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慶安水滸伝 けいあんすいこでん
監督 野村芳太郎
公開年 1954年
評点[C]
感想  今日は、野村芳太郎監督の『慶安水滸伝』を観た。昭和二十九年(1954)の作品。

 江戸の初期、浪人・橡大介(高田浩吉)は偶然に梢(嵯峨三智子)という娘を助け、その繋がりで由井正雪(龍崎一郎)や丸橋忠弥(小澤栄太郎)と知り合いになる。実は、梢は町奉行・神尾備前守(笠智衆)の隠し子で……。

 由井正雪らが企てた“慶安の変”を、オリジナルキャラを狂言回しとして描いた物語。原作は村上元三(脚本:鈴木兵吾)。
 主人公にからむ人物が多く、それぞれの掘り下げが浅いため、何がテーマだかよくわからない。いくら主人公が狂言回し的なキャラだとしても、右往左往しているだけでは……。笠智衆も、あの演技と台詞回しでお奉行様といわれてもちょっと困った。せっかくの嵯峨三智子の熱演が空回り。(2002/12/19)

刑務所の中 けいむしょのなか
監督 崔洋一
公開年 2002年
評点[B]
感想
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刑務所の中 特別版
刑務所の中
特別版

 今日は、崔洋一監督の『刑務所の中』を観た。平成十四年(2002)の作品。

 漫画家ハナワカズイチ(山崎努)は、ミリタリーマニアが昂じて銃砲刀剣類不法所持・火薬類取締法違反で刑務所送りに。そこは意外にも、刑務官の暴力も受刑者同士の争いもなく規則ずくめの生活を送らされる不思議な世界だった。

 ベストセラーになった花輪和一の同名コミック『刑務所の中』が原作(脚本:崔洋一・鄭義信・中村義洋)。数年前に読んだ記憶の限りでは、大変原作に忠実に作られているように思う。山崎努を初めとして、香川照之・田口トモロヲ・大杉漣などの一癖ある俳優たちも、一風変わった受刑者たちを巧みに実写で再現していた。
 受刑者に与えられる暴力は無く衣食住の心配も無く、日々の食事を美味しそうに食べていて、なんだか幸せそうに見えるくらいだが、どんな人間も規則ずくめの生活に飼いならされていく怖さもちょっと覗かせている点も表現されていた。むしろ、台詞の一つ一つまで原作に忠実すぎて物足りない感がある。かなり面白いし悪くはないのだが、もうちょっとプラスアルファがあっても。また、原作の構成まで再現してオムニバス的な作りになっているが、構成の仕方くらいは映画的にしても良かったような。それと、山崎努は、初犯の漫画家を演ずるにはちょっと年をとりすぎていたような気がするが、仕方ないかな? キャストには俳優以外の有名人も名を連ねているようだ。
 しかし、刑務官による人権侵害を訴える報道や、受刑者同士のギスギスした関係が描かれている『塀の中の懲りない面々』などとは全く違う世界だ。初犯の囚人ばかりの刑務所だからだろうか。(2004/03/08)

激突!殺人拳 げきとつさつじんけん
監督 小沢茂弘
公開年 1974年
評点[C]
感想  今日は、千葉ちゃん主演の『激突!殺人拳』を観た。昭和四十九年(1974)の作品で、監督は小沢茂弘。

 日本の空手と中国拳法を合わせた独自の拳法の達人である剣琢磨(千葉真一)は裏の世界に生きていて、依頼された仕事のギャラが支払われないと、依頼人の妹(志穂美悦子)を売り飛ばしてしまうほど非情な人間だった。中東の石油王が急死し、その娘のサライ(中島ゆたか)が日本にいることから、剣は遺産相続の陰謀に巻き込まれていく。

