に一工夫欲しいと感じたけれども、主人公が追い込まれていく終盤の緊迫感と映像表現は素晴らしい。ただ、裸や暴力シーンがたっぷりなので、途中かなり不快感がある。ストーリー的に必然性があり、全体としての完成度は高いので悪印象は残らないが。
 夢(非現実)と現実の交錯というのは近年の日本製長編アニメーションに流行しているテーマのような気がするが、この作品での表現は演出者の力量を感じさせられた。リアルタッチの画風だが、アニメならではの表現もあるのも良い。のちに実写化されたそうだが、どんな感じになったのだろうか。
 この作品は海外の方が評価が高かったらしい。確かに、こういうアニメは今のところ日本製しかないだろう。(2004/05/03)

ハウルの動く城 はうるのうごくしろ
監督 宮崎駿
公開年 2004年
評点[A’]
感想
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ハウルの動く城
ハウルの動く城

 今日は、宮崎駿監督のアニメ映画『ハウルの動く城』を観てきた。平成十六年(2004)の作品。

 家業の帽子屋でコツコツ働いている少女ソフィー(声:倍賞千恵子)は、街で魔法使いの美青年ハウル(声:木村拓哉)に声をかけられ不思議な体験をするが、ハウルを追っている荒地の魔女(声:美輪明宏)にも目をつけられ、呪いをかけられて90歳の老婆にされてしまう。密かに家出して山野をさまようソフィーはハウルの住む“動く城”と出会い、そこに入りこむ。

 いつもながら前評判・観客動員数ともに高い宮崎監督の最新作。ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『魔法使いハウルと火の悪魔』の映画化(脚本:宮崎駿)。
 日本を舞台とした前作から一変して架空のヨーロッパ風の王国が舞台となっている。しかし、自分が本当にやりたいことを見つけられないでいる少女ソフィーと、一見なんでもできる魔法使いであっても実は臆病で精神的には自分の“城”の中に引きこもっている若者ハウルが主人公になっていて、物語のテーマは『千と千尋の神隠し』を彷彿とさせるものを感じた。老婆と化したソフィーがハウルの城に住むようになるのも、単なる居候ではなく“掃除婦”として入り込む点も似ている。
 さらに今作では、ここ数年の世界情勢に対して監督は思うところあるのか、強い反戦的メッセージもあるようだ。

 以上のようなテーマ性/メッセージ性の強さと、その割りに核となるストーリーがあっさりしていて物語性は薄めであること、加えて主役二人の声をアニメでの実績がほとんどない有名芸能人が担当して、やはりどうしても専門家の声優には及ばない点があることから、この作品には厳しい評価も与えられているようである。
 しかしながら、ハウルの城その他メカの造形のユニークさや、道化役キャラであるカルシファー(声:我修院達也)とカブのユーモア、そして魔法の描写の天衣無縫さなど、観客の目を惹きつけて離さないものは確かにあると思う。日本の妖怪変化的世界が舞台だった前作よりも開放感・躍動感がある。

 それにしても、ここのところの宮崎作品は、ますます観客を力でねじ伏せるような作風になっているように感じた。いわば、日本料理ではなく肉汁たっぷりのステーキと言おうか、あっさりタイプの作風とは対極に立つ、黒澤明的な流れに属する作風になったような気がする。
 言い換えれば、無駄なものを徹底的に削ってフォルムを絞り込んだ零式艦上戦闘機(ゼロ戦)と、パワーと重装甲にものを言わせて押しまくる超空の要塞B-29の違いとでも言えるだろうか。宮崎監督は自らが嫌悪するアメリカ的B-29タイプに属するのが皮肉だ。テーマやモチーフを描き尽くしたベテラン監督が、映像の方面に重点を置くようになるのは仕方ないところもあるが。

 私の個人的な好みはゼロ戦タイプだが、宮崎監督が現在の日本の映画監督(実写を含めて)の中ではいまだにトップクラスの“力”を持っていることは事実だろう。(2005/02/01)

