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昨日消えた男 きのうきえたおとこ
監督 マキノ正博(雅弘)
公開年 1941年
評点[B]
感想  今日は、マキノ正博(雅弘)監督の『昨日消えた男』を観た。昭和十六年(1941)の作品。

 江戸は本所のある裏長屋で、大家で金貸しでもある勘兵衛(杉寛)が殺された。彼をやってやると冗談で公言していた文吉(長谷川一夫)・借金のかたとして娘お京(高峰秀子)を取られそうになっていた浪人の篠崎源左衛門(徳川夢声)・挙動不審な居合抜き芸人の松下(鬼頭善一郎)・近ごろ金回りの良くなった錠前師の太三郎(清川荘司)など容疑者があまたあるなか、第二の事件が起こる。

 時代劇推理ドラマといった独特の作品。外国作品にヒントがあるらしいが、私は未読。文吉のケンカ友達の芸者・小富を山田五十鈴が演じていて、長谷川一夫・山田五十鈴主演と最初にタイトルが出る。
 他にあまり類を見ない作品で、長谷川一夫が演ずる文吉のお調子者っぷりが楽しく、徳川夢声などの長屋の住人の人間模様も見事だが、もう少し展開のテンポが速いと良いと思った。また、真犯人は、反則ではないかな? 世評の高い作品だったので、ちょっと期待が大きすぎたのかも。
 個人的には翌年の『待って居た男』の方が好きかな。(2002/11/07)

希望の青空 きぼうのあおぞら
監督 山本嘉次郎
公開年 1942年
評点[A’]
感想  今日は、山本嘉次郎監督の『希望の青空』を観た。昭和十七年(1942)の作品。

 ひょんなことから太田鶴右ヱ門(山本禮三郎)は女学生の成島秀子(高峰秀子)を気に入り、末っ子の務(池部良)の嫁にしようとした。秀子の父・文之進(江川宇礼雄)が鶴右ヱ門の句友だったので話はトントン拍子に進むが、まだ若い二人は乗り気ではなく、務の兄姉たちの結婚生活を見学することになる。果たして二人は“幸福の青い鳥”を見つけられるのか……。

 まだデビュー2作目の池部良が高峰秀子と共演の主役扱いで、東宝が彼にかけた期待の大きさがわかる。この作品では、大根ともいわれる池部良の演技が自然で、2作目とは思えないほど上手いといっていいくらいに見える。山本監督の演出のおかげだろうか。
 戦中の作品ではあるが、まだ戦争勃発直後に製作されたので(公開は昭和十七年の一月)、登場人物の生活は戦前とほとんど変わらない。内容も冒頭からコミカルで“時局”を反映するところは数えるほど。
 務の姉の一人(霧立のぼる)が声楽家(岸井明)に嫁いでいて、そのブルジョア的な暮らしが諷刺されているようだが、夫婦喧嘩がコミカルに描かれて必ずしも反感を覚えさせないし、彼らの豪勢な家のセットなどノリノリで作られたような雰囲気がする。
 彼らの対極として務の別の姉(入江たか子)の、海軍士官の妻としての生活が描かれる。夫が急に出征することになった際には皆が喜びを表すことがなく、妻は多少不安げな表情を見せながらも静かに送り出すのが、かえって感動的だった。このあたり、皆が喜んだり万歳三唱で送り出したりするようなことをしないのは、作り手たちの意図が感じられるような気がするのは考えすぎだろうか(脚本:山崎謙太・小国英雄・山本嘉次郎)。
 原節子も出番は少ないが要所で重要な役として出てきて強い印象を残す。急に結婚という人生の大事に直面させられた若者たちを洒落た演出で描いた快作。(2005/03/24)

きまぐれオレンジ・ロード あの日にかえりたい きまぐれおれんじろおどあのひにかえりたい
監督 望月智充
公開年 1988年
評点[B]
感想  今日は、アニメ映画『きまぐれオレンジ・ロード あの日にかえりたい』を観た。昭和六十三年(1988)の作品。監督は望月智充(智光)、脚本は寺田憲史、キャラクターデザインは高田明美。

 中学時代以来、同級生の鮎川まどか(声:鶴ひろみ)と2歳年下の檜山ひかる(声:原えりこ)の二人と付き合いつづけてきた春日恭介(声:古谷徹)は、高校三年の夏、ついに三角関係を清算しようとする。