 1973年の『燃えよドラゴン』日本公開に影響されて作られた“カラテ映画”の一本。単なるコピーではなく色々工夫を加えてはあるのだが…。千葉ちゃん扮する主人公が正義の味方ではなくワルとして描かれているけど、濃すぎて爽快さが無いので、悪役の魅力というものが感じられない。アクションは本物だけれども。
 ストーリーもプロットが多く、かえってテンポを悪くしている(脚本:高田宏治・鳥居元宏)。座頭市のパロディの盲狼公 (天津敏)や『燃えドラ』のハンの偽物のようなキャラを出すなら、コミカルに徹した方が良かったのでは。このあとに作られた『地獄拳』シリーズのように。ラストシーンは香港映画っぽい(唐突だということ)。
 ちなみに、志穂美の悦っちゃんは徹底して酷い目に遭ってます。(2001/01/14)

激流 げきりゅう
監督 家城巳代治
公開年 1944年
評点[評点なし]
感想  今日は、家城巳代治監督の『激流』を観た。昭和十九年(1944)の作品。

 舟木鉱業の鉱山で働く若手技術者の風見謙介(小沢栄太郎)は、石炭増産のため新たな技術の導入を舟木社長(斎藤達雄)に提案して受け入れられるが、幼なじみの女性ゆき(水戸光子 )の父でもある現場責任者の泉千吉(東野英治郎)の不興を買う。

 家城巳代治の監督デビュー作(原作・脚本:森本薫)。戦時中のため石炭増産がテーマの国策映画である。
 CS放送局の衛星劇場によって、不完全であるが高峰三枝子が出演している貴重な作品なので放映するという主旨のお断りが冒頭に流されたが、実際観てみると欠落がもの凄い。まとめて欠落している部分があるだけでなく、人物が話している途中でもブツブツ切れて会話が成立しなくなっていたり、果ては作品の冒頭にあるべきと思われるシーンが終盤に登場したりする。
 この状態では作品の完成度を云々することは難しい。せめてシーンの順番の誤りだけでも松竹が修正できなかったのだろうか。
 なんとか理解できる部分だけを観てみると、戦後作品では悪役的な役柄がほとんどの小沢栄太郎(小澤栄)が生真面目な若者を演じているところが面白い。独特の野卑な笑い方を全くせず、いつ“正体”を見せるのかと期待していたら最後までそのまま(笑)。また、炭鉱での掘削作業や出水事故をリアルに描いたり、労働者が表彰されるシーン、そして社長までもが坑道に入って働くシーンなどは、戦後は独立プロに転じた家城監督が国策映画という制限の中で自身の思想をなんとか反映させようとした部分のように見えた。(2005/04/26)

化粧雪 けしょうゆき
監督 石田民三
公開年 1940年
評点[B]
感想  今日は、石田民三監督の『化粧雪』を観た。昭和十五年(1940)の作品。

 東京は木場の近くにある寄席「喜楽亭」はラジオに押されている上に主人(汐見洋)が長く病の床にあり、経営は苦しい。放蕩息子(大川平八郎)が家を出てしまっている中、娘の勝子(山田五十鈴)と下足番の善さん(藤原釜足)は何とかして寄席を盛り返そうとするのだが……。

 原作が成瀬巳喜男で脚本が岸松雄という顔ぶれ。戦前の成瀬作品に時々見られる、大衆芸能の世界を扱った作品になっている。
 他の大衆芸能を扱った成瀬作品同様、それらは滅びゆくもの・廃れゆくものとして描かれ、ラジオのある電器店に群がる人々と閑古鳥が鳴く寄席とを対比させる冒頭からして、滅びへの道はどうやっても抗えない宿命であることを示している。
 ストーリーはシンプルでキャラクターもいささか類型的であり、ちょっと地味な作品という印象になる。しかし、寄席や付近の街並みを捉える映像が美しく、台詞ではなく映像で言わんとすることをわからせてくれる部分も多い(撮影:山崎一雄/装置:久保一雄)。古い邦画にあまり興味のない人には少々退屈かもしれないが……戦前邦画が好きな人は雰囲気だけでも楽しめると思う。
 出演者では、寄席のために奔走する善さんの藤原釜足が実にすばらしく、その妻を演じた清川虹子も良い。もちろん、和服と日本髪の山田五十鈴はいつもながら美しく上手い。