破戒 はかい
監督 市川崑
公開年 1962年
評点[B]
感想
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破戒
破戒

 今日は、市川雷蔵主演の『破戒』を観た。監督は市川崑で、昭和三十七年(1962)の作品。

 日露戦争の頃、長野の高等小学校教師・瀬川丑松(市川雷蔵)は、被差別部落出身であることを隠し通せという父(浜村純)の戒めを堅く守っていた。しかし、その父の死と部落解放運動家の猪子蓮太郎(三国連太郎)との出会いによって、丑松の心は揺れる。

 島崎藤村の同題小説の映画化(脚本:和田夏十)。シリアスな主題の原作だけに、映画の雰囲気も超シリアスで、原作の通りに作りました、という雰囲気。いや、私は原作を読んだことが無いのだけれども……。
 この主役を演ずることを熱望した雷蔵が熱演しているが、ちょっと最初から最後まで暗くて一本調子な感もある。重いものを背負っているのだから当然かもしれないけど、出自を隠しているときは無理にでも明るくしているようなところがあっても良かったかも。
 しかし、ラストの旅立ちのシーンは良い。“ゆで卵”が重要なアイテムとなっている(謎)。
 丑松の親友・土屋が儲け役で、長門裕之が結構いい。中村鴈治郎が、『炎上』の役と似ている清濁併せ持つ僧侶を演じているのも面白い。
 昭和二十三年には木下恵介監督/池部良主演の『破戒』も作られたそうなので、そちらも観てみたい。(2002/11/01)

薄桜記 はくおうき
監督 森一生
公開年 1959年
評点[B]
感想
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薄桜記
薄桜記

 今日は、市川雷蔵&勝新太郎主演の『薄桜記』を観た。監督は森一生で、昭和三十四年(1959)の作品。

 四十七士の一人・堀部安兵衛(勝新太郎)は、旗本・丹下典膳(市川雷蔵)と幾重もの不思議な因縁で関わりあっていた。その典膳は、武士の義理と掟によって妻も地位も片腕までも失い、不自由な体で仇と斬り結ぶ。

 五味康祐の原作を元にした作品(脚本:伊藤大輔)。ラストの、丹下典膳が片手片足で斬りあう殺陣が有名だが、時代劇といっても全体的に伝奇的なイメージの漂う幻想的な作品。因果応報譚のようなところもある。演出や映像にファンタスティックなイメージがもう少し強くても良かったかもしれない。重要な役である典膳の妻・千春(三田登喜子)の演技がちょっと気になった。(2002/05/19)

麦秋 ばくしゅう
監督 小津安二郎
公開年 1951年
評点[A]
感想
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麦秋
麦秋
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小津安二郎 DVD-BOX 第二集
小津安二郎
DVD-BOX
第二集

 今日は、小津安二郎監督の『麦秋』を観たです。昭和二十六年(1951)の作品。

 先週は一本も映画を観てなかったので「こりゃ遺憾!」(←マイブーム?)と思った…というわけでもないのだけれども、映画感想は間が空いた。
 この映画は、確かに高橋治が言うように『東京物語』(1953)のプロトタイプ的な作品だ。『晩春』(1949)に比べると家族構成が複雑になっていて、それぞれのキャラクターの性格づけが面白い。単に娘(原節子)が家族に相談せず勝手に結婚相手を決めてしまったことだけが風波を起こすのではなく、高橋治の言うように高給取りだった娘が結婚して家族全体の収入が減る問題をからませたのが深いと思う。
 この作品では笠智衆は老け役でない年相応のキャラを演じていて、見かけによらずすぐカッとなるのが面白かった。その他の役者も、みんな上手いっすね。やはり杉村春子がピカイチ。原節子は決して大根ではないけれども、どちらかと言えば役に入るのではなく自分の個性で魅せるタイプの役者かな。