 まつもと泉の原作をもとにしたテレビアニメが好評だったため制作された劇場版。原作とテレビ版の双方に無いオリジナルのストーリーで、監督と脚本家の恋愛観をぶちまけた、アニメとしては異様にシリアスで重いストーリーが展開する怪作。檜山ひかるが主人公で、春日恭介と鮎川まどかは敵役と化している(笑)。原作者は気に入らなかったらしい。
 今から観るとストーリーもキャラ(特に檜山ひかる)も結構きつい。でも、高田明美のデザインした絵柄とのミスマッチ感が奇妙な味をかもしだしているかも。いや、アニメだからこそ、この妙にストレート過ぎる脚本に耐えられたのかもしれない。実写映画や活字の小説だと、我慢できないかも。

 絵的には、まぁまぁというところか。しかし、作中の登場人物のファッションなど、80年代の流行が忠実に再現されているのを観ると……(笑)。(2001/03/08)

君と行く路 きみとゆくみち
監督 成瀬巳喜男
公開年 1936年
評点[C]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『君と行く路』を観た。昭和十一年(1936)の作品。

 天沼朝次(大川平八郎)と夕次(佐伯秀男)兄弟は元芸者の母(清川玉枝)と鎌倉で三人暮らし。朝次は妾の子であることに強い劣等感を持ち、弟はそれを意識しながらも明るくふるまおうとするが、その境遇によって朝次は恋人・霞(山懸直代)と別れざるを得なくなる。

 三宅由起子の小説『春愁記』を原作とした悲恋もの(脚本:成瀬巳喜男)。音楽の使い方や絵作り、オープニングでの人物紹介などは洋画的でモダン。しかし、ストーリーは日陰者の子たちの悲劇、といった感じで、今から観るとピンとこないし、朝次&夕次兄弟の母親の描き方も、徹底して損得でしか人を見られない愚かな女として描かれていて、芸者に対する蔑視観すら感じられる。
 同年の溝口健二監督の『浪華悲歌』『祇園の姉妹』と比べると、絵作りやカット割りでは『君と行く路』の方が“モダン”だが、人間観は溝口作品の方がはるかに近代的なのではないだろうか。もっとも、これは恐らく原作のせいであって成瀬監督のせいではないとは思うが。
 また、朝次・夕次・霞・津紀子(霞の友人)といった主役級の4人を演ずる俳優たちの演技力がイマイチで、観ていてちょっと困った。(2002/09/07)

君と別れて きみとわかれて
監督 成瀬巳喜男
公開年 1933年
評点[B]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『君と別れて』を観た。昭和八年(1933)の作品。

 芸者の菊江(吉川満子)は女手一つで息子の義雄(磯野秋雄)を育てて中学(旧制)にまで通わせていたが、義雄は母の仕事を嫌って不良と付き合うようになってしまう。そんな彼を菊江の妹分の照菊(水久保澄子)は心配するのであった。

 成瀬巳喜男自身の原作・脚本によるオリジナル作品で、1時間ちょっとの中編。
 この作品も以前観た『腰弁頑張れ』同様に音楽・弁士なしの完全サイレントだが、映像の作り方が巧みで説明不足のところは全くわかりやすい。俳優たちの演技もサイレント特有の誇張されたアクションはほとんどなく、ナチュラルに近い。サイレント末期の完成度とトーキー時代の予感を併せ持つ作品という感じだろうか。
 ただ、作中何度も登場する、トラック・アップ(ズームのように見えるが当時はズームレンズはなかったのでカメラを動かしたのだと思う)で登場人物の表情を捉える演出は少々くどい。また、ストーリーも今の目で観てしまうと少々類型的で展開の予想がついてしまう。当時としてはリアルな社会問題を扱った作品だったのかもしれないが。(2006/01/22)

逆襲獄門砦 ぎゃくしゅうごくもんとりで
監督 内田吐夢
公開年 1956年
評点[B]
感想  今日は、内田吐夢監督の『逆襲獄門砦』を観た。昭和三十一年(1956)の作品。

 まさに幕末、薩長と幕府との対決が始まろうとする時期、ある天領(幕府直轄領)に赴任してきた代官・脇郡太夫(月形龍之介)は、幕府の財政を助けるため重税を課し、さらに江戸へ向かう街道沿いにいくつもの砦を作るため領民に強制労働を課す。重い負担に耐えかねた猟師の照蔵(片岡千恵蔵)ら民衆は、ついに立ち上がる。

