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下郎の首 げろうのくび
監督 伊藤大輔
公開年 1955年
評点[A]
感想  今日は、伊藤大輔監督の『下郎の首』を観た。昭和三十年(1955)の作品。

 父(高田稔)の仇を討つため旅に出た結城新太郎(片山明彦)が病み、中間(ちゅうげん)の訥平(田崎潤)が大道芸をして糊口をしのいでいると、訥平を哀れんだ女お市(瑳峨三智子)が情けをかける。そのうち訥平は仇の男(小沢栄、のち小澤栄太郎)と偶然出会うが、意外な運命が訥平を待ち受ける。

 伊藤監督のサイレント時代の作品『下郎』を脚本からリメイクした作品だという。仇討ち否定、武士道批判の作品で、いわゆる“傾向映画”の系列に連なるものだと思うが、単なる社会派映画の枠を超えた力作。
 力感ある映像(撮影:平野好美)と各登場人物の個性がそれぞれよく描きこまれているため、田崎潤の熱演が空回りせず、他の登場人物も類型的ではなく生きている。特に、並の映画では薄っぺらになってしまうであろう新太郎のキャラクター造形が巧みに感じた。伊藤大輔監督の脚本家としての実力を見た感じ。お市は、江戸時代の女があんな行動に出るかちょっと疑問に思ったが、あの気性の激しさは嵯峨三智子自身の柄に合っていたかもしれない。ついでに、丹波哲郎がほんのチョイ役で出るのが面白い。
 大きく二ヶ所ある殺陣の場面も素晴らしい。時代劇の型ではないリアルな演出は黒澤映画もたじたじといったところで、あの『青春の殺人者』を思い出した。
 あまり語られることのない作品だが、非常な“力作”を観た気分になる傑作。(2003/09/28)

剣雲三十六騎 けんうんさんじゅうろっき
監督 池田富保
公開年 1942年
評点[C]
感想 『伊賀の水月』(いがのすいげつ)を参照

けんかえれじい けんかえれじい
監督 鈴木清順
公開年 1966年
評点[A’]
感想
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けんかえれじい
けんかえれじい

 今日は、鈴木清順監督の『けんかえれじい』を観た。昭和四十一年(1966)の作品。

 時は昭和十年頃、岡山の中学(旧制)に通う南部麒六(高橋英樹)は、真の硬派を目指してケンカに明け暮れている。下宿の娘の道子(浅野順子)が気になったり、ケンカが元で転校せざるを得なくなったり、波瀾万丈の青春を送る。

 鈴木清順作品だが、脚本が新藤兼人なので、何かに「鈴木清順の作品の中では妙に脚本がしっかりした作品」と書かれていたように、かなりまとまりの良い作品でわかりやすい。後半まではコミカルに、そして終盤にはシリアスタッチに転ずる。だが、違和感は無い。絵的には、前衛的というほど極端なものはなかったが、時々面白い映像があった。主人公のケンカの師“スッポン”役に川津祐介。(2001/06/08)

けんか空手 極真拳 けんかからてきょくしんけん
監督 山口和彦
公開年 1975年
評点[C]
感想  今日は、千葉ちゃん主演の『けんか空手 極真拳』を観た。監督は山口和彦で、昭和五十年(1975)の作品。

 空手一筋に生きる大山倍達(千葉真一)は、愛弟子・有明省吾の死や自らの拳が引き起こした事件を乗り越えて、極真空手を目の仇にして圧迫を加える洗武館館長の仲曽根(成田三樹夫)と対決する。

 御存知、マス大山こと大山倍達を描いた劇画『空手バカ一代』を基にした作品で、フィクション度は劇画に劣らない。有明省吾の暴れッぷりとその最期は笑ってしまうほどだし、ブルース・リーブームのあとの作品なので、どうしても千葉ちゃんはちょっとリー入ってる演技。千弥子夫人(多岐川裕美)とのなれそめ(?)のエピソードも凄い。
 ただし、千葉真一の肉体と動きは本物だし(空手が強いかは別として)、仲曽根一門との最後の対決は、大山倍達が傾倒している吉川英治『宮本武蔵』の、武蔵が京都の吉岡一門と戦う一乗寺下り松の決闘へのオマージュになっていて面白かった。(2002/03/03)