 私はどっちかといえば小津よりも溝口健二だが、『麦秋』や『東京物語』の緻密な完成度は認めざるを得ないっす。でもやはり、小津作品は上映時間が長く感じちゃうんだよなぁ。
それと、私が借りたビデオテープの状態が悪かった。伸びてたんぢゃないかな。何本もあったのに悪いのを選んでしまうなんて、なんて間の悪いヤツなんだろう(爆)。(2000/06/07)

博奕打ち 総長賭博 ばくちうちそうちょうとばく
監督 山下耕作
公開年 1968年
評点[A]
感想
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博奕打ち 総長賭博
博奕打ち 総長賭博

 今日は、山下耕作監督の『博奕打ち 総長賭博』を観た。昭和四十三年(1968)の作品。

 時は昭和九年。病に倒れた天竜一家の総長・荒川(香川良介)の跡目(あとめ)相続を巡って、無二の親友である兄弟分の中井(鶴田浩二)と松田(若山富三郎)は対立せざるを得なくなる。

 一般に仁侠映画の最高傑作と称される作品。確かに、山下監督流のスタティックな美しい絵作り(撮影:山岸長樹)と、登場人物のほとんどが善意の人でありながら悲劇的な結末へと収斂していく脚本(笠原和夫)は見事。悪役である仙波(金子信雄)でさえも、単なる悪役ではなく運命に操られた人間のように見える。ただし、良い作品であるのはもちろんだが、様式美的なものが苦手な人は受け付けない部分もあるかもしれない。
 分別ある中年男を演じた鶴田浩二と火のような気性の激しさと弱気な面とをあわせ持った男を演じた若山富三郎が見事なのは当然だが、二代目に据えられた石戸を演じた名和宏や松田の子分・音吉役の三上真一郎(小津の『秋刀魚の味』の笠智衆の息子役をやった人)も良い。

 よくギリシャ悲劇に例えられるが、あらかじめ観客には明白な悲劇的な結末に向かって懸命に(?)進む中井と松田の二人の男を観て、どこか近松門左衛門の心中ものを連想してしまった。
 ちなみに、三島由紀夫がギリシャ悲劇になぞらえて絶賛したとよく言われてるが、実は彼の文章ではギリシャ悲劇ではなく「ギリギリに仕組まれた悲劇」と書かれていて、ギリシャ悲劇を意識していたのは脚本家の笠原和夫だった、という話をあるWeb pageで見かけた。本当だとしたら、誰も三島由紀夫を読んでいないことがばれちゃった(笑)。(2003/11/29)

幕末 ばくまつ
監督 伊藤大輔
公開年 1970年
評点[A’]
感想  今日は、伊藤大輔監督の『幕末』を観た。昭和四十五年(1970)の作品。

 土佐で青雲の志を抱き、日本を改革する夢に燃える坂本龍馬(中村錦之助、のち萬屋錦之介)。彼は、同志の中岡慎太郎(仲代達矢)らと共に奔走し、大政奉還までこぎつけるが、彼らを待っていた運命は……。

 この作品には、司馬遼太朗が原案という名義で名を連ねている(脚本:伊藤大輔)。錦之助の坂本竜馬はちょっと怖い感じだが、それらしさはあったと思う。土佐藩の身分差別の厳しさが強調されていて、町人上がりの近藤長次郎(中村賀津雄、のち中村嘉葎雄)と新宮馬之助(松山英太郎)が儲け役。龍馬の妻お龍に吉永小百合、西郷隆盛に小林桂樹、後藤象二郎に三船敏郎など、キャストは豪華。
 イデオロギー的な面が強いように感じられたし、俳優が皆りきんだ演技をしているように見えたが、幕末という時代の緊迫した雰囲気は表現されていた。(2002/01/14)

幕末太陽傳(幕末太陽伝) ばくまつたいようでん
監督 川島雄三
公開年 1957年
評点[超A]
感想
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幕末太陽傳
幕末太陽傳
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幕末太陽傳 コレクターズ・エディション
幕末太陽傳
コレクターズ・
エディション

