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木曽路の子守唄 きそじのこもりうた
監督 加戸敏
公開年 1953年
評点[B]
感想  今日は、加戸敏監督の『木曽路の子守唄』を観た。昭和二十八年(1953)の作品。

 国定忠次(黒川弥太郎〔彌太郎〕)は自らの猜疑心から子分の浅太郎(南条新太郎)に彼の伯父の勘助(荒木忍)を斬らせた。すぐ自分の過ちを知った忠次は深く悔い、子分たちとも別れて勘助の一人息子の勘太郎(毛利充宏)を背負って、あてどのない旅に出る。

 定番の国定忠次(忠治)ものの一編で(原作:萩原四朗/脚本:木下藤吉)、田端義男の主題歌や浪曲(伊丹秀子)が流れたりする歌謡&浪曲映画でもある。
 基本は定番のストーリーだが、様々なキャラクターを作り出してオリジナリティを出そうとしている脚本になっている(ちょっと偶然が作用しすぎだが)。モノクロ撮影の木曽路の風景が美しく(撮影:武田千吉郎)、忠次と勘太郎の絡みや別れのシーンではそれなりに感動させられる。『無法松の一生』や『関の弥太ッぺ』などと同様の仮の親子の物語というのも、物語の一つの類型なのだろう。
 ただ、今の目で観るとちょっとウェットすぎるし、子役に頼りすぎじゃないかな〜と思えてしまう面もあるので、時代劇ファン以外には受けないかも。(2006/01/08)

気違い部落 きちがいぶらく
監督 渋谷実
公開年 1957年
評点[B]
感想  (2000年3月31日に)もう一つ観た作品は、誰が聞いても驚く題名の『気違い部落』。昭和32年(1957)の作品で、監督は渋谷実。
 “気違い”も“部落”も今では放送禁止…もとい、“放送にふさわしくない用語”だから、地上波のテレビ放映は絶対不可能でNHK衛星でも難しいだろうな。ビデオにもなっていないかも。幻の一本ってわけだ(笑)。
 これは本当に部落(被差別部落ではなく本来の村落という意味)全員が気違いってわけではなく、映画の冒頭で森繁久弥が「気違いは自分のことを気違いだとは思っていない…」とナレーションするように、小さな山村のそのまた一部落で変わり者の男(伊藤雄之助)と妙に美人の妻(淡島千景)と娘と息子の一家が部落のボス率いる周囲に村八分にされるものの、男もそれに負けず反抗する様子を描いて、閉鎖的な日本的ムラ社会全体を諷刺した作品らしい。
 カリカチュア的な喜劇で始まったが、最後はシリアスになってしまって中途半端な印象で、それにこういう感じの高みから見下ろしたような社会批判の描き方は個人的にあまり好みではない。まぁ、珍品なので観たというだけで自慢できる作品ということか(笑)。(2000/03/31)

鬼畜 きちく
監督 野村芳太郎
公開年 1978年
評点[A’]
感想
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鬼畜
鬼畜

 今日は、野村芳太郎監督の『鬼畜』を観た。昭和五十三年(1978)の作品。

 妻(岩下志麻)とたった一人の社員(蟹江敬三)と共に小さな印刷屋をやっている竹下宗吉(緒方拳)には、密かに愛人の菊代(小川真由美)がいた。しかし、経営がうまくいかず送金が滞ると、菊代は三人もの子供らを宗吉に押し付けて蒸発してしまい、妻は激怒する。家庭は地獄と化し、小心者の宗吉は追い詰められていく。

 実際の事件を基にしたという松本清張原作の映画化(脚本:井手雅人)。撮影は川又昂、音楽は芥川也寸志で、いつもの顔ぶれ。
 もう序盤から岩下志麻VS小川真由美の修羅場で、この濃い女優二人の熱演には、我ら惰弱な男どもは観ているだけで震え上がってしまうことしかできない。二人を相手にしていたなんて、弱気な男という設定の主人公をむしろ尊敬してしまうくらいだ。
 その後も、ゆとりのない暮らしを克明に映し出す映像と子役の巧みな演技によって、終始緊張を強いられる。ただし、緊張感がずっと持続してちょっと一本調子なので慣れてしまう面もあるが。事件自体は、児童虐待がたびたび報道されている(実数が増えたかどうかは別として)現在ではさほどショッキングではないけれども、やはり野村&川又コンビの“怖さ”の作り方は名人技だと思わされる。
 また、野村監督の子供の演出の上手さには驚かされる。それにしても、先頃亡くなった野村監督は野村芳亭(松竹蒲田の監督にして撮影所長)の御曹司で「坊っちゃん」と呼ばれて何不自由なく育ったということになっているが、作品の子供の描写には特別なこだわりがあるように見える。子供時代に何か特別な経験があったのか、あるいは自身の体験でなくとも見聞きしてショックを受けたことでもあったのだろうか。(2005/04/14)