 なんと、幕末の一時期に日本の片隅で共産主義革命がおこなわれた! という衝撃の事実を知ることができる作品(笑)。ストーリーの方は「ありえねえ」の連続。対して、映像の方は全編にわたって非常に力強い印象を与えてくれ、妙なミスマッチ感もある。
 ただし、郡太夫が照蔵父子に試練を与えるシーンには絶句。あのパロディとは……。また、そのシーンのために郡太夫は単なる卑劣な悪漢という印象になってしまっているが、私利私欲ではなく幕府大事という確固たる信念のもとに圧制を加えていた、とした方が民衆蜂起を感動的に描けたのではないだろうか。
 戦後しばらく中華人民共和国に抑留されていた内田吐夢監督が、一時期とはいえ思想が真っ赤になっていたことを知ることのできる作品。(2003/05/16)

キューポラのある街 きゅうぽらのあるまち
監督 浦山桐郎
公開年 1962年
評点[B]
感想
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キューポラのある街
キューポラのある街

 今日は、吉永小百合主演の『キューポラのある街』を観た。監督は浦山桐郎で、昭和三十七年(1962)の作品。

 鋳物製造のためのキューポラ(溶銑炉)が林立する埼玉県川口市。鋳物職人の辰五郎(東野英治郎)は職を失い妻(杉山徳子)は子を生み、生活は厳しい。しかし、中三の長女ジュン(吉永小百合)は高校進学を目指して働きかつ勉強し、小学生の弟タカユキ(市川好郎)も友達と一緒に悪戯しながらたくましく生きていた。

 キャリアの長さの割りに寡作だった浦山監督の代表作で、吉永小百合の代表作の一本でもある(原作:早船ちよ/脚本:今村昌平・浦山桐郎)。
 昔の日本映画らしく“貧乏”の描写は非常にリアルで、それを告発するような描写や“労働”を賛美したり昔かたぎだった辰五郎が終盤には労働組合を「いいもんだ」と言ったり、非常にメッセージ性が強い。しかしながら、貧しいながらもそれなりに強く生きる姿も描かれ、明るい部分もあるので現在の目で観ても観賞に堪えると思う。最後には若い世代に希望を託すような意図が感じられる。
 子役も含めて出演者たちの演技は適度に押さえられていて、演出の手腕を感じる。特に、タカユキを演じた子役は実に芸達者だ。

 しかしながら、タカユキの遊び友達サンキチとジュンの旧友ヨシエの姉弟を中心とした在日朝鮮人一家の“北朝鮮帰還事業”を推進し賛美するような部分は、現在から見ると悲劇……いや皮肉なブラックユーモアのようにさえ感じられてしまう。これで一気に現在におけるこの作品の生命力が薄れてしまった。
 いわゆる日本人妻であるサンキチとヨシエの母(菅井きん)の行動は公開当時は批判さるべきであったのだろうが、今では大正解ということになる。もちろん、この映画の製作者たちは善意でこう描いたのだけれども、今となってはつくづく人間の営為の虚しさを感じてしまう。
 あまり長命ではなかった浦山監督だが、現在の日本と北朝鮮の関係を知ることなく亡くなったのは幸いだっただろうか? 現在でも元気な共同脚本の今村昌平監督は、どう思っているのだろう。過去の作品のことなんか忘れたかな?(2004/12/12)

京化粧 きょうげしょう
監督 大庭秀雄
公開年 1961年
評点[B]
感想  山本富士子主演の『京化粧』を観た。監督は大庭秀雄で、昭和三十六年(1961)の作品。

 東京に住む翻訳家の山岡(佐田啓二)は、たまたま訪れた京都で知りあった芸者おその(山本富士子)に強く惹かれ、いつか一緒になりたいと手紙や金をしばしば送るようになる。しかし、二人の距離はあまりにも遠かった。