 ただし、作中“軍需景気”や工場建設云々という台詞が出てきて、そういった世の中の動きに取り残された人々を描こうという多少の社会批判の意図が、もしかしたら原作者や脚本家にあったのかもしれない。
 まさか翌年に太平洋戦争が始まることを予想できていたはずはないから、明確に体制を否定する意図があったわけではないと思うが。(2005/08/14)

月下の若武者 げっかのわかむしゃ
監督 中川信夫
公開年 1938年
評点[C]
感想  今日は、中川信夫監督の『月下の若武者』を観た。昭和十三年(1938)の作品。

 平家の落人が開いたという三輪の里に住む由良ノ三郎兼盛(長谷川一夫)は、あたりで恐れられている乱暴者の真刈ノ秀熊(高堂黒天)の一行と争いを起こす。その直後、兼盛は秀熊のもとに輿入れする桔梗姫(花井蘭子)を心ならずも奪い、怒った秀熊によって三輪の里は焼き討ちされてしまい……。

 主人公の由良ノ三郎兼盛や彼が兄と慕う乳兄弟の各務ノ十郎保盛(丸山定夫)、そして敵役の真刈ノ秀熊に至るまで全て初耳なのだが、戦前は知られていた人物なのだろうか。あるいは脚本の八木隆一郎が創作したオリジナルキャラクターなのか。
 登場人物になじみがなく時代設定もわかりづらいため、物語の中に入っていきづらい。主人公の兼盛の行動も行き当たりばったりで無責任。トホホな若者にしか見えず、全く共感できない。今残っている一時間弱のプリントは初公開時よりも20分ほども短くなっているのが大きな原因なのかもしれないが、ストーリーの展開も主人公の行動も唐突。
 また、長谷川一夫が未熟な若者を演ずるときの鼻にかかったような甘ったるい声の出し方はちょっと……。映像は所々雲など美しいが、夜のシーンが多いため、今のプリントでは何をやっているのかよくわからないところが多いのが残念(撮影:伊藤武夫 )。(2005/07/17)

決戦の大空へ(決戰の大空へ) けっせんのおおぞらへ
監督 渡辺邦男
公開年 1943年
評点[A’]
感想  今日は、渡辺邦男監督の『決戦の大空へ』を観た。昭和十八年(1943)の作品。

 少年飛行兵を目指して訓練中の予科練習生が休日に憩う倶楽部になっている松村家は、東京の学校を卒業して久しぶりに帰ってきた娘の杉枝(原節子)が練習生を歓待し、少年たちは思わぬ美しい女性の出現に喜ぶ。しかし杉枝は、中学生である虚弱な弟・克郎(小高まさる)のことが心配であった。

 海軍省後援の、予科練志願者を募るためのPR映画。まさに国策映画そのものだが、練習生・それを迎える倶楽部の家族たち・練習生を教える教官たち各々がよく描けていて、練習生たちの訓練風景も迫力ある映像で紹介されている(撮影:河崎喜久三)。
 やはり精神論が前に出るところが多くて描かれる人間像も理想化されているけれども、演出のテンポが良く、ついつい見入ってしまい、観終わったときには私も是非とも予科練に志願したいものだと……(笑)。
 予科練習生たちと杉枝や克郎の成長を重ねている脚本(八住利雄)が巧みで、日本の戦争映画にありがちな湿っぽいところや暗さがないので現代人が観ても比較的抵抗がないと思う。実戦部隊ではなく訓練部隊を扱っているためかもしれないが、娯楽映画の巨匠らしい渡辺監督の演出方針のようにも思えた。
 練習生の一人として木村功、教官として黒川弥太郎や高田稔が出演していて、軍隊経験がある黒川弥太郎の精神講話はなかなか堂に入っていた。(2005/02/16)

決闘高田の馬場(血煙高田の馬場) けっとうたかだのばば
監督 マキノ正博(雅弘)・稲垣浩
公開年 1937年
評点[A’]
感想  今日は、阪東妻三郎主演の『決闘高田の馬場』を観た。昭和十二年(1937)の作品で、監督はマキノ正博(雅弘)と稲垣浩。