玄関番とお嬢さん(玄関番とお孃さん/玄關番とお孃さん) げんかんばんとおじょうさん
監督 野村浩将
公開年 1934年
評点[B]
感想  今日は、野村浩将監督の『玄関番とお嬢さん』を観た。昭和九年(1934)の作品。

 大学を卒業したのにブラブラしていたので下宿のおばさん(飯田蝶子)に追い出された此村善吉(藤井貢)。たまたま公園で助けた子供(突貫小僧、のち青木富夫)が金持ちのお坊っちゃんで、その家の玄関番として雇われることになる。しかし、坊っちゃんは暴れん坊で、姉のお嬢さん(水久保澄子)もとんでもないはねっかえりのモダンガールだった。

 『大学の若旦那』シリーズの藤井貢が蛮カラ元学生を演じている(原作・脚本:北村小松)。小津安二郎監督のサイレント作『非常線の女』ではおとなしい少女役だった水久保澄子がおてんばなモダンガールを演じているのも珍しく思った。
 内容はかなりドタバタ調で、斎藤達雄がひょろ長い体躯にチャップリンのような服装とヒゲの御前様を演じていて、吉川満子が演ずる奥方の尻に敷かれていたり、白髪頭の三太夫(坂本明)がいたりする。
 サイレントのコメディの名残を残しているような感じで、ギャグは全体にちょっとくどい。ただしその中でも、お嬢さんの戦前としては非常に過激なおてんば娘ぶりや酔った善吉が見せる鳩ポッポの珍妙な踊りは面白い。
 お嬢さんはヒステリックに暴れたりして、スリップ姿(?)を見せたり弟に服を破られたり、さらには偶然とはいえ善吉に抱きつかれたりして、かなり思い切った姿を見せる。昭和九年の段階ではここまで許されていたとは、ちょっと驚いた。昭和八年が戦前日本の全盛期という説があるが、確かに日中戦争が始まる前までは文化の爛熟期にあったようだ。(2005/04/27)

元氣で行かうよ(元気で行かうよ/元気で行こうよ) げんきでいこうよ
監督 野村浩将
公開年 1941年
評点[A’]
感想  今日は、野村浩将監督の『元氣で行かうよ』を観た。昭和十六年(1941)の作品。

 鉱山技師の今井周二(佐野周二)と青木謙(上原謙)は仲の良い同僚で、青木は周二の妹・三枝子(高峰三枝子)と婚約していた。今井は、会社の給仕の少年が金をちょろまかしていたので強く叱ったが、給仕の父親(河村黎吉)が少年とその姉・絹代(田中絹代)に苦労をかけてばかりいることを知る。

 佐野周二と上原謙の上司として佐分利信、その妻として桑野通子まで出演し、脇役も河村黎吉のほか坂本武・笠智衆・飯田蝶子・小林十九二と、おなじみのメンバーが揃っている。役名も俳優の名を用いていることが示すように、松竹オリジナルのオールスター映画(脚本:野村高梧・野村浩将)。
 三羽烏などおなじみの顔合わせで、役名が俳優の芸名なんてちょっと楽屋オチっぽい気がする。しかし、このような作品では俳優の演技や脚本・演出などの安定感があり、佐野周二と上原謙の息の合ったやり取りは観ていて楽しいし、脇役に至るまで演技の稚拙さを感じさせる俳優はいない。会社や家庭のお茶の間をとらえた映像も安定感がある。さすがホームドラマの松竹だと思う。新鮮さや冒険を感じさせてくれる作品ではないが……。
 ただし、笠智衆の役柄が珍しいので、それはちょっと見もの。(2002/05/22)

剣豪二刀流 けんごうにとうりゅう
監督 松田定次
公開年 1956年
評点[B]
感想  今日は、片岡千恵蔵主演の『剣豪二刀流』を観た。監督は松田定次で、昭和三十一年(1956)の作品。

 宮本武蔵(片岡千恵蔵)は巌流島で佐々木小次郎(東千代之介)と対決、一撃の元に倒す。細川家の重臣・長岡佐渡(薄田研二)の仕官の勧めを断って再び修行の旅に出た武蔵を、小次郎の許婚だったおりん(千原しのぶ)は仇として追い、武蔵の幼なじみのお孝(長谷川裕見子)は慕って追う。そして、高名になった武蔵を様々な敵が狙う。