 大映専属だった山本富士子が松竹に招かれて撮った作品。お得意の芸者もの。絵に描いたような顔立ち――悪く言うと「作りもののような」顔ということになるが――の山本富士子は、演技に傑出したものがあるわけではないものの、芸者がハマリ役。佐田啓二は堅物の男という雰囲気は出ていたけれども、演技の方も硬いというか一本調子というか……。山本富士子の妹分の若い芸者・小菊として岩下志麻が出演していて、これが意外に良かった。彼女は“美人女優”のイメージがあったが、この作品では“可愛らしい”という印象。
 内容の方は、芸者を社会の犠牲者として描く王道パターンで古さを感じた。女性キャラが常に被害者ということになっていて、溝口監督作品の女性のような生命感が感じられない。ただ、おそのと小菊が二人でおそのの故郷を訪れ、河原で語り合ったり学校で遊ぶところは二人の女性の哀しさが表現されていて良かったと思う。また、京都の女は関東の男の手におえるものではない、ということも教えられた(笑)。
 映像は、松竹作品としては保存状態がかなり良く美しい。(2003/05/15)

巨人と玩具 きょじんとがんぐ
監督 増村保造
公開年 1958年
評点[A’]
感想
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巨人と玩具
巨人と玩具

 今日は、増村保造監督の『巨人と玩具』を観た。昭和三十三年(1958)の作品。

 ライバル会社と熾烈な売上争いを続ける製菓会社の宣伝部の新入社員・西洋介(川口浩)は才能ある上司の合田課長(高松英郎)を尊敬している。合田は街で見かけた素人娘の島京子(野添ひとみ)をスターに仕立てあげたりして宣伝競争を仕掛けるが、次第に自らが作り出した状況に振り回され始めて……。

 増村監督の代表作の一つ。開高健の小説を白坂依志夫がもの凄い台詞の両の脚本にしている。
 増村作品独特の大声かつ早口でしゃべくりまくる台詞回しは古い邦画に慣れた耳で聞くとちょっと面食らうものの、現代社会のせわしさを表現するには効果的だと思う。時代劇の『曽根崎心中』では少々不自然だったが。全体に、五十年代前半までの映画とはかなり異なる雰囲気を感じた。
 いかにも“現代人”という感じのキャラクターの描き方や映像表現は、さすがに現代の目で観ると多少類型的だが、今から観ても充分面白く、公開当時は斬新な表現だったことがうかがえる。のちのテレビドラマのために頑固おやじという印象が強い高松英郎がキザな二枚目を演じているのも、個人的には面白かった。(2002/07/25)

銀河鉄道999 ぎんがてつどうすりいないん
監督 りんたろう
公開年 1979年
評点[A’]
感想
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銀河鉄道999 (劇場版)
銀河鉄道999
(劇場版)

 今日は、劇場版アニメ『銀河鉄道999』を観た。監督はりんたろう(りん・たろう)で、昭和五十四年(1979)の作品。

 人類が宇宙を行き来するようになった未来。母親(声:坪井章子)を機械人間に殺された少年・星野鉄郎(声:野沢雅子)は、機械人間に復讐し自らも機械の身体になって永遠の生命を得るため、謎の美女メーテル(声:池田昌子)と共に宇宙を走る銀河鉄道999に乗り込み、アンドロメダ目指して旅に出る。

 松本零士原作のTVアニメの映画版。りんたろう監督だが、“監修”として市川崑の名もあったりする。
 テレビアニメの再編集ではなく全て新作画。ストーリーの骨子はテレビ同様だが、一話完結のテレビとは異なり細かいエピソードの積み重ねではなく、いくつかのクライマックスがある話の作りになっている(脚本:石森史郎)。
 一般ウケを狙ったのか海外市場も視野にあったのか、主人公の鉄郎のキャラクターデザインが原作・テレビよりも大幅に美形になってしまっている。1980年代以降に劇場用アニメーションのレベルが飛躍的に向上したため、今の目で観ると映像には傑出したものが無いのはいたしかたないだろう。ただし、絵柄的には綺麗に整えられながらも松本画の味を残していて悪くないと思う。
 ストーリー的にアニメ映画としては長尺な2時間8分の間を持たせるためか、機械の星へ行くという最終目的とは別に復讐も大きな目的にしたのは、テーマを拡散させてしまったような気がする。終盤のカタストロフィの後も少々長すぎたのでは……?
 とはいっても、最後のあの痛切な“別れ”のシーンとエンディングのゴダイゴの名曲によって、それまでの細かいことはどうでも良くなって大感動してしまうのですが(笑)。やはり『999』という作品の原作者の着想が素晴らしいということだろう。(2004/10/23)

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