 浪人の身の中山安兵衛(阪東妻三郎)は、喧嘩の仲裁を仕事のようにして飲んだくれてばかりいる。ただ一人の親類である叔父・萱野六郎左衛門(香川良介)だけは安兵衛に説教するが、同輩の村上庄左衛門(尾上華丈)の恨みを買い、彼の一味と高田馬場で決闘をすることになってしまう。例によって酔いつぶれていて、それを遅れて知った安兵衛は、“韋駄天走り”で高田馬場へ駆けつけるが…。

 講談で昔の日本人にはおなじみだった“高田馬場の決闘”を元にした作品。阪妻が中山安兵衛(のちの堀部安兵衛)を好演。かなりコミカルなキャラクターで驚いた。こういう役はほとんど初めてだったのではないだろうか。阪妻のオーバーな演技がハマっている。
 監督は二人名義だが、事実上マキノ正博だけが監督していたらしい。コミカルな演出とモブシーンは、さすが。現存している版では50分の小品だが、終始退屈させない佳作。安兵衛と同じ長屋に住む講釈師に志村喬、同じく隣人の大工・熊公を無声映画時代のチャンバラ映画スター市川百々之助が演じている。(2001/11/14)

月曜日のユカ げつようびのゆか
監督 中平康
公開年 1964年
評点[B]
感想
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月曜日のユカ
月曜日のユカ

 今日は、中平康監督の『月曜日のユカ』を観た。昭和三十九年(1964)年の作品。主演は加賀まり子。

 横浜のナイトクラブで働く18歳のユカ(加賀まり子)には“パパ”と呼ぶパトロン(加藤武)がいて、若い恋人のオサム(中尾彬)もいる。彼女は男を喜ばせることを自らの喜びとしてきたが、ふとしたことから自分の生き方に疑問を覚える。しかし、あくまで奔放に振る舞う彼女に周囲はついていけなくなっていく。

 中平監督の映像感覚が思う存分炸裂している。キザっぽくて鼻につくところもあるし、横浜という土地のエキゾチズムに頼りすぎるようなところもあったが、今でも新鮮。
 純真無垢な人間の持つ怖さというのは何度も描かれてきたテーマだし、ユカという人物にはどうにも共感を抱けない(共感する必要も無いのだが)。しかし、中平康の映像と若き日の加賀まり子のコケティッシュな美しさが作品に魅力を与えているのだろうか。(2000/10/19)

ケルベロス 地獄の番犬 けるべろすじごくのばんけん
監督 押井守
公開年 1991年
評点[D]
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押井守シネマ・トリロジー 初期実写作品集
押井守
シネマ・トリロジー
初期実写作品集
『紅い眼鏡』
『ケルベロス』
『Talking Head』

 今日は、『ケルベロス 地獄の番犬』を観た。監督・脚本は押井守。平成三年(1991)の作品。

 対凶悪犯罪特殊武装機動特捜班“ケルベロス”が解体された際に海外に逃れた都々目紅一(千葉繁)を追って、若い元隊員の乾(いぬい:藤木義勝)は異国に渡った。乾は、都々目と生活を共にしていた少女・唐密(タンミー:スーイーチン)と二人で彼を探し求める。

 押井監督の現在まで続く“ケルベロスもの”の一作。それにしても、噂には聞いてはいたが、予想以上に別の意味で凄い作品。押井ファンでさえ評価に窮した、というのがよくわかる。
 台湾の街や田舎の風景を延々と撮し続けて…96分の上映時間が異常に長く感じられた。予算が足りなかったのだろうか。あるいは、エキゾチズムに圧倒されたのか。戦闘シーンも戦争コントのような演出で真面目に撮っているようには見えず、不愉快にさえ感じた。それと、乾・都々目・そして“白服の男”(松山鷹志)の意図的に芝居がかった演技は、やはり不自然。
 実写版第一作の『紅い眼鏡』はお笑い映画として観られる部分もあったけれども、この作品はどこを評価して良いのか私にはわからない。(2001/02/20)

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