 今日は川島雄三監督の『幕末太陽傳』を観たデス。昭和三十二年(1957)の作品。

 あの『栄光なき天才たち』(原作:伊藤智義/作画:森田信吾  集英社)に取りあげられた喜劇映画の傑作として有名デスね。川島監督の作品で一般に知られているのはこれ一本だけなのが川島ファンにとっては不満らしいのだが、確かにとても面白かったデス。
 フランキー堺の名演のせいか、あるいは川島の演出のためか、溝口や小津の作品ばかり観ていた目にはずいぶんと軽快なテンポの作品に見えたデス。デスデス言って変な文体で書いているけど、川島監督の口調を真似たのデス。彼は「生きることは恥ずかしいことデス」と言っていたそうデス。
 『栄光なき天才たち』で読んだことあるけど、川島雄三は45歳で早世しちゃったんだよなぁ。筋無力症だったか、ずっと不治の病を背負っていて。それでこの作品の主人公の居残り左平次を肺病病みにしちゃうんだから凄いデス。
 この作品のオチが、川島監督が最初主張していた通り、フランキー堺が撮影所から逃げ出して現代の街を走っていくようになってたら、どうなっていただろう。(2000/04/18)

裸武士道 はだかぶしどう
監督 久保為義
公開年 1937年
評点[C]
感想  今日は、黒川弥太郎主演の『裸武士道』を観た。監督は久保為義で、昭和十二年(1937)の作品。

 浪人・江田左門(黒川弥太郎)は言いがかりをつけてきた武士を斬った上、逃亡の途中に百姓のせがれ熊右ヱ門(鳥羽陽之助)まで斬ってしまう。江戸へ逃れて旧友の白川主水(清川荘司)一家に歓待されるが、左門は自分は武士の廃れ者だと深く悩む。

 長谷川伸の『三番敵』の映画化(脚本:入江一夫)。単なる仇討ものではなくユニークな設定になっているが、黒川弥太郎の演技が硬く演出も平凡なので、左門の苦悩がよく表現されておらず単に行き当たりばったりの行動をしているように見え、あまり共感できないキャラになっている。対して、主水の母(常盤操子)の武士の母らしい潔い態度が美しく見えた。
 また、熊右ヱ門を序盤にたっぷり描写してしすぎてしまって、観客に与える印象が強くなりすぎたのも失敗だと思う。観終わって今ひとつスッキリしない作品。
 ただ、仇討ものなので旅のシーンが多く、昭和十二年の映画としては映像がシャープでフィルムの保存状態も良いので、空やそこに浮かぶ雲が美しく、見とれてしまうほどだった(撮影:河崎喜久三)。雲の表情が豊かで、ロケ中はよほど天候に恵まれたのではないだろうか。(2005/03/08)

旗本愚連隊 はたもとぐれんたい
監督 福田晴一
公開年 1960年
評点[C]
感想  福田晴一監督の『旗本愚連隊』を観た。昭和三十五年(1960)の作品。

 三代将軍家光の時代、無聊をかこつ今村左門(田村高廣)・長坂千槍三郎(津川雅彦)ら旗本の次男三男坊たちは旗本奴“山犬組”を率いて暴れまわっていた。そんな彼らが将軍とその実弟の駿河大納言との争いに巻き込まれてしまう。

 村上元三の小説『大久保彦左衛門』の映画化(脚本:伊藤大輔・山根優一郎)。田村高廣や津川雅彦の珍しい時代劇主演作。田村正和も顔を出していて彼の映画デビュー作となったそうだが、よくわからなかった。
 原作は未読だが、大久保彦左衛門が主人公の小説を映画では田村高廣を主人公にするようにしたのか、徳川家のお家騒動と今村左門の母親との人情噺と大久保彦左の活躍の話という三つの要素があまり上手く融合しておらず、展開がガチャガチャしているように見えた。
 若き日の田村高廣は美男子だが、ちょっと力み気味かも? カラー撮影で、旗本奴たちのキンキラの服が豪華で美しい。時代考証的には怪しいかもしれないが。考証といえば、この時代に町火消しは無いと思うが……。(2003/02/09)

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