キッズ・リターン(Kids Return) きっずりたあん
監督 北野武
公開年 1996年
評点[A]
感想
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キッズ・リターン
キッズ・リターン

 今日は、北野武監督の『キッズ・リターン』を観たっす。平成八年(1996)の作品。

 高校生のマーちゃんことマサル(金子賢)とシンジ(安藤正信)は、いつもつるんで悪さばかりしている。ふとしたことから2人はボクシングを始めるが、すぐマサルは挫折し、別々の道を歩んでいく。そして、それぞれの進路を選んだ彼らの同級生たち。

 これは、北野監督のオートバイ事故からの復帰第一作だったはずだ。他の作品よりもかなりストーリー性が強く、正統派的なドラマ仕立ての青春ストーリーになっている。こういう直球も放れるんだ。感心したっす。確かに、北野作品として最初にヒットしたというのもわかる。同級生たちの描き方も面白かった。(2000/11/11)

狐の呉れた赤ん坊 きつねのくれたあかんぼう
監督 丸根賛太郎
公開年 1945年
評点[A’]
感想
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阪東妻三郎傑作選 DVD-BOX
阪東妻三郎傑作選
DVD-BOX
王将
素浪人罷通る
伊賀の水月
無法松の一生
剣風練兵館
木曾の天狗
狐の呉れた赤ん坊
月の出の決闘
富士に立つ影
国定忠治

 今日は、阪東妻三郎主演の『狐の呉れた赤ん坊』を観た。監督は丸根賛太郎で、昭和二十年(1945)の作品。

 江戸時代の大井川は江戸を守るため橋が無く、川越え人足が人を担いで渡していた。その人足の一人の寅八(阪東妻三郎)は人を化かす狐退治に出かけ、狐が化けた赤ん坊を拾ってくる。しかし、実は本物の人間の赤ん坊で、困惑していた寅八も育てているうちに本当の父親のようになっていく。その子・善太は、なぜか生まれながらの威厳があった。

 終戦直後の作品で、進駐軍をはばかってチャンバラ映画を作れなかった時期のため、“殺陣の無い時代劇”として知られている。
 戦中の『無法松の一生』やこの作品の後の『破れ太鼓』同様、阪東妻三郎の演ずる父親像は素晴らしい。大きな目をむいて豊かに変わる表情が、父親の愛情を豊かに表現している。『無法松』や『決闘高田の馬場』にも観られるような、阪妻独特の走り方も楽しい。
 殺陣がない代わりに、阪妻に目いっぱい走らせたりしてアクションを多くして動きの豊かな映像を作ったり、阪妻の感情の動きを丹念に追った演出も見事。質屋の大黒屋峰左衛門(見明凡太郎 )や喧嘩ばかりしている馬方の丑五郎(光岡龍三郎 )、力士の賀太野山(阿部九州男)などの脇役キャラも生き生きしている。(2003/08/09)

機動警察パトレイバー きどうけいさつぱとれいばあ
監督 押井守
公開年 1989年
評点[B]
感想
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機動警察パトレイバー 劇場版
パトレイバー劇場版
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機動警察パトレイバー 劇場版 Limited Edition
パトレイバー劇場版
Limited Edition
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PATLABOR MOVIE ARCHIVES
PATLABOR
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 今日は、押井守監督のアニメ映画『機動警察パトレイバー』を観た。平成元年(1989)の作品。OVAとコミック(コミカライズ:ゆうきまさみ)で展開された『パトレイバー』の劇場版第1作。脚本は伊藤和典、キャラクターデザインは高田明美。

 1999年の東京では再開発と東京湾埋め立てを中心とした“バビロン・プロジェクト”が進行し、多数の汎用人間型作業機械すなわちレイバーが用いられていた。レイバーを動かすOSとして篠原重工製のHOSが新たに導入されると同時に、レイバーによる事故が急増する。特車二課第二小隊の後藤隊長(声:大林隆介)や篠原遊馬(声:古川登志夫)・泉野明(声:冨永みーな)らが謎を探り、東京に巨大な脅威が迫っていることを察知した…。

 劇場版第2作のインパクトが強いので印象が多少薄れ気味だったが、この作品も結構いい出来。絵のクオリティは『うる星やつら』の劇場版シリーズと比べると、格段の差。『2』になると、もっと凄くなるのだけれども。ただ、キャラは少々中途半端にリアル化されているような感じ。
 1989年の時点で、コンピュータを動かすOSをとりあげた先見性が注目される。今この作品を観て、HOSからWindowsを連想する人も多いだろう。最後の戦いもダイナミックで迫力があったが、そこに至るまでの、松井刑事(声:西村知道)らが東京の町をさまよう描写が少々長く感じた。監督の趣味なんだろうけど。
 その他、長台詞や旧約聖書の一節を引用するところなど、押井色が好みの別れるところだと思う。聖書の引用とか、キャラの名が“エホバ”を暗示するところなんかは、個人的にどうも気恥ずかしくて…。(2000/12/05)