 小山勝清『それからの武蔵』の映画化で(脚本:中山文夫)、巌流島後の武蔵を描いた数少ない映画作品。
 多彩な登場人物が入り乱れてテンポ良く進む。武蔵に対する敵と味方が同時に描かれているのも巧み。ただし、テンポが良すぎて、登場する意味が不明になってしまっているキャラも何人かいる。登場人物の心情描写が足りないような。いい感じのキャラが何人もいるのに惜しい。1時間半ちょっとの上映時間では短すぎたようなので、2時間は欲しいような。
 おりんの供として武蔵を狙う用人・鴨甚内役に加東大介、剣豪の一人・木村又蔵に月形龍之介。(2003/04/02)

剣聖 荒木又右衛門 けんせいあらきまたえもん
監督 仁科熊彦
公開年 1935年
評点[A’]
感想  仁科熊彦監督の『剣聖 荒木又右衛門』を観た。昭和十年(1935)の作品。

 浪人・荒木又右衛門(羅門光三郎)は柳生流の剣の腕を認められ、播州姫路の本多家へ仕官した。しかし、親しくしていた渡辺靱負(小島陽三)が河合又五郎(片岡左衛門)に斬られると、 靱負の子・数馬(静田二三夫)の助太刀として仇討ちの旅に出る。

 山中貞雄の師匠にあたる仁科監督の作品。極東甲陽というマイナー会社での製作で、昭和十年の段階でもサイレントだが、無声映画らしいテンポの良さを味わうことができる。
 序盤から中盤の荒木又右衛門の人間性を描くエピソードもちょっと面白いが、なんといってもメインは“鍵屋の辻”の決闘。終盤十数分を占めるチャンバラシーンは斬る方も斬られる方も走り回り、躍動感が素晴らしい。羅門光三郎は何度も跳躍するカットが挿入され、まさに“猛優”の名にふさわしい。現在の時代劇映画のスローモーションを多用する殺陣シーンにはない味わいがある。
 この時期のメジャー会社の阪妻などの大スターの主演作にはない荒々しい迫力のある作品になっていると思う。(2005/08/21)

現代人 げんだいじん
監督 渋谷実
公開年 1952年
評点[A]
感想  今日は、渋谷実監督の『現代人』を観た。昭和二十七年(1952)の作品。

 “国土省建設局管理課”の萩野課長(山村聡)は病気の妻の療養費と愛人・品子(山田五十鈴)への手当てのため、岩光土木工業の社長(多々良純)と癒着していた。同じことをしていた部下が左遷されたのを期に、萩野は一人娘・泉(小林トシ子)の事を考え身辺を整理しようとしたが、岩光は新たに荻野の部下になった小田切(池部良)に食いつく。

 東宝専属だった池部良が松竹へ招かれて撮った作品。五社協定(六社協定)の厳しい当時、東宝は快諾せず彼は相当な覚悟で出向いていったらしい。
 汚職する官吏・その愛人・汚職相手・汚れた官僚社会に巻き込まれていく若者……と、人物設定は官僚ではない一般市民が想像するステロタイプ通りであるが、一人々々のキャラクターは複雑な性格を持っていて類型的ではないのでリアリティを感じさせる。脚本(脚本:猪俣勝人/潤色:斎藤良輔)のためでもあろうし、社会風刺的でありながらユーモアの色も忘れない渋谷監督の演出の腕もあるだろう。
 登場人物の中でも特に銀座のマダム品子は出色で、山田五十鈴の実力を感じさせられる。池部良も良く、彼のベストアクトの一つに入るのではないだろうか。山村聡が小心者を演じているのも面白い。『自由学校』もそうだが、渋谷監督はキャスティングが上手いと思った。
 映像は奇を衒ったものはないが、人物の心理的な上下関係を物理的位置関係で表現した構図が時折あって印象に残った(撮影:長岡博之)。
 社会風刺と娯楽性を両立した渋谷監督の良作の一つだと思う。(2004/12/7)

元禄あばれ笠(浪曲忠臣蔵) げんろくあばれがさ
監督 石田民三
公開年 1943年
評点[B]
感想 『浪曲忠臣蔵』(ろうきょくちゅうしんぐら)を参照

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