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人妻椿(前篇・後篇) ひとづまつばき
監督 野村浩将
公開年 1936年
評点[A’]
感想  今日は、野村浩将監督の『人妻椿』を観た。昭和十一年(1936)の作品。

 矢野昭(佐分利信)は妻子と幸せな家庭を築いていたが、大恩ある社長(藤野秀夫)の罪をかぶって海外へ逃亡。後事を託された社長は心労で急死してしまい、残された矢野の妻・嘉子(川崎弘子)と息子(小島和子)は運命の荒波の中に投げ出されたのであった。

 『主婦之友』に連載された小島政二郎の小説を『愛染かつら』で有名な野村監督が映画化(脚本:柳井隆雄)。主人公がドラマティックな展開に翻弄されるジェットコースター・ドラマ。現在の奥様向けドラマの元祖。
 この世界では悪人と善人とがはっきり区別され、出演者はわかりやすい演技を繰り広げ、それをわかりやすい映像で捉えている。しかしこれが結構おもしろい。現在残っているプリントで前後編合わせて2時間22分ほどで原作を消化しているためか、展開のテンポが良い。名作や傑作として評価されているわけではないが、観客を楽しませる力は持っている作品だと思う。
 出演者たちも、ステロタイプ的なキャラクターを典型的な演技でこなしていて、手堅い上手さを見せている。中でも主人公の嘉子に恋する男の一人を演じた笠智衆が三枚目的な役で大活躍して妙味を感じさせてくれる。笠マニア必見! 常に嘉子を助ける矢野家の女中を演じた飯田蝶子とその兄の坂本武も安定した演技で、そのキャラクターも好感が持てる。上原謙も出演しているが、印象の薄い役。社長の娘で嘉子をいびる三宅邦子はかなり損な役(笑)。(2004/11/15)

人も歩けば ひともあるけば
監督 川島雄三
公開年 1960年
評点[A’]
感想  今日は川島雄三監督の『人も歩けば』を観た。昭和三十五年(1960)の作品。

 銀座の店で働いているジャズ・ドラマー砂川桂馬(フランキー堺)は、将棋仲間の質屋の主人(沢村いき雄)に婿に来ないかと誘われて転業を決意。しかし、安定した生活を得たはずだったが、店の経営に失敗したり、波乱万丈の展開が彼を待っていた。

 川島監督の東宝時代中期の作品で、梅崎春生の原作を自ら脚色。オープニングで声色も使いながら粗筋解説をするのに始まって、フランキー堺が大活躍の作品。川島作品常連の桂小金治も出演するが、この作品ではあまり目立たない。
 とにかく主人公がじっとしていない作品で、めまぐるしいテンポで展開する。フランキー堺と、いささかもとどまることのない演出が見もの。川島監督の技巧は凄い。『キネマ旬報』の「自作を語る」では、「これはもう、負け犬でございます」と語っているが、どういう意味なのだろう。オチがあっけないというか日本人好みではないので、同時代の人たちには酷評されたのだろうか。(2003/12/31)

一人息子 ひとりむすこ
監督 小津安二郎
公開年 1936年
評点[A’]
感想
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小津安二郎 DVD-BOX 第三集
小津安二郎
DVD-BOX
第三集

 今日は、小津安二郎監督の『一人息子』を観た。昭和十一年(1936)の作品。

 信州の田舎に住む野々宮つね(飯田蝶子)は、製糸工場で働きながら女手一つで息子の良助(葉山正雄)を育てていた。つねは、良助が中学へ進学したがっていることに当惑するが、その希望をかなえてやる。十数年後、つねが成長した良助(日守新一)に会うため上京すると、そこには苦い現実が待っていた。

 かなり遅くまでサイレントを通していた小津監督の初トーキー作品。映像表現の面では、早くも小津作品の原型ができている。内容的には、『生れてはみたけれど』などの流れを汲んだ社会派的なもの。ただし、のちの家庭を扱った作品の萌芽も感じさせる。
 田舎から親が上京し子供に会って現実を知る、というストーリーは『東京物語』の祖型と見なすことができる。『一人息子』は時期が早いだけにメッセージ性がかなり直截的に表現されていて、息子は親に対して済まなそうにしているし、母親は失望をあらわにする。17年後の『東京物語』では、東京の子供たちは親に対して済まないという気は全く無いし、親の思いも失望から諦観になっている。
 戦前の不景気の時代を描いた『大学は出たけれど』の後日談的なシビアな話で、今の人が観ると身につまされるかもしれない。
 保存状態は映像は意外と良いが、音声がイマイチなのは残念。ちなみに、笠智衆が良助の恩師役として初めて老け役を演じている。(2002/01/20)

ひばり十八番 弁天小僧 ひばりじゅうはちばんべんてんこぞう
監督 佐々木康
公開年 1960年
評点[B]
感想
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ひばり十八番 弁天小僧
ひばり十八番
弁天小僧