機動警察パトレイバー2 the Movie きどうけいさつぱとれいばあつうざむうびい
監督 押井守
公開年 1993年
評点[A’]
感想
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機動警察パトレイバー2 the Movie
パトレイバー2
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機動警察パトレイバー2 the Movie Limited Edition
パトレイバー2
the Movie
Limited Edition
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 今日は、押井守監督のアニメ映画『機動警察パトレイバー2 the Movie』を観た。平成五年(1993)の作品。『パトレイバー』の劇場版第2弾。脚本は伊藤和典、キャラクターデザインは高田明美&ゆうきまさみ。

 2002年、突然の横浜ベイブリッジ爆破に始まる一連の事件により、東京は事実上の戒厳令下におかれた。自衛隊情報部の荒川(声:竹中直人)の依頼によって密かに捜査を開始した後藤喜一(声:大林隆介)と南雲しのぶ(声:榊原良子)は、柘植行人(声:根津甚八)という男が全ての事件の背後にいることを知る。混乱に陥った東京で、かつての特車二課第二小隊の仲間たちが再び集結する。

 アニメとしては異色の社会派タッチのストーリーで注目を集めた。前作以上に押井色が全編を覆っている。しかも、南雲と柘植という中年男女のメロドラマが一つの柱となっていて、篠原遊馬(声:古川登志夫)・泉野明(声:冨永みーな)などの元特車二課の面々が脇役になっているのも異例のことだった。
 前作から4年を経て、さらに映像表現が進歩している。初めて観たときは、本当に驚いた。特に、冒頭のベイブリッジと航空自衛隊のスクランブルのシーンは、川井憲次の音楽とも相まってドキドキものだった。映像のダイナミズムが素晴らしい。このダイナミックな映像美こそ押井作品の肝(きも)だと思うのだが、これより後の作品では……。
 ただし、今観ると脚本が弱い。柘植の動機が漠然としすぎていて、あれでは同志や資金を集められるわけがないのでは。悪くすれば、内乱罪で死刑になるんだから。たとえ仲間を集めるための方便であっても、もう少し明確でなければ。その辺がハッキリしないと、作り手がああいうシチュエーションを描きたかっただけなのでは、と思えてしまう(実際そうなんだろうけど)。
 相変わらず旧約聖書の一節を引用したり、柘植行人が「告げゆく人」のメタファだったり、しばしば語られる長台詞などの押井節は、かなり好みの別れるところだろう。長台詞は台本を朗読しているみたいだし。

 しかし、映像が凄いので、内容の好みは別として誰でも一見の価値はあると思う。押井作品の第2のピークかもしれない。ちなみに、第48回毎日映画コンクールのアニメーション映画賞を受賞している。(2000/12/06)

機動戦士ガンダム きどうせんしがんだむ
監督 富野喜幸(由悠季)・藤原良二
公開年 1981年
評点[A]
感想
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機動戦士ガンダム I 特別版 【劇場版】
劇場版
機動戦士ガンダムI
特別版

※注:↑“評点”はシリーズ全3作を通しての評価)

 今日は、劇場版のアニメ映画『機動戦士ガンダム』を観た。昭和五十六年(1981)の作品。1979年から1980年にかけてテレビ放映されたアニメの総集編第一弾。あの富野喜幸(現・富野由悠季)は総監督という名義になっていて、別に監督として藤原良二という人の名がクレジットされている。

 宇宙世紀0079年、ジオン公国と地球連邦との戦いが続く中、モビルスーツ“ガンダム”に乗った少年アムロ・レイ(声:古谷徹)は、他の少年少女たちと共に戦争に巻き込まれていく。

 いや、おなつかしゅうございます。フラウ・ボゥ(声:鵜飼るみ子)やセイラ(声:井上瑤)、シャア(声:池田秀一)といったキャラたちも、ただただ懐かしい。
 だが、今観ても面白い。絵は、かなり古さを感じさせるが、安彦良和の眉間にシワを寄せたキャラクターデザインと大河原邦男のメカデザインが良い。特に、ドクロと甲冑をイメージしたザクのデザインは最高だ。いつまで経っても通用すると思う。
 ストーリー自体もアニメでリアルな“戦争”が描かれたのは、ほとんど初めてで画期的な作品だった。富野流の人間ドラマも効果的。また、ガンダムが立ち上がる場面や、ザクのライフルの薬莢が落ちるシーン、ラストシーンのギレン・ザビの演説を聞いたセイラが顔を伏せるところなど、演出も冴えている。

 しかし、この頃から日本映画は、アニメが質・観客動員数共に実写を凌駕していくんだよな…。(2000/12/15)

機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編 きどうせんしがんだむすりいめぐりあいそらへん
監督 富野喜幸(由悠季)
公開年 1982年
評点[A]
感想
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機動戦士ガンダム III めぐりあい宇宙編 / 特別版 【劇場版】
機動戦士ガンダムIII
めぐりあい宇宙
特別版

(※注:↑“評点”はシリーズ全3作を通しての評価)

 『機動戦士ガンダム』の劇場版第三弾にしてシリーズ完結編のアニメ映画『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙』は昭和五十七年(1982)の作品。総監督は富野喜幸(現・富野由悠季)。副題の“宇宙”は「そら」と読む。本気と書いてマジと読み、弱虫と書いてチンピラと読む((C)立原あゆみ)のと同じ(←そうかな?)。

 アムロ・レイ(声:古谷徹)は、シャア(声:池田秀一)のもとで戦うニュータイプのララァ(声:潘恵子)との宿命的な出会いによって、完全にニュータイプとして覚醒する。セイラ(声:井上瑤)やミライ(声:白石冬美)らホワイトベースの仲間たちにも、それぞれの運命が降りかかる。そして、地球連邦とジオンとの戦いは最終段階に入る。

 この第3作に登場するキャラクターたちも魅力がある。謎のインド人(笑)ララァとアムロの出会いのシーンは、かなり芝居がかった演出だが、印象的。ニュータイプという概念は神がかり的ではあるものの、このファースト・シリーズでは、まだかろうじて難解にはなっていないと思う。
 前作同様、井上大輔の歌うエンディング・テーマが流れる中で繰り広げられるラストシーンは感動的。
 作画の面では、前作公開から半年以上の時間をとっただけあって、新作画部分が大幅に増え、かなりクオリティが向上している。ただし、アムロとララァがテレパシー(?)で交信するシーンのイメージ・ショットなどは、現在ならCGを使って、より効果的なものを作ることができるかもしれない、と思った。


 この『ガンダム』シリーズは、キャラクターの濃密な描写とリアルな設定、そしてシリアスなストーリー展開によって、日本あるいは世界のアニメ史に残るエポック・メイキング的な作品となった。
 しかし、この作品の影響によって、もったいぶった難解なアニメや特撮ものが増えてしまったという面もあるかもしれない。子供にとっては難解で大人が観ると嘘臭い中途半端な作品を増やしてしまったような。特に、最近の怪獣映画や特撮ドラマには、その手のものが多いような気がする。(2000/12/16)

機動戦士ガンダムII 哀・戦士編 きどうせんしがんだむつうあいせんしへん
監督 富野喜幸(由悠季)
公開年 1981年
評点[A]
感想
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機動戦士ガンダム II 哀・戦士編 / 特別版 【劇場版】
機動戦士ガンダムII
哀・戦士
特別版

※注:↑“評点”はシリーズ全3作を通しての評価)

 アニメ映画『機動戦士ガンダムII 哀・戦士編』は昭和五十六年(1981)の作品。『機動戦士ガンダム』の劇場版シリーズ第二弾。総監督は富野喜幸(現・富野由悠季)で、監督というクレジットは無かった。

 モビルスーツ“ガンダム”を駆る少年アムロ・レイ(声:古谷徹)は“オデッサ作戦”を中心とした戦いの中、様々な人々との出会いと別れを通して成長する。また、それと同時に新たな人類の形とされる“ニュータイプ”としての素質も急速に開花していく。

 この劇場版第2作目は、ランバ・ラル(声:広瀬正志)、ハモン(声:中谷ゆみ)、マチルダ(声:戸田恵子)など、魅力的なキャラが大勢現れては消え、シリーズ中で富野節全開の人間ドラマが最も濃密に展開される作品となった。カイ・シデン(声:古川登志夫)とミハル(声:間嶋里美)のエピソードも忘れがたい。
 ストーリー的には、テレビ版の十数話分をまとめるために、この第2作ではエピソードの大幅な組み替えと要約がおこなわれている。“黒い三連星”がすぐ姿を消すなど多少忙しい感じがしないでもないが、上手くまとめられていると思う。
 しかし、この編に登場するキャラクターは、よく立っていて魅力的だ。特にランバ・ラルとリュウ・ホセイ(声:飯塚昭三)の漢気は最高。
 絵の方は、新作画部分が前作よりも増え、その部分はかなり綺麗になっている。

 この作品の挿入歌と主題歌を歌ったのは、先頃急逝した井上大輔。名曲で、当時ヒットしたそうだ。(2000/12/16)

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