 今日は、『ひばり十八番 弁天小僧』を観た。昭和三十五年(1960)の作品で、監督は佐々木康。

 寺小姓だった美少年・菊之助(美空ひばり)は、因業和尚の言うことを聞かなかったために人殺しの汚名を着せられ、実の母親にも裏切られる。彼は“弁天小僧”と名を改め、白浪五人男の一人の義賊となる。

 美空ひばり主演の歌謡時代劇の一作。歌舞伎の弁天小僧をかなり忠実に映画化しているようだ。ひばりちゃんの立ち回りもたっぷりで、人を斬りまくり(笑)。ただし、小柄なので男を素手でぶっ飛ばしちゃうのは無理がある。でも、中性的な顔立ちなので、美少年と称するのは変というほどでもないかも。
 他の白浪五人男に、山形勲・里見浩太郎・若山富三郎など。(2001/06/23)

ひばり・チエミの弥次喜多道中 ひばりちえみのやじきたどうちゅう
監督 沢島忠
公開年 1962年
評点[A’]
感想
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弥次喜多道中
ひばり・チエミの
弥次喜多道中

 今日は、沢島忠監督の『ひばり・チエミの弥次喜多道中』を観た。昭和三十七年(1962)の作品。

 華やかな舞台を夢見る芝居小屋の下足番・お君(美空ひばり)&おとし(江利チエミ)は、奈落に落ちて法海坊(東千代之介)・地獄の熊吉(加賀邦男)ら麻薬密売団と鉢合わせして大騒ぎし、一緒に捕われて牢屋にぶち込まれる。お構いなしとなって出獄したが、芝居小屋を首になった上に入牢したことがあるのでは嫁にも行けぬと、男装して旅に出て珍道中を繰り広げる。

 ひばり・チエミコンビの一本で、お正月公開の時代劇ミュージカル映画。それも、芝居の合間に時々歌を唄ったり踊ったりする程度ではなく、全体が音楽的で自然に歌に繋がる作りになっており、時代劇としてはかなり本格的なミュージカル作品になっている。(音楽:米山正夫/脚本:鷹沢和善・高島貞治)
 ひばりとチエミが歌が上手いのはもちろんだが、二人のリズム感の良さにも感心。唄っていないときでも動きがリズミカルで非常にテンポが良い。二人の動きの良さがスピーディーな展開で一層生かされている。演出の歯切れのよさもあるし、群舞やアクションシーンの迫力と楽しさは巧みな撮影と編集のおかげでもあるだろう(撮影:山岸長樹/編集:宮本信太郎)。
 生き生きした若い二人と沢島監督の才気ある演出を楽しめる一本。(2004/12/19)

ひばり捕物帖 自雷也小判 ひばりとりものちょうじらいやこばん
監督 深田金之助
公開年 1958年
評点[C]
感想  今日は、『ひばり捕物帖 自雷也小判』を観た。昭和三十三年(1958)の作品で、監督は深田金之助。

 女目明しの阿部川町のお七(美空ひばり)は、実は阿部伊予守(尾上鯉之助)の妹・妙姫だった。そんな彼女が、小伝馬町の牢破りの手助けをしたという濡れ衣を着せられる。身の潔白を証明するために、お守り役の佐々木兵馬(東千代之助)と共に八面六臂の活躍をする妙姫。

 NHK BSで放映されたのは一本だけだが、美空ひばり主演のシリーズものの一作らしい。ひばりちゃんが色んな扮装をして、歌もたっぷりのアイドル映画。映画全盛期の娯楽作の一本か。
 妙姫と兵馬が2人で酔っ払って盆踊りの太鼓の櫓(やぐら)に乱入すると、いきなり照明が真っ赤なライトになって歌と踊りが始まるのは、シュールで面白かった。若き日の里見浩太郎も色男役で出演している。(2001/06/18)

緋牡丹博徒 ひぼたんばくと
監督 山下耕作
公開年 1968年
評点[A’]
感想
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緋牡丹博徒
緋牡丹博徒

 今日は、藤純子主演の『緋牡丹博徒』を観た。監督は山下耕作で、昭和四十三年(1968)の作品。

 熊本の博徒・矢野組の一人娘だった龍子(藤純子、のち富司純子)は堅気の娘としての教育を受けていたが、辻斬りに父(村居京之輔)を殺され、無頼の世界に身を投じて緋牡丹のお竜という二つ名を持つ身になった。仇を探すため旅を続ける彼女は、流れ者の渡世人・片桐直治(高倉健)など様々な人と出会う。

 いまだ人気の高い『緋牡丹博徒』シリーズ第一作(脚本:鈴木則文)。題名通りたびたび“緋牡丹”が画面に現れるのは、『関の弥太っぺ』で花を効果的に用いた山下監督らしい。ただし、画面の特殊効果や一部の登場人物のメイクが、現在ではちょっとマンガ的に見えてしまうのは気になった。
 藤純子の美しさが圧倒的なのはもちろんだが、お竜の子分フグ新(山本麟一)やお竜が世話になる親分衆の熊虎(若山富三郎)やおたか(清川虹子)、熊虎の子分・不死身の富士松(待田京介)などの個性的な脇役が印象に残る。また、山下監督のパセティックな演出が、多くの登場人物が義理に縛られたり偶然が作用したりして自らの望まぬ方向へと動かされていく巧みな脚本を活かしている。
 個人的に、やくざの醜い面がほとんど描かれていないのが気になったが、まぁ様式美の世界として見れば良いのだろうか。

 これは禁句なのか、『緋牡丹博徒』への評ではあまり見かけないが、クライマックスで藤純子の歌を流さないでほしい。マキノ雅弘によると、東映仁侠映画は歌に乗って殴りこみする“型”を強要されていたそうだが、藤純子の歌はオープニングだけなら我慢できても作品の佳境の所で聞くと、ずっこけてしまう。(2005/03/14)

ヒマラヤ無宿 心臓破りの野郎ども ひまらやむしゅくしんぞうやぶりのやろうども
監督 小沢茂弘
公開年 1961年
評点[B]
感想  今日は、片岡千恵蔵主演の『ヒマラヤ無宿 心臓破りの野郎ども』を観た。監督は小沢茂弘で、昭和三十六年(1961)の作品。

 土門健吉博士(片岡千恵蔵)率いる日本のヒマラヤ探検隊が雪男を捕らえたというニュースが世界を震撼させた。帰国した土門を実妹の道子(佐久間良子)を始めとするマスコミが追いまわす。そして雪男を公開する学会の日が近づく中、やくざ風の大門(山形勲)や土門と同じく探検家のチャン博士(三島雅夫)といった男たちはなぜか雪男を抹殺しようと狙っていた。

 片岡千恵蔵主演の“無宿”シリーズ第二弾(原作・脚本:松浦健郎)。といっても全2作らしいが。千恵蔵主演といっても“多羅尾伴内”“地獄”の両シリーズと同じアクションコメディ(?)路線の作品。
 学者のはずの土門健吉は雪男を利用して「悪人どもと戦うんだ」とか言ったり豪華な屋敷に住んでたりして、正体は何なのか実はこの人が一番怪しいと思ったが、“正義の味方”がお仕事だと考えれば筋は通る?
 片岡千恵蔵は、コメディは真面目にやるほど面白くなることを知っているような、いつもの重々しい演技で通していて、実はこういう路線が好きなのだろうか。その他の俳優も大真面目に演じて御苦労様って感じなので、もう少し展開のテンポが良ければもっと面白くなったかな……と思う。笑わせどころは多く作ってあるのだけれども、今の目で観ると少々くどいところもある。
 多くの俳優がシリアス演技の中、進藤英太郎だけはコミカルな役で大活躍。それも空回りしていないのは、この人の持ち味のおかげだろう。
 これに先立つ『アマゾン無宿 世紀の大魔王』は珍品映画として有名なので、そちらも機会があったら観てみたい。(2005/06/21)

秘めたる覚悟(秘めたる覺悟) ひめたるかくご
監督 滝沢英輔
公開年 1943年
評点[B]
感想  今日は、滝沢英輔監督の『秘めたる覚悟』を観た。昭和十八年(1943)の作品。

 銀座の洋食屋の娘おしず(山田五十鈴)は、母を早く亡くし父(志村喬)を助けて実質的に店を切り盛りしていた。妹(羽島敏子)に縁談が持ち上がる中、父はおしずのことを心配し、彼女も幼なじみの阿部文雄(長谷川一夫)に思いを寄せていたのだが、家のことを考えると気持ちを表に出せず……。

 成瀬巳喜男・山形雄策・滝沢英輔・岸松雄の四人が“成山英一”の名義で脚本を書いた作品。
 この作品は、冒頭からおしずが代用食を工夫した献立を考案したり、国民服を着ている男性がいたり、阿部などの銀座の会社員が背広を着ていても頭は七三分けのポマードべったりではなく坊主頭だったり、かなり戦時色が濃くなっている。
 滝沢監督の日常生活を写した細やかな演出と山田五十鈴の巧みな演技によって、主題は主人公おしずの阿部に対する“秘めたる想い”であることは、うかがうことができる。しかし、脚本家たちや監督の真意がどうであるにしろ、今観ると登場人物が“良い子”ばかりで体制協力色が強いのが気になってしまうのは、いたし方ないと思う。
 昭和十八年も後半になると、よほど恋愛映画は検閲を通りづらくなっていたのだろうか。ユーモアを感じさせる部分もあるので、丸っきりの大政翼賛映画という印象からはぎりぎり逃れられてはいるが。
 現存プリントの状態が良く、小原譲治の撮影によってまだ若々しい山田五十鈴が生き生きと描かれていて、何よりも彼女の印象が圧倒的な作品になっている。志村喬も悪くないが。(2005/07/28)

百万両の壺 ひゃくまんりょうのつぼ
監督 山中貞雄
公開年 1935年
評点[超A]
感想 『丹下左膳余話 百万両の壺』(たんげさぜんよわひゃくまんりょうのつぼ)を